056 第二十一話 宗教的独立国家
孤児院からしばらく行って丘を越えると、街を丸く囲む高い城壁が目の前にそびえ立っていた。そこに中規模程度と思われる街への城門が開かれており、商人や観光客らしき人々に紛れて正面堂々入ろうとするものだからどうなっているのかと。俺達は逃亡犯ではないのか?
「ここは中央国の中にあって独立している小国。薬莢が心許ないからはや……」
「それはわかってるよ!」
「うん、で?」
「ここは、独自の信仰を掲げる都市国家。通行証は必要ないけど、それはまた同時に追っ手も容易く侵入して来るということ。でも国家間の揉め事には後ろ向きな中立国だから、追っ手が来たとしても容易には行動できない。はず」
「その”はず”が怖いんっすよ」
不確定要素ほど心を不安にさせるものはない。しかし、国境越えを果たす前に準備を整えねばならないのもまた事実。本当に大丈夫なのかと心配だが、このリスクを避けては通れないらしい。今はソフィアの言葉を信じて足を休ませるしかなさそうだ。
そうして人混みに紛れて石造りの巨大な門をくぐって行くと、先に見えてきた街は結構栄えており、街全体が平地にあって高低差など無いというのに、真正面のやや遠方に神殿らしき巨大な建造物が視認できて、否が応でもそちらへと目が行ってしまった。
おそらくこの街のシンボルであり、宗教都市と言うことはこの街の中枢部なのだろうが、青空にクッキリと浮かぶ灰色のそれはかなりの存在感があって、まさに寺院と同じような演出であった。
街では目立ってしまうので外套のフードを深くかぶり、ミアの尻尾を目印に二人からはぐれないようにと気を付ける。
「ってか、こんなん被っててもさ」
「獣人族にはバレバレだね」
「いや全員にバレてる気がするのですがそれは……」
今まさに城門を抜けようという所なのに早くも周りの視線が痛く、羞恥心で気が狂いそうだった。すれ違う度に驚きを露わにして二度見してくる人々の声無き声を代弁するならば、『魔者!? あれ、え、男!?』まさにこんな感じ。
例の褐色姉さんもこちらと同じくらい背が高かったが、やはり基本的にはまず身長で目を引いてしまい、次に服装や体型で察せられてしまうらしい。
魔者に対して警戒しているのは解るけども、ハゲウサギどもに続いて人々にまで視線を注がれるとは……。でも無事に逃げられたし、きっと今日の運勢は小凶かな。
「この辺で黒髪は珍しいけど、ここなら観光地だから大丈夫だよ!」
「髪の心配は誰もしてないよ……」
などと応えながら城門を抜けて街に入ると、頭から灰を振り掛けて旅人を歓迎するものは知っていたが、まさかミニスカートを履いた健康女子たちがずらりと並び、口に含んだ水を四方八方から一斉に吹き掛けてくるとは思ってもみなかった。
霧状に霧散するそれは呼吸に乗って否が応でも口に入り、意図せず心が弾んでしまう。どうやら男子にしかやらないらしく、尖った唇の矛先はすべてこちらへと向けられていた。
途中で立ち寄った村の住人が密告……いや普通に噂として広まっているのか?
いつこちらが訪れると知ったのかは不明だが、スカートから覗く生脚や絶対領域が道の左右にいくつも並んでおり、非常にけしからん眼福さ。
しかし単純な人間ではないので直視するわけにもいかず。何事もない顔で前を見定め、視界の端で眺めるに留める。なにもかもすべて、この理性が邪魔をしているのは自覚していた。
次から次へと口に水を含み、止めどなく霧を吹き掛けられながら行列を抜ける頃には、しっとりと全身が濡れていて、目眩のような感覚を内心抱くに至っていた。
あまり意識を向けているとそれこそヘンになっちゃいますので、今は考えないことにし、つい先程の歓迎は忘れられないけども、取り敢えずは忘れることにする。そう、なにも無かった。ついさっきまで恵みの小雨が降っていただけ。
ともかく、一応は独立している国家らしいが、こうしてあっさりと街に入れてしまって肩透かしを食らってしまった。国を越えるという事で気構えていたのが嘘のようだ。王宮とは不仲なのか、あるいは中央国と言えども表立っては他国に介入できないのか。どちらにせよ、王宮に反旗を翻す逃亡犯からすれば好都合であった。
「大人気だねキミ」
「ソッスネ」
独自の信仰を掲げて独立までしてしまうあたり、どうやらここは一種の聖地らしく、休日の観光地レベルで人の数が多かった。
奥に神殿があるので、いま歩いているここは参拝客から金をむしり取――もてなす門前通りらしく、様々な店が立ち並んでいる様子であった。
が、やはりと言うかなんと言うか、周りがやけにソワソワとしており、ドミノ倒しのようにその反応は波紋し、広がっていた。物珍しそうにキャッキャされると動物園のサルにでもなったかのような気分に陥ってしまう。俺は凡能のフツメンなので更にそうだ。『展示物・人間のオス』通ります。
「あ、あのっ! 男の人、ですよね……? わたしアンナって言います!」
「シッシッ、ボクたちは見世物じゃないよ」
中には勇気を振り絞って声を掛けてくる子もいたが、片っ端から泥棒猫が追い払っており、まるで有名人にでもなったかのようだった。
しかし現実は、みんな新たな遺伝子を欲して詰め寄ってくるだけで、別にオレの事が好きな訳ではない。これは確実にそう言い切れる。頭では理解できるから呆れたりはしないけども、利己的な目的で詰め寄られてもまったく嬉しくないし、こう考えると昂ったばかりの気分が急降下して悲しくなってしまった。
女子校に転入した唯一人の男子と同じく、物珍しいオスとして娯楽の的になっているだけなのだ。つまり、退屈な日常から脱する為の道具だ。
「助かるよ……」
「まったく困ったものだねっ」
「ネコは身籠るまであなたを奪われたくないだけ。すべて物欲による行動」
「はぁああ~? だったらこの星のみんながそうじゃんっ! 普通を変みたいな言い方しないでよっ!」
「俺も分かってるからそうカッカしないでもろて……」
お互いに心良く思っていないのはこちらも察してはいるし、街に入って気が抜けたのだろうけども、だからといって生命を預け合い、この旅を共にする仲間なのだから喧嘩はよしてもらいたい。
あからさまに「ふんっ……」と頬を膨らませてそっぽを向いたミアはともかくとして、何事も無かったかのような澄まし顔でロシューを引き連れて歩くソフィアは少しこあいと思いました。
二人はなにかと相反していて毎回衝突を繰り返しており、まるで右大臣と左大臣のようであった。共通点は、多分カネ。あとオトコ。




