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018 第七話 ネコにくわえられたウオ

 旅支度と言ったわりには昨日と同じ服装に革袋の水筒と肩掛け鞄を下げているだけの泥棒猫と共に猫耳族の集落を出立し、しばらく陽の当たる明るい森の中を進んで行くと、位置的には王宮近くの森に流れていた小川の更に下流らしき場所で朝食兼昼食を取っていた。


 その森は、かなり広大であった。うねうねとしていた木々は真っ直ぐに天を突き刺すものに変わっており、葉も細長いものになっている。あの時に逃げ込んでいたとしたら、今頃は途方に暮れて彷徨い歩いていたことだろう。きっと魔獣のエサにも――これを考えるのは止そう。


 丸められた下着類などが収められているのを一瞬見てしまった革製の鞄から釣り針と細い糸を取り出して小枝に結び付け、川辺の小石をひっくり返して小さな川虫を見付けると、それを餌にして水中へと放る泥棒猫。澄み切った美しい小川は川幅を広げ、流れも穏やかになっていた。


 釣り竿を握っている泥棒猫に指示され、川で魚を採ってくれている間にこちらは枯れ枝や流木などを探し、黙々と拾う。少々筋肉痛にはなってしまっているものの、思いのほか身体は動いてくれていた。


「はいこれ、ちょっと持ってて」


 澄ました顔で川面を眺め、水中にある魚の口に針を引っ掛けるようにして竿を跳ね上げていた泥棒猫の傍らまで採集した枯れ枝をせっせと運んで行くと、口とエラとの間を通すようにして釣り上げた魚が何尾かぶら下がっている小枝を手渡され、河原に浅い穴を掘って枯れ枝を組んでいくのを見守る。普段からこうして魚を採って食べているのか、かなり慣れた手際をしていた。


 腰に下げているナイフで樹皮を剥がすと、鞄から取り出した綿を火口ほくちにして火打ち石で火を起こし、煙にも負けずに何度も息を吹き掛けて焚き火を完成させたかと思えば、採ったばかりの新鮮な魚に細い枝を刺して塩を振りかけ、遠火で焼いていく。


「喉乾いたら我慢しなくてもいいからね?」


「なら少しだけ失敬して」


 ちなみに水筒の水は共有であった。あのとき虫を食べていたのは別に気にしてないし、俺自身も田んぼで育った純粋なイナゴならば食べられるので問題ではないが、しかし出会って間もない女の子と間接キスを交わすのはやはり躊躇いがあり、泥棒猫の愛用品なのだろう手渡された水筒の呑み口につい目が行ってしまった。


 それは生理的な抵抗感を抱くというよりも、純粋に中高生的なぴゅあぴゅあハートがここぞとばかりに反応してしまったのだ。とはいえ今更そんなことを言っていたら身が持たないので、ここはお言葉に甘えて水筒から一口だけ水をもらい、隣に座ってしばらく焚き火を眺める。


「もういいよっ」


 その子の跳ねた声を受けて炎に熱せられた熱い小枝を早速手にし、背びれを剥がしてから一口齧ってみると、まず最初に魚の皮が焼けたあの香ばしさが広がり、海の魚のような脂感は薄いものの、振り掛けられた粗塩とふんわり解れる淡白な白身が絶妙で、朝食にはもってこいの軽さであった。


(そうか、うまいか。川姫に感謝じゃなっ)


 これからじっくりと舌鼓を打とうかと思っていた矢先に、泥棒猫とは違うそんな声が聞こえてきたのだから、驚くよりもなによりも先に頭が傾げてしまう。それは、例に漏れずあの幼女の声だった。


 前方を流れる川面に目を移すが、姿は無い。後ろを振り返ってみても居らず、横に顔を向けると、「あっちっち……」と舌を出している猫舌さんな可愛い顔。


「あん? どこかで声が……」


「ん、どうしたの?」


「いや、川姫の声が……」


(妾はここじゃ。そのウオに含まれておる水は妾の身となる。感謝して食せ)


 きょろきょろと周囲を見渡している間にも、べちゃくちゃと小言を口にする川姫。色々と察してしまったので思考を止め、今はメシにする。


「あー、はいはい……。感謝します、川姫様」


「そうだねっ、川姫さまのお恵みだもんねっ! 糧を下さり、感謝しまーっ……むしゃむしゃ」


(うむ、良きにはからえ)


 身体の内側から声が聞こえてきている事には少々驚いてしまったが、まぁ今更なのでスルーして。


 その焼き魚は川魚らしく淡白なものだったが、泥臭さも無くサラリとした魚特有の脂もわずかに感じられ、どこか青菜のような新鮮な風味まで感じられた。粗塩が振り掛けられている薄い皮はパリパリとしていて香ばしく、身はふっくらと焼き上がっていた。つい苦い肝まで食べてしまったが、これはこれで滋味を感じられて、昨晩暴食した胃にはこれくらいが丁度良い。


 が、しかし――何尾か食べていくとどうもおかしい。どの魚の腹にも卵が詰まっており、殆ど全てがメスなのだ。


「あのさ、もしかして魚もメスしかいなかったり?」


「いいや、オスも生息してるはずだよ。でも年々減ってきてるかなぁ……」


「オスが減ってるって事は、もう食べられなくなるかもしれないんかこれ」


「キミの世界から連れて来られた学者さんが言ってたけど、人間由来の汚染なんだって。ボクたちはお魚好きだから困っちゃうけど、他の人たちは魚よりもお肉だからさ、あんまり気にしてないみたい」


「まぁ食事中に言いたくないから何がとは言わないけど、そういうね」


「そそ、学者さんも川に流させるなって喧伝して回って、結局捕まってコレだった」


 食べ終わった魚の骨を焚き火に焚べると、手にしている小枝で自分の首元を斬る動作をして見せる泥棒猫。人間由来のホルモンが川に流出して水生生物の性別に影響が出ているという話しだった。


「自然環境にも影響が出てるんだから、いっその事、一度に大量の男を仕入れれば良いのでは? そしたら少しはバランスも取れるでしょ。魚の事は知らんけど」


 そう疑問を抱いて訊ねたところ、


「今までは毎年、数百人規模で連れてきて各国に提供していたけど、男が支配権を握るようになって戦争が勃発。老若男女関係無く死者多数。生き残りは幼い子供らと母親、そして老い先短い老人だけ。それを切っ掛けにして男は危険視されるようになって、生き残った男は女王様の命により全員が皆殺しに。それからしばらくして『やっぱ男必要だよね? 労働力が減少しちゃうよ』ってな事で、取り敢えず一人、なよっちーキミが試験的に選ばれたのさ」


 とのことだった。この星の規模があちらと比べてどの程度なのかは不明だが、その都度それぞれの国に派遣すればなんとか維持は出来るのだろう。単純な文明レベルの比較は出来ないにしても、あの街の様子を見るに産業革命をまだ迎えてはいないらしいし、世界人口も大したことないのかもしれない。


 卑弥呼とその前後の時代も男がトップに立ったら戦争になって、女がトップになったら収まってたし、きっと自然の摂理なんだろうなぁ。老人の姿をあまり見なかったのは、まぁそういう事なんだろうな。


「そんなわけだから、今の街並みは幼かったボクたち子供らと、生き残った男ら、そしてまだ当時は生きていた老人らの知恵によって復興がなされた後の景色なのさ。男らは何年も掛けて狩られたけど」


 大規模戦争のトラウマを抱えつつも、必要に駆られて致し方なく俺が連れて来られたってわけか……。誰でも良かった感が凄まじいのだが? なんか、嬉しくねぇ。


「女王様からしたら、宝石箱の中に泥団子を入れるようなもの。それを嫌がっているのさ。玉石混淆の世の中にしなければ上手く回らないってのは頭で分かっていても、宝玉が泥に汚れた記憶が一度でもあれば躊躇しちゃっても仕方ないね」


「どういうこと?」


「今はもう廃止されてるけど、奉仕制度というものを女王様の夫、今は亡き国王陛下がお作りになられたのさ。女は余りあるほど多く、それと比べて男は希少。あとは分かるでしょ?」


 様々な光景が脳裏に浮かんだ気がした。主に、立っている男と跪いている女の姿が。


「レアな上に必ず必要とされるその立場を利用して、男が図に乗ったのは分かったよ」


「女王様は元から女好きで有名な人だからさ、もちろんのこと反対して、あろうことか反逆罪で投獄。すぐ隣でアレコレと言うもんだから煩かったんだろうね。裏で手を回して邪魔してたみたいだし」


「それで?」


「それで、女王様は戦乱に乗じて愛人の侍女――今のメイド長に助けられて脱獄、反旗を翻して女子だけで反乱軍を結成。自らの手で夫である国王陛下を暗殺し、国を奪還。戦争を終結させると、虐げられていた女たちに手を差し伸べて、国民自らの手で恨みを晴らさせた感じかな。相手は特定の誰かじゃなくて、男ね。旅してる人も多かったし」


 他国と争ってたら身内に喉元掻っ切られた感じかぁ。なんて皮肉な……。


「まぁだから、女王様と同じくらいの世代の人たちは、今でも特に、ね。ボクたちは幼かったから、男の人は優しいオジサンくらいにしか思ってないけど、お仕置きしてるところとか、そういうのを見ちゃった人はまた別だろうね」


 幼い頃にそういった現場を目撃したら確かに恐怖心を抱いてしまっても不思議ではない。男狩りという暴挙に出たというのに女王が女王であり続けているのは、未だに過去の記憶が人々の中には残っていて、そこからの支持も厚いのだろう。若い人からしたら堪ったものではないだろうが。


「そんなわけだから、女王様の周り、王宮に関係する人たちは特に反男子主義で固められてるね。自分たちと同等に扱ったら、いずれまた下に立たされると思ってるんじゃないかな? ボクは同じ人間なんだから平等に扱うべきだと思うけど、やっぱり危機感はまだ残ってるみたい。それどころか純血主義――つまり、本当に尊き存在はこの星に産まれた者だっていう思想まで一部で広まってる。男はただの道具なんだってさ」


 最初に顔を見合わせた時に怪訝な目付きで見られたのは、そういうことだったのか。かかあ天下なのは良いと思うけど、それは家庭内での話しであって、全部に当て嵌めてしまうのはちょっとな……。


「女王様は戦争前から生粋の男嫌いなんだよ。実際に中央国は大地の女神様を崇めてるしね」


 男嫌い、それは裏を返せば確かに女好きとなるのかもしれない。たしかに王宮内で裸婦画や彫像をいくつか見掛けたような気もする。百合なのは非常に素晴らしいとは思うが、王家の血脈を存続させる為に好きでもない男と子をもうけたのは立派というか仕事熱心というか。自国を第一に考えていなければ出来ないコトだろう。


「王宮内でも大きい子は優遇されてるみたいだね。おむねは女の子の象徴だから」


「それまた理不尽な……」


「キミの感覚で言えば理不尽かもしれないけど、人それぞれ考えは違うし、そういう人が力を持ったら、その人の周りはそうなるに決まってるよ。ま、解釈の違いだねっ。どれだけ女神様の加護を受けているかっていうやつ。言ってみれば、ただの個人的な趣味だよ。だから悪くは言えないし、ボクも勝手にすればいいと思ってる」


「まぁ嫌なら辞めればいいだけだもんね」


「そそ」


「でも、チラホラと幼い子供もいるよね?」


「それはまぁ色々あるけど、男狩りから逃れた隠れ男子の子供か、寿命を伸ばす為の錬金霊薬を幼い頃に飲んだか、精霊との子供か……そんなとこだね」


「ならその隠れ男子ってのが今も探せば居るんじゃ……!」


「いいや、多分もう全滅したと思うよ。数年前に全滅宣言出てたから」


「なにその風土病みたいな扱い……」


 でも確かに、この星からしてみれば外来生物みたいなものかぁ。男ってチヤホヤされたら調子に乗って自己評価上がっちゃうし、それで闘争心や野心を抱いてしまっても不思議ではない。草食系のピュアな俺にそんなものは無いけど。あー、だからね……納得しやした。

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