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店内BGMという概念すらも存在しないメシ屋でジビエを注文したは良いものの、出された料理は思っていた以上にしょぼかった。なにがしょぼいかと言えば、量がしょぼい。
とりあえず今はファミレスのミックスプレートを想像してくれ。小さな牛ステーキとチキンステーキ、そして細いソーセージが一緒くたになって鉄板に載ってるやつだ。そこからちっこい牛ステーキとニンジン&イモを皿の上に取り分ける。するとこの店のシカ焼きが完成する。
金は払うからデカくて食いでのあるもんはないのかと。どれもこれも女子向けで量が少ねぇ! ナイフとフォークを手にちんまい肉片を前にするこの侘しさよ。
「そういえば腕の傷、もう治ってるのね」
「あ、そういえば確かに」
心の中で叫びながらガシガシ肉を切ってパンに救いを求めていると、ふとミア越しに声を掛けてきてフォーク突き立てるこちらの腕へとスプーンの先端を差し向け、そのような事を指摘してくるソフィア。
いつの間に治ったのだろうか、言われてみれば鋭利な牙を突き立てられたというのに痺れも無く腕を動かせている。フォークを置いて袖を捲り、あの後ソフィアが巻いてくれた包帯を解いてみると、少々傷跡が残る程度であった。あまりにも違和感が無いから自分でも忘れかけていた。もう包帯はポイだ。
「わらわに感謝じゃなっ」
すっかり癒えている腕の傷に頭を傾げていると、ふと声がしたかと思えば手のひらからちょびっとだけ覗かせた触手の先端を切り離してフラスコの小人が如く人の姿となり、皆無な胸を張って食事の邪魔をしてくる川姫。
「川姫が治したってこと?」
「傷跡からわらわの身が流出しては困るじゃろ」
「結局は自分可愛さかよ」
「少々手助けをしたまで。人間の修復力とは凄いものじゃの~」
感じからして、人体に備わっている自己修復機能を活性化させて治りを早めてくれたらしい。いやだとしても、骨まで届くような深手がそんな簡単に治るものなのだろうか。思っていたよりもこの身体は丈夫なのかもしれない。なんか自信湧いてキタァ。
「わらわの恩寵に感謝し、供物を捧げ給え」
「謙虚なのか傲慢なのかどっちかにしろよ……ってかさ、人の飲み物の中に浸からないでくださらない?」
言葉を交わしている間にも煙草の箱と同程度の大きさをした透明な幼女は卓上をよちよちと歩いて、器に注がれた温かいブドウジュースの中へと「よいしょっ」と体を浸からせており。ホットジュースに浮かぶ髪の毛はまるで、しらたき。
「あまいの~♪」
温泉のように浸かりながら湯気立つブドウジュースをペロペロと舐めているのだから、まさに子供の夢を体現しとる。わらび餅のようなその体ごと飲み干してしまおうか? 麻呂眉剃ってやりたい。
「な、なんですかその生き物は……」
「人体に寄生する小川の精霊です」
「ハっ、はキャワッ……!」
今までクソつまらなそうにコップを傾けて我々の食事が終わるのを一人待っていたかと思えば、指の長さ程度の身長をした川姫の姿を前にして声を震わせ、赤面顔でカクッと首を傾けてみせるシエラさん。羽根の無い妖精に打ち震え悶えているらしいが、眼がガンギマリで怖い。どこに行っても大人気だなと。
「まぁいいや……。ならさ、他にはなにが出来るの?」
「花を咲かせ、予言の力も授けられる。わらわは小さいから花を咲かせる余力は無し、お主に予知能力を分け与えられるほどの余裕も無いがなっ」
「つまり、多少の手助けしか不可っと」
「いいじゃろ、わらわがすんでのところで予見してやってるのじゃ。文句は言うなっ」
「そんで超間近な未来しかわからないっと……」
女子特有の鋭い勘やミアの危機察知能力と同程度であるとして、川姫が感じ取ってその都度伝えられるわけだから、実際のところはラグが発生してあんまり役に立ちそうも無かった。強いて言えば咄嗟に護ってくれたり、ギャーギャー文句を言われたりする程度だろう。もっと大量の川姫を飲み込めば良かったのかもしれない。あれが胃袋の限界だったけど。
それはそうと、血液やリンパ液とは異なる第三の体液(喋る寄生液)であるとして――。
「ここに来てからまったくヒゲが伸びないんだけど、もしかして……」
「もしもに備えて温存しとる。皮膚や爪はともかくヒゲは要らんじゃろっ。髪、眉、まつ毛はお主の見栄えの為に残してやっているが、まつ毛から下の毛はほぼほぼ無いぞ」
「それで伸びないどころかツルツルなんっすね。ストレスかと思ってたけど道理で」
「貯めていた分はもう使い切ってしもうたがな。全て良くなったらまた貯蓄せな」
「大怪我を負ったら頭髪まで無くなるのは予想がつきました」
体毛一本あたりの伸び率は僅かとしても、ヒゲのみならず全身となると一日だけでも相当なタンパク質が消費されているはず。体毛などという”ムダ”に貴重な栄養素が使われるくらいなら、いっそのこと筋肉の維持に回してくれたほうが助かるっちゃ助かる。
全て使い切ったという事は、今まで滾っていたのは本来ならばヒゲを伸ばす分の栄養素が使われぬまま肉体に溜まっていたからで、超ダルいのは傷を治すのに余剰分が全て使われたから、という事か? やたらと腹が減るのも川姫が消化器官や身体の巡りを活性化させていて、すぐに消化吸収がなされているから?
肉体の維持をしてくれるのは助かるけども、お節介というか、自らを満たす器を自分の為に維持しているだけで、こちらが受ける恩恵はオマケみたいなものだろうな。だって川姫だし。
「師匠は言った、女性は髪に霊力が宿り、男性はヒゲに霊力が宿ると」
「なら俺は霊力ゼロだわ」
「でもそれ、昔の獣人族もヒゲだったからちょっと間違ってるっ!」
「なら今の獣人族はどこに霊力が宿ってるの?」
「か、髪の毛……とかっ?」
「普通の女子と同じじゃない」
「まぁまぁ、そこは尻尾でしょ。尻尾でバランス取るのは知ってる」
どうぶつ☆ずかんで見た。
「そう! 尻尾っ! かわいいしっぽ~♪」
自分の尻尾を手繰り寄せてわざとらしく頬擦りしているミアはともかくとして、川姫入りのホット・ブドウジュースをどう飲もうか。第三の液体とは言っても実質ただの動く水だし、別に飲み込んでも問題無いとは思うけども、シラウオの踊り食いみたいでなんかイヤだ。――さっきからずっとハァハァしている人はこのまま無視しよう。
「ところでさ、いつ俺の中から出てってくれるの? 精霊に死とかあったり?」
「死を訊くとはナニを考えとるのか知らぬが、わらわは不滅。宿主が死すれば逃げ出して土へと染み込み、同族と合流して再び大河となるか、あるいは揮発して雲となり、雨となって再び地に舞い戻るか。お主が元々備える各種体液と同様である」
「宿主ってことは一応自覚はしてるのね。恩義とか感謝はないの?」
「うつわ。間違えた。そなたはコレと同じじゃ」
「寄生も器も同じじゃねぇか!」
「こうやって小川から離れて経験を積んでいくのだから仕方無いじゃろ!」
「ずっとぬるま湯に浸かってようとは思わないの? 今浸かってるその器も似合ってるよ?」
「これはいずれ冷めるからイヤじゃ」
「それだったら俺もいずれ冷めて……んで出てくのかお前は」
「精霊様も霊的成長の為に居心地の良い楽園から一時出るということ。この箱庭の大地で肉の衣を纏い、最期には天へと還っていく人間と同じ。輪廻の終わりには遍く者みな還元され、一者と溶け合い、また循環していく。そういうものよ」
「みんなとグチャグチャのドロッドロになるだけの勇気はまだ無い修行不足な人間です」
「それもみな同じよ。我があるから根源の光と溶け合わず、輪廻に呑まれて沈殿下降し、生まれ変わる」
人間には決して交われぬ水と油の関係がある。ということは、最高神の一者はマヨネーズであると悟った。ソフィアはマヨネーズ信者でした。
人も精霊もみな最期は一者に還って混じり合うという事は、もしかしたら精霊という存在は人間以上に覚えが悪くて学ぶ機会も少なく、先ほど川姫が言った”不滅”という言葉は半分ウソであって……っておい! 幼女にウソつかれたんだが!?
「なんだか皆さん、独特ですね」
俺は普通の一般人であると言いたいところであったが、生憎手のひらから透明な触手を発生させてしかも幼女の姿となるのだから、下手したら一番ヘンかもしれない。
魚の尾ビレみたいな後ろ髪をちゃぷちゃぷと跳ねさせてブドウジュースの飛沫を周囲に撒き散らしている精霊にため息を吐き出しながらシェリーを見ると、人見知りが如く顔を伏せながら手掴みでお肉を食い千切っており、もう一つため息。あっちにもこっちにもと思考が散って、つい金属が苦手な事まで忘れてしまっていた。
「ほら切り分けてあげるよ」
「あ、うん……」
そうして食事が終わり会計へ向かうと、あれやこれやと頼んでもいない料理名を永遠と告げられ、
「――以上で小金貨二枚と銀貨三枚となります」
などと言われるものだからブチギレ不可避。
「は? そんなに頼んでないんだけど……え、いくらだっけ?」
知った口で隣のソフィアに確認しているが、この男は未だに数字すらも読めない。
「シカ焼きが銀貨一枚、パンが銅貨二枚、パン付きのシカ煮込みが銀貨一枚と銅貨四枚、ホットジュースが銅貨五枚、お水が小銅貨五枚かしら?」
「なるほどなるほど……っておい。ボッタクリだ!」
なんとなくの感覚になってしまうが、この惑星の物品価格を元に照らし合わせれば、おおよそ六四五〇イェン程度となり、細かい数字を切り上げるとしても銀貨六枚に銅貨五枚が適正であるはず。だと言うのに二三〇〇〇イェン相当の金を請求するとはこれ如何に。
「全ての料理を鍋にぶち込んで煮込み、蒸留を経て栄養を凝縮、その後、匂いと味を抜き取る為に炭や布、高級な綿などを使用して濾過させた、純粋無垢なお水でありますので」
「ここはね、高価なんだよ。分かるでしょ?」
しかし店員さんの表情は一つも変わらず、あろうことかミアまで加担してみせるのだった。かったるそうにご説明してくれた姿をよくよく眺めてみると、ミア達に目を奪われていて手元しか見ていなかったが、その顔色は優れていてロングスカートにネコ耳っぽいカチューシャを頭に着けており……ぴくっと片耳を動かしてみせる店員さん。
その子はネコ耳族のコスプレをする人間の真似をした、ネコ耳族の仲介人のようであった。いつも他人の姿をジロジロと観察していて我ながらキモイなと反省していたらコレですよ。
「あー、それはたかいっすねー」
「ボクたちだけの特別メニューだったんだね!」
「はい。裏メニューだぉ?」
「ぜんっぜん嬉しくねぇ……」
裏社会を牛耳るドンの下っ端に資金提供をする人の気持ちってこんな感じなんだろうなぁ……と。俺まで協力したってことで捕まっちゃいそうなので、どうか悪いコトには使わないでくれ頼むから。まぁどっちにしろ今も絶賛逃亡中だから変わんねぇけどぉ!




