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 ロシューと杖の二段構えでゆっくりと行く超慎重派を見守り、足を引き摺りながらも頑張って渡りきったソフィアと共に上陸を果たすと、湖島の大きさはせいぜいが半径一〇〇メートル程度で、赤い鳥居の弁才天はもちろんのこと、趣のある古城があるわけでもなく、小石を並べただけの遺跡群と生い茂った緑、そしてそれらに囲まれたレンガ造りの屋敷がぽつんと建っているのみであった。他になにかありそうな気配も無く、人は居らず、音も無く、ただただ霧の中にあった。


「ごめんくださーい」


「さっきの架け橋、藻は付着していなかったけど起動装置は土をかぶっていた。渡し船も見当たらないし、きっと不在よ。ずっとね」


 そう言って年季の入った真鍮のドアノブに手をかけると、「ほらね」と扉を開けてみせるソフィア。田舎は鍵を掛けないみたいだが、そもそもとして変なカラクリを起動させないと姿を表さない怪しいお家、島自体が秘匿されているのだから鍵という概念すらも不要そうだ。


「さすがド田舎を通り越して自然の中」


 霧に佇む一軒の赤茶けたお屋敷は、朽ちた廃屋というよりかはある日を境に放置されたといったような雰囲気で、思いのほか室内は綺麗なまま残されていた。いやむしろ、やけに綺麗で、頭に浮かぶは民俗学の本に記されていたマヨイガの話。これで室内に明かりが灯されていて作りたてのご飯があったらアウトだったが、まぁそんな事があるはずもなく。中にお邪魔すると昼間だというのに暗く、食事の類いもまた見当たらなかった。


 せめてもの礼儀として「お邪魔しまーす……」と呟きながらリビングとダイニングが一緒くたになったような一階の部屋に進むと、そこには食事用のテーブルや一脚の椅子、書棚の隅に置かれたソファーもまた一人用のもので、すぐに一人暮らしをしていたのが察せられた。締め切られていた重いカーテンを開くと上から下までがガラス張りとなっており、狭い温室を隔てて外界という特殊な作りとなっていた。寒冷地域の家にたまにあるやつだ。


 屋内に薄明かりが差し込むと一目散に書棚へと向かって背表紙を確認し始めた姿を横目に、こちらが目に止まったのは暖炉の上に飾られてあった一枚の写真。あちらから持ち込まれたらしきハガキサイズの写真には折り目がついており、折りたたまれていた跡を丁寧に伸ばして立派な額縁に入れられていた。年季が入ったモノクロ写真であったが、初老の夫婦が肩を寄せ合って真顔。撮るのに時間がかかった頃の、動いてはダメだった時代のものだろう。


「それは?」


「家主の写真かな?」


「これが写真……話しには聞いていたけど初めて見た」


「あぁそっか、この星は写真どころか肖像画すらもあまり見掛けないもんね」


 これといってめぼしい本は無かったのか、隣に並んで写真を手にするとまじまじと観察し始め、物珍しげな声を聞かせてみせたかと思えば、


「肖像画よりもずっと本物に見えるわね」


「そりゃだって生き写しの鏡像ですから」


 それを聞いた途端、ウゲっと片眉を寄せてそそくさと棚に戻すソフィア。この星の住民が抱く感覚がわかったような気がした。多分、気色悪いのだ。


「結婚ってなんなんだろ」


 気付けばそう呟いている自分がいた。俺は一途を貫きたいものだが、そもそもとして定義が曖昧。当たり前の疑問であった。みな社会に与えられた一般的な理想論に則ろうとして、つまり他人の目を気にしているに過ぎないのではないか? 結婚できなければ自分を卑下して居た堪れなくなったり、あるいは結婚なんかしなくてもヘーキヘーキとか言って意識的に目を逸らしてみせるが、そもそも結婚とはなんなのだろう? というかこの星に結婚制度はあるのだろうか。


「結婚とは利用し合うもの。今と比べてお互いラクになれないなら結婚する意味がない。現状では夢のまた夢の話しだけども」


「そりゃまた超現実的な……」


「私はいつだって現実を見てる。魔術師はクリティカルシンキングのリアリストでなければ」


「じゃあ婚約期間というか、結婚前のカップルは?」


「かっぷる?」


「あーっと、結婚前の恋愛期間は?」


「お互いに使えるかどうかを確かめる期間」


「そこは支え合う仲と……」


「なら苦手を補い合える仲」


「あ、聞こえのイイように言い換えた」


「男児が産まれなくなってから結婚制度も廃れてしまったから虚しい空論になってしまうけども、好きだからという気持ちで結婚しても感情なんて長続きしない。十年も経てば相手の醜いところに嫌気が差すし、新しいものが欲しくなる。だったら最初から欠点を埋め合う相互補完の関係であると自覚し、相手のために自らの長所を発揮し続けられるかどうかが問題。家事が好きで仕事ができないなら、仕事はできるけど家事が苦手な人と結ばれるのが一番の理想。私はカンペキだから相手は自らの存在理由に悩むことになる。でもネコとあなたならば、丁度埋め合って生活できるかもしれないね」


「女友達のために身を引いて自分を誤魔化すやつですね分かります」


「それ本人の前で、しかも自分で言うの?」


「言っちゃうのがオレなんで」


「随分と自信満々なことで。私はそんなに安くないから」


 大金持ってるパトロンに言われると染みるわぁ……。


「ってそうだよ、ソフィアはお金を、相手は肉体労働の家事をすれば!」


「家事はロシューがやってくれる。穴がわからないから言ってるの」


 魔術師にも穴はある……とか思ったそこのお前、変態紳士の称号を授けよう。もちろん俺は純粋なので”欠点”のことを言っていると理解した。


「てかソフィアこそブーメランだ!」


「ぶーめらん?」


「ほら自分に返ってきて頭に刺さるアレ」


「?」


「いやもういいっす……」


 不思議と埃も積もっていない屋敷内を見渡し、手持ち無沙汰な視線を誤魔化す。なんでこんな話しをしているのかと思ったら、原因はこちらでした。

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