019
「王女様が成人して、発言権を持ったのが大きな切っ掛けだね」
「どゆこと?」
「王女様が『男狩りの影響で将来的に労働者の数が減り、国は滅びます。薬の効果も永遠には続きません。やはり男は必要です。まずは少数から、一人からでも招いてみてはいかがでしょうか?』と、ご発言なさったのさ。どうすれば王国に反旗を翻さず、女王に逆らわず、従僕な男を飼えるか。その実験だね。まぁボクが邪魔してやったけどっ」
純粋に子種だけを求めているこの世界と、更なる権力を欲して国と国とを荒らし回った男連中。そりゃあ、もうイラネっと自暴自棄になってしまう気持ちも分からなくはない。全滅するまで男狩りをし続けただなんて、まるで魔女刈りだな。団結する敵対象徴としてさぞかし機能したことだろう。
なんか女王様の頭の中が分かった気がする。この世界では長いこと女児しか産まれず、それを前提にして文化や文明も発達したのだろうから、基本的には女子が主体で、男には余計なものを求めてはおらず、あくまでも子種を残す為だけの存在として扱われているのか。そりゃ男の方も負けじと欲望をさらけ出して好き勝手するようにもなるわ。
「てかさ、良く色々と知ってるね? 兼業で情報屋でもやってるの?」
「ネコと商人の情報網は甘く見ちゃダメだよ。ネタを買うことも確かにあるね」
「なら、どうやって男って連れて来られるの? まったく記憶に無いんだが」
「知らにゃーい。王宮から生まれるとか言われてるよ」
「生ゴミから生じるハエみたいな言い方だなおい……」
「こればかりは実際に誰も知らないんだよ。噂だと、魔法だか魔術だかでってのはあるけど、王宮内を見て回ってもそういう形跡は見当たらないし」
「お前が常習犯ってのと、秘密にする為に前後の記憶を消しているのは分かったよ」
王宮に入り込んで盗みを働くと同時に、聞き耳立てて諜報活動までしてんのか。道理で詳しいわけで。
川辺の光景を呆然と眺めていると、川の上流から何か大きめの物体が流れて来ていた。目を細めて見てみると、あの黒髪おかっぱ娘が水に浮いていた。顔は上を向いているので息は出来ているとして、どうやら幼女様に負けて気絶してしまったらしい。丸一日オモチャにされて……本人は幸せだったのかもしれないが、哀れである。
俺もプールの時間は誰とも遊ばないで独りで浮いて空見てたなー。まぁそんな事はともかく。川に流されて行くおかっぱ娘の姿を隣のネコと一緒に眺めながら、会話を続ける。
「でも、なんで俺を……?」
「そりゃあ盗みを生業にしてるからだよ。当たり前じゃん?」
「この星の泥棒は男まで盗むんか……」
「だってそうしないと滅ぶじゃんっ。久し振りの獲物を逃す訳にはいかないでしょ!?」
「いや聞かれてもねぇ……」
確かに子孫を残すとなったら受け身ではいられない。きっと今までもこうして何年かに一度、この星にやって来た男を拐って、盗賊の血脈を脈々と受け継いで来たのだろう。みな必死なのだ。
更に聞くところによると、男から求められず子を持たない女は、それだけ魅力が無く美しくない証と見做されるので、女たちは躍起になって男を奪い合うらしい。先の大戦で命を落としたのも、価値無き者として前線に送られたこういった方々なのかもしれない。
しかしルールも存在するらしく、
『子作りの邪魔は決してしないこと。必ず男に選ばせること。またいかなる女を選んだとしても、それを否定しないこと』
男から選ばれ続けただけあって、確かにみな容姿が整っており、可愛い遺伝子を持っているように思えた。
あちらでは年間で何人もの人々が行方不明となり、それこそ記憶頼りだが、日本だけでも年間で約八万人前後もの人間が忽然と姿を消していて問題視されていた。
殆どがボケ老人や家出、自死で遺体が見付からないだけとしても、現に俺はこうして途方に暮れているのだから、その内の何割かはこうして他の世界に移動してしまっている可能性も無きにしもあらず。
ここでの出来事をなるべく記憶して、俺はもう戻れないにしても、あちらの世界に文字情報として纏めて送る術があったら送り、たとえ極一部の人間にしか信じてもらえなかったとしても、一滴の水滴は波紋となって次第に広がるはず。今はそう、信じよう。
「俺のことは諦めて、さっさと次の男をかっさらって来れば良いのに」
「それはダメだよ。そんな事したら失敗を認めるようなものだし、王国の恥になるでしょ? なによりも中央国の狙い――つまり計画は、どのようにすれば男を従順な下僕として調教し、王国に貢献する物言わぬ種馬として育て上げる事が出来るか。
だから逃げてる今の状況も計画の内なのさ。キミを捕まえて教育を施し、街に放って様子を観察。キチンと安全が確認できたら、次だね。少しでも逆らったら教育の過程で手足をもぎ取られ、眼玉をくり抜かれ、口枷を着けられるだろうね。言っちゃえば、男としての機能が残ればそれで良いからさ。個人的な好みなんか言われても、こっちからしたらそんなのワガママでしかないし、眼なんて邪魔なだけだよ」
「まじかよおい……」
「ボクはこうしてお話したいし、一緒に歩きたいから反対だけどっ」
「オマエが普通の感覚してて良かったよ……」
「なら今から子作りする!?」
「それはまた別」
「つれないなー……」
先程こちらが口をつけた水筒を煽って水を飲み、泥棒猫は続けた。
「因みにキミは、大戦が終わり男狩りが始まってから三人目だよ。一人目はなかなか言うこと聞かなかったから、まぁさっき言ったみたいな感じになって、まるで機械みたいに色んな街に引きずられて行ってさ、最期は結局、食事の際に自ら舌を噛み切って……。この人があのメイド隊の父親だね。そんで二人目はまぁまぁ優秀だったけど、家庭を持ってゆっくり出来ない事に不満を抱いて、愛する妻と心中」
「ロクなもんじゃねぇな……。いや他人事じゃないけど」
メイド隊の一番若い子たちが初学五、六年とかそれくらいで、集落に居た双子ちゃんなんかは四年生ほどだったということはラグがあったということで……前から暮らしていた男どもが絶滅する前に、二人の先輩が試験的に連れて来られたってことか。そんで王女様のご発言で気を取り直し三人目と。数年前に狩り終えたなら赤子は流石に居ないにしても、まだ探せばちっこい幼女も居るかもしれない。
いつ大戦が起こったのか詳細な時期は不明なものの、泥棒猫が幼い頃ということは、年齢のボリューム層で言えばその当時子供で戦禍を免れた者たちが多くを占めているはず。
つまり十代から三十代ほどとなると、娘を持つ母親に限り徴兵は免除されていたとして、オバチャン連中って実は結構希少なのでは? いやでも、そうでもないんかな。こればかりは実際に現地を見てみないと分からないや。
少なくとも、男が一人いれば結構な需要を満たせるってことだな。機能が違うし、元からそういうのを想定しているかのような設計だし。神様は知らんけど生物のDNAってこんな事まで考慮に入れてんのかよおい!
なんにしても数年に一度数百人を各国に提供とすれば、戦争や覇権争いに明け暮れて、更に魔獣なんてモノが居るからして……世界人口は数億人程度か? 数億分のイチを探すだなんて王宮は大変だなー。
まぁ唯一の俺だけが男なわけだから、超絶目立って行く先々で噂になるのだろうけども……。案外、見付けやすいのかもしれない。あんまりのんびりしてるヒマもなければ気を休めるヒマも無いかも。泥棒猫が先を急ぐ理由が良く分かりました。
「中央国の手が届かない何処か遠くまで逃げ切って、人目の付かない静かなところで愛する奥さんや子供たちと一緒にひっそりと暮らすのがイイとボクは思うよ。キミもイヤでしょ? 枯れて命尽きるまで、まるで道具のように見ず知らずの人間と変わり版子だなんて」
「そりゃそうだろ! ビョーキ……は無いかもしれないけど、俺は一途なんだよ。一途がいいの! まぁこの世界のことを思えば尽力するのが正解かもしれないけどさ、なんか悲しいわ。いや男の夢ではあるけどさ!」
「最悪ボクを選ばなくても良いけど、ボクも王宮のやり方には反対だから協力するよ。ボクの父さんも男狩りにあったみたいだし……」
「そ、そうだったのね……」
コイツからしても、あの王宮には恨みがあるのか。こんな時になんて声を掛ければ良いかなんてこの青二才には分からないけども、王宮が野蛮だという事だけは分かりました。にしても心理的物理的な矛盾の解決策が男を飼い慣らすとは、恐ろしい。
「でも、一人くらいは子供ほしい……かなぁ? なんちゃって」
「人によるとは思うけど、子供をもうけるのは女子の夢だもんね。一応、覚えとくよ」
「うん、ありがとねっ……」
しおらしい表情を見せていたかと思えば、顔を背けてニシシ……としたり顔で悪い笑みを浮かべる泥棒猫。その姿を横目に見つつも、今は見なかったことにしておいた。たとえその話しが同情させて気を引くためのウソだったとしても、全部が全部ウソな訳でも無さそうだと肌感覚で伝わったからだ。
「そういえば、お前っていくつなの?」
「一〇代の後半かな。成人してるよ」
「というか、名前はえっと……」
「ボクは”ミア”。でも女の子に歳を聞くのはどうなんだい?」
「把握。歳はまぁいいや、どうせ十六とか十七でしょ」
「まぁそのくらいかなっ!」
立ち上がってお尻についた砂埃を払うと「そろそろ行こっかっ」と満足気に背伸びをして、肩掛け鞄と水筒を手にする泥棒猫――もとい、ミア。
にしても、これじゃまるで隠れんぼ……いや、壮大な鬼ごっこだな。んで守るのは自らの貞操と自由か。お姫様が如く拐われた成り行きで逃げることにはなったけど、言われるがままに従っていたらどうなっていたことか。話しを聞くに、拉致られて良かったのかもしれない。
いつまで逃げれば良いのかが分からないってのはストレスだけど、この国を出れば少しはゆっくり出来るだろう。
男を――この俺を従順な◯奴隷に調教だと? そんなのヤダね。自由を謳歌する躾け不可能な野犬であると認識させて、さっさと諦めさせてやる。目先の目標は、やはり出国。つまり、亡命だな。王宮と最も仲が悪いとされる国でも目指そう。敵国にオサラバさせていただくぜ。
ミアから聞かされた話しに怯え、全力で逃亡する決意を固めると、人目を避けるようにして山道を進んでいき、小高い山を超える事となっていた。人に踏み固められた登山道があるだけ、まだ幸福であった。
「なんで登山なんか……」
「キミもボクも軽装。山には登らず森を抜け、その先にある隣国へと向かうだろう。という裏をかくのさ。こっちの方ならあまり足を踏み入れては来ないだろうし」
いや、俺まで裏をかかれたんだが? 敵を欺くにはまず味方からってやつですね、分かります。
片方だけ破れて短くなってしまっているボロの靴下を履き、ショートパンツ姿で前を登っていく尻尾を眺めながら必死で着いて行くと、ふとなにかに躓いてしまい、あやわ転びそうになってしまった。
足元を見ると苔むした石材があり、それは角が風化して朽ちていたものの、人工的に切り出されたのが窺える直方体らしき形をしていて、なにやら文様が刻み込まれていた。それが地面から斜めに突き出していたのだ。
「なんだよこれ」
「なんだろうねぇ? ボクも分かんないけど、昔のものかな?」
「昔はこの辺も誰かが住んでたのね」
などと会話をしている内にも呆気無く頂上へと到達し、少しばかりの休憩を取る。腰から下げていた革袋の水筒を取り出して、その女の子らしい細い喉元をゴクリと動かすと、さも当たり前かのように「はい」とこちらに手渡し、水を飲ませてくれるミア。ミアからしても、もはや間接キスがどうのこうのとロマンスに浸っているだけの余裕は無いのか、全く気にしている様子は無かった。
一息付いた目で前方を見遣ると高い山脈が連なっており、山肌が白くなっていた。北の方角に進んでいるのか、それとも標高が高いだけなのかは不明だが、四方が大小様々な山に囲まれていて、眼下の谷には小さな街並みが窺えた。細い煙をいくつか立ち上らせている彼処が今晩の宿らしい。やはり目的地が分かると気が楽になる。行く宛も分からずに歩くのは精神的に辛かった。




