046
のどかな景色を横目にしばらく行くと、周囲に響き渡る金槌の音が聞こえてきて、「ほらあそこ」とショートさんが指差した先には、
「そっちもお願いねえ」
「あっちはもうやったよバァチャンっ!」
「なら雨樋をお願いねえ。雪の重さで……」
「それを今やってるんだよぉぅ……!」
家屋の上に登ってひぃひぃ言いながら釘を叩き、屋根修理を手伝わされている姿がそこにはあった。その辺の日陰で昼寝でもしているものかと思っていたら、いいように使われ――真面目に人助けをしていて感心しました。
「終わるまで少し待ってよっか」
その姿から目を離してソフィアに視線を向けると、「そうね」とミアを見上げている端正な顔の先、何人かの村人たちが土を耕したり毛の長いウシみたいな動物を引いて歩いている景色の中、一人だけ様子のおかしい人物が右往左往している事に気が付いたのだった。
ウロウロとしている姿をよくよく見てみると、初老らしき痩せた女性が片っ端から村人に声を掛けており、どこか切羽詰まった様子を浮かべていた。
ソフィアは治療、ミアは肉体労働をして人を助けているのに、俺だけなにもしていない。これでは世間様に顔向けができない。ただでさえ顔向けできないのに、これでは一人だけなにもしていないグータラに思われてしまう。ってことで、やって参りました俺の出番! 待ってろよ、なんかちょっと垂れ目なおばさん!
「あのー、どうしたんっすか?」
「え? あ、あぁ……それが、娘が……」
まるでボランティア精神に富んだ学生が如く颯爽と駆け寄ってどうしたのかと訊ねると、娘が居なくなってしまったらしい。最後に言葉を交わしたのは昨晩で、朝起きたらどこにも姿が見当たらないのだとか。
「またか」
「これで四人目ですね……」
輪から抜け出して不意に駆けて行ったこちらの事が気になったのだろう、話を聞いている間にも背後から自衛団二人の声が聞こえてきて隣に並び、聞くところによると、どうやら近頃、この村ではよく人が消えるのだそうだ。王都でも張り紙がいくつも貼られていたし、この村のみならずこの国では。と言ったほうがより正しいのかもしれないが。
「お礼はしますので……! 娘をどうか……どうか……」
気の弱そうな方なので最後までは言われなかったが、娘を探すのを手伝ってほしいその気持ちは充分に伝わった。この村の経済状況を目の当たりにしているので報酬は別に期待していないが、そうは言われてもどうすれば良いかと困ってしまった。
「きっと、魔獣に連れ去られたのかもしれません……この辺りはよく出没するので……」
魔獣、か。だとしたらもう……。いやしかしでも、そうとは限らないし。
「わかりました。えっと、娘さんの外見は」
「私とおなじ、よく洗ったジャガイモの……この髪色! で……」
一文無しのこちらと違って二人は金があるようだが、いつまでも女の子に奢ってもらうわけにもいかない。今更ではあるが、魔獣は怖いが――それでも男としての見栄を少しでも見せたかった。
未だに動揺を浮かべているおばさんが言うには、行方知らずの娘の年齢は俺と同い歳らしい。改めて年齢を突き付けられると胸に刺さってしまう。
「みんななに話ししてるの? もしかしてボクのコト!? いやぁ照れるなぁ……♪」
「精一杯働いてたもんね。違うよ」
これからどうしようかと腕を組んでいると、必死でカンカンしていた音がいつの間にやら止んでおり、代わりにそんな声が背後から聞こえてきたのだった。簡単に応えつつ、村の中で朝から聞き込みをしていたとして、それでも収穫が無いなら村の外か……などと考えている間にも、
「カクカク・シカジカ」
最小限の言葉で事細かく詳細に説明してくれる頭の良いソフィアさん。いやぁ助かる。
「まったく分からないよっ!」
「ゴメンだけど、アタシたちは行けない。コイツは怪我してるし、ただでさえ動けるヤツは少ないんだ。アタシが離れてる間に村に攻め込まれたら……」
もはや脊髄反射でツッコミを入れているミアの声も構わずに、話しに戻ってショートさんは言うのだった。確かに戦力的な意味で考えれば、この場に残っていてもらったほうが村人たちからしても安心だろう。たった一人の人間を探すために自衛団が総出で外に出てしまったら危険な状況であると容易に理解できた。
「代わりにコレやるよ、治療の礼だ。外の森は小さいが深い。気を付けてな」
真剣な面持ちで村のことを第一に考えている揺るぎない姿勢を見せると、防具も武器もない丸腰の姿にせめてもの気持ちとしてか、腕に装着していた小盾を外してこちらに手渡してくれるショートさん。
それは携帯性に優れた小型の盾で、板切れを張り合わせて鋼鉄で補強しただけの簡易なものだった。こんなものを所持しなくても済む安心安全な平和が一番欲しいところだが、今は仕方ないか……。
早速貰い受けたそれを観察してみると、裏側のベルトに腕を通して装備出来る構造になっており、これならば邪魔にもならなそうだ。
「あなただけでは不安。ロシューも呼んでくる」
「まぁ弱いっすからね……」
下手したら幼女よりも弱っちぃかもしれない。自覚はしているが、面と向かって言われると肩を落としてしまった。誰かを手伝うにしても誰かの手伝いが必要とはこれ如何に。自分でも情けなくなってしまう。
――逃亡犯は身軽さが命、もしもの時は俺だけでも逃げられるようにしとかねば……などと胸に抱きながら小盾を装備した腕を回して、逃げる際に邪魔にならないかと確認している人間が言うのもなんだが。そう、命は惜しいが重装備は叶わぬのだ。困ったものである。
「え、え、なになに? え、ドユコト?」
「いいからネコも来て。おばさんは村の中を」
「本当に、お願いしますっ……」




