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 荷馬車から降りたは良いものの、日が沈み世界が黄昏に染まっても魔法使いの邸は何処にも見当たらず、これ以上は危険との事なので致し方なく野宿する場所を探していた。


 ランプぐらい借りてくれば良いのに……と内心で愚痴りながら森沿いの小道をふたり歩んでいると、


「もういいよっ。ここにしよっ!」


 背の低い雑草が自生している道端へと躊躇無く腰を降ろし、飽きれた様子で大の字に寝転んでみせるネコ。


 荷馬車に乗って進んでいた街道から枝を伸ばすようにして続いていた道を行くと、森を前にして最初に分かれ道があり、もしかしたらそこで選択を間違えてしまったのかもしれない。


 鬱蒼とした木々と見晴らしの良い草原とに挟まれる形で先へと伸びているこの道沿いには灯りが一切見えず、商人から聞かされた話しがもし嘘だったとしても、人の気配が無いこの小道は一体なんの為にあるのかと不思議に思えた。


 故に、屋敷はきっとある。今の俺たちにとってその情報は頼みの綱であり、この希望は容易には手放せなかった。今日のところはこの付近に魔法使いが隠れ住んでいると信じて、明日の自分に任せることにしよう。


 そう腹を決めるとミアの隣に腰掛け、あぐらをかいて項垂れる。途中で荷台に乗せてもらえたとはいえ、昨日から続く疲労感は精神的な疲れを伴って更に蓄積しており、全身を気怠くさせていた。簡潔に申せば、あの看板娘のせいでクソほど寝不足だった。


 四つ足で歩く動物の目線で地面に目を落としながらため息を吐き出していると、ふと脳内にあの子の姿が思い浮かび、つい昨夜のデキゴトを思い出してしまった。


 内部に臓器が詰まった生々しい女の子の重さ、柔らかな肉肌の感触、艶めく唇に淫靡な舌使い……。過去からコンバンワしてきたその姿に呼吸は浅くなり、隣から話し掛けられている事にしばらく気付けなかった。


「ねぇねぇ聞いてるっ?」


「え? あーうん」


「水の匂いがするから近くに湖はあると思うんだけど、この辺ってなんか風の流れがおかしくってさ、近くにあるのは分かるけど方向が……」


 顔を伏せながら隣に目をやり、再び地面を見定めて大きく息を吐き出す。なんだか身体がたぎってしょうがない。たしか空腹が長く続いて飢餓状態になったり、疲れ果てていたり、それこそ心身ともに追い詰められていたりすると――つまり生命の危機を察すると生物としての本能が働き、身体は最後の藻掻きとして子孫を残そうとするんだっけか……。


「あのさキミ、人が話している時は目を見てちゃんと聞くんだよっ?」


 気晴らしに走ろうかとも思ったが逆効果になりそうだし、今晩はゆっくりと寝て休もう。嗚呼、頼むからその可愛い顔を近付けないでくれ……。


 隣から顔を覗き込んできた童顔に「はいはい」と応えて後ろに手を付き、群青色の空を見上げてみる。


 すると森を中心にして渦巻く変な雲と、相も変わらずの三つ月が浮かんでいた。美しい三つの月を眺めていると狼男が如く増々血が騒いでしまい――実際は俯きからの仰け反りで血行が良くなってしまったらしく、気を抜くと普段から抑えている肉欲が一気に爆発してしまいそうな状態となってしまった。


 視線を落として隣を見遣ると、脚を伸ばして芝生に座っている無防備な姿がそこにはあって、まるで押し倒してくださいとでも言わんばかり。


 時折吹くそよ風が頬を撫でて通り過ぎると、普段は気にも止まらないような僅かな匂い、それこそ女の子特有のふんわりとした優しい香りまでハッキリと感じられて、頭の中が酔い痴れるかのように微睡んでしまう。


 青春時代からまったく成長していない視線は意図せずしてその控えめな胸元や、月明かりを微かに反射させている太ももなど、特に肌色を見せている箇所へと自ずと向かっていき、


「さっきからドコ見てるの? ねぇ聞いてる?」


「うん、キイテルヨ」


 急いで目を逸らす。鼓膜をくすぐる不満気な声までもが心を揺さぶり、今までこんな事を思った事は一度も無いというのに、死に絶えるまで聞いていたいと思ってしまった。それほどまでに得も言えぬ快感を伴って鼓膜を触る声に夢中となってしまい、もちろんのこと、話しの内容などまったく頭には入っては来なかった。


 ダメだと思うとより魅力的に見えてしまうアレだ。自分でもおかしいと思う。自覚はしている。


「あのさ、少し休みたいから独りにさせてくれ……」


「あっ、そうだよね。ならコレ渡しておくね? 変な人に襲われたらコレで純血を守って!」


「あ、はい」


 今晩は距離を取って別々で休んだほうが良いかもしれない。ミアも疲労に苛まれている方向で察してくれたのか、こっちは人質というかエモノだというのに思いのほか快く了承してくれて、あろうことか護身用としてミアが愛用しているナイフを手渡してくれたのだった。


 ダガーのような両刃の短剣を受け取るとズッシリとした金属の重さが手のひらに乗り、手にした凶器にうへぇっと顔を仰け反らせてしまう。こわすぎ。


「それじゃまぁ……あっちの方で寝るからまた朝」


「ボクも寝よっかな。また朝ねぇ~……」


 おやすみ代わりに言うらしいこの国での挨拶を交わすと、言いながら両手を上げてあくびを漏らした姿を横目に背中を向け、少しばかり遠くのほうに生えている一本の樹木を目指し歩いていく。


 ミアは自分の鞄があるからそれを枕に出来るがそんなものは持っていないので、本心では嫌だがここは原始人に戻って木の根を枕にでもしようかと思ったのだ。


 重い足取りで歩みながら手にする大振りのナイフを観察してみると、その柄には滑り止めとして白い布が何重にも巻かれており――あの子の汗が染み込んでいるはず……。


 そう頭に浮かぶやいなや柄を握り締めると、非感覚的で透明な電流が手のひらから身体の奥へと流れ込んできて、得も言えぬ高揚感を覚えてしまった。


 これを口にすればオカ……って! これじゃまるで好きな子のリコーダーをペロる変態じゃないか! やめやめ。今はひとまず休む事を優先せねば。

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