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「このあたりが良さそうね」
鬼ごっこならぬ化け猫ごっこをしている三人の傍ら、置きっぱなしにされている鞄を手にして花々を踏み倒していき、花畑の中に形成されていた背の低いクローバーの群生地を見付けると、鞄に収納されていた薄手のシーツを地面に広げ、黙々とピクニックの準備をし始めるソフィア。その姿は幼い子供を持つシングルマザーのようであった。――比喩に倣えばネコはミアおばさんかな?
「みんな楽しそうですね、あなたは良いのですか?」
「シンシアはいいの?」
邪魔者が誰も居らぬ今、隣に居たいとは言えなかった。
「えぇ、わたしは肌が弱いので」
「あぁ喘息もあるもんね」
本当に旅には向いてないな、とは言えなかった。
「それよりも、あちらの木陰で休みませんか?」
「いいけど……お、襲わないでね?」
「わたしの夫は神さま。わたしは神さまの妻。そんなコトはしませんよ」
メンとメンが至高で純美とか言ってましたものね……。
誘いを受けて花畑の外縁に位置する木陰へと二人で座り、シンシアと共に遊んでいるみなの姿を眺める。
デートってこういう感じなのかな。でもちびっ子たちも居るし、夫婦とか!? ま、流石にまだ気が早いかぁ……なんか、ドキドキするお。
「はふぃ~、こんなに蒸し蒸しする国もあるのですね。服がぺったぺた……」
「ずっと修道院で暮らしてたんだっけ?」
「えぇ、物心付いた頃から。城壁の外に出た経験も少ないので、書物によって世界を知りました。やっぱり想像と実体験は異なりますねっ」
「でもその世界、超偏ってる気がするんですが……」
「修道院で勉強も修めましたし、酷く偏ってる訳ではないですよ?」
「そ、そっすか……」
メンとメンへの情熱に駆られて歴史とかも学んだのかなって。
そんな変態カッコ褒め言葉なシスターのお淑やかさや、好きなものを好きと言える純粋さ、他とは異なり一定の距離を保つ常識的な眼差しに心を寄せてしまっていた。
病弱な普通の女子、同じ無能という事で仲間意識を抱いているのかもしれない。眼鏡を取ったら可愛いではなく、きっと”眼鏡を取っても”可愛いだ。醸し出す雰囲気がどこか優しげで、母性にも似た暖かみを肌で感じる。多分、恋していた。
大陸から離れたこの島ならば、少しはゆっくり出来るかもしれない。だがいつ追跡の手が伸びてくるかも分からないし、また誰かに裏切られて捕縛される可能性もある。国境も海も、俺たちの味方にはなってくれそうになかった。
地面に落ちる木漏れ日の影を眺め、旅を始めてから何度目かにもなるため息をそっと吐き出す。
「こんなん言っても仕方ないけどさ、なんで俺がこんな目に……」
後ろに手をつけて空を見上げると、視界を覆い隠すかのように樹木の葉によって青空が遮られており、身体も心も影の中にあった。なにもかも忘れて眩しい日差しの中へと躍り出て、みなと一緒に無邪気に遊んでしまえればどれほどラクだろうか。
「以前あなたは、他力本願だと言いましたが、それは違います。わたし達は神々に突き動かされ、利用されているだけ。神様は攻めなんです! わたし達は受けなんです!」
「お、おう……?」
いや急にそんなコト言われても反応に困ってしまう。困惑しているこちらの様子を察したのか、シンシアは続けて語るのだった。
「すべては神によって仕組まれているのです、駒であるわたし達の成長の為に。物事には必ず原因があります。思惑を抱いて人は行動し、起こり得る事態も想定した上で実行に移します。それは神も同じ、すべては計算済みなのです。偶然などあり得ません。神は見守るだけではなく、神霊の世界に目を移せばわたし達と同じように活動し、今もこちらへと働きかけています。奇跡もタネを知ればただの手品。そんなものです」
だとしたら神さま連中も大変だなと。まぁ神さまだって機織りとか田植えもするし、時には引き篭もるもんなぁ。
「この世界はあの世の影。枝葉である意識の投影。不幸や困難も大いなる進歩への布石。小石を投げるとき、腕を大きく仰け反らせればより遠くへと飛んでいくように、それはまるで一旦引いてから押し寄せてくる波のように、崇高なる神の計画を促す為の演出なのです。それに協力していると思えばっ、より善き未来がこの先に待っていると思えばっ、なんだか幸せな気持ちになってきませんかっ?」
それが、最期に見たシスターの微笑みであった。
うーん……としばし悩み、こちらの反応を無言で待っている隣に伏せた目をチラリ向けると、もうそこには誰も居なかった。
今度はかくれんぼかと思って周囲を見渡し、ふと視界の隅で蠢いた物陰に顔を上げると、バタ足をしている両の靴先が隣に浮かんでおり――顔の高さにあるその脚を追って目線を上げた先には、
「ヵはッ……」
胸元からドス黒い触手を生やして空中に浮かび、苦悶に目を見開かせながら手脚をカクカクと震わせて、血反吐すらも吐けていない口元をパクパクと動かしている姿があった。
闇色の触手にその身をつらぬかれ、涙に塗れながら必死で呼吸を試みているシンシアは、どんな顔をしていても可愛かった。




