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 夜の闇が一層深まり肌寒くなってくると、執事の手によって暖炉に火が灯され、みなでホットワインを嗜みながら魔術談義が始まっていた。


 あちらの世界で行き渡っていた高度な娯楽品が無いのは当たり前だが、この世界の本は読めないし、これだけ暇しているというのにボードゲームやカードの類いを取り出さないという事は、それつまりソフィアは持っていない事を意味する。


 原始時代に焚き火を囲んで祖先や英雄譚を語り合い眠くなるまでそれに耽るが如く、今のこの屋敷の中においては会話のみが唯一の娯楽となっていた。他の事に興味を抱ける程度には体力も回復していたとも言える。未だにミアは怪訝な目付きをして、不貞腐れている様子を浮かべてはいたが。


「魔術師なのに帽子は被ってないんだね、ローブとかは羽織らないの?」


 魔法使い。いやソフィアの場合は魔術師とのことだが、どちらにせよ双方に共通するイメージはとんがり帽子に黒いマントのようなローブを羽織って、杖を振りながら呪文を唱える姿だった。しかし膝の上に老賢者の魔導書を乗せてホットワインに舌鼓を打っている目の間の魔術師は一見して商人屋敷の娘さんといった調子で、もう少し体付きが良ければ農家の娘とも捉えられる至って普通の服装をしていた。


「帽子? 素肌の上にローブを羽織り、フードも被るけど、被るとしても儀式の時だけ。あれの着用目的は個人の自我を薄めるのもあるけど、顔を隠して儀式仲間から誰だか分からないようにするためなの。眼前に立つ者が誰々さんだって分かると、個人的な思いが邪魔になって支障を来たす。ソレは神でなければならないし、没個性的な魔術師でなければならない。普段はみんな普通の格好をして周囲と溶け込んでいる。魔術に人生を捧げず、人としての仕事や生活も同時に重んじる。それが健全な魔術師の有り方だと師匠に教わった。故に私は、商人の娘の格好をして、薬を作って売っている。儀式中でもないのに帽子を被っているのはお洒落しているだけだし、そういうのは普段の生活用と儀式用とで完全に別けるべき。儀式用のものは儀式にしか使わない。それが魔術畑での常識。あそこの机に置かれているペーパーナイフも……」


 魔術について訊ねると止まらない。それがソフィアであった。類に漏れずアレコレなんとかと語ってはいるが、黒子みたいなものだと想像は付いた。確かに買い物に行く際に黒子の格好をしていたらおかしい。


 魔術と聞くと魔法バンバンみたいなものがどうしても頭に浮かぶけど、言われてみれば実際の魔術はそうだよね、暗い部屋で蝋燭立ててお香モクモクな儀式よね。――夢ねぇなぁ……。


「てかさ、魔法と魔術ってなにが違うの? こう……さ、派手なやつとかあったり……?」


「その二つの言葉に違いはない。けど、わたしはこの世界に由来するものを魔法、あなたの世界のマギに端を発する理論的なマジックを便宜的に魔術と呼んでいる。これについて師匠はマギックという言葉も教えてくれた。ちなみに奇術――つまり、ただの手品を魔術と呼ぶのは容認しない。妖術や魔女宗は認めるけど」


「よく分からないけど、で、派手なのは……」


「んー……」


 困ったような面持ちで顔を傾げると、突然どこからかパリンッ! となにかが割れる音が聞こえ、驚いて周囲を見渡すと、壁際に置かれていた空の試験管が宙に浮かび上がって飛んでいき、次々と本棚に衝突して粉々に砕け散っていくのだった。それは、ポルターガイスト現象であった。


「こういうの」


 火の玉が暖炉から飛び出して目の前で舞うようなものを期待していたが、これはこれで恐ろしいものだった。常識外にある現象をまじまじと目にしたとき、人間は固まるしかなくなるのだと改めて思い知らされた。


 だというのに隣のミアはなにか言いたそうな顔でホットワインに入れられていたシナモンスティックに似たものをガジガジと噛むのみで、傍らに控えていた執事も澄まし顔で早速掃除に取り掛かるのだから、なんともいえない。


「リビドー――つまり衝動的な感情を爆発させると同時に抑え込むとこうなる。この星の魔法はこれを発展させたもの。わたしにはこれが限界だから、師匠から教わった体系的で理論化された魔術を学ぶことにした。共通するのは本能的な感情だけど、魔術で最も大切なのは知識とイメージ。感覚と創造の魔法は天才にしか無理。エニシさえあれば凡人でも訓練で上達出来る、だから魔術はすごい」


「ま、魔術も極めれば結構な高みまで行けそうな……。まぁ夢を見たいだけだけどさ」


「さっきも言ったけど変化のみ。最初から有るものに働きかけるのみ。魔法みたいな創造はできない。死して脱ぎ去った肉体が土に還るのと同じ。わたしの限界は霊体を物質に変化させることくらい。師匠はその逆、つまり姿消しをしてみせた」


「つまり魔法と魔術をおさらいすると、感覚的か理論的かの違いか」


「んー、どちらも感覚的な面があるし理論もあるから、先天的に常識として組み込まれているか、後天的に構築された知識を用いて意識的に認識を変えるか。かしら。その為のものが魔導書。だから読み解いて更に常識を書き換えなければならない。年を取ると頭が凝り固まってくるからなるべく早い方が良いのだけど、目安である二十五はとうに過ぎてしまった。次の転換点である三十五まで時間がない」


「にしても、すごい人に教わったのね。好きこそ物の上手なれの才能もそうだけど、教え上手でお互いにセンスも無ければ難しそう」


「これも天の思し召し。わたしたちが引き合わされた事にもきっと意味がある。なんの意味も無く神がエニシを結ぶとは到底思えない。故に、それを熟考し、神のお考えを見出す必要がある」


「全ての事物には必ず意味があるってこと?」


「そう。恣意的かもしれないけど、識ると向き合い方が変わる。きっとそれは良い方向に変わる」


「だから連れってって、ってことね。着地点はそこだって知ってた知ってた」


 今まで黙って聞いていたミアが厭味ったらしい声を作って嫌味節を効かせるが、意に介さずソフィアは「うん」とだけ応えて続けるのだった。肉体的には天と地の差があっても、その意志力で言えばミアもソフィアも互角に思えた。女子の強さはここから来ているのかもしれない。

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