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 あまりにも娘さんとの距離が近いので拳銃では狙撃出来ないと判断したのか、廃屋内へと向けていた銃口をやや反らして発砲音を聞かせることを目的に射撃しているらしいソフィアの片隅では、銃を撃っている主人を取り囲むようにして地面に円形と不思議な文字を杖で描き、


「エル・シルフィード。エル・サラマンドゥラ。エル・ウンダァナ。エル・グノーメ。――霊的精神保護、完了」


 素早く描き終えるとロシューは杖の中程を持ち、腹の奥に響くような声でそのような名を唱えながら、四方の空中に十字と円形を重ねた図形を描くのだった。それが終わると今度は、


「我、アデプタス・メジャー・マスター・モーガンの直弟子。位階四=七、フィロソファスのエス・ソフィアは、均衡と調和のため、聖なる御名において魔を撃ち祓う。アドナイ・アドニス――。ロシュー援護を。あなたも離れないで」


 宣言のようなものをしたかと思えば、首から下げている護符を用いて両肩、額とみぞおちとで十字を切るソフィア。主人の隣に杖を突き刺して魔法円の外に立ったロシューはトランクケースを両手に持ち上げ、どうやらそれを盾、あるいは武器にするらしい。


「全力でお護りします。しかしこの身では……」


「イヒヒッ……醜悪なるクリフォトよッ! 滅びなさいッ!」


 不安げな様子で前に立ったロシューの言葉も聞かずに、こちらに気を向ける為に今まで放っていた銃口を相手へと向けて、いざ殺しにかかるのだった。すぐ隣から聞こえてくる周囲に響き渡るほどの発破音を受けてソフィア側にある耳を塞いでいると、もう片方の耳からは森のささめきに乗って不気味な声が届いており、


「オンア……オンア……オンア……オンア……」


 それは、魔者が持つ分厚い唇の奥から聞こえてくるようであった。動物の鳴き声にも聞こえる野太い声で、うわ言のように声を発しながら近付いてきたかと思えば、ギョロリと眼を動かしてソフィアを視界に捉え、


「オンワァアアアッ……!」


 急に絶叫しながら走り出して、踊り狂うが如くこちらとの距離を詰めてくる魔者。であったが、


「ヒャヒャッ……! わたしの肉はキズモノよ?」


 乾いた爆音が何発も続けて立ち上り、無惨にも男の額や片眼が穿たれたのだった。引き攣った笑みを隠し切れていない隣に目をやると、人間の範疇を留めてはいたもののこれでもかと口元が裂けており、聞かずとも愉快であるとその顔が物語っていた。


 魔者をおびき出す事には成功しているが、あまりの変貌ぶりに仲間であるはずのこちらまで恐ろしくなってしまった。銃を撃つ時だけ眼がイって……上機嫌になってしまうらしい。


 前髪の分け目から覗く左眼には火花のフラッシュが反射しており、しかし目を細めるどころか盛大にカッ開いて愉しそうに眼を焼いている。


 あれだけ肌に汗を浮かべて緊張を顕わにしていたというのに、今では見下すように背中を仰け反らして高笑いを繰り返し、既に何発か命中しているというのにソフィアは射撃の手を止めようとはしなかった。


 撃鉄を引いてカチカチと虚しい音が鳴ると、手慣れた手付きで足元に排莢して素早く、ほんの数秒程度で再び弾を込めて六発撃ってみせる。それはソフィアが満足いくまで続いた。


 さすがの魔者も蜂の巣が如く腹部や顔面に何発もの銃弾を浴びて足を止めていたが、しかし倒れ込むでもなく、また伏せるでもなくその場に立ち尽くしており、幼児が如く舌っ足らずな発音で「オンア……」と呟く声が未だ微かに聞こえていた。先に聞かされた通りに人間とは違うらしい。頭には脳ではなく何があるというのだ。


 その間にも魔者の背後では、半壊した家屋内へと入り込んで娘さんを縛り上げている縄を切り、そっと抱きかかえて死体を引きずるが如く物陰へと運んでいくミアの姿があった。さすがは泥棒猫。忍び寄って掻っ攫うのが本業なだけはある。


「オ、オンア……。カワ……。カワ、ィ、イイイ~ッ!」


 肩を落とすような形でやけに長い腕をダラリと垂らして俯いていたかと思えば、誕生日プレゼントを貰ったコドモのような笑みを無邪気に浮かべながら曲がった背中のまま天を見上げ絶叫すると、仰け反らせていた首を戻して満面の笑顔を夕陽に輝かせ、銃弾に穿たれた複数の丸い傷跡から蛇のようなものを生やして、闇色をしたソレを猛烈な速度でこちらへと伸ばしてくるのだった。それは、シカの魔獣と同じものだった。


「ロシュー、肉の壁になりなさい」


「イェス」


 すると咄嗟にソフィアの前へと躍り出て、パッと大の字に両手を広げるちびっ子。確かに命令で言えばそうだが、その手にしている鞄はなんの為に……。と頭に浮かべた次の瞬間、横から伸びてきた影を視界が捉えると同時に、気付けば自らと背後のソフィアを盾で護っている自分が居た。


 手で握れそうな細さのくせに、ジリジリと腕に痺れを残した強烈な衝撃を盾で受け流すと、次の攻撃に備えて滴る汗もいとわずに魔者を見定める。盾が無ければ命が二個失われた瞬間だった。――ロシューはモロに食らっていたが。


 そう、魔者とソフィアとの間に立ち塞がるようにして前に躍り出たロシューの背中――およそ肩甲骨の間からは触手の頭が突き抜けており、胸の辺りの物質濃度を高めてなんとか受け止めている様子であった。


 一目散にソフィアへと向かって放たれつつも、そうやって目標を前に動きを封じられてしまった闇色の先端部にはパクパクと動く口がついており、なんと舌まで覗いていた。そのくせ眼に値するものは見当たらず、粘液塗れでうなぎにもどこか似ていて、非常におぞましかった。


「ロシュー……! ……ひひっ……アひッ。いいじゃないロシューッ!」


 肉の壁に護られ、鞭のようにしなって再びやってきた触手を必死で盾で受け流している傍で、主人であるソフィアは笑っていた。


 一瞬心配そうな声を上げたかと思えば魔者に応えるように口元を歪ませて小首を傾げると、リボルバーの上部に備えられた簡易的な照準に目を細めて硝煙と火花を散らし、残っている魔者の片眼を容赦無く撃ち抜くのだから、もはやどちらが狂っているのか分からなくなってしまう。


 しかし両目を失ったにも関わらず魔者は未だ健在らしく、「オ、オンア……」と呟く声が止まらない。どれだけ弾を浴びせれば良いというのか。


 新たに生じられた銃痕からは気色の悪い体液が滴り落ち、それは凝固して新たな触手へと姿を変え始めていた。このままではキリが無い。ソフィアが撃てば撃つほど触手の数は増えていくばかりであると悟り、


「それ以上は……!」


 衝撃と共に盾から伝わるにゅるりとした感触に背筋を慄かせながら、隣に手を伸ばして空の撃鉄を引いている手を抑えると、細まった眼でジロリと睨み付けてくるソフィア。それはまるで、虫けらでも見るかのような眼差しであった。


 しかし負けてはいられない。何度もそれに首を振ってダメだと伝え、必死で状況を理解させようとしていた最中、


「マスター、終わりました」


 胸に触手を抱えていた前方のロシューがふと声を上げ、ソフィアと共に何事かと目を配ってみると、あれだけ明るい笑みを浮かべていた魔者の顔はそこには無く、代わりに刃を手にして地に転ぶ頭と首無しの躯を見下ろしているミアの姿があったのだった。銃撃が止んだ隙を見て飛び出し、魔者の首を一刀両断。そのような光景であった。


「バカみたいにバンバンしないでよっ! まったく困ったものだねっ」


 呆れた様子で文句を言いながら足元に転がる躯を足蹴にし、躯の周りをぐるりと歩きながらミアが生死を確認していると、ロシューの胸に突き刺さっていた触手はドロリと溶け落ちて黒い塵となり、それは触手を伝って本体のほうにまで広がっていき、最後には跡形も無く消滅していった。


「なにそれ?」


「さぁ~?」


 虚空へと霧散した後に残ったのは、手のひらサイズの小さな黒い板切れであった。ミアが拾い上げて見せてきたそれは、金属とプラスチックの中間みたいな質感をしていて、半金属といった感じだ。


 ソフィアも首を振っているそれがなんなのかは不明なものの、成果物として鞄に入れて我が物とするのだから、泥棒とはなんとも。


 なんにしても、二人が無事で良かった。ミアに聞かされていた通り、俺以外の男子は全員人間ではないらしい。


 今回は明らかにおかしな奴だったから良かったものの、今後は男を見掛けたらまずは用心したほうが良いかもしれない。相手がもし、女装した男の娘だったとしたら……これを考えるのは止そう。ツイテルかツイテナイかの見分け方を切に願う!

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