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004

「あそこに隠れようっ!」


 泥棒猫の言葉に無言で頷き、街の外れにぽつんと建っていた廃屋へと逃げ込む。気付いた頃には街の外れまでやって来ており、朽ちかけた古い木造の家屋は森の傍らに建っていた。見るからに誰も住んでいないとはいえ、平然と侵入してみせるのだから流石は泥棒である。一緒に身を隠したこちらも共犯だけど。


「ふぅ、危なかったね……。みんな子供が欲しいから躍起になっててさ。やっぱ好きな人とがいい、よね……?」


 そうして廃屋に入ると二人して室内の壁に寄り掛かり、息を整えることになった。それは良いのだが――掴んだまま手首を離さないのはどういうことですか。躍起になってるのは誰ですか。あなたですか。そうですよね?


「ボクじゃ、ダメかな……」


 こちらのみぞおち辺りにピッタリと胸当てを押し付け、無言で見上げてくる猫耳娘。真鍮色の瞳はうっとりと細まり、わずかに潤んでいた。猫耳が生えているということは、暗闇の中でその眼を見れば緑色に光るのだろうか。


 女王様の言葉を信じるならば、本当にこの惑星には女子しか居らず、故に男は貴重であり、この泥棒猫も子孫を残すために――。やはりあなたでしたね。拐ったのはそういうコトでしたか。この、この……。


 至近距離で、というかミリも隙間が空いていない密着した姿を見下ろしていると、身体の奥底から熱い魂の叫びが込み上げてきて、


 か、かわ……。も、もももッ……モヱヂニュッ!


 なんとか喉元で抑えたので声には出さなかったが、内部からの圧力によって眼球が飛び出してしまいそうになってしまった。きっと鏡を見たら血走った眼をしていたと思う。


 つい先程まで必死で逃げ回っていたというのに、いざこうして一息付けるとこれですよ。男って単純ですよね。自分でもウンザリします。でも仕方ないじゃないですか、可愛い子にボディータッチどころか身体まで押し付けられて、アレコレと考えている余裕など……。嗚呼、お、女の子の身体ってこんなに柔らかいんか……傷付けちゃいそうで、触れら、れぬ……。


「いつまでも待つよ。キミに合わせるからっ……」


 泥棒猫が着ている服は露出度の高い軽装であり、鎖骨をはじめ首元なんかは完全に丸見え。布地の奥に硬い関節の存在が薄っすらと感じられるその小さな両肩を掴もうとするが、しかし我が両手は鷲掴みの形で宙に浮き、微動だにしてくれない。


 なんで動かないんだ……う、動いてくれよ頼むよッ! 石化魔法は無効なハズだろッ? 状態異常は効かないハズだろッ? すぐ目の前でこの子が抱擁を待ってくれてるんだよ……いつもみたいに動いてくれよ、手ッ!


 ――っていやいやいや、てかコイツは人を刺した人拐いの盗賊……。雰囲気に流されてたまるか。今は取り敢えずその姿を冷静に観察し、一先ずは昂ぶった心を落ち着かせることにしよう。ここで相手の調子にノッてしまったら負けだ。なんにしても急展開過ぎて頭がついて行けない。


「すっごいドキドキしちゃってるね……。キミの音、伝わる……」


 柔らかな手のひらで胸元をそっと撫でられてしまい、心臓は爆発。ハイ負けました。南無チーン。


 っとなるわけにはいかないのでよくよく見てみると、泥棒猫の瞳はまん丸で大きく、黒目がちで可愛らしいものだったが、虹彩に関しては普通の人間とは少しばかり異なり、それこそネコとニンゲンの中間といった感じのやや縦長で、美しい真鍮色の虹彩に囲まれた中心部分の黒い瞳孔も、それに付随する形となっていた。


「急にごめんねっ? アトでイロイロと説明するから……」


 こちらを見上げている真っ直ぐな眼差しは、俯瞰の構図で見下ろしていることもあってか、若干ツリ目がちの様相となっており、女の子特有の優しげな雰囲気はあるものの、まるで獲物を見定めるかのようにも感じられて、カエルが如く自ずと身体の動きは静止してしまっていた。意識的に自らの恐怖心を煽るとすれば、こうも観えなくもなかった。


 こちらに押し付けている胸当ての下は控えめで、小振りなものの侘しいという程ではなく、普通か、それよりも少しだけ小さい程度であった。王宮で見掛けた褐色姉さんのようにハッキリとした谷間は無いが、それでも穏やかな渓谷は形成されていて、つい目が釘付けとなってしまう。


「抱いて、いぃんだよ……?」


 そうこうしている間にも、そっと瞳を閉じて、「んっ……」と唇を差し出してくる泥棒猫。その息使いまで肌に感じながら、その子の肩へと触れようとした瞬間。


「見付けたぞ! 泥棒猫ッ!」


 不意に扉がブチ破られ、二人の近衛兵が廃屋内に飛び込んできたのだった。まさに噂をすればなんとやら。メイド隊の方々に細かい路地を歩かせて炙り出し、主戦力の衛兵たちは街の外を見回っていた感じであろうと、すぐに察しがついた。


「チッ……」


 それは聞こえた。明らかに聞こえた。まるで不良がするかのような、ドス黒い舌打ち音が。やっぱ女子こえぇ……。


「覚悟ォッ!」


 露出度の高い踊り子のような格好に銀の肘当てなど最小限の防具のみを身に纏っている褐色姉さんはそう一喝入れると、一歩踏み出すと同時に泥棒猫へと向かって槍を突き刺す。


 がしかし、結果としてはその背後にある壁が勢い良く穿たれたのみで、いつの間にか泥棒猫の姿は忽然と消えてしまっていた。眼の前に突き刺さっている鋭利な刃物を眺めながら、ここで一句。


 人肌恋しや・何処ですネコさん、あぁ其処ですか・しまぱんだ。


「どこだッ……」


 泥棒猫は天井の梁にしがみついていた。ショートパンツと太ももの隙間から微かに下着が覗いており、見ているこっちが罪悪感を抱いてしまった。猫耳や尻尾まで生やしていることからしても、かなりの跳躍力を有しているらしい。道理で脚も速いわけだ。


 生命を刈り取るギラリとした凶器と、初めて目にした女の子のパンツ、どちらに反応すれば良いのだろうか。この心臓は、どちらに対してドクドクと鼓動しているのだろうか。


「へっへー♪ ボクは捕まらにゃいにゃぁ♪」


「そっこかぁッ!」


 またしても勢い良く槍先を放つ、銀に彩られたナイスな褐色。しかしその勢いは虚しく、再びスカ。泥棒猫はすばしっこかった。


「入り口は固めてるから落ち着いて!」


「わぁてるよッ!」


 唯一の出入り口を塞ぐ黒髪のオカッパ女子、ほくそ笑む泥棒猫、そして槍――否、薙刀を振り回す高身長女子な褐色姉さん。部屋の中はもうズタボロだった。


 そう、最初は単なる槍かとも思ったが、よくよく見てみると持ち手を入れ替えて薙っており、槍とは異なる使い方をしていた。構えて突進してくるものだから見分けが付かなかったが、どうやら二人の近衛兵が手にしているのは柄の長い薙刀らしい。武器について詳しくはないが、こんな狭い空間で振り回すものでは、多分ない。


「お前も手伝えよッ! コイツすばしっこくて当たんねぇ……!」


「すばしっこいからこそ、私がここを死守せねばっ!」


「あーそーですかっ、とッ!」


「あったらないにゃ~♪ 大振り過ぎて見え見えだよーっ」


 褐色姉さんにお前と呼ばれたもう一人の近衛兵――前髪を切り揃えているおかっぱ女子は比較的若く、泥棒猫よりかは歳上だろうが、こちらからしてみれば歳下といった具合の年頃に見えた。


 やや童顔に見えるその子は学生服のスカートを極限まで捲り上げたかのような黒の極短スカートを履いており、上は白に紅のラインが入った半袖の和装であった。とすれば履物もと思ったがそこは革製の洋靴を履いており、まさに和洋折衷。


 玉座の間で見掛けた際は巫女服のような趣も感じられるその前開きの襟元をしっかりと閉めていたので良くは分からなかったが、ここに来るまでの間にはだけてしまったらしく、褐色姉さんと比べれば控えめなものの、それでも全体的に結構な恵まれ具合で色々とパツパツであった。まぁどことは言わないが、少なくとも泥棒猫よりかは高くて大きく、立派だ。


「無駄肉ばっかりつけてるから当たらないんだよぉ~」


「うっぜぇよッ! はやく斬られておっちねッ!」


 伸ばしっぱなしで結ったりもしていない長髪の髪を耳に掛けている一方の褐色姉さんはといえば、面長美人なお顔を歪めていよいよお怒りのご様子を見せ始め、廃屋に取り残されていた椅子を叩き斬り、過去には家族団欒で茶でも飲んでいたのだろう想い出のテーブルを叩き割り、泥棒猫が掴まっていた天井の梁に刃を食い込ませたかと思えば、花瓶や皿を盛大に割っていた。


「まだ死ぬわけにはいかないかなぁ~♪」


 こんな狭い場所で薙刀なんか振り回されたら、暴力的なまでに破壊されていく家具諸共、腕の一本や二本は軽く吹き飛んでしまいそうなものなのに、泥棒猫はその猛攻をすべて躱し、身体を翻して挑発の笑みまで浮かべてみせていた。あまりにも余裕綽々といった様子を見せているので、まるでダンスでもしているのかと思えてしまう。


 こ、こんな所に居たら、ちぬっ……! 余命何分だ? いや何秒……? もしかして、コンマ?


 どこかに別の出口は無いか……。巻き添えを食らわぬように、身じろぎひとつせずに壁際へと背中をくっつけながら、視線だけを必死に動かして外へと通じるなにかを探し出す。するとすぐ隣――泥棒猫が先程まで立っていた場所に穴が空いていた。それは、つい今しがた褐色姉さんが穿った刃の跡であった。


 どうせボロい廃屋、経年劣化で痛み切ってるはず!


 木材としての色味を失ってもはや灰色にまで見える板切れはまぁまぁ分厚かったが、思いっ切り肘で突いてみると呆気なくその穴は広がり、確かな手応えと可能性を感じられた。


 これならイケゆぅッ!


 チラリと室内へ目を戻すと、未だに三人は逮捕劇を演じていた。そんな方々にバレないようにと気を付けながら何度も壁を小突いてみると、どうやらシロアリの類いに蝕まれて自然に還りつつあったらしく、なんとか身体を入れられるほどの大きさにまで穴を拡張させる事に成功。


 横目で確認してみると、三人は目の前のことに夢中なご様子。逃げるならば今の内だ。三人から顔を逸して壁に空けた穴へと咄嗟に身体を潜り込ませ、


「やっべぇよおい、マジで何なの……。てか種馬が傷付いたらどうするのさ、まぁもういいけどさ……」


 なんとか屋外へと脱出するに至ったのだった。コソコソと足音を忍ばせて――なんてしていたら居なくなっている事に気が付いた三人に再び捕まってしまうので、穴から抜けたらすぐさま立ち上がり、近くに見える街の方まで猛ダッシュする。


 人混みに紛れて住居の影に身を潜めれば、しばらくの間は姿を眩ませられるはず。少なくとも時間が稼げるはずだ。なんならメイドさん達に捕まってしまっても良い。なぜ近くにある森へと入らないかって? なんかすっごく暗くて怖かったから。

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