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 人間とは不思議なもので、なんの標識も無しに右通行と左通行とに自ずと別れている流れに我々も身を乗せて屋台通りを散策していると、各屋台それぞれ長短ありつつも行列となっている中、みなにスルーされて店先がガランと空いている一件が目に付き、なにを売っているのか見遣るとぽつんと樽がひとつ置かれているのみで、もちろんのこと掲げられている看板も読めず。樽の中にはなにが入っているのかと興味が引かれてしまった。


「あちょっと……」


「買ってあげたら?」


「自分のお金じゃないからって……」


 案の定こちらよりも先にふらふらと引き寄せられていき、「いらっさい、お嬢しゃん」と歯抜け言葉に声をかけられているシェリー。その場に立ち止まって一定の距離を離したまま「待ってるから」と財布の紐を固く締めたソフィアに小言を返しながら蝶々みたいな背中を追いかけて隣に並ぶと、


「コレはなに?」


「モモの蜂蜜漬けだよ。こうすると日持ちするんさ」


 樽の縁に両手をかけて背伸びしながら中身を覗き込んでいる頭越しに見てみると、樽いっぱいに金色と桃色の夢が詰まっており、蜜と果実の香りがふわりと立ち昇ってくるのだった。


「おいくらで?」


 こうして言葉を交わし二人で覗き込んでしまった手前、最低限これくらいは訊ねなければ失礼。樽から顔を上げて老婆に訊ねるとピースサインをしてみせ、どれほどの量をよそってもらえるのかは不明なものの、なんと一人につき銀貨一枚らしい。


 そりゃみんなハーフバゲットの山盛りチーズドッグや、塩茹でらしきブロック肉を分厚くスライスしてこれでもかとマーブル食パンに挟んだサンド、あるいはフレンチ流の安そうなペラペラクレープに流れるわけだ。


「じゃあえっと……二人分、お願いします」


 蜂蜜漬けのモモなんかに銀貨一枚も出すのは流石に躊躇してしまう。ドヤ顔で言ってしまった以上もう遅いが、財布を開く手が止まってしまう。本当にこれは必要なのだろうか? 買うべきなのだろうか? いやしかしシェリーの知見を広める為にも……。などと漢気無く考えあぐねている間にも、


「どーぞ、あんまいよぉ~。疲れた身体にピッタリさね」


 木製の小さなボウルに盛られたモモを両手に差し出され、追加された「どーぞ」に急かされながら急ぎ銀貨二枚を支払う。受け取ってみると蜂蜜塗れのモモには楊枝が刺さっており、使い捨ての紙皿などは存在しないという現実を思い知らされた。食べ終えたらボウルを返却するスタイルとなれば、この場で食さねばならぬ。


 人混みの中、店先に立って食べるのはなんとも落ち着かないが、問題の量を確認してみるとそれなりに盛られており、少なくともモモ一個分はありそうな様子。これくらいならばと半ば強引に自らを納得させて「はい、落とさないようにね」とシェリーに手渡して片手を空けると、では早速いただきま……。


「ぁ、ぁりがと……」


 キラキラと瞳を輝かせてモモの蜂蜜漬けを受け取ったシェリーであったが、恥ずかしげながらもお礼を言ってくれた姿を横目で眺めていると、「あれっ、あれっ……」とか呟きながらやっとこさ楊枝を突き刺して、いざ小さな口であーんっと食べようとしたその刹那、楊枝の先からぬるりと抜け落ちて落下していき、物悲しいべちゃ……音と共に地面に食われる黄金纏ったモモ。


 不憫だった。非常に不憫だった。本人も口を半開きにしたままポカーンと地面の光景を眺めており、感情が追い付いていない様子。ドンマイだ。


 シェリーのポンコツさをまじまじと思い知った。もう買ってやらん方がいいかもしれない。小石に躓いたりアイスを落としたりと最初は気にしていなかったが、結構なポンコツだなおい。


 かわいそうに……。嗚呼、モモうめぇ~! 舌に纏わりつくこってりとした甘さととろけた果実のフレッシュさがまさに甘露。濃密な蜂蜜とモモの香りも合わさってナイスだね。――モモ一切れ銅貨何枚だよパン買えるよぉおおお……。


 心の叫びを抑えながら「ちゃんとお椀の上で食べようね?」と優しく諭し、民衆の中ロシューが買ってきた小袋入りの糖がけナッツを摘んでいるソフィアを待たせながら黙々と二人で食する。(私のことは気にしないで)という視線をこちらに見せてわざとらしく周囲の建物を見上げたりはしているものの、人を待たせておやつなど、気を利かせてもらっていると思うとなんとも忙しなくて、落ち着いて味わう余裕もあまりなかった。


 最後はシェリーと一緒にかっ込むような形でお椀の底にある蜂蜜まですべて食し、お椀を返すついでに金物屋の場所を教わると、途中で見掛けた他の店にも立ち寄りながら無事金物屋にもたどり着き、必要物資を購入するに至ったまでは良かった。


 良かったのだが、野宿に備えて包丁やまな板、フライパンやヤカン、割れない木製の食器類などを買い込んでロシューが背負うリュックに入れていくと、ついに荷物がすり抜けてしまい――魔術の業で無理繰り物質化しているだけの人工精霊には持てなくなってしまっていた。完全に重量オーバー。泥棒猫を信用せずにすべて持ってきたロシューも疑い深いというかなんというか。


 つまりはこうだ。店を回りながらロシューが背負っている巨大なリュックに人数分の木皿や塩袋を詰め込んでいき、鍋を兼ねた大振りサイズのフライパンとヤカンを両サイドにぶら下げると、取り付けて手を離した瞬間、鞄の肩ベルトが幼身の肩に深く食い込んだかと思った矢先、スルリと身体をすり抜けてゴトっ……と地面に落下、おみ足やスカートがリュックの中に埋もれてしまったのだ。


 わかりやすい例を挙げるなら、当たり判定が消失した討伐モンスターの素材を刈り取る際の光景。空洞の中身が見えてゲンナリする、あれだ。頭で刈り取れば頭素材が手に入ると思っていたのが懐かしい。


 ともかく、幼女虐待罪で神様にアウト判定でも喰らったのかと一瞬頭に過ったが、執事の姿であろうともこれは変わらないだろう。それどころか身体が小さい分、物質密度は幼女のほうが濃密なまである。いやはや困った。こんな大荷物、持ちたくない。


 手に持てるのは小さな子供程度と言っていた気もするし、何百枚も硬貨が合わさればそれなりの重さにもなる。とはいえガーゴイルの背中に載せると走った時に落としてしまいそうだし、逃げてる最中に落としてしまったら取りにも戻れない。


「これはもう買うしかないわね……」


 リュックの中に仕舞われた数々の物資に両脚が突き抜け、あれもこれもと脚にくっついて身動きが取れなくなってしまっている使い魔の物質化を解いていき、半透明体にさせてなんとか脱出させている主も、さすがに必要性を突き付けられ決心したらしい。


 どちらにせよ天井無しの野宿は嫌だし、あいつらに居場所が割れている以上、ミアの脚が治るまでこの街、もといこの国に留まるわけにもいかない。今後のことを考えてもあった方が良いだろう。なによりも1日中徒歩での移動は辛かった。なにせ、ソフィアが歩き疲れたらその都度毎回おんぶですからね。


「私はこの子達と共にさっきの商会に戻って交渉してくるから、あなたはその鞄に入るだけの物資を調達してきて。お金はまだあるでしょ?」


「あるけど……え、俺ひとりで?」


「少しだけだから」


 どうやらまた子連れの未亡人を演じるらしい。同情買って値切るなら確かに邪魔ではあるけども、その若い見た目では無理が……いやそうでもないのか? ロシューは似たような髪色だから実子として、シェリーは養子という設定かな?


「保存食を買い集めてくればいいんだよね?」


「うん。それじゃ宿で落ち合いましょ」


 丸々と膨らんだ激重リュックから持てそうなものを取り出して自身はフライパンとヤカンを、金属が苦手なシェリーには塩袋を抱えさせているところ確認を取ると、再び濃密な姿となって懸命にリュックを背負おうとしている使い魔を横目にお使いへと向かう事にした。正直、不安だ。

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