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052

 ――逃亡する四人組が食事を楽しむ一方、村の外では硬質な甲冑の音が静かに、しかし確固として夜のしじまに奏でられていた。


「今宵はどこでお休みになられますか?」


「見て回り、再び街に戻る」


「しかしこの村にも宿が……」


「アタシにこんなボロ屋だらけの村に泊まれと?」


 闇夜に染まりながらも銀の月光を輝かせ、真紅に彩る髪を夜風に靡かせている少女は、ただ一人付き従う灰被りの侍女に目も向けず応えると、松明の灯火を鋭い瞳に映して、わざとらしくツバを吐き捨てるのだった。


「失礼いたしました」


「湯屋も見当たらぬ。お前は良いのか?」


 頭を下げ、無礼を詫びる大きな丸眼鏡の先には、剣を携えた少女によって地面に浮かべられた小さな水跡があった。真新しいそれはやや泡立っており、先を行きつつ振り向いた少女の唇へと目を移すメイド。


 口調に反して未だ幼さを残す剣士の唇は、炎の明かりを受けて微かに艶めいており、見惚れるようにして目を細めながらその顔を眺めると、


「もぉちろんでございますッ。わたくしめが綺麗にお身体を……」


 メイドは悶えるように言葉を震わせながらこう言って、自らの舌を小さく見せるのだった。勿論のこと、うわっ……とした顔で正気を疑う近衛兵であったが、意にも介さず顔を赤らめ、両脚を内股に曲げて擦り合わせている。


 蛙の子は蛙か。……痴女め。


「アタシは風呂に入りたい。却下だ」


「風呂など不要ではないですか……」


「イヤだ。風呂に入るのだ。見回ったらすぐに帰るぞ」


「しかし……」


「クドイっ! いくら手当てを施したとはいえ、アタシは未熟……お姉様が心配なの。察しろ」


「はい……」


「ゼッタイに殺してやる……」


 険しい表情に眼光を秘めた赤髪の少女は、明かりが灯されている宿屋の二階に気が付いたらしく、そこを睨み上げると一直線にそちらへと向かっていき、打ち破るが如く勢いでドアを開け放つと、


「アタシは近衛師団所属・第四分隊・隊長。赤焔の魔法剣士・ルゥナである。この宿に誰か泊まっているだろ? 部屋を見せろ」


「下賤な民に口上など……」


「ええいうるさいッ! 見せろ!」


 扉の先に居たのは、自らの母親と同年代に見える女将の姿であった。食堂を兼ねているらしいエントランスには四つの机が並べられており、その内の一つ、奥ばった位置に据え置かれた卓上には食べ終えたばかりと思わしき食器が並べられており、女将はその片付けをしていた。


 人数は……三人か。チョロイ仕事っ。


「誰も居ないよ。迷惑だから帰ってちょうだい」


「二階の角部屋に明かりが灯されていた。見せてもらう」


「はいはいっ、好きにしな」


 女将の言葉は嘘だ。なにかを隠している。こんな辺境の村に旅人など来るものか。訪れるとすれば人目を避けた犯罪者。一人はヤツ、一人はネコとして、もう一人仲間を得たのか。


 王宮から賜った剣の柄を手に狭い階段を上っていき、ドアの隙間から明かりが漏れている角部屋の前で古い自動式拳銃を構えたメイドに目を配らせると、ドアノブを回してそっと扉を開く赤髪の少女――ルゥナ。しかしそこに居たのは、見慣れぬ娘たちであった。


 上からの話しを聞くに、男一人とネコ族が一人のはず。しかしベッドに寝転んで編み物をしている中に猫耳族の姿は一人も見当たらない。あろうことか四人も居る。チッ……。


「ここは子供部屋だよ。うちは宿屋だけどね、こんな辺鄙な村に客なんか滅多に来ないんだよ。だから子供部屋にしちまってね」


 後ろから訪れ、やれやれといった様子を浮かべる女将を怪訝な眼で見遣るルゥナだったが、これ以上ここに滞在していると嫌味の一つでも言われてしまうと察したのか、的を外した恥じらいを捨て去るようにして、


「帰るぞ」


 メイドに当たるが如く鋭い声を響かせ、颯爽と踵を返すのだった。



 ――そうして二人の姿が居なくなると、去っていく姿を二階の窓から確認した女将は一階の厨房へと向かい、床下収納の扉を持ち上げて、


「もう行ったよ」


 ギチギチに押し込まれている四人へと声を掛けるのだった。


「はぁああッ……! あと一分遅かったら窒息してた……」


「こ、この惑星の一分っ、はぁあっ……ながい」


 来るならば今晩。女将はそう踏んでいたらしく、予め部屋の灯りを消して荷物を隠し、代わりに娘さんたちを別の客間に集めてくれていたのだった。


 誰が訪れたのかは知らないが、以前街道を駆けていった方々なのは容易に想像できる。鼻の良いネコ族やイヌ族ではなくて本当に助かった。――暗闇の中でじゃがいも達に囲まれながら、ソフィアよりもミアのほうが少しだけ大きいのを知ってしまったケド。


「でも、おばちゃんって子沢山なんだねっ! どうしたらそんなに男をちょろまかせられるの?」


「その男を前にして正々堂々とちょろまかすとか言うのはどうなんっすか?」


「そうさねぇ……」


 厨房に置かれていた野イチゴを勝手に摘みながらミアが相談すると、しばらく腕を組んで頭を悩ませていた女将はこう言うのだった。


「押してダメなら引いてみな」


「はてな?」


 その言葉の通りに小首を傾げて、口へと運んでいた手をミアが止めると、女将は続けた。


「自分から求めるのをやめて、襲っても良いと許可するんだよ。人は必死で求められると引いてしまうものさね。やんわりと許可だけ出して、あとは大人しく相手を待つ。いいよのシルシとして、なにか身に着けたりすると良いかもね」


 イエス・ノー枕かぁ。確かにあれは良いと思うけど、イエス出されたらしないといけない気がして、それはそれでプレッシャーよな。ドウテイだけど余裕で想像できるわ。こう考えると旦那さんたちって大変ダナー。


「そうだ、ちょっと待ってな」


 そう言って厨房から出ていくと、ミアに続いてソフィアまでもが食べ始めた野イチゴが三個カゴから消えていく間にも女将は戻ってきて、その手には細い白リボンが握られており。


「前に旅人さんから貰ったんだけどね、使い道に困っててさ。良かったらやるよ。まーそうさね……髪にでも着けて待ってな。男ってのは気分屋だからね、待つしかないんだよ」


 ソフィアとロシューが他人事のように見ている中、それを受け取ったミアは本当に嬉しそうな眼差しで手中のリボンを眺めたかと思えば、


「ありがとうだよっ、おばちゃんっ!」


 キラキラに輝くその瞳を上げて、勢い良く女将に抱き着くのであった。


「えへぇ~♪ これがイイヨのしるしだよっ? キミも覚えてっ!」


 本人を目の前にしてイイヨは無いだろうと……。


 受け取ったばかりの白いリボンをネイビーブルーな横髪へと結び付けて髪と共に垂らし、「どうっ? どぉ? どぉなのさぁ~?」といろんな角度から顔を近付けてきて、これでもかと見せびらかしてくるミア。まぁ、本人が嬉しそうにしているならば良いか。


「ま、普通に似合ってるよ」


「普通ってなにそれっ!」


「特別になりたい子に普通は……。よかったね、ネコ」


「良くないから!」

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