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033

 そうこうしてキッチンから執事が戻ってくると、追加のティーカップと共に用意してもらえたのは、こんがりと焼かれた焦げかけのイングリッシュマフィンと、小瓶に詰められたミント色のジャムであった。


 砂糖と共に薬草でも煮詰めたのかと思わしきペースト状のそれを躊躇無くパンに塗ってかじる少女の姿を目にして軽く引いてしまったが、郷に入っては郷に従え。


 少女の真似をして同じようにそれを塗り、口へ運んでみると、甘くてスースーする爽やかで変な味がした。それはチョコミントからチョコ成分を抜いたような味で、比喩ではなく本当にそのまんまの意味でまさに、ミントジャム。カップに注がれた液体も紅茶に見えたが実際はハーブティーの類いらしく、やけに酸味があって喉が焼けるような感覚がした。


「食事まで用意してもらえて助かるよ。キミが魔法の使えない魔術師かなっ?」


「否定は出来ない。世間からしたら、多分そう」


 随分と口が軽くなったミアに続いて目をやると、もう吹っ切れてますとでも言わんばかりに淡々とした顔付きで応え、野生のベリー類――それこそヘビイチゴのような赤い果物を摘む少女。美味そうだからそれも食べてみたいが、自分の前には置かれておらず、欲しいとも言い出せるような雰囲気ではなかった。


 それにしても、疲れた時に酸っぱいものを口にすると何故こうも美味いのか。出された食事があまりにも軽食で量的に物足りなかった為、少しでも腹を膨らませる目的も兼ねて酸っぱいハーブティーを嗜んでいる間にも、


「なら錬金霊薬を作ってるのもキミ?」


「そう」


 単刀直入に質問を重ねていくミア。どのような人物なのか探りを入れているのだろうが、出されたメシを腹に収めた後で危険人物であると判明したらどうするのかと。手遅れなのではと。


「その錬金霊薬ってなんなの? 飲み薬みたいな?」


 緑のラインが入っているカップを清まし顔で傾ける少女に今度はこちらが訊ねると、どうやら肉体を若い頃のまま維持する為の錬金術――つまり賢者の石に似た霊薬の技術が進んでおり、あくまでも薬草の類いを調合したまがい物なので不老不死とはいかないものの、老化を遅らせて長寿となる飲み薬があるらしい。


「わたしはそれを造り、また、飲んでいる」


 この目の前の少女もそれを自作して服用しているらしく、実年齢は三十二と聞かされた。一五ほどサバ読みしてやがる、しかも上にだ……。


 その錬金霊薬は高級品で、主に貴族とそれを作成する人間の特権らしく、貴族連中はそれを使用して次の男、あるいは次の次を待ち詫びるとのこと。この屋敷も中の調度品もどこか品格があるとは思ってはいたが、それを貴族に売っているが故に金銭的には余裕があるらしい。


「ならそれは?」


 机に立て掛ける形で少女の傍らに据えられている腰丈ほどの杖に目をやる。それは光を受けた箇所に若干紫の色調を浮かばせている黒檀の杖で、蛇をあしらった飾り付きの握り手と石突きの両部分は銀であった。


「これは魔術師としての指針。大小二つ必要と師匠は仰っていたけど、小さいのは折っちゃったから全てこれで成す」


 上手くいかなくて自分から木の枝を折ってしまった。そんな言い草だった。ちょっと人間味を感じられました。


「えっと、じゃあ魔術師さん。俺はこの先どうすれば良いですかね……」


 本当に魔術師であるならば、少しくらいは道を教えてくれるってなものだろう。


「わたしの名前は”ソフィア”」


「ならソフィア、俺はどうすれば……」


 半ば諦めにも近い感覚で気軽に訊ねてみただけではあったが、するとソフィアはこう教えてくれた。


「”夢の箱”という古代の遺物が何処かに眠ると聞いたことがある。それを使えば、きっとあなたも自由になれる」


「なにそれ?」


「なんでも願いを叶えてくれる」


「でもおとぎ話に出てくるやつでしょそれ? 学校で習ったよ。そんなの本当にあるのかね~」


「わたしも興味がある。この子のクァリティーを向上させる為にあなたを観察させて。その代わりとして旅に付き従い、夢の箱の在り処を探す手伝いをする。どう?」


「でも貴族に長寿の薬を納品しないといけないんじゃないの?」


 ソフィアソフィアと頭の中で繰り返し唱えて名を覚え、夢の箱とはなんぞやと疑問を抱いている間にも女子たちの会話は先へ先へと進んでおり、黙って言葉を追い掛けるので精一杯な状態になってしまった。


「それはどうだっていい。どうせ賢者の石の代替品。錬金術師ならみんな造れる。他の研究者を当たるだけ。わたしは錬金術と魔術、そして占いも少しは行える。夢の箱の在り処は不明だけど、どのような形をしているのかさえ分かれば次の行き先を示せる」


 そう言うと黒檀の丸棒で作られた傍らの杖を掴み、立候補するようにしてすくっと立ち上がるソフィア。どうも片脚がやや悪いらしく、細い身体を若干斜めかせて床に立っており、魔術用の杖をステッキとしても使っているらしかった。


「私も連れてって。鳥籠生活はもう飽きた」


「飽きたって、そんなの知らないよ。脚が悪いならお荷物だね」


 ミアとしては同性のライバルは少ないに越したことはないのだろう。せっかく独り占めができていて、これから時間をかけて男の心をどう奪おうかと思案していたタイミングでこれなのだから堪らない。というところまでは想像がついた。


「この子は荷物持ちになる。なにかと便利。正負ゼロ、むしろ助けになる」


 ひとりなら速く逃げられるが、みんなとなら遠くまで逃亡できるはず。この星の――地元民の協力者は多いに越したことはない。たしかに身軽ではなくなるが、緊急時は俺だけ逃げて後で合流でもすれば良い。人の手は多ければ多いほど選択肢が増すはずだ。


 しかし、山道や獣道はキツイかもしれない。とはいえ錬金魔術娘で兼占い師。人攫いの盗賊よりかは、いやでもあやしぃオカルティスト。どっちもどっちか……。――などと思案している俺もまた、自分の事ばかり考えているエゴイストであった。

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