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「およよ、このお店だれも居ないや。泥棒に盗まれたらどうするのかねぇ~」


 買い物をする時などもそうだが、この社会は性善説を前提に構築されており、泥棒猫と共に行動しているとどれだけ他者を信用しているのかと多々思ってしまう。泥棒としてのプライドか、本人は貴族からしか盗らない流儀であると胸を張っていたが、今にも万引きしそうでこっちが落ち着かない。


 監視対象が覗き込んでいた店の前を素通りしながら置かれている品々を眺めてみると、そこには素朴なアクセサリーがずらりと並べられており、細いベルト型のデザインをした鈴付きチョーカーが売られていた。


 これ以上盗みを働かないようにとの意味を込めてプレゼントしようかとも思ったが、そんな自己主張の激しい物を身に付けさせたら巻き添えで俺まで見付かってしまうので即却下。アイスとハンカチ一枚しか買わない観光客で申し訳が立たないっす。


 そうやってボンヤリとした視界の中、なんの気なしに手に取っては戻してを繰り返していると、普通に売られている、夢の箱、の一部らしき板切れ。既に所持している二枚とそっくりな外観をしており、半分に割れていた。


「あれ、これって……?」


「あんちゃんお目が高いね、それは手にした者には不幸が舞い降りる。と云われている逸品だよ。誰かを呪い殺すのにピッタリさ」


 すでに不幸に見舞われている人間になにを……。


「たとえば恨む相手の鞄に忍ばせるとか、机の裏に貼っ付けるとかオススメだね。見ての通りただの黒い板っ切れに見えるだろう? バレやしないさ。因みに前の持ち主は落馬で寝たきり、その前に所持していた他国の貴族は刺殺された。いわく付きなんだよ」


 それでシンシアも一回死んだっていうんかよ。なんで俺じゃないんだ……。


 悶々と商売人の話しを聞いている間にも、隣ではペンデュラムを取り出して確認しており、結果は「右回り。世界意識によると、本物」ダウジング的には本物――つまり、本当に夢の箱の一部らしい。


「買わせていただく。いくら?」


「金貨五枚だよ。本当に呪われて死ぬからね」


「買った」


「でもさ、呪われるって言うわりには無事に見えるけど?」


「わたしゃ所持してないんだよ。これは陳列してるだけ。所有者はワタシ個人じゃなくてこの店だからね。まぁそんなわけで見ての通り閑散と……だからと言って捨てるのももったいない。引き取ってもらえるなら助かるよ」


 ダウジングなんてアテにならないと思っていたが本当に見付かるとは。――いま嫌な予感がしたんだが……。


「てかさ、ソレ、王宮の奴らも使ってたらさ、見付かるよね。俺たち」


「大丈夫、あなたの顔はまだあまり知られてはいない。男を知らなければ当たらない」


「あーなるほどね、この星にいま男は俺しか……って! いやそれ、ダウジングができて男を知ってたら終わりじゃん!」


「そうだね」


「そうだね。じゃないよ!」


「だうじんぐは知らないけど、あのメイド長、宮廷占い師だったよーな?」


「いやヤバ、や、やばばいじゃんなら!」


「一箇所に長く滞在しなければ大丈夫」


「移動し続けたとしても先回りされたら終わりじゃん!」


「そんな事にはならないようにと私も知恵を働かせている。ちょっとこれ持ってて」


 革張りのトランクケースを開いて金貨五枚を即断即決してみせたかと思えば、こちらに杖を預けて購入したばかりの品を両手に挟み込み、そっと目を閉じて白い吐息を細く長く吐き出し、風に揺蕩らせて霧散させていくソフィア。


「なにしてんの?」


「物体に染み付いた記憶――残留思念を読み取っている。魔術の修行をしていれば身に付く。黙ってて」


「あはい」


 あまり詳しくはないが、サイコメトリーってやつか。アカシックレコードの個別版みたいなものであると想像がついた。もしかしたら聖別なりなんなりをしてその記憶を払うことも可能なのかもしれない。すべて憶測だが。


「いくつか光景は見えたけど、惨殺、首吊り、胃袋……」


「いや最後のが気になるんだけど!」


「ご想像どおり。本物のいわく付き」


「この街のみんなは簡単に死なないから此処にあるという事だけはわかったよ……あれ? 生きる屍だっけか」


「今までに聞かされてきた伝承の通りなら、夢の箱はこの世を一変させる力を持つ非常に危険な代物。こうして分割されて散り散りになっているという事は、意図的に分解されて隠されてきたのでしょう。二度と使用されないように、なにかしらのまじないが掛けられていてもおかしくはない。全て集めて完成させるのが先か、呪いによって身を滅ぼすのが先か。古代人との勝負ね」


 古代からの叡智によれば、『求める者には道が開かれる』と云われている。が、『求める者には試練を与える』と言っているようにしか聞こえなかった。今回のコレはなんの苦労も無く手に入れられる甘いアメであり、絶対に過酷ななにかが待ち受けている。そう肌で感じていた。川姫により授かったこの直感に拠れば、だが。


「ならソレを保管しているミアは大凶に付き纏われてるってことか……本人は元気そうだけど」


「ダメそうならロシューに持たせればいい。苦労するわね」


「不吉なコトが起こらないように願うよ……」


 物品読み取りをしている間にもつまらなそうな様子でこの場から離れていき、後ろ手に手を組みながら他の店を見て回っている背中を眺める。願うはただそれだけであった。

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