表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

57/165

057

「にしても、やっぱりここでもそうなのね」


 やはり男が居ないと自ずと百合率が上がるのか、女の子同士で手を繋いで歩いている姿がやけに多く散見された。


 あくまでも険悪なムードから話題を逸らす為であったが、道端でチュッチュしている姿につい目が行ってしまったのだ。


 女子の場合は男同士よりも同性のフェロモン受容体が多いと以前読んだ事があるし、女しか住まぬ島で男の帰りを待っている間に同性愛の文化が芽生え、盛んに女同士で愛し合うようになった話もある。それと同じなのだろう。ソフィアの言に従うならば、性的な共依存になるのだろうか。


「みんな男を知らないから、特に若い世代だと当たり前になってきてる。そもそも男子を知る機会は本の中のみ。現実感の無い、自分とは無関係な夢の存在になりつつある。もし目の前に男が居たとしても、選ばれるのは極一部の美人ばかりだし、声を掛けるにしても勇気がいる。きっと諦めもあるのでしょうね」


「架空の存在に近いファンタジー動物に声をかけるだなんて超アグレッシヴですね」


 本当に女子しか居ないとして、人間は知らぬものには抵抗感を抱くものなので、男を知らないならそもそもとして恋愛対象になる以前に見慣れぬ異物として認識してしまい、仮に知識として識っていたとしても、まずは時間をかけて慣れていく必要がある。


 同性の場合はこの点クリアしているので、本能による嫌悪感と愛欲のバランス、また趣向によっては惹かれ合う者たちも生まれ、百合ップルが誕生するのかもしれない。親離れ子離れによって人肌が恋しくなり始め、また恋愛に夢見る思春期は、とくに友情と恋愛の区別もあやふやになりがちだろうし。


 ――だとしたらミアは相当勇気があるというか、冒険していることになる。市民らと同じく好奇心が旺盛なだけなのかもしれないけど。


「人間というのは後天的な概念に毒されてしまう生き物なの。人は五感によって世界を知覚し、概念によって世界を認識している。自らにとっての良し悪しなど関係無く、なんでも自らのアイデンティティとして採用し、本能的に他者との区別化を図る。これは例えば一種の依存や変わった趣味もそう。誰の心にだってコンプレックス、つまり心のシコリとも言える悪魔が住まうの。一度自我の一部として確立されたらそれを維持し、以降は執着する。故に、未だ性に芽生えていない幼子に知識として与えると、いずれ常識となって同性を愛する確率も上がる。異性とは本来恐ろしいもの。未知なるもの。別種の生物とも言えなくもない。普通は異性に惹かれて理解し受け入れるに至るけど、そのキッカケすらも乏しいし、本来的に女子の場合は一人の相手を選りすぐる必要があるから重大なの。思春期の頃に発生する異性への抵抗感も相まって安全な同性と結ばれがち。中には恐ろしい存在から逃げているだけの妥協者もいる。まぁ可憐で美しいし、儚くて文学的だし、この星の実態にも沿ってるし、好都合だから良いけど」


「表情一つ変えずに機嫌悪くなるのやめましょうよ……」


「そこのネコが泥棒稼業に執着するのもこれと同じ。普通の仕事に対する不安感や泥棒猫という特殊性に優越感を抱いて自我の一部として執着しているに過ぎない。ネコから泥棒という属性を取り払ったらどうなると思う? 答えはただの色狂い。私も魔術に固着している半人前だから人の事は言えないけど」


 いくら不機嫌そうな足取りでトコトコと前を歩いているとはいえ、耳が良いから絶対に旅仲間をディスる隣の声も聞こえているはず。だと言うのに反応を示さずにスルーしているあたり、ミアにも冷静な大人っぽさがあるのだなと関心してしまった。――まぁ実際は多少の嫌味よりも旅費なんだろうけど。


「世の中にはもっと酷い人たちが居るから、今のうちに覚悟しといた方がいい。ネコは邪魔だけど、これでも私は認めているつもり。じゃれ合いの戯れ。お互いを知る為の、仲良くなる為の喧嘩をしたいの」


「仲睦まじい方向で戯れてもらわないと心が保たないっす」


 好奇な目で見てくる人々に視線を向けていると、自意識過剰な娘に勘違いされてしまうかもしれないので、顔を伏せながら人々の姿はオールスルーすることにし、隣との会話も程々にしてフードの下から周囲の光景を眺めてみる事にした。


 すると、石造りの壁や地面に敷かれたレンガには小さな赤ダニが忙しなく動き回っており、そういえばこの季節になるとよく見掛けていたなと、まだ目線の低かった子供時代をふと思い出すのだった。


 こちらの事には見向きもしない小鳥や小虫たちがなんだか愛おしく、無視してもらえる事がたまらなく喜びであった。あちらでもこちらでも空気やただの客として扱われるのが好きだった。なにも期待されたくなかった。見捨てられ続けたせいで、ギャップやプレッシャーを感じているのかもしれない。


 そうやって街を構成する諸物を呆然と眺めていた折、なんと地面を歩く白に黒の差し色が入った小鳥――別名・駐車場の鳥が地面を滑るようにしてちょこまかと歩いており、ここにも居るのかと驚いてしまった。あいつらは本当にどこにでも居るらしい。


 まぁ実際は似ているだけなのだろうが、そのすばしっこい姿を目にしてほっとしている自分がいた。コンビニの駐車場でメロンパンやカップ麺が食べたくなる。――ああ、これももう叶わぬ夢なのか……。


「おっと、クソネコも神様を崇めるようになったんだね。お魚しか信仰してないと思ってたよ」


「骨を信仰してる蛮族と比べないで。今は忙しいんだからほっといてよイヌッコロ」


 肩を落としながらフードの影で小鳥の姿を目で追い掛けていると、ふとそんな声が聞こえ来て前を行くミアの足取りが止まったのだった。


 何事かと思いながらこちらの行く手を阻んだ長ズボンの脚、その間で揺れるもふもふの尻尾を辿って顔を上げていくと、そこに居たのは硬質な布地で作られた青の制服に身を包み、警棒のようなものを腰から下げている、薄茶色のミディアムヘアさんの姿があった。その頭にはイヌのような垂れ耳があり、こちらをチラ見した瑠璃色の瞳はどこか純朴で、背丈に関してはミアとソフィアの中間程度。


 これが以前言っていたイヌミミ族か。公的らしきその姿で前から来たということは、城門の警備員かなにかで昼休憩を上がったところと言った感じか。……え、ならヤバイのでは? あれ、でも、ん?


「オオカミはズル賢くて狡猾だから、キミも気を付けるんだよ?」


「オオカミは狡猾? 頭が悪いからそう見えるだけでしょ。わたしからしたらネコのほうが見境無く媚び売っててイヤラシイと思うけど。それにわたしは人間に忠義を尽くすイヌ族。野蛮なオオカミとは違う」


「ナッ……言ったねぇ!? その心、侮辱してるね!?」


 やめりゅんだ、犬猫争いはきのこたけのこ戦争に通じる最大のタブーだぞ……。


「あなたも気を付けたほうがいいよ。ネコは誰彼構わずにすぐ媚びるから、誰の子供か分からないなんてことも良くある。しかも心の中には損得勘定しかない。わたし達はご主人と共に苦楽を共にする覚悟がある。結局は自分にとってなにかしらの得があるからあなたと一緒に居るんだよ」


「え? あ、ハイ……」


 ミアとは顔見知りのようだが、出会って一分もしない初対面さんにこんな事を言われて、どう反応すれば良いってんだよ誰か教えてくれ。助けてくれ。


「逆に言うけど、お互いになんの利益もない”無駄”な関係なんてあり得るのかなぁ~。それにね、子供はみんなのタカラなんだよ? みんなで面倒を見る。父親が分からなくても母親は分かるし、誰の子供でもいいんだよ。あとイヌこそ誰にでもすぐしっぽ振るじゃん。ボクたちは人見知りだから警戒心の強さで言ったら番犬にも負けないよ。そういえば門番のくせにやたらと話し掛けてくるお喋りなイヌも居るよね。番犬失格じゃんってたまに思うよ」


 そう、キミのようにね。という続きの声がありありと聞こえる口振りだった。みんな機嫌でも悪いんかよと思ってしまう。何故に聞いてるこっちがビクビクせねばならぬのだ。


「それは農民上がりの雇われ。最初から忠義を尽くしている門番は厳格」


「この街は軍隊を持たない。すべて周辺国からの傭兵」


「だってさ~? ぷっぷー♪」


「わっ、わたしがその傭兵だが!? 大公国に忠義を尽くす傭兵だが!?」


「はいっはいっ。んじゃ傭兵さん、ボクたちは宿を借りないといけないから、雇われのお仕事ガンバってねっ!」


「雇われだが傭兵も大公国へと利益がもたらされる立派な仕事であって、無数に訪れる客の中から不審な者を探し出すのもそれなりの経験則が無ければ……」


 先を行く俺たちの背後で独り棒立ちして、とかなんとかと言っているが、ネコVSイヌも恐ろしいものだなと。


 辛辣にも聞こえる言葉や嫌味節ですらも容易く口にしてなんでも言い合えるのは、この星の文化なのだろうか? 周りの空気を読んで人の気持ちを考えてその場の流れを察する必要があった国の出身者からすれば、人と人との距離が近いのは軽くカルチャーショックであった。


 友達は簡単にできそうだし、人脈も広がりそうではあるけども、気さくなコミュニケーション文化に慣れるのにはまだまだ掛かりそうだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ