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そうして一通り安堵の声を掛けられると、宿屋の一階――昼間診療を行っていた場所で久し振りにも思える食事を用意してもらいながら、例の魔者について色々と質問し、聞かされていた。
「王都で張り紙が貼られていたのって……」
「失踪者」
硬そうなパンを食い千切りながら答えるミアだったが、
「魔者に連れ去られた失踪者かと、存じ上げます」
ソフィアにワインを注ぎながらすぐさまロシューは補足して、薄々感じていた予感が是であると教えてくれたのだった。
路地裏で人知れず姿を消す失踪者。世間的には家出や自殺で遺体が見付からないだけであろうと思っていたし、今どき他国や一種の集団組織に拉致されているとは思えないと泥棒猫も言っていたが、どれだけ心配させたくなかったのかと。あの時、不機嫌そうな様子で前を歩いて行った理由を、今になって知ってしまった。
どうやらミアは、俺が怖がるかと思って伏せていたらしい。確かにそんな話しを初っ端から聞かされていたとしたら旅に出る足がすくんでしまっていただろうし、ミアの手を振り払って王宮に戻っていたかもしれない。知り過ぎてしまった今では亡命を果たすのみだが。
「それじゃあ魔獣ってなんなの? 魔族は? てか魔者って……」
「順を追って話す。最初に魔族は、もう察していると思うけど、異界からやって来る魔者とのハーフ。次に魔獣は、魔者に血を分け与えられて眷属とされた、ざっくばらんな生き物。生きたまま変化させられてしまった哀れな動物たち」
「魔族が忌み嫌われていたのはその為だったのか」
「肉欲が強いのも、そうだねっ」
ミアに訊ねても変に気を利かせてあやふやなことしか言わないだろうと踏んで、お上品にも一口サイズにパンを千切って口へと運んでいるソフィアから説明を聞いていると、女将が持ってきた硬そうなポークステーキにナイフを突き刺して食らい付き、
「魔獣はあいつらの……んっく。統制を取ってる」
甘い麦ジュースでごっくんと肉を流し込んだかと思えば、上がってきた発泡感を健気にも抑え込んで語るのだった。真顔ではあったがゲップするのを我慢してみせたその姿に、ミアも女子してるんだなと。
「ならさ、魔者を倒せば操り人形ではなくなるってこと?」
「血に染められた時点で手遅れ。統制を失ってバラバラになるだけ」
「リードを引く主人が居なくなれば、好き勝手に生きるのみ。か……」
きっとこの村の付近に彷徨く魔獣はあの一体だけではないだろう。自衛団のロングさんに傷を負わせた魔獣は退治されているとしても、まだ残党が居ると想定して備えたほうが良さそうだ。これはこの村の人々の仕事ではあるが。
「にしても、あんなにも人間っぽいとは。最初は普通の男かと思ったわ……」
こう考えてみると、俺に屈辱的な記憶を刻み込んだあのマルティ……も人間かどうか怪しい。いやだとしたら王宮と手を組んだりなんかしてないか。アレは一種の種族なのだろう、うん。――とか頭に浮かべている間にも、メシにがっついているミアに変わって今度はソフィアが続けたのだった。
「魔者は舌が長い。故に、人の言葉を口にするのが苦手と云われている。言葉はグラマー。グリモアに通じるすべての始まり。聖なるもの」
「うん、俺にモーガンの言葉はわからん」
その時間は居眠りする時間でしたスミマセン。
「つまり、舌っ足らずな異形の存在。師匠は左巻きの異物と呼んでいた。わたしたち生物を構成する設計図はすべて右巻きなのに、魔者は異なるのではと。右巻きの肉を持つ魔獣は反転した鏡像的基質によって汚染されたが故に苦しみ藻掻いていると」
「つまり?」
「師匠は言った。時空の狭間から滲み寄る不均衡な諸力であると。幽界の狭間から這い出てきた、不均衡をもたらす魔の勢力であると。師匠はこれを、クリフォトの怪物と呼称していた」
その魔者が女子をさらって時には喰うらしく、毎年被害が出ており、対策本部が各国に敷かれているらしい。今までは男連中が妻子を守る為に率先して狩っていたが、無能な誰かさんによってこの村のように他でも人手不足に陥っているとのこと。
「女子と子供の肉を好む、まさに人類の天敵。天使の陽にも悪魔の陰にも属さない、この世の異物。魔獣や魔族は犯された人間や獣の子だから哀れだけど、自然の摂理を無視して生の流れをかき乱す外道は許せない」
ソフィアが言うには、魔者はロシューと同じく元は霊体であり、物質となってこの世に干渉してくるのだとか。――いやだとしたら何故この世に……。
奴らの目的についてソフィアも口にしないという事は、ソフィアのみならず他の人々もそれを知らないのかもしれない。本人たちに訊ねるにしても、あれではな……。
「王宮や貴族は、他世界の血をこの星に入れるのはよろしくないと考える純血主義者が多い。他世界の血とは即ち、男子と魔者を意味する。一度は滅ぼした男を渋々入れたのも、大切な娘が反抗して魔者に身を捧げるかもしれないからだと、わたしは推察する。中央国の王女が魔者と交わることだけは避けなければならない。あなたはおそらく、折衷案」
王宮としても苦渋の決断であったのだろうが、もっと男を入れて魔者と対抗すれば良いのに。とは思うものの、戦争を繰り返し、世界を巻き込む大戦にまで発展させた忌み嫌う男――それも他世界の男に頼るのは、反乱軍の元長である女王としては選択し難かったのだろう。再び主導権を奪われてしまうかもしれないという恐れや、あるいは国としての自主権を保持したいのだ。
まぁ、自国の文化伝統を護るために、文化的侵略を繰り返す蛮族を排除して鎖国しているようなもんか。そんで俺は一人だけの出島。――あー、もう遅いけどシコティッシュなんかじゃなくて、デジマですって言えば良かった。
なんにしても、つい先程まで担いでいた一件があるので、王女さまが魔者に惹かれる可能性を案じて、忌み嫌っている男を試験的ではあるようだが再び導入した女王陛下の気持ちも、今なら理解できるかもしれない。あの美しい王女さまがあのようなコトになってしまうかもしれないと想像しただけで、全く無関係なはずなのに居た堪れなくなってしまった。
「王女さまと連絡取る手段ってないかな。少し時間をくれるようにと伝えたい……」
「そうね、なにか方法がないか考えてみる。わたしに任せて」




