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 この世界を取り巻くしがらみに憤って、居場所がないシェリーに手を差し伸べ、桃太郎がごとくお供に加えたは良いものの。


「着替えとかは取りに行かなくていいの?」


「ウチ、着物だから」


 その言葉を聞いて思考は停止、シェリーの”ウチ、着物だから”という声が木霊する中、意識が広がって周囲に拡散放射されていき、動植物の営みが感じられたかと思えば惑星の外にまで飛び出して、複雑な方程式を紐解くと同時に宇宙の全歴史を悟った。銀河を背景にこの島で紡がれた記憶が走馬燈のように駆け巡り、ビッグバァン……。すべてを、理解したッ。


「そっか、なら買わないとね」


 爆発的な急速膨張は時を遡ってビッグバウンスへと至り、再び膨れ上がるよりも先に冷静沈着な顔でゼロ地点を射抜く。非解脱者にはこれがやっとであった。無駄に壮大だったぜ――などと宇宙オレになっている間にも、女子たちは傍らでお喋りしていて。


「もう少しで出港するって。キミもそろそろ準備したら?」


「わたしは留まります」


「へ? あの子が居なくなったらお肉も食べれなくなるんだよ? どうやって生きていくのさ」


「わたしは菜食に慣れてますので。パンがあれば生きていけます」


「回復したばかり、お肉は食べたほうがいい」


「あっ、なら家に干し肉あるよ」


「ならそれを頂きます」


 あろうことか乗船を拒み、絶海の孤島に留まると言い出すシンシア。相当船に乗るのが嫌らしい。


 本の山もあるし温泉もあるから確かに居心地は良いだろうけども、まさかここまで来て旅を終わらせるとは思いも寄らなかった。修道院を抜け出せたらそれで良かったのだろうか。内心ではこの放浪旅を嫌がっていたのだろうか……。再び言葉を交わせるようになったのにお別れを望むとは。


「これも差し上げます。わたしにはもう不要なので」


 けろっとした顔でこちらにやって来ると、手ぶらである事を気にかけてくれていたらしく、帆布製の肩掛けカバンを手渡してくるシンシア。中身はすでに空となっており、代わりに修道服のポケットが随分と膨らんでいた。


 きっとこれが餞別なのだろうけども、シンシアが握っていた肩ベルトには未だ体温が残っていて、結局最後まで、手を繋ぎ合う事は叶わなかったな……とやるせない気持ちと共に落胆してしまった。


 いつもお出掛けをする際に使っていたのだろうか。本人に直接、これはどういった物なのかと訊ねてみたかったが、そろそろ出港しなければならない。シンシアが抱えている本心も、カバンの由縁も、こちらへの想いも、なにも聞けなかった。なにも、言えなかった。


「それで……コイツはどうすればいいんだ?」


 譲り受けたカバンを肩に掛けて握り締め、想いを捨てて長老らと別れの挨拶を済ませると、今度は飼い主を失ったガーゴイルを前にして少々扱いに困ってしまった。


 メシを食わないのはエコだけども、本来コイツはシンシアの護衛として与えられた怪物。しかしシンシアの旅はここで終わり。まったく見向きもせずに「少々寝ますね。ご無事で」とだけ口にしてツリーハウスへと戻って行く背中に、みなでどうしたものかと考えあぐねてしまっていた。


 ワンコまで小首を傾げてツリーハウスとこちらとを見比べていたそんな折。


「ウチが面倒見る」


 状況を察したのか、見捨てられたも同然な怪物へと寄り添うようにその身を寄せると、冷たく硬いガーゴイルの頬を撫で、そっと静かに微笑むシェリー。捨て犬にしては少々大きい気もするが、本人は飼い主となれてご機嫌らしい。


「諸君、出港の時間だ!」


 ポケットの中の財布、鉄拳、そして肩掛けカバンと確認していき、呼びに来てくれた船長の元へとみなで向かう。これにてロルィタン島ともお別れだ。長いようで短い三日間であった。


「あれ、あの金髪の子は?」


「死んで生き返ったけど置いてきた」


「え、……はっ?」


 通りすがりにシレッと伝えたかと思えば、目を見開かせている船長を無視してさっさと港へと向かう背中。


 別れというものに慣れているのか。人はああもアッサリ死んでしまうとは儚いものだった。取り乱したりもなかったし、みな人の死に慣れているのかもしれない。


 とはいえシンシアは生き返った。お互いに生きている限り、また再びいつか出逢えると思う。だというのに、なにか大きなものを失った気がした。


「そしてこの子が入れ替わり。お肉の子よ」


「なんかそう言うと変に聞こえるんだけど」


「シェリーです。よろしくおばさん」


「お、おばッ……!?」




 そこには、みなの姿を後ろから見守る背中があった。


(もしもーし? 聞こえてますか~?)


 話しかけても答えてはもらえませんよね、やはり……。


 わたしを前にするみなの背中を眺めていると、透き通った青い光に景色が染まって、この世からあの世へと意識が移行し始めたのをわたしは感じた。


 天から光が差してお迎えが来るものかと思っていましたが、違うのですね。こんなにもあっけないだなんて。人が一人死ぬだけで膝まで付いてしまうとは……まだまだ未熟ですね。どうしましょうか……。


 肉体は土に還るものの、霊魂はこの世に重なる別の次元へと移動するだけなのだとわたしは知った。不思議な力で背中が引っ張られるような感覚がする。きっとこの力に身を任せていれば、あの世へと連れて行ってもらえるのでしょう。それは同時に、従うかどうかの選択肢を与えられていることを意味していた。意識は明瞭としている。今までに読んだ男の子タチのコトもすべて覚えている。


 いったいどれだけ、この引力に抗い続けられるのかは分かりませんが、しばらくは様子を見守りましょう。なにも出来ずとも、悪霊からは守護いたしましょう。でなければ心配です。幸いにしてこの子は見えているみたいですし、物質的な危険はこの子に任せて、見守ります。まだこの魂、還元させるわけにはいきません。


(ちゃんと護ってくださいね、ガーゴイルさんっ?)


「ガルゥ」


「なに鳴いてんだコイツ」


「さぁ?」

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