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050 第十八話 事後

 盾は最高の防具だ。全身を覆う甲冑では魔獣が持つ猛烈な顎の力に負けて、鋼鉄ごと押し潰され肉にまで食い込んでしまう恐れがあるが、盾ならば噛まれる以前に衝立となり守ってくれる。


 これならば多少は移動の妨げになったとしても、もう少しばかり大きなものでも良いかもしれない。しかしそうなると今度は視界の妨げにもなるし、別方向からやってきた脅威へと咄嗟に対処する事も難しくなる。この小さな盾が俺には合っているかもしれない。自衛団のショートさんに貰っていなければ、今頃は……。


 とはいえ、終われば呆気無いものだった。いつの間にか脚の震えも収まっており、魔者の死に際を目撃していないのもあってか、まるで何事も無かったかのような気分だ。


 しかし背中には助け出した娘さんを背負っていて、その重さが過去を否定するのを許してはくれず、今までの出来事はすべて現実であると突き付けられていた。


 俺は理想主義者の純情者であると自覚はしているし、そうでありたいとすら思っているが、女子の裸体を前にしていちいち動揺するほど純粋でも無いので、茂みの中に寝かせられていた真っ裸の娘さんを背負う事に抵抗は無かった。裸の状態で村に戻すわけにもいかないという事で服を着せる手伝いも一応は出来た。


 しかし俺は、別の意味で目を逸らしてしまっていた。魔者を退治してそこへ向かうと、縄を解いた後も娘さんの眼はイッてしまっており、恍惚とわななく口元からはよだれが零れ落ちていて、もの寂しそうに、なにかを切望するかのように、紅潮としたそのカラダをよがらせていたのだ。


 村に戻るとそこら中で松明を焚いて、俺たちの帰りを待ってくれていた。きっと暗闇の中でも村の方向が分かるようにと気を利かせてくれたのだろう。見ず知らずの人々に心配してもらるのは嬉しかった。


 魔者から救出した娘を母親に戻すと、言わずもがな項垂れていたが、宿屋含め、村の方々にはお礼を言ってもらえた。あまり嬉しくはなかったのを覚えている。


「救ってくれてありがとうね……。しばらく滞在するといいよ。あの家の代わりに宿賃は私に持たせて頂戴。気の済むまでゆっくりしていきな」


「でもあまり長くは……」


「おばちゃん、それは助かるけどさ、ボクたちは一箇所には留まれないんだよ」


 こちらの言葉を遮るようにしてミアが言った通り、特定の場所に長時間滞在するのはリスクが高すぎる。ただでさえ徒歩で行ける範囲にまで追っ手が迫っている状況なのだから、そんな悠長なことをしている場合ではない。今は作業的に脚を休めてさっさとここを出立し、人が集まる場所ではなく大自然の中に身を投じなければならないのだ。


「そんなの分かってるさね。男を引き連れてこんな辺鄙な村に……ワケアリだろう? 王宮から逃げてるんなら協力させておくれ。私の夫は男狩りにあってね、王宮には恨みがあんのさ。匿ってやるから心配はいらないよ」


「裏切ったら許さないよ」


 とかなんとか現状の危険さを考えている傍で、滞在する気満々のネコ。ミアからしても本心ではのんびりと休みたいのだろう。道端で転んだとて小さな子供ならば平気なように、色々な意味で身体は軽そうではあるものの、表には出さないだけで疲労が蓄積しているのかもしれない。


「アハハっ、それは怖いねぇ! やだやだ、御免だよ。誰も居ないことにするから安心しな」


「女将、気持ちは嬉しいけど弾数が心もとない。予定通り一晩だけでいい」


「あら、そう?」


 しばらくはこの宿でゆっくり過ごせそうだ。と思った矢先にこれなのだから、もうどっちだよと。今はお二人さんの顔を交互に見比べて成り行きに任せるしかなかった。


 もしも強く発言したとすれば意見を尊重してくれるのかもしれないけれども、俺の判断によってみなに危険が及ぶのはもう嫌だ。やはりこういうのは現地人に任せるのが安牌。


「うん、思いのほか使ってしまった。このままでは対処できなくなる」


「まぁ盛大にぶっ放してましたもんね……」


「飛び込む隙も与えないで、ここぞとばかりに何発もね」


「気持ち良かった」


「気持ち良くバンバンしたせいでヘンなことになったんじゃんっ!」


 有事の際は相手をからかう程の冷静さを見せるミアと、普段は冷静沈着な割に、いざと言う時は調子に乗って周りが見えなくなるソフィア。まるで両極端であった。因みに俺はどっちにしてもアタフタです。状況は飲み込めつつあるけども、普通はこんなもんだと思う。


「ま、まぁまぁ……! それで、あの子はどうなるんですか?」


 ガルガルシャーシャーと睨み合っている二人を制しながら女将へと訊ね、話しを別の方向へと誘導する。喧嘩したいなら好きにすれば良いが、目の前で言い合いされると見ているこっちが気疲れしてしまう。


「子供がデキたら親子共々、魔族の街に移り住む事になるだろうねぇ……。別に私たちは追い出そうだなんて微塵も思ってないけどさ、貴族連中は純血主義でね。ここも中央から左遷された辺境伯と言えども貴族様の領地。私たちがとやかく言う権利は無いんだよ。残念だけどね……」


 穢れを背負った被害者やその子供は村八分にされるということか。貴族からすれば自らの領地にそんなマガイモノは置きたくないのだろう。一般市民からすれば哀れな被害者として同情を寄せ、差別する訳ではないとしても、貴族に隔離されてしまったら性格まで歪んでしまいそうだ。


 聞くところによると、魔族は同類である魔獣を狩る事によって存在が許されているらしく、居場所と仕事があるだけまだマシ、唯一の救いだと思えた。


「ほんっと、無事に戻って来てくれて良かったよ。村の問題にとか、自衛団がとか色々と言いたいことはあるけどさ、言うだけ無粋っ。ゆっくり休んでおくれ!」

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