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042 第十五話 火花散る星空

 都市全体を囲む城壁の外に身を隠してソフィアの買い出しを待つと、日が落ちる前に野営地を探し、本日は早めの休息となっていた。


 木陰に座ってピクニックと言えば聞こえは良いが、野宿となるとこれはサバイバルであると実感させられて、またか……とつい肩を落としてしまった。不満しか無いが、こればかりは致し方ない。


 林の中に入り込んで樹木の屋根を見付け出すと、倒木の上に腰を下ろして一息付いたその瞬間、俺はあることに気付いたのだった。サンドイッチするようにして右と左とにミアとソフィアが座ってきて、さり気なくこちらの太もも側面に手を触れさせてきたミア、そしてそれに反してなにもして来ないソフィアの二人から方向性の違う良い香りがすると気付いたわけではなく。


「なんか脚、痛くないかも」


「それはよかった」


「うんお陰さまで。筋肉が解れたのかなぁ」


「イイ物でも食べたのかもね?」


 いいモノとは? などと頭を傾げている間にも背負っていた荷物を置いてそそくさと藪の中へと入っていき、ものの数分で戻ってくる人工精霊。その手には小枝の束がたんまりと抱えられており、あどけない頬や手の甲にはいくつもの切り傷が浮かんでいた。


 しかし幼い柔肌に浮かぶ痛々しい血の色は、地面に石を並べて焚き木を組む頃には綺麗に消えており、頭では理解出来てもやはり不思議なものだった。木の葉や樹木のトゲに気を付けながら作業をするから人間は遅いのであって、きっとその逆なのだ。そう、あの魔獣も。


 そうして三人の人間が足を休ませている間に手際良く準備を成すと、地面に膝を付けたままふとこちらを見上げ、まるで困った犬のような顔をしてみせる幼女。


 今が男の姿だったとしたならば、どれだけ滑稽だっただろうか。可愛いだけでなんか残念だ。そんな姿を見てミアは察したらしく、


「しかたないにゃ~」


 ヤレヤレと言った調子でその子の隣へとしゃがみ込み、肩から下げている鞄から火打ち石と火打ち金を取り出して焚き火を起こそうとした――のだが、


「わたしの周りは火気厳禁。火種一つで全員爆砕する!」


 終始澄ました顔で静かに見守っていたかと思えば、急に声を張り上げて傍らに置かれている鞄を腕に抱え、慌てふためいた様子で背中を向けるソフィア。鞄を庇って目を見開き、必死でガルガルしているのだからこちらもポカーン。


「火花を散らすならこっちに来ないようにして!」


「はいっはいっ」


 まだ一晩しか共にしていないが、こんなにも慌てた様子を見せるのかと関心してしまった。結構面白い人かもしれない。高尚なお方かと思っていたらちゃんと人間してて親近感を抱きました。


「あぁそうだ、それひと摘み頂戴よっ」


「……いいけど、何に使うの?」


 訝しめな目で見遣るソフィアだったが、気にもせずに手のひらを上に向けてクイクイしてみせるミア。ミアは匂いで分かったのだろうが、なんの話しをしているのか皆目見当がつかない。それを受けて渋々な様子ではあったものの、ソフィアが手提げ鞄を開けて黒色の粉が詰められた小瓶を一つ差し出すと、


「こうするのさっ」


 コルクを外して枯れ葉の上へと粉を振りかけ、小枝が組まれている中に入れて透明感のある白い石を火打ち金で叩き擦ると、火打ち石から飛び散った火花が粉の上に落ちた途端、勢い良く炎が立ち上がり、あっという間に焚き火が完成したのだった。


「いやぁ便利だねぇ。ボクにも少し売ってよ!」


「ならそれあげる。お代はいいよ」


「やたぁ〜! いやぁ助かるよ!」


「湿気らないようにね。それは湿気に弱い」


 その粉は黒色火薬のようであった。なるほど確かに、元を辿れば火薬も錬金術の成果物。材料さえあれば容易く作れてしまうのだろう。脚が悪いというのにお供に加えさせてもらったお礼なのかもしれない。あの時は強硬な態度を取って我を通していたが、なんだかんだで内心では気にしているのかも。


「でもなんで火薬なんか持ってるの?」


「これに使う。予備は大量にあった方がいい」


 火気から遠ざけるようにして背後に鞄を置いたソフィアに訊ねると、腰から取り出して見せてくれたのは銀色の拳銃であった。それは年季の入った鈍い銀色のリボルバーで、弾丸が通過する箇所――つまり銃身部がやや長く、素人目にも古いものであると察せられるデザインをしていた。


「それは誰が……」


「これは形見。護身用だから安心して」


 唐草模様の彫金が施されているその拳銃は中折れ式らしく、中央部でパカッと開いて内部に込められている薬莢を見せてくれたかと思えば、回転式の弾倉を戻して引き金に指を掛け、姿を表した一番星へと銃口を向けて射撃の動作をしてみせるのだった。このとき、ソフィアが左利きなのを知った。右手で杖をついていたので理解したと言ったほうがより正確かもしれない。


「でも弾はどうしてるの? 弾薬、つまり火薬は良いとして」


「弾丸と薬莢は腕の立つ鍛冶屋に頼んでいる。あなたは、皮膚の焼ける匂いを嗅いだことはある?」


「いや、さすがにそれは……」


「わたしはある。火薬は傷口に振り掛けて火を着ければ消毒にもなる。跡は残るけど確実」


 そう言ってズボンの裾を捲り上げ、ブーツとの間に見惚れてしまうほど色白な素肌を見せると、布地によって隠れていたその先、右ふくらはぎの辺りにえぐれたような傷跡が浮かんでおり、違う意味で目を逸らしたくなるような酷い有り様であった。皮膚はよじれてその箇所だけ細かいシワが寄っており、肉を穿ち切り裂かれたかのような裂傷痕と燃え広がった火傷の跡が痛々しい。


「幼少の頃に噛まれ、首を振られてしまった。最初は筋組織が傷付いてまったく歩けなかったけど、錬金霊薬のおかげで少しは歩けるようになった。キズモノでごめんね」


「いや別にそんな謝るようなことでは……! むしろ他の人とは違う特別感があると言いますかね」


「ボクも傷くらいあるもんねっ」


 嘘偽り無い考えを真面目に語った途端、ムっとした表情ですぐさま張り合ってくるのだから呆れてしまう。もうね、脊髄反射かよと。負けん気強くてなんでも良くなってる気がするのですが。


「こことかぁ、こことかぁ、こ~んなっトコにもあったりするかもねっ?」


 包帯が巻かれている太もも、治り始めている脇腹の小キズ、そして襟元に指を引っ掛けて控えめな膨らみを見せてきたミアから目を反らし、テキトーに「はいはい」と応えながら脳裏に浮かんできた卵型に全力で首を振っていると、


「ネチネチしたその喋りかた、誰かさんに似てるね」


「ハッ……」


 あっさりと代弁してミアを黙らせ、ソフィアは続けた。


「わたしは孤児だった。父親は誰だか知らず、母親は戦死。身寄りもなかった。だから孤児院で暮らしていたんだけど、その頃わたしは、時たま施設を抜け出して独りで森へ入るのが好きでね、その日も人目を盗んで不思議なものやヘンなもの、なにかキレイなものと出会うことを期待して、駆け出していったの――」


 そうしたら運悪く魔獣と遭遇してしまい、エサと見做されて襲われてしまったらしい。必死で抵抗していたそんな折、男の役目を終えて放浪生活をしていた師匠に銃で助けられ、傷口に火薬を振り掛けられて着火。消毒してもらったとのこと。故に魔獣とは因縁があるという。


「魔獣は哀れな生き物だから恨みは無いけど、元凶は許し難い」


 そう語る言葉が印象的だった。脚が悪い原因はそういう事だったのか。


「その出来事をきっかけに引き取ってもらって、それからは一緒に暮らしていたんだけど、わたしに知識を伝え終えるとあっさりと亡くなってしまって。本当に静かな最期だった」


 老いぼれの魔術師に育てられた娘。一言で言い表すならばこうなる。確かに不思議でヘンな話しだ。しかし孤独な魔術師ゆえにこの星へと連れて来られ、今までに拐われた方々も同じような境遇にあったとしたならば納得ではある。


 共通点はやはり人付き合いのない、急に行方知らずとなっても誰も不思議がらない人物なのかもしれない。だとしたら変人率も多そうだ。


「この銃は師匠が居なくなっても、わたしを守り続けてくれているの」


 義理の親が残した形見を愛おしそうに眺め、ふと思い付いたようにポケットを漁ると、


「これも師匠の置き土産。これもそう、今はわたしの愛用品」


 本皮で閉じられた一冊の書物の上に懐中時計と真鍮製らしきペンデュラムを乗せて見せてくれたのだった。すべて年季を感じさせるものだった。


「時計と振り子と魔術書、そして銃。様々な言葉を残して天に召されてしまった。教会や貴族の屋敷に行けば時計はあるけど、こんなにも精巧で小さな時計を作る技術はまだ無い」


 ソフィアが師匠と仰ぐ人物が何歳頃こちらへと連れて来られて、何年前に没したのかは定かではないが、自称三十二才のソフィアが幼少の頃に出会った際にはすでに現役を終えた老人だったという事は……。


「一〇〇年くらい経ってるのか。にしては綺麗だね」


「銃は分解して磨いているからね。でも、あなたの感覚で言えばそうかもしれないけど、実際は少し異なる」


「どゆこと?」


「この星の一日はあちらの感覚で言えば二十五時間、一年は三六〇日となっている。二十四時間の感覚で言えば一〇日ほど長い」


「えーっと……」


「二十四時間として制定されてるけど、この時計は一時間速い。つまりこの時計の速度で言えば、実際は二十五時間ほど」


「毎日竜頭を巻いて時間を合わせてもズレていくなら、タイマーにしか使えないってことか」


「そうなるね。一般的には振り子の等時性を利用している。ある程度金銭的な余裕がある家庭には振り子時計が、街の中心には巨大な振り子が仕組まれた時計塔があったりする。寺院はお線香の燃える速度を利用して時間を測り、日時計が設置されていたりもする。農地では今も鳥と同じ生活を送っているけどね。これが一番健康的」

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