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この街に入ってから秒で現在となるので街の景観すらもまだ良くは見れていないが、料理が運ばれて来るまでの間、その代わりとしてワイワイガヤガヤとしている店内を少々観察してみることにした。
ここはおそらくとして庶民的な店であるらしいので、客層を見ればある程度は街の民度というものを窺い知ることが出来るだろう。
そう思ってさり気なく目を滑らせていくと、普通の人間――つまりは俺のようなヒューマン族の姿はまったく見えず、ここに居るのはみな魔族の方々らしいと判明した。
その方々は人間の耳がある箇所に獣の、例えばヒツジのような耳が生えていたり、頭から種々様々なツノが生えていたりもしていた。
人によって現れている特徴は異なっており、人間と同じく背丈や身体付きは人によるものの、統一感は無いにしても人間の身体には本来存在していないモノをどこかしらに有していて、非常に個性豊かだ。
前述の通りヒツジと言ったがそれは一例に過ぎず、身体の半分だけ肌や髪の色が異なっていたり、やけに口が裂けていたり、一つ目だったり――神経でも通っているのか、長い髪の毛を自在に操ってメシを食ってる人も居る。
みなそれぞれ個性的な見た目をしているが和気藹々と食事を楽しんでおり、お化け屋敷だ……だなんて失礼な言葉は、とてもじゃないが慎むべきであると一寸遅れて察せられた。
なんにしても、お上品な所作でスープを飲んでいる育ちの良さそうな口裂け女は美人で、大人しげな雰囲気をした1つ目娘は愛らしく、カウンターで立ち飲みしているハーフアンドハーフな少女もパンクっぽくて格好良い。
ここに長く滞在していると新たな性癖が開発されてしまいそうだと直感的に感じられた。それほど、みな魅力的に思えてしまった。俺は多分、可愛ければもうなんでもイイんだと思う。女の子は正義であり、それ故に正義なのだ。
「お待たせしました」
ここなら一晩だけでも身を隠せるらしいが、言っている意味が分かった気が……って、はやっ。もしかしたら作り置きしてる系なんかな。と言いますか肉だよ肉ぅ!
「うまそっすね! では早速、いただきまーす!」
「美味しいですよ♪ ごゆっくり~」
箸の代わりにフォークを挟みながら手を合わせて、にこっと優しげな微笑みを浮かべた看板娘さんを通す形で料理人と全ての生命に感謝する。
そそくさと厨房の方へと帰って行った可愛いお尻から目を逸して、眼の前に置かれた品々をマジマジと見てみると、メインはどうやらビフテキのようなものらしく、ご丁寧にもひと口大にカットされていた。
隣に置かれているポトフ的なスープからは湯気が立ち昇っているというのに、ジャガイモやニンジンらしき根菜類と共に木皿に載せられているそのステーキはどこか冷めているようにも見えるので、もしかしたらローストビーフを分厚く切ったものと言った方が適切かもしれない。スープとステーキのセットが三つと、黒パンも三人前の量がドッサリだ。
今日はまだ魚しか食ってないから早く食べたい。ミアはまだ帰って来ないが、どうせ髪型でも整えているのだろう。支払ってくれるお方を少し待とうかとも思ったが、もう我慢できぬ。ってことで、さてさてお味は……。
木製の持ち手から伸びる銀色のフォークを肉へと突き刺し、一気に頬張る。すると一つ肉が欠けた事によって露わになったその断面は仄かに赤く、よく引き締まった赤身特有の少し硬い味わいであった。しかしジックリと咀嚼していくと思いの外簡単に繊維は解れていき、段々と肉の旨味が口内に広がっていく。
おそらくは蜂蜜を使用しているのだろう、わずかに甘みのあるソースがトロリと絡まり、香り高い胡椒らしき香辛料がよく効いていた。まさに、噛みごたえのある冷製ステーキといった趣だ。
野性味はあるけど旨いッ! 少し臭みがあるけど、これはこれでワイルドでなんかイイ。さて、問題の飲み物はっと……。
木っ端をくり抜いて作られている大振りのコップを傾け、スイカ色をしたジュースを口に含んでみると、なんとそれは微炭酸のフルーツジュースであり、南国フルーツのような独特の風味があった。甘み一辺倒ではなくアクセントとして爽やかな酸味も感じられ、次から次へと喉を落ちていく。
「ぁぁあああうっめぇええ……! 五臓六腑に染み渡る……。あ、そうか、このジュースが口の中をサッパリとさせて肉感を洗ってくれるのか。もうね、天才かよと」
んでパンも……うまうめ。なんか若干酸っぱいけど穀物食ってる感じがして、ちゃんとメシを食ってる感がある。パサパサしてて硬いけど、これでさ、スープをさ……うん、正解。これ正解。
そしてぇー? 肉ぅッ! んでパン! スープ! たまにジュース! さいこおぉかあぁッ!? このループから抜け出したくないっす。もうブタになっても構わん。食わせろ。
「ただいまー。って、もしかしてソレ、食べたの……?」
「え、そうだけどなに? もしかしてコレ、高いやつだったり……」
隣ではなく空いている向かいの席に座り、わざとらしくこちらに目を向けて髪の毛が整っている顔を真っ直ぐに見せたかと思いきや、ゲッ……とした表情で俺の前に置かれている天才シェフの品々を見遣ると、
「違うよ! ソレ魔物の肉だよ! お腹壊すよ!?」
食事中だと言うのに、この場には場違いなあのおぞましい生物の名を平然と口にしてみせたのだった。
「確かに臭いは少し……。でもさ、みんな食べてるじゃん」
平然とした顔で、いやむしろ旨そうな顔でこちらと同じ肉を頬張り、みな麦酒や蜂蜜酒らしき酒を飲んでいる。食える魔獣、なのではなかろうか。そういう事ではないのか?
「魔族の人たちは平気なんだよ。少しだけ魔者の血が入ってるから。でも普通の人間やボクたち獣人、精霊とのハーフでさえお腹壊すんだよ? ぴーぴーしても知らないよ!」
「オ、オレ、もうやめときやす……」
悲しいが、非常に悲しいが、この旨い肉とオサラバするのは正直ツラいが……腹を壊してしまったら元も子もないのも事実。今は潔くフォークを置くしかなさそうだった。
「そうしたほうがいいよ! まったく、ボクが食べて良い物と駄目な物を嗅ぎ分けるから、キミは待ってなさい」
「ほい……」
でも今んとこ別に平気だけどなぁ……。あー、大量に食べると消化が追い付かないとか、そういう系なんかも。
「これとこれはダメだね。すいませーん!」
一度味を知った人間から奪おうとは、なんて鬼畜な所業であろうか。旨いメシを目の前にして項垂れていると、手を上げて先程の看板娘を呼び出すミア。
あろうことか仮称ポトフにまで反応を示したらしく、こちらから無慈悲にも取り上げて代わりに絶望感を寄越してみせた。悲壮感とはこのことを言うのですね分かります。
「これとこれ、下げてください」
「あっ、スミマセンっ! 獣人の方は食べられませんでしたね……申し訳ありませんでしたっ!」
「まぁよいですけどぉ~。捨てるのもモッタイナイから、キミたちのまかないにでもしてよ。確認しなかったこっちにも非があるからさ、お代は払うよ」
ペコペコと何度も頭を下げているウェイトレスさんを前にして偉そうに腕を組むと、ミアも腹が減っていたらしく、早速パンに手を伸ばして一口かじってやがる。
「ありがとうございますっ! すみません、そちらの方が食べるものかと……」
「んっく……。へっ? 耳無しの角無し、つまり人間も駄目だよ?」
「そ、そうでしたか……。まままぁ! すみませんでした!」
再びペコペコと頭を下げ、回収した料理をトレーに乗せて去っていく看板娘さん。その背中を横目に見遣ると、ハート型を描いていた尻尾は床スレスレの所までダラリと垂れてしまっていた。可哀想ではあるが、まかないになるのならば罪悪感は無いか。
とまぁ、結局残ったのはパンとジュースだけっと。もっと肉、食いたかったなぁ。あ、でもあの見た目なんよな……。うっ、吐き気が……気分的にだが。
脳内に浮かんだ気色の悪いバケモノの姿を必死で払うようにしてパンへと食らい付き、ジュースを一気に飲み干す。完璧パーフェクトなトライアングルからの落差に悲しくなってしまう。泣きそうだ。
「おかわり! ジュースもっと!」
微炭酸の甘い果汁は疲れた身体に染み渡り、やはり糖分は正義であると知った。肉も温かなスープも、つまりあろうことか重要な塩分を取り上げられたので一種のヤケではあるが、だとしても泥棒猫には感謝していた。
元はと言えば盗んだ金なのかもしれないが、親の遺産なり人を助けた際の真面目なお駄賃だったりする可能性もある。今は金の出処は知りたくない。
「これ美味しいね、ボクもおかわり~!」
ともかく色々と面倒を見てもらっている手前、あまり悪くは言えないかもしれない。と、パンを食いながらこちらに続いて手を上げたミアの姿を眺め、多少のコトには目をつぶろうと心に懐き始めていた。
嗚呼、奢ってもらうタダメシって何故こんなにもうめぇのか。まぁどっちかと言えば助けられているというよりもペットみたいに飼われているだけなんだろうけども。いや、将来的な投資としてエサを食わせてくれているのだからして、人質まがいの家畜か。
まぁ王宮よりも自由で居られるならなんでもいいや。職業選択の自由が無いならそりゃね、放浪生活を選びますよ。
――ハッ……旅人と言えば聞こえは良いが、そうか俺はいまホームレス状態なんか……そんでコイツも今は野良猫っと。自由だわぁー。困ったな、このパンうめぇや。




