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 小娘さんに案内されて街へ赴くと、店は開いている様子であったが閑散とした雰囲気でどこも人影が少なく、大通りも小道もガラガラだった。傘をさす必要が無い程度にみぞれのような霧雨が降っており、どんよりとした空気感がなぜだか心地良く感じられた。寒いけど。


「ねぇ、アンタの名前って」


「新人クンでいいよ」


 シコティッシュ・フィールドはヤだし!


「それゼッタイ名前じゃないでしょ」


 それからの言葉は無かった。興味無さげに呟いて顔を逸らし、ショーウィンドウの中を眺めながら小さな下駄でカラコロと濡れた石畳をゆくシェリー。読み書きが出来るとはいえ、ジャングルの中から飛び出してきたのだから見るものすべてが物珍しく、驚きに満ち溢れているのだろう。それこそ、会話をする暇も無いくらいに。


 こちらとはぐれないようにと歩みは止めなかったが、あっちを見たりこっちを見たりと顔をキョロキョロとさせており、一定の距離感はやはり感じられるものの、どこか顔付きが明るくなっているように見えた。まさに産まれて初めての海外体験をこの子は今しているのだ。


 切り傷はすぐに癒えていたが体力のほうは未だ回復し切れていないらしく、船の上では少々ふらついてしまっていたので、なにか美味しいものでも食べて休ませてあげたいところだ。


「なにか食べたいものはある?」


「食べたいもの……お肉」


「船の上では保存食ばかりでしたでしょうし、なにか温かい料理をお食べになられては?」


 こちらの会話を聞いてか聞かずか、前を歩んでいたかと思えばふと振り返り、「こちらなんていかがでしょう」と案内されてやって来ましたは食堂らしき道角の飲食店。


 その店構えを一言で言い表すなら、枯れた蔓系植物に外壁が侵食されている小さな喫茶店。更に言葉を付け加えるなら、曇りガラスの中で暖かな光がぼんやりと灯されていた。温もり溢れる光景に即断即決だったのは言うまでもない。いち早く暖を取り、かじかんだ身体を暖めたい。


「決まりっ!」


「では」


 ドアベルを鳴らした小娘さんに続いて店内へと入り、ミアに背中を押されながら店内を見渡してみると、そこに客は居らず、数人掛けのボックス席と申し訳程度のカウンター席が物言わず佇んでいるのみだった。観葉植物の類いはどれも枯れていて片隅に放置されており、聞こえるはただ振り子の音。なんとも言えない哀愁が漂っていた。


 こちらは五名様でありますが四人掛けのボックス席しか見当たらないのでそちらへと向かい、寒い窓際をどうぞされたので先に座ったら、一目散に隣へと腰掛けてきて露出した冷たい太ももをくっつけ、「キミもこっちに座りなよ」と更にソフィアまで座らせて両サイドの人肌で暖を取るネコ。


「いらっしゃいませ~。こちらお品書きになります」


 毛皮と化しているロシューの温もりを欲したのだろうが、そこは普通小柄なシェリーだろ……と横目に見ている間にも店員さんから受け取ったメニューを開いて顔を近付け、まじまじと文字を読み始めるのだからなんとも。


「なににしよっかなぁ~……。キミはどうする?」


「肉で。煮たやつじゃなくて焼いたやつがあればそれでお願い。あと水とパン」


「は~い。うーん、お魚は無いみたいだしボクもお肉でいいやっ。鹿肉だけど大丈夫?」


「しか、にく……。お、おん」


 メニューを眺めていたかと思えば猫背に落としていた顔をこちらに上げ、至近距離でその瞳を差し向けてくるものだからつい視線を反らしてしまった。


 嫌なもん思い出したけどアレはシカじゃないシカじゃないシカじゃ……。


「私はブラウンシチューに決めた。パンは、付いてくるみたいね。あとはホットジュースにしようかしら」


 脳内にこびりついたドス黒い記憶を振り払っている間にも、頬をくっつけんばかりにミアと顔を寄せて一緒にメニューを眺めており、随分と仲良くなったなと感心。まるで教科書忘れた隣の席の子だ。


 押しくら饅頭しているこちらとは異なり、先程出逢ったばかりの初対面さんと肩を並べている一方のシェリーはといえば、幼顔に難しい表情を浮かべてメニューとにらめっこしており、まだ決まらない様子であった。


「もしかして、文字読めないとか?」


「しょっ、しょうがないじゃんッ! 学校、行ってないんだもん……」


 予想はしてたけど教育格差まであるっぽいなこれは。ネコ耳越しにメニューを覗き込んでみると、ただでさえ読めない火焔型文字が飾り文字となっており、逆によくこんなもの読み取れるなと。


「まぁ俺も読めないからキニスンナ」


「オトナなのに文字読めないなんて恥ずかしくないの? だっさ」


「こ、子供だからってな……いい気になんなよおんどりゃあ!」


「ひっ……」


「あ、ご、ごめ……」


「今のはキミが悪いねっ」


「で、でもっ! ウチだって第一文字は読めるもん! お母さんに教わったもん……」


「ってことはこのメニュー表、結構難しい文字で書かれてるとか?」


「そうね、中等学院を卒業したレベルかしら?」


「なるほどわからん」


「ボクでもなんとなく読める感じかなぁ~」


「なるほど理解した」


 第一があるなら第二もあるわけで。文字列の長さ的にも表意文字である事は薄々察していた。だからといって勉強する気力も根性もナイ。誰かと一緒に行動していれば問題ないし、お金に関しても金銀銅の枚数で言われれば分かる。呑気にお勉強するのは腰を落ち着けられるようになってからかな。


 悪戯なニヤつき顔、眠そうなジト目、目付きの悪いガキ……置いてきたシンシアも無感情な顔になっちゃったし、マトモな奴は居ないものかと。こうしてみなで一塊になってはいるものの、どこか音の外れた不協和音のような感覚だった。それぞれが調律されて阿吽の呼吸が如く動けるようにもなるのだろうか。輪の外の寄せ集めのようであった。先生にグループ作ってと言われて残った者たち。そんな感じがした。


「もういぃ、ウチも焼いたやつ」


「パンは?」


「パンも」


 魔族と言われると特殊な気がするし、実際的な見た目も普通の人間とは異なっているものの、パンや肉まで食する広範囲な雑食性という面で言えば、果物や花々しか口にしない半妖達よりもずっと人間らしく思えた。まぁ今は置いときまして。


「ならえーっと、商会の……なんでしたっけ?」


「シエラです」


「あぁシエラさんね、シエラさんはどうなさいます?」


「わたしはいいです。どうぞお食事をお楽しみください」


 いやみんなで席に着いて一人だけなにも頼まないとかこっちが気不味いんだが? 食べ終えるのを待たせているようでソワソワしてしまうんだが?


「ならまぁお水でもお飲みくださって……」


「ではそれを頂きます」


「決まったかな? すいませーん、シカ焼き二つとシカ煮込み二つ、あとパンを四人前とお水を人数分頂戴なっ!」


「かしこまりました~」


 狭っ苦しいというのに元気に挙手してミアが口にした料理名は、そのまんまであった。文字なんか読める必要なくね?


「ホットジュースを忘れてる」


「あ、俺もそれ気になるから追加でお願い」


「かしこま~」


 そうして料理が運ばれてくるまでの間、小太りの魔者が残したモノと半妖の孤島でガタイの良い魔者が遺したカケラをミアのカバンから取り出し、卓上に並べ置いてみなで見比べていた。どちらも色合いや質感は同一であり、ガラスのような光沢に金属とも樹脂とも取れない半金属的な手触り・重さをしている。


 ――文句も言わずに太ももの上に置かれてあるカバンを漁らせてくれたかと思えば、丸められた縞パンを無視してカケラを探し出したこちらの手を眺め、「なんだそっちかぁ」とか言うのだからどっちだよと。


 一体全体ナニを考えていたのかは知らないことにしまして、そうして机の上に二枚の黒い板切れを並べて観察していると、手持ち無沙汰な様子でペンデュラムを取り出してソフィアはダウジングに挑み、


「もしかしたらこの街にあるかも」


 とか言うものだから、


「やめてくれよ。この街にあるイコール魔者や魔獣が居るってことじゃないですか」


「今のところの経験則で言えば、そうかもね」


 イヤじゃないのかと続けてしまいそうになったが、咄嗟に言葉を飲んで口を閉ざす。居たら居たで敵討ちが出来て良いとさえも思っている節が垣間見えていた。その為のナイフと銃なのだ。


 ――なお、ミアが腰から下げているナイフの柄がさっきから脇腹に食い込んで痛いっす。

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