055
逃げる事が今の俺にできる唯一の生存戦略であった。よく考えてみようぜ? 一般市民として暮らしていた普通の凡人が、鶏すらも締めたことの無い生ぬるいひよっ子が、人を喰らうことしか頭に無いヤヴァイ奴らに太刀打ちできるとでも思うか? 食べ物としてヒトを認識している獣らと仲良くできるか?
俺は思わん。まったく思わん。考えるよりも先に判り切ってる答え、それが逃げるだ。小石に躓くなんていうミスを侵さずに、この一択を全力で疾走して完遂するのが生き残る為の唯一の方法。
「荷物、大丈夫かしら」
「ロシューよりそっちの心配っすかッ……てアッチィ!」
「あらごめんなさい」
「どうか耳のそばでは撃たな……ぐぇッ……」
そう、焼けた空薬莢シャワーを頭上から降り注がれても、至近距離で鳴り響く乾いた発砲音に鼓膜を傷め付けられても、細い腕に喉元を締め上げられても、ナイ胸を後頭部に押し付けられても、この足は確実に土を蹴り続けなければならないのだ。義理の親や親族を殺された二人はともかく、立ち向かって戦う義理など俺には毛頭無い。逃げるのみ。それのみ。
この惑星に連れ去られてから体力は付いたものの、だからと言ってヒーローになれるだなんてそんな都合の良い話しがあってたまるか。俺だって悔しいが、現実を飲み込んで適応するしか手が無いんだから仕方ないだろ。逃げるための脚力がっ、もっと欲しい! けどッ! 抗うチカラが! なにより欲しいぜ……まったくよぉおおッ……!
思えばいつもそうだった。しかしこれは前向きな逃避。自分を生かす為の、生き残る為の行動であって、決して否定的なものではない。だから俺は胸を張って逃げるし、逃げ延びたと自慢する。
まぁ王宮の求めに応じないのは否定的で後ろ向きな現実逃避ではあるけども、だからと言って従ったら今度は自分の気持ちまで否定することになってしまう。
使い捨ての種馬なんてゴメンだ。バカな男心が囁くのも事実だが、好きでもない他人となんて、しかも相手も別に俺のことが好きなわけでもなくて……。
「ふ~、なんとか巻けたね」
「もう弾が無い。急がないと次は無い」
そして、この二人もそうで……。
ソフィアを背中から下ろすと膝に手をやり、地面に汗を落とす。今は息を整えなければ、いつまた襲われるか分かったものではない。
女王はあの時、王家の存続に協力した後は好きな奴と好きなようにと言っていた。だが、実際は絶対に違う。言葉の綾を利用しているだけであって、その意味はもっと乾いた機械的なものだ。順を追って普通の恋愛がしたいのに、この世界でも叶わんのかと。
「あーキッツ……。あのさ、好きな人と好きなように、これ、どういう意味だと思う?」
「なに急に? まぁ、好みの人と勝手にどうぞってことじゃない?」
「そして、相手の目的は血脈の存続。私は違うけど、ネコは気をつけた方がいい。そこにラヴはない」
「らぶ……? はよく分からないけど、愛してるから! 失敬だな」
「護るべき友として、旅仲間として絆を有し始めているだけ。それは本当に愛? 目的のために利用したいだけでしょう」
「愛だよ愛! それを言ったらキミだってそうじゃんっ! 人は利用しあってナンボなんだよ? ねぇ?」
「ねぇって言われてもなぁ……。愛がなんなのかがまず分からんし」
ミアとは立て籠もり犯と人質との間に生まれる謎の絆にも近い気もするが、助けられているのもまた事実。最初はそうだったのだろうけども、少し状況が変わってこれとは異なっている気もする。
「それはボクもだけど……」
まったく息が切れてない二人をよそ目に来た道を振り返ってみると、少し遅れてロシューが荷物を揺らしながらトコトコと追い付いてきていた。いくら物質化しているとはいえ、肉としての味わいが薄くてポイされたのだろう。羨ましいぜまったく。
「愛なんて聞こえがいいだけ。共依存って言い換えれば理解できる。私はそう考えている。優しさや思いやり、同情や共感、あるいは相手への理解や受け入れを伴った共依存の関係、それが愛」
「それはまた厳しいお言葉で……」
「幼年を過ごした我が家が穢らわしい魔者の住処にされていた。平気でいられると思う?」
あまり詳しくはないが、しかもその魔者は師匠の仇、か……。表情に乏しいから口調で判断するしかない。というのは言い訳だな。少しは人の気持ちも考えねば。いやそれだと気を遣い過ぎて今度はこっちが持たなくなるし……元ボッチには難しいぜ。器用な人間になりたいものだ。
「キミはね、怒ってるなら怒ってるって言えばいいんだよ! じゃないと新人クンだって分かんないよ。重いって言われて卑屈になるのも分かるけどさぁ……」
「いや言ってないから! キツイとは言ったけどソフィアは軽いから平気だから!」
「そっか。でも尊敬の念は分かる。けど、私も男女の仲は分からない。乙女心はあるけど、他人に対する恋心はまだよく分からない」
「まー童貞と処女がいくら考えてもムダだよムダっ!」
「ド……少しは口を謹んでですね……」
改めて他人に言われるとグサリと来てしまう。理想を貫き続けた結果、このまま妄想力たくましい魔法使いに俺もなってしまうのだろうか。それはそれで良いのかもしれないけど生物としては……うーむ。
「あっはーん、図星だねぇ? まっ、恥じらう事はないよ。ボクだって同じだもん!」
「私も同じ、清廉潔白。落ち込まないで、みな同じ」
「慰めになってるのかどうかはさておき、これからどうするの?」
秘技・話題反らし! こなれたもんだぜまったくよ。まぁ魔獣から逃れた早々こんな話題に繋がる言葉を口にした自分が悪いんだが。こうやって気を抜いてる時を狙われたらお終いだろうから少しは気を付けねば。
「あの丘を越えた先に別の国がある。まずはそこへ向かう」
「別の国ってことは、国境を越えていよいよ亡命を果たすのか。あでも、検問所はどうやって通過すれば……」
「違う。国境は越えることになるけど、検問はしていない」
「どゆこと? 普通、国と国の間には……それこそ地続きなら国境線があって、出入国管理がされるもんじゃ」
「行けば分かる」




