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意識を取り戻しながらも立ち上がる際によろめいてしまったシンシアを背負い、シェリー担ぐミアと共に事の顛末を報告するため集落へ戻ると、
「たわけ! だで、やめろとせったにゃろがッ!」
待ち受けていたのは優しい出迎えではなく、長老のキツイお叱りであった。
しかし事情を話すに連れて段々と険しい表情を緩めていき、「そうか……」とどこか悔しげな、あるいは羨ましげな面持ちで目を伏せる長老。
やはりこの人は死に場所を求める死にたがりなのかもしれない。それは漠然とした希死念慮ではなく、本当の意味で人生を終わらせたいのだ。残された者は淋しいからもう少し生きててほしいところだが。
「お前も久方振りじゃな」
「うん……」
その言葉に振り向くと、いつの間に意識を取り戻したのだろうか、ミアの背中に隠れるようにして長老と距離を置いているシェリーの姿があり、長老は表情一つ崩さなかったが、こちらを眺めている島民たちはみな物憂気な表情を浮かべていた。
「そういえばコレ拾ったんですけど、なにか解ります?」
魔者が落とした手のひら半分ほどの板切れを長老に見せると、
「それは、夢の箱の一部ではないかのぉ~? この目で見たことは無いけども、その大きさ、色、質感、伝承と一致している。気がする。肉の脳では既に限界を迎えておるから誰に聞いたか、どして知っているのかは思い出せんけども、本体である精霊の御霊に、そこから枝分かれしたわっちの記憶庫に、たしかに刻み込まれてある。
それはたしか、ひとつだけ夢を叶えるもの。わっちらより前の、ずっと前の時代の先人が造り上げた代物。なぜ知っているのかさえ己でも分からなだにゃんて、齢なんか取るものじゃないね。はてさて、誰に聞いたか、いつ聞いたか……。ひとりになって記憶の書物を読み返さにゃならん。ってなことでわっちは寝る。意識は寝ないが、肉体の五感を閉ざさねば読めぬからな」
そう語って踵を返し、てくてくと自宅へ戻ろうとした長老であったが、ふと立ち止まってこちらに振り返り。
「そうそう、ほんのチョッチ前に、白ひげの老けた男がそれを探しに訪れたことはありありと覚えておるぞよ。名は知らぬが、同じものを持っていた。同じように見せてきて、同じように眠って……わっちは見たことがあるのかぁ!? 一度読み返した書物をまた忘れたのかわっちはっ!?」
両手のひらを上に向けて鷲掴みの形にし、オーマイガー! と目を見開かせる長老。忘れていたことすらも忘れていたらしい。自分で言っときながら愕然としてるあたりに、あぁ本当にババアなんだなと。
「もしかしてその老人って、モーガンなんじゃ?」
「そういう話しは聞いたことない。旅をしていたのは事実だけど、だからといって語るのは、私をひとり立ちさせる為に必要であろう魔術や生活スキルの事ばかりだった。でもあり得なくはないかも。そんな面白い話し、魔術師が放っておくわけがない」
「でもなんで魔者が……」
「もしかしたら、同じように集めているのではないかしら。世界改変を可能にする古代の秘術の結晶だもの、居場所を求めて彷徨っている者どもからすれば垂涎の的。居場所が無いのならば改変してしまえば良いとでも考えているのでしょ」
あの時は女子を狙っているものだと思い込んでいたが、正確にはミアの鞄の中身を欲していたのかもしれない。男が絶望的なまでに減少した事によって魔者の勢力が拡大、守人も夢の箱を護れなくなり、魔者が手にするようになったのは想像に難くなかった。
「試しになんとかっていう占いしてみれば? お得意のさっ」
「それ、嫌味に聞こえる」
「そんなつもりはナイよっ。はい、本」
「まぁ地面、揺れてないもんね」
「それは、嫌味」
「すません」
などと言い合いながらその場にしゃがみ込んで輪を囲み、挿絵が描かれているページを開いて半カケらしき板切れと共に地面へ置くと、指先から落とされたチェーンの先、黒い板切れの上で暴れるペンデュラムをみなで眺める。
心落ち着かせるように静かな呼吸をしてソフィアがそれを静止させていくと、ピタリと動きが止まったペンデュラムは次第に小さく揺れ始め、
「なんか回り始めたよ?」
「これはどういう意味なの?」
「イェス」
どうやら反応しているらしく、ダウジングの結果は右回りのイエスであった。やはりコレが、夢の箱の一部なのかもしれない。
なぜ魔者がコレを持っていたのか、魔者もコレを集めているのか、魔者も夢の箱を使ってこの世界――この惑星を自分たちに都合の良いものへと改変するために探しているのか。
だとしたら厄介な事になった。あんな奴らと奪い合いだなんて、見えなかった藁がイバラの中に見えてきたぞおい……。
「それホントに当たるの~?」
「百発百中」
「鉄砲外す人が言ってもにゃぁ~……」
「鉄砲じゃない、リボルバー。反動が凄いんだからしょうがない」
ペンデュラムを仕舞って立ち上がったかと思えばこれなのだから、ここも生命力溢れるセイ地ですかと。こんなんヤレヤレしてしまいますよ。
「お主の干支はなんだ?」
とかなんとか言い合っている二人を横目に肩を落としていると、若造の遊びを傍らで眺めていた長老がふとこちらの脇腹を突き、こんな事を訊ねてくるのだった。一瞬なに言ってんだこの長命童女はとなってしまったが、その服装も相まって数秒後にはなんとか把握するに至れていた。
「えと? あー、羊だけど?」
「そうか……」
「それがなんだって?」
「いやなんでもない。用が済んだらこの島から出ていけ」
「出ッ……」
いやそんな言い方あるかよ……。とか落ち込んでいる間にも、船員たちと共に果物を抱えている船長の元へと向かい、このような事を訊ねる長老。
「なぁ、次はどこへ行くのだ」
「次かい? 次はここから東にある薄暗いところだよ」
「あそこか。なら次は?」
「やけに訊くじゃないか? その次は南に下って最後に東だよ」
「そうか。本は忘れるなよ」
「はいはいっ」
いったいなにを気にかけているのかは判然としないが、干支と場所になにか関係でもあるのだろうか。まったく話しの流れが掴めなかった。まぁ、ボケているのだろう。




