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137 第五十四話 アトラ襲われる。

 ぴょこんっ、どうもアトラです。効果音も自分でつけます今日この頃。ヒジョーにさみぃ~です。ぶるぶるぶる。


 今は尾行してます。えぇはぃ立派にコソコソと。上にはまだ報告してません。念話を受けたら、する。えぇ、あれから定期連絡もナシです。期待も心配もされてないのでしょう。お気軽に旅行中です。


 真っ暗闇に身を潜めながら少々距離を取って対象を尾行していると、ふと革靴のつま先がなにかに引っ掛かってしまい――しかし凡愚な小娘であれば盛大にベチンっと転ぶところ、


「おっ、とっ、はっ」


 地面に手をつけて転ぶ勢いを利用し空中で回転、両手を広げて無事着地するに至るワレ。これが人生初となる立身での前転でありました。


 フッフフ……やるじゃんあとらん! いいじゃんあとらん! ワレもついにできてしもた。


 音が立たないように気を付けながら両手をスリスリと擦って付着した土を払い、「さむさむさむ……」と小さく呟きながら赤く染まった両手に白い吐息を吐きかけ、ジンジンとかじかむ指先の感覚を癒やしていた折、アトラは気付いた。


 わひゃっ!? って、なーんだ死体か。


「うへぇ~……」


 視界の片隅に映るは多数の人影。急ぎ見ると傍らの樹木には無数の屍が絡み取られており、みな揃いも揃って干からびていた。


 その光景にドン引きしている間にもアトラの身体は宙へと持ち上げられ、


「あ、へ……?」


 目を丸くしている間にも幼身のお腹はギチギチと締め上げられていき、まるで巨人に掴まれているかのような感覚がアトラの身に襲いかかるのだった。見ると太い枝がお腹に絡み付いており、ヘビのように巻き付いている。


「は、なせっ! アトラはご飯じゃなぁーいっ!」


 先輩に聞いたことがある、これは吸血魔樹ッ! そ、そうだナイフっ……!


 ガーターベルトに隠し持っていたナイフは……前転した時に落ちたのでしょう、ぜんぶ地面に散らばっていました。


 慌てふためいている間にも魔樹の細枝は手首を絡め取り、片足首へと巻き付き、這い上がるように脚を伝いながら締め付けてきて、手足は鬱血していった。


 あ〜ぁ、ずっとひとりで喋ってる人生だった……。


 などと思っている間にも別の枝にもう片方の腕まで巻き取られて操り人形のようにバンザイさせられてしまい、片脚に巻き付いている枝は太ももにまで登ってきていた。


 ジタバタと暴れていると背後からはまた別のゴツゴツとした感触がやってきて喉元にまで絡み付き、息を吸う事も……あれ、空気、吐けない……。


「ミア!」


「私のほうが速い」


 何処からか声がしたかと思ったら、乾いた爆発音が何度も聞こえて、それから少し遅れてナタで枝を刈るみたいな……それから暖かな、おかーさんに抱かれていた頃みたいな……。


「大丈夫!?」


 お姫様抱っこされ……。


 そこでアトラの意識は遠退いていった。



「気付いたかな?」


 目が覚めると、そこはベッドの上でした。手を下ろすとそこにあるハズのナイフはありませんでした。きっと、あそこに落ちたままなのでしょう。


「けほっ……ゲホッ……」


 起き上がって両手首を見ると、どちらにも縄に巻かれたような跡が残っていた。メイド服の白は大量の赤い樹液に染まっていて、スカートを捲ると螺旋状に登ってくる赤アザがぐるりと片脚に浮かんでいる。きっと同じようなアザが首にも残ってると思う。風邪を引いた時みたいに喉の中が痛くて咳が止まらない。気付いたら視界が歪んでいて、涙目になっていた。


「怖かったね、もう大丈夫だから」


 その人はアトラが怖くて泣いているのだと思ったのでしょう。ベッドサイドに顔を向けると、潤んだ瞳の先にはカッコイイ人がいました。ぼんやりとしていてよく見えないけど、その人を見ていると、咳き込んで血が昇っている顔がもっと熱くなって……。恋、知りました。苦しいです。


「はぁ、良かった。それにしても鉄砲って凄いもんだね」


「これは回転式拳銃。中折れ式だから口径は小さいけど、引き金は重いし反動も凄いから照準がブレる。精密射撃には向いてないの。ネコのように夜目も効かないし、当たる前提で撃ったけど無事で良かった」


「まぁ当たってもいつか治るもんねっ」


「うんうん。……っていやダメでしょ! いやもうほんと良かったよ……。あーあー、これ治るかね」


「そのくらいならすぐ治るでしょ」


「首はなぁ、目立つよなぁ……。あそうだ」


 ネコ娘を無視して思い付いたようにポケットへ手を入れると、綺麗な黒色のリボンを取り出して顔を近付け、ジンジンと傷んでいる首を労るような手付きでそれを巻き始めてくれる王子様。


 精密射撃……ライフル? でも……よく分からない。けど、この人――王子様が助けてくれた?


「これでよしっと。完全に忘れてたけど忘れてて良かったわ。包帯よりかはお洒落でしょ」


「キミ、なんでそんなもの持ってるの?」


「え? あー、まー、なんとなく?」


 肌触りの良いリボンをわたしの首にぐるぐると巻いて、最後に胸元で蝶結びしてくれる殿方。きっと目も当てられないほどの目立つアザが浮かんでるんだと思う。首に触れてみるとスベスベとした高級感のある手触りをしていて、丁寧な手付きで巻いてくれたから全然苦しくもない。嬉しい……。


「しゅき……」


「ん? なんか言った?」


 気付いたら胸がドキュンドキュンしてて、その声を聞くとクラクラして、いつの間にか、なにかを呟いてしまっていた。それがなにかは分からない。とにかく、なんか好き。


「んぶっ……!?」


 心配そうな顔でわたしを見ている王子様に抱きつくと、唇を合わせて歯を当てる。自分の二の腕よりもずっと柔らかくて……。噛んでマーキングするのは本で読んだ。ちゃんと血が出るまで痕を……。


「イッ!?」


「やめーッ! キ、キキキキミねえ! 今ナニをだね!」


「このガキ、地獄に落としてやる……」


 ネコ娘にムリヤリ顔を離されたけど、感触はまだ唇に残っていた。なんかすごく、えちかった……。ハマりそうかも。


「俺のセカンドキッスが、おこちゃまに奪われ……」


「キミもなにボケッとしてるのさ! ガキンチョからのありがとうのチューだよ! 真に受けるな!」


「え、ああなるほどそういうね、パパにちゅーみたいなね……って血まで出てるんですけどぉ!? 吸血鬼!? この子吸血鬼!?」


「自分、人間。もう結婚もできるよ」


 本心だった。いつもふざけてるけど、これは真面目。本当の言葉だった。


「マセてるだけマセてるだけ、どうせそのうち別れる……」


「ボクもちゅーしていいよね? ずちぃゆぅ〜ッ……!」


「いやなんかそうやって音出されると生々しいしよ! 流石にサードキッスは大切にしたい!」


 ダメだ、その声を聞いてると身体がポカポカしてきて、ソワソワしてきて、いたたまれなくなって――気付いたらベッドから跳ね上がって窓から飛び降りてしまっていた。


「てあれ、あの子は?」


「どこだろね。まっ、どうでもいいけど~」


「いやいやいや、怪我人を放っておくわけには……」


 聞こえてくる声から離れるようにして、逃げる。なんで逃げてるのか、自分でもよく分からなかった。

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