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027 第十一話 矮小なる存在

「キミキミ、そろそろ降ろしてくれるかな?」


 隣の声に閉ざしていたまぶたを開くと、すでに陽が傾き始めていて遠くの空が薄っすらと色付き始めていた。昼からなので相当長い距離を移動したはずだが、地理感など皆無なので今はどの辺りに居るのかさえも検討が付かず、東西南北すらも不明だった。


「次の街まで乗っていけばー? 夜までには着くよ」


「ボクたちは追われる身だからね。ここいらでありがとうだよ」


「はっはーん。さては駆け落ちですな?」


「そそ。ほら止めて」


 街に到着する前に荷馬車を降りるということは、おそらく街中は危険だと判断したのだろう。巨大な馬が上げる地響きのような鳴き声と、手綱を手に「ドードー」と馬をなだめる御者の声を皮切りにして荷馬車は速度を落としていき、過ぎ去っていた景色が徐々に静止していく。


 普通の感覚ならば今置かれている状況を前にして不安感に押し潰されてしまうと思う。逃げなければ身の危険に晒されると頭では分かっているし、なんとかして心落ち着かせられる場所を探さねばと焦燥感を抱いているのも事実。


 だが、この見知らぬ土地でなにも分からないままに放浪旅をするのは、まるで自由気ままに空を舞う小鳥にでもなったかのようで、やけに胸が高鳴っている自分が居るのもまた事実であった。


 それが自暴自棄的な意識を土台にしているのは薄々勘付いてはいたが、非日常的で不安定な環境こそが自分の生きる世界なのかもしれないと思えて仕方なかった。恐ろしい目に合って生命の危険に晒されるのは御免だけど。


 しかしながら今はそれどころではなく、猛烈な振動に痺れてしまっている尻を労りながらやっとこさ荷台から降りると、礼を言う為に前方の御者台へと向かい、若き商人の顔と改めてご対面する。


 その子を見上げるとミアと同程度の歳頃をしていて、直射日光に焼かれているのだろう、風によってボサボサに乱れ切ってしまっているセミロングの頭髪は赤茶色に変色しており、陸上部の傷んだ頭よりも酷かった。革のベストを羽織っていて全体的に厚着をしており、お尻の下には見るからにフカフカな分厚いクッションまで敷かれている。


「これはお礼だよ、受け取って」


「そんないいのに~。ま、ありがたく」


 本人はなにも言わないが、こちらと同じく尻が割れそうな感覚に悶えているのだろう、明らかにぎこちない歩き方をしているミアの姿につい笑ってしまった。肩から下げている鞄の中から小袋を取り出して小さい金貨を一枚手渡し、口止め料を支払うその手まで小刻みに震えているように見える。


「そうそう、この辺にボクたちみたいな恋人を匿ってくれる人って居ないかな?」


 誰が恋人だよ……。周囲に言いふらして既成事実化しないでくれ。


「うーん……。あー、魔法が使えない魔術師なら、この辺りに隠れ住んでるとかなんとか。錬金霊薬を作って貴族に売ってるんだってさ。場所が知れ渡ると盗賊に合っちゃうから場所は伏せてるみたいだけど……」


「それで、そこは何処なのかな?」


 追加として小金貨を更に一枚差し出し、御者さんを見上げて小首を傾げてみせるミア。貴族相手に売っているという事は、その薬は相当に高価なハズ。決して話しては駄目だ。コイツはまさに盗賊の泥棒猫。目の前で盗みを働いている姿など見たくな……。


「そうそう思い出したわっ。小耳に挟んだことがあるよ。たしか……あそこに森があるやんかぁ、その付近にちっこい湖があって……そうそう、山の雪解け水が流れ込んでいる湖で、そのすぐ近くだったよーな? 仲間の商人が大量の小瓶を運び込んだって言ってたから間違いはないよ」


 あーあー。指まで指して方向を教えてしまうとは現金な商人である。この星でもカネは正義ということか……。


「ありがとねっ。今日のことはお互い内密に」


「わかってるよんっ。また何処かで会ったら仲良くしてねん~」


 首から下げている懐サイズの革袋に二枚の小金貨を入れて大事そうに服の中へと仕舞うと、ほっこりとした上機嫌な顔で去っていく旅商人さん。ミアから聞かされたように商人の情報網が侮れんのは良いとして、致命的に口が軽いのはどうなんだ?


 まぁ小さいとは言え金貨。一体いくらくらいに相当するのかは知らないけども、教えたとて自分に痛みは無いと判断したのだろう。仲間とはいえ同業者は需要を奪い合うライバル。隣が損を被れば、それこそ失業でもすれば得となると見据え、布石を打ったのかもしれない。末恐ろしや、商人娘。まぁ裏表のある善人よりかは信用出来るかも。

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