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「取り敢えずは戻りましょっ。ロシュー、ご飯の用意を」


 屋敷の様子を一通り見て回ると、両手を伸ばしておんぶを要求してくるソフィア。こちらも慣れたものでハイハイと背中に背負うと、「朝飯は俺が作るよ、作ってみたい料理があるんだよね」という声も無視して。


「今日は誰とも話さなかった。褒めて」


 これですよ。


「私は一途、あなたにしか興味ない」


「いやまだお昼というか朝なんだけど……」


 ミアに対抗しているのは分かるし、アプローチかけてるのも理解できるけども、正直女心が解らなくて混乱する。どっちだよと。お腹も空いたのでテキトーにあしらいまして。子供のように脚を揺らしている背中に飽きれながら馬車まで戻り、ひとまずは安全そうなので食事をすることにした。


 これは余談だが、来た道を戻ると試しにもう一度パネルを踏んでみる事にした。すると同じように歯車が回る音がして架け橋が湖の中へと沈んでいき、島もまた同時に濃い霧の中へと霞んでいくのだった。霧の先では対岸がまた見えるようになっているのだろう。原理は不明だが常識外れで異様だ。まぁだから不思議に思うんだけど。


 そうこうして馬車まで戻ると、シェリーが薪と石を集めてくれたらしいが、しかし組まれているだけで焚き火は起こされておらず、二人して干し肉かじり何をしているのかと。


「準備できてるなら火起こしくらいしといてくれても」


「だってそうしたら煙で匂いが判らなくなるじゃん」


「あーなるほど」


「ひとまず周囲は問題ない。火薬で一気につけてしまいましょ」


 というわけで自炊初日、一回目のお料理は干し肉のワンパンパスタを作ろうかと思います。はい、考えごとをしていてもラチが明かないと悟った。


 貧乏は怖いのでバターの代わりにラードをフライパンに投入しまして溶かします。そうしましたら切るのもメンドーなので押し潰したニンニクと千切った鷹の爪を入れまして遠火で加熱。ニンニクの良い香りが立ってきましたらお水を注いで沸騰させ、なんでもいいからパスタを入れます。今回はペンネで作ります。茹でている間にも干し肉を力任せに千切って投入していき、これも同時に柔らかく戻します。ある程度水気が少なくなってきたら何度もフライパンを煽り、パスタから滲み出た茹で汁成分を用いて水と油を乳化。お皿に小分けして最後にロシューが摘んできた謎の野草を乗せれば完成です。あ、干し肉は塩気が強いのでお塩は使いませんでした。どーぞ召し上がれ。


「もぐうみゃ!? なにこれうみゃーぃっ! にゃむにゃむにゃむにゃむにゃむっ……」


「食いながら喋るなよ……」


「野性味溢れる良いお味。料理名はなんていうの?」


「即席で作ったからワカラン。でもまぁ、干し肉のパスタ、かなぁ?」


「お肉が柔らかくなってて食べやすい」


「でもちょっと塩気が足りないかも~」


「お塩追加してもろて」


「ちょっとカライわね……」


「トウガラシはよけてもろて」


「熱くて触れない……」


「そこはフォークを使っ……てあ忘れてたわ、良かったら使ってよ。金属苦手って言ってたから買ってきたよ」


「ぁりがと……」


 熱々のパスタを前にしてどう食べようかと指先を迷わせていたシェリーにフォークとスプーンが兼用となった木製の先割れスプーンをプレゼントし、我もガッツク。ミアとソフィアはマイセットを持っているようだが、こちらはそんなもの持っていなかったのでお揃いだ。



 食後、優雅に口笛吹いているミアの背中を眺めながら、これからどうするかソフィアと相談し合っていた。見晴らしの良い場所でひとり腰掛石に座っているミアの様子を見ると、傷付いた太ももを労るように手を置いており、まだ痛みがあるらしい。平気な顔を見せてはいるものの、その心情はまた違ったものなのだろう。辛い時こそ口笛吹いて飄々と、そんな言い伝えがネコ耳族にはあるのかもしれないが、見ているこっちは痛ましくて堪らなかった。風のように舞い、カマイタチのようにナイフを振るう姿はまた見れるのだろうか。


「このまま置いてこうかしら。私とあなたで愛の逃避行」


「馬車はソフィア名義ですものね」


「そう、私がお金を出したから私のモノ」


「誰を乗せるかは自由っと……って! それはシンシアから巻き上げたカネだ!」


「そう、丸々と使ってしまった。でも同じ袋に入れてるから証明のしようもない」


「お金に色は無い、か……」


 この星の文化的な環境に適応してきているのを薄っすらと感じ始めていた。ノリで冗談を言えるようになってきたし、この惑星にもやっと順応してきたのかも。いやぁ、俺もなんちゃら星の住人かぁ……。そういえば、この惑星の名前ってなんて言うんだろ? やべぇ、まったく知らん。


「今更だけど、この星の名前ってなんていうの?」


「ペャコハ」


「はい?」


「あちらから来た人々は好んでネオ・アースと呼称していたけど、貴族が唱える正統的な流れ、つまり歴史的にはペャコハという名前が正しい」


「今考えたでしょそれ!」


「あなたのオートマティック・トランスレィションがおかしいのでは?」


「それってつまり、俺の頭が……素晴らしくカワイイ名前だと思います」


 たしか魔女もそんな事を言っていた気がする。惑星の名前ひとつ取っても立場によって違うのか。第二の人生を歩む第二の故郷という意味でネオ・アースという名を好んで用いていたのは想像がついた。この星の名は、脳の自動翻訳を介さない知らぬ単語だった。”コスパ”とか”アルミホイル”とかもこのような感じで聞こえているのだろうか。

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