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 糖分補給としてささやかなる幸せ、お釣りとして浮いた銅貨四枚の幸福――一本は既に食べ終えたので三本のチュロを両手に抱え、周囲から注がれる痛い視線をスルーして次はなにを買おうかと見て回っていた折、


「あれ? こんな所で奇遇ですねっ!」


 お祭り賑わう群衆の中、誰も近寄って来ないというのに人目も憚らず元気な声をかけてきたかと思えば、一目散に小走りでやって来る薄茶のロングスカート。


 見るとその人物は旅行用カバン片手にツバの短い麦わら帽子を被っており、そばかすモンブランのアンナさんであった。以前出会った時とは異なり全体的に薄茶と白で纏められたクラシカルでガーリーな服装をしていて、いかにも旅行中の一般庶民といった格好だ。


 独立国家の小国は実質的に中央国の領土にあるとして、そこから港まで数日、中央国から船で二日、さらに徒歩で二週間の距離にあるのがこの内陸の街。直通の陸路で最短距離を進めば馬車で一週間程度と換算すればこの場に居ても不思議ではないけども、こんなにも広大な大地で、しかも人出の多い祭りの日にドンピシャで再会を果たすなど奇跡にも程がある。そんなオカルトあるわけない。


 とすれば……やっぱストーカーじゃねぇか!


「そっすね、んじゃ用事あるんで」


 であれば嬉しそうに再会を喜ぶ姿もほどほどに、テキトーにあしらって帰るです。やべぇ奴とは関わってらんねぇっす。


「いやちょっと待ってくださいよぉ~!」


 とはいえ本当に偶然である可能性も無きにしも非ず。だとしたらこちらも無下にはできない。どちらにせよ独りでは買い物も困難。今は良くとも遅かれ早かれ群衆に囲まれ、あの時と同じように自由な移動も難しくなる恐れもある。


 であればいっときだけ行動を共にしても良いかもしれない。この子が悪い人じゃないのは確認済み。あんまりよく覚えてないけど良い人だったのだけは覚えてる。助けて原住民。


「アンネだっけ? 久し振り」


「もぉ~、アンナです!」


 ペンネをどう調理してやろうかと考えていたので混ざってしまいましたサーセン。


「アンナね。それで、アンナさんはなにしてたの?」


「早めの夏季休暇を頂きまして、今は一人旅をしています。ほんと奇遇ですね~」


 実際的のところは行き先を先読みしたのだろうけども、こうもあからさまに偶然を装うとは。本人は旅行に出てたまたまと言っているが、たまたまではないだろう。超穿った見方をすれば、ではあるけども。


「そちらはなにを?」


「おつかいかな。買い出しだよ」


 隣に並んで共に歩き出す。初めて出会った際はいかにも労働者の少女といった感じであったというのに、アンナさんは以前よりもどこか大人びて見えるような気がして、女子は短い期間でこうも変わるものなのだなと感慨深く思ってしまった。


 見た目は年相応でなんら変わってはいないが、男との奇跡的な再会だというのにやけに落ち着いた様子を浮かべており、声のトーンもゆったりとしていて雰囲気が大人びている。服装によってそう見えるだけなのかもしれないけども、以前はもっとキラキラとした無邪気で活発な感じだった気がする。それこそ普通の町娘のような感じであったというのに、なんだか木っ端貴族や商人娘のそれを彷彿とさせられた。これはあれか、イメチェンか?


「この星にトマトの缶詰、は無いか……。なにか長旅に耐えられるような、日持ちするオススメの食材ってないかな?」


「日持ちするオススメの食料……それなら乾パンですかね? あとは干し肉やチーズなんかも良いかもしれません」


「なるほど、チーズはアリかも。タンパク質にチロシン、カルシウムにビタミンに塩と……腐らないし疲れも取れるし、最高の食材じゃないですか! まさに旅向けだよ!」


「ではまずはチーズ屋さんですねっ」


「っていや、アンナさんはいいの?」


「一人旅ですから自由なのです。ふふーんっ♪」


 隣で鼻を高くしている様子からして、もしかしたらアンナさんも初めての遠出なのかもしれない。であれば、大人びて見えるのではなく大人振っているのかもしれない。それはともかくとして、女子とのペアになれて誰からも直視されずにスルーしてもらえるようになったのは助かった。ストーカーは怖いけどこれで安心してお買い物ができる。チーズと非常用の乾パンでも買ったら宿に送ってもらおう。


「それでこの祭りってなんなの? なにを祝ってるの?」


「さぁ?」


「さぁ? って! この日を狙って来たんじゃないの?」


「へっ!? ま、ままあ地元民ではないので人様に教えられるほど詳しくはないと言いますか……。あれですよあれっ、夏の到来を祝う夏至のお祭りです!」


「ほーん」


 超早口なんだが?


「いや信じてくださいよぉ!」


 気が付けば二度目の間柄だというのに身構える事もなく気楽な会話が行えている自分が居た。アンナさんからしても、ずっと日陰から見守っていただけあって充分なイメトレが済んでいるのだろう。ともかく、人見知りスキルが見事なまでに顔を覗かせず、感覚で言えば超久し振りに再会した従兄妹のそれであった。


 あれこれと言い合いながら通り掛かった広場では、大道芸人が何本ものワインボトルを宙に放り投げてジャグリングをしていたり、新体操で使われるようなリボンをクルクルと回して観客を賑やかしていた。細かいことは置いといて、今は今を楽しむのも良いかもしれない。


「それよりっ! 水道橋が架かる街、棒状の揚げ菓子を食べていたら……それがチュロですね! あら三つも」


「一つ食べたから買ったのは四つだよ」


 とか言いつつ二本目にパクつく。あからさまに話しを変えられると目先の甘味で心のザワザワを誤魔化すしか無かった。調子に乗って四本も買ってしまったが、早くも二本目で食い飽きてきた。こうなったら秒速で食い切り、さっさと三本目じゃ。


「四つも! あの、よろしければわたしにも、一口だけでも良いのでご賞味させてもらえませんか……? 噂には聞いていたのですが、どのようなものかとずっと想像ばかりで……」


「え、なら本当に旅行なの?」


「あはいっ。知人のお話を聞いて、わたしもどのようなものかと」


「あーなるほどね。はいどぞ」


「どもですっ! わはぁ~、美味しそうですね!」


 人を疑ってばかりの自分、流石に後ろめたかったので一本だけプレゼントしてあげることにした。今から戻って同じ屋台に向かうのもなんだし、美味しく食べれるのは二本までであると悟ってしまっていた。三本目の残りも合わせて全部あげたいくらいだ。


 本当に嬉しそうな様子で受け取ってくれたアンナさんと一緒にチュロを食べながら、ゆったりと街歩きをする。デートと言えばデートだが、それは傍から見た場合であって、打ち解けあったカップルのそれではなく、我々の心理的距離はあくまでも個と個の粒状であった。アンナさんがどう思っているのかは知らないけど。

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