表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/59

002

 とはいえ、女王様のお言葉は先程の説明を再びなぞったものであった。故に、殆ど聞くに値しないので、テキトーに聞き流しながら今までの情報を纏めてみることにした。


 ただただ「何故だか分からぬが、この星は女児しか産まれぬのだ」としか言われないので、原因については未だ判明していないらしい。


 その言葉が真実であるならば、それは流行病というレベルを超えており、王家のみならず”この星の”とのことなので、一過性でもなければ局所的でもなく、また遺伝的なものでもなさそうだった。であればかなり深刻な事態に陥っていることになる。この星も、この俺も。


 今は一旦信じるとして、実際にこうして異性――つまり男を求めているということは、この星の人類が誕生した頃には男も居たはずだし、そうでなかったとしたら単一の性で繁殖も可能になっているはず。


 なのでより正確に言えば、ある時を境に、あるいは徐々に、”女児しか産まれなくなった”であると容易に推察できた。


 これは憶測だが、この星から発せられるようになったなにか目には視えないモノの影響に依るのかもしれない。


 例えばそれは電磁波のようなものであり、そういったものに携わる研究員は女児が産まれる率が高いという話しも聞いた覚えがある。この星全体を覆う電磁波のようなものが原因だとしたならば、確かにどうすることも出来ないだろうし、対処療法的に男を連れて来るしか手は無くなる。が、だとしても一方的過ぎる気がした。


 一瞬男心がときめいた自分が居たのも否定はしないし悔しいけども、冷静に考えて童貞には荷が重すぎるし、人間関係的にも問題に晒される運命。穏便に全てを纏められるほど口にも自信がない。


 そもそもとして、なにがどうなっているのか。今はただ、戸惑っていた。


 しかもこの王宮に来るまでの記憶がすっぽりと抜け落ちているってことは、人様の大切な記憶まで消去したってこと? そんで連れ去られたかと思ったらなんすかこれ。桃色の髪とかそういうのは少なからず見慣れてはいるけどさ、地毛だよねそれ。


 一方的に命令されても納得なぞ出来るわけがないし、本当に困ってるんならもっと丁寧に説明して、命令口調じゃなくて”お願い”だよね。しかも種馬ってさぁ……人のことなんだと思ってんだよ? なんかイライラしてキタワァ……。


「ところでそなた、名をなんと申す」


「あん? まぁ……。シコティッシュ・フィールド。……かな」


 そうだよ、名前を訊ねる前に命令を下すってなんだよ。何様のつもりだよ? あぁ女王様ですかさいですか。高貴なる女王様め……どうぞ私の名を呼んでくださいませ。――いま思い付いた名前だけど。


「シコティッシュよ。名を教えて頂き感謝する。それで、役目は分かったな?」


 クッソ……そうか、そもそもとして存在しないんか、多分二つの意味で。頭は下げなかったけど感謝までされるとなんかこっちが悪いみたいになるじゃんかよぉ。


「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ! 話しを進める前に、えっと……」


「ここはお主が暮らしていた星とは異なる大地。一度死したと思い、気を改め、我々の存続の為に尽力せよ。さすれば安泰は保証しよう」


 ぐぬぬ……それはそうなんだろうけどさ、そうじゃなくて。まぁいいや……。


 その言葉を本当に信じるとして、今のところではあるものの少なくとも言葉は交わせて、王冠やメイド服など初めて実物を目にした物もあるにせよ基本的には見知ったものばかりで、星は違えどもかなり似通った文化を有しているらしい。異星人なくせにどう見てもみんな人間だし。


 とすれば、ここでの生活に馴染むことも可能かもしれない。今までの人生を全て諦め、覚悟を決めて心機一転この星で、目の前の美しい王女様と仲睦まじく暮らすのも……っていや違う、市中に下りて揉みくちゃにされるんだったか……。


 女王陛下に呼ばれた際のまま身動きを止めている王女様をそれとなく眺めてみる。直視したらまた目が合ってしまうかもしれないので、視界に入れるに留めて様子を観察してみると、真ん中で分けている髪の毛を横で編み込んで後ろで結っているらしく、その額には一粒の小さな宝石が揺れていた。頭に嵌めている細い銀色のペンダントヘッドドレスが、王女としてのティアラ――冠の役目を果たしているらしい。


 改めてお目に掛からせて頂いたその子の立ち居姿はスラリとしていて、主に頬のあたりに純朴なあどけなさをどことなく感じられる。かと言って丸っこい童顔系ではなく、やや面長よりで左右対称の、まさにお人形のような美少女系の顔立ちだ。


 後ろに座る眼付きの鋭いグラマラスな母親と比べ、胸元は控えめで背丈に関しても年相応か若干高めな程度ではあるが、獲物を見定めるタカのような母親とは違い、可愛らしさの中に聡明さが窺える落ち着いた眼差しをしていた。


 厳格なこの場で表情を引き締めるでもなく、むしろリラックスした様子すらも見せているその顔が、却ってこちらの緊張を招いていた。異なる立場は上と下とに分かれており、度量の違いというものを突き付けられてしまう。


 しかし、立場が異なろうと結局は年下の女の子。もしも二人っきりの時間を与えられたとしたならば仲良く会話も交わせるかもしれない。この子と娘をもうけるなら……いやでも結婚はできないみたいだし、それ以前にまだ一言しか声を聞いていない。声も可愛かった気が。


「――っと言うか、種馬ってなんすか」


「種馬は種馬だ。種人タネビトとでも言おうか?」


「いえ結構です……」


「ヤレば良いのだヤレば。それ以上は求めぬ。黙って聞け」


 女王様が痺れを切らし始めたのは目に見えて分かるが、周囲の方々からも痛いほど視線を注がれてしまった。分かりました、ならもう喋らないです。口をつぐんで時折頷き、嫌だなって思ったら首を振りますね。――などと歳不相応に頭の中で拗ねていた、そんな時。


 広間を照らしているステンドグラスの一枚が突如として砕け散り、青空が覗いた窓からひとつの人影が王宮内へと侵入してきたのだった。


 突然の出来事に一瞬なにが起こったのか分からなくなってしまい、言わずもがな、その場で身を固まらせるほか術は無かった。


「泥棒猫だ! 捕らえろッ!」


「絶対に逃すなぁッ!」


 二人の声のみが微かに木霊し、静寂に包まれていた空間には、ガラスの割れる音を皮切りに無数の怒号が巻き起こり、まるでスポーツの試合に放り込まれたかのような状況となっていた。左右のメイドさんたちなんかはまさに応援する観客の様相を見せており、こちらの試合相手は槍を携えた近衛兵らしい。


「現れたなクソネコがァアアッ!」


 咄嗟に槍を構えてこちらへと駆けてくる褐色姉さんとおかっぱ女子。その槍先は真っ直ぐにこちらへと差し向けられていた。


 口振りからして見知ったオトモダチなのだろうけども、それにしても槍の先に付いているその刃、すっごい尖ってますね。怖いので向けないでくれまいか?


「逃げるよ! 新人クンッ!」


「へ? あちょっと……!」


 キラリと殺意を光らせている二つの切っ先は確実にこちらへと近付き――しかし、泥棒猫のほうがひと足速かった。


 颯爽と現れてこちらの手を取ると、結婚式の花嫁を奪うかの如く扉へと引き摺られて行き、長い廊下に飾られていた様々な美術品を鑑賞する暇も無く屋外の庭園へと踊り出てしまっていた。


「走ってッ! もっと頑張るんだっ!」


「……な、なんで!?」


「キミの自由のためッ!」


「う、うっす……! っていやワカランて!」


 手首を強く握られて逃げ――否、強引に引っ張られつつ必死で脚を動かしながら振り返ってみると、複数の近衛兵のみならずメイド隊の方々までもが一斉に追い掛けて来ており、まさに”群れ”。


 年端の少女たちや壮麗なお姉さんたちに追い掛けられて羨ましく思う者もいるとは思うが、近衛兵の騎士は槍や直剣を、メイド隊のお姉さんたちは拳銃やライフルを、あろうことか幼気な少女たちまで小さな投げナイフを手元に光らせており、今にも足がもつれそうになりながら前を行くネイビーブルーな頭に着いていく他なかった。


 ――その頭には猫耳が生えていた。なんなら尻尾も生えていた。その子はまさに、泥棒猫であった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ