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緑生い茂る小さな丘がポコポコと乱立している、斜面に囲まれて入り組んだ窪地を震えた勇み足で慎重に歩いていると、
「うをッ! びびったぁ……」
ふと足元で毛玉のような物体が移動して、もふもふとした柔らかな感触を布越しに伝えていったかと思えば、丘の上から似たような白い塊がいくつも湧いてきて道を塞ぐように群れを成し、「キャンキャンッ」「きゃおぉ~んっ」とこちらにつぶらな瞳を注ぎながら、多分ではあるが威嚇の姿勢を見せてきたのだった。
「なんじゃこいつら」
「うーん、なんでしょうね」
短い尻尾を一斉に立てて短い牙を自慢気に見せ付けているソレ等をよくよく観察してみると、白いふわふわ群はウサギと同程度の大きさをしたイヌというか、ちっこいオオカミらしく、自らよりもずっと大きな獲物を喰う気満々で出てきたはずが、その脚はみなこちらと同じようにガクガクブルブルと震えており、ヨダレを垂らしながらも見るからに怯えていた。
そんなわけなので本人たちは懸命に威嚇でもしているのだろうけども、全然怖くない。
「やめなよロシュちゃ、怖がってるよ?」
喰う側なのか喰われる側なのかどっちだよと突っ込みたいところだが、仮称・チビカミたちは非常に臆病らしく、ここぞとばかりに、
「マスターに牙を剥くものは毛玉でも容赦しない」
とイケメンが前に出て手袋をしている指を一気にボキゴキッと鳴らすと、たったのそれだけで一目散に尻尾を巻いて散り散りに逃げて行き、この星に来てからの珍しい癒やし要素が秒で消え失せてしまうのだった。
「あーぁ、行っちゃった」
とか言いながらそこまで興味無さそうに後ろ手を組み、散歩らしく小幅で歩みを再開させるミア。二人共あんなにちびふわな動物を目にしたというのに表情一つ変えてはおらず、女の子に抱いていた先入観が一つ崩壊したような気分になってしまった。女子はみんな可愛くてファンシーなものが好きなのではないのか……。
それにしても、あんなちっこい体躯で普段なにを食べているのだろう。肉食っぽいしトンビやカワサギ同様カエルやネズミの類いかもしれない。集団なら巨大な獲物も狩れると誤認してしまうとは、小さいだけあって頭もあんまりらしい。非常にワクワクして参りました。
「見てあれ! なにあれ!」
チビカミの食性に関して考えている間にも、木の幹が架かっている川幅の狭い小川に差し掛かり、あれを渡るのか……とか内心思っている傍で急にミアが声を上げ、
「あれあれ!」
指差している先をソフィア&ロシューと共に見遣ると、そこにはこれまたちっこいワニが居た。正確には小川の中をゆったりと泳いでおり、やけに丸っこくてどこかオモチャ感のある見た目をしていた。
「チビワニ、かなぁ?」
はい名称決定、ちっこければみんなチビや。その川は温泉が流れ込んでいる川とはまた別のものらしく、濃緑の中に澄んだ青空の色を美しく反射させていた。そこに浮かぶ苔色をしたチビワニはヒマそうにあくびをしており、おそらくエサは先程のチビカミ。
「あ、ネコ」
「えなに?」
「いや違う、ネコ」
「だからなに?」
「はぁ……あっちに可愛いネコが歩いてる」
「”こっち”の間違いじゃなくて?」
「もういぃ……」
チビワニの観察に続きまして、ソフィアが杖の持ち手で指した先、藪が生い茂る密林の中を目を凝らして眺めてみると、今度はその言葉の通りにネコが歩いていた。
本気で解っていないらしいミアを無視してそのネコを観察してみると、薄い蜂蜜色に濃茶の縦縞模様が浮かんでいた。なのでアレはきっと、ちっこいトラ。チビトラだ。
この島に生息している生き物はみな小さくなる方向へと進化していき、資源少ない孤島に適応しているのだろうか。
「なにこれ、小鳥?」
小川を眺めている間にも目の前にハチドリみたいな綺麗な色をした昆虫サイズの極小な鳥がやって来て、ミアがキョロキョロと顔で追うとガーゴイルの頭にちょこんと止まり、くちばしで羽根の手入れをする小鳥さん。
なんだかこの島の生物たちに歓迎されているような気分に浸ってしまった。とにかくみんな小さくて可愛かった。もうね、かわいすぎりゅッ……! とか言ってると天から見下ろしている神々に気持ち悪く思われてまた意地の悪い事でもされそうなので自重しまして。
「ここを渡るのはやめましょ、私にはムリ」
「奇遇ですね、俺もムリです」
「こんなの飛び越えちゃえばいいのに」
橋の代わりに渡されている年季の入った木の幹をさっさと諦めまして。ならばと川の上流――つまり火山の方向へと向かって少々移動してみる事にした。
ミアが言う通りにその小川は助走を付けて飛び越える事も不可能ではない程度の川幅をしていたものの、ガーゴイルにも乗らず頑なに隣を歩くソフィアは言うまでもなく、ソフィアを背負って越えられるかと言えば難しい。
ここで引き返さなかったのが全ての始まりであり、全ての元凶であった。
しばらく川沿いを歩いて行くと、ふと何処からか有ろう筈もないヘリコプターのような音が聞こえてきて、上空、先ほどまで歩いてきた後方の下流から向かってくるのが感じられ、異様なその音に足を止めてみなで警戒していたその時。
「ヒッ……」
ついそのような声が出てしまった。細かく震える空気の振動まで肌に感じながら近付き来る物騒な音に身構えていると、すぐ背後にまで迫ってきたかと思った矢先、目線の高さを通り抜けていくは、巨大カナブン。ヘリコプターの轟きにも思われたその音は、どうやら玉虫色をしたソイツが発する羽音だったらしい。
「あの羽根キレイね、どうにかして取れないかしら」
とか物音の正体が判るやいなや物怖じもせずに物欲光らせるソフィアは置いといて。
子供の頃、科学の本で読んだ事がある。はるか太古の昔は哺乳類よりも昆虫のほうがずっと巨大で、我々の祖先たちは小さな体躯で物陰に隠れながら過ごしていたと。
たしかにやや重力が軽く感じられ、酸素量も多い気がするし、更には熱帯のジャングル。これだけ環境が揃っていれば、バカデカイ昆虫が生息していても不思議ではない。が、次の瞬間。
「石投げても当たらないかなー」
「それはダメ、羽根が傷付く」
とか肩を撫で下ろして去って行く獲物をみなで見送っていると、まるで戦車のようなミリタリーグリーンの巨体が茂みの中から姿を表し、過ぎ去るよりも前にタイミング良く巨大昆虫へと喰らい付き、見事捕食。その生物は、オオトカゲであった。
「わはー、すごいねぇ~」
「体液が黄緑だなんて……気色悪い」
「その気色悪い虫の翼を欲しがっ、たのは……」
大自然が魅せる生命の営みに感嘆の声を上げ、ムシャムシャと昆虫の外殻を食い潰して口の周りに蛍光グリーンな体液を付着させている姿に眉間を寄せていると、こちらの存在にも気が付いたのか、おおよそ自転車サイズの体躯をしているオオトカゲがギロリと顔を向けてきて、全てを察してしまった。
そう、お客さん気分で大自然を観察しているつもりでいたが、俺たち人間もまた大自然の一部であり、食物連鎖に組み込まれている弱肉強食の生物。野生を忘れた高知能サルであって――本来ならば喰われる立場なのだ。
ゴクリと喉を膨らませて巨大昆虫を丸呑みにし、細長い舌をチロチロと伸ばしている間にも、
「おぶって」
「言われるまでもなくッ!」
いち早く危険を察知したミアは既にナイフを抜いていたが、飼育ケージのトカゲが生きたエサにしか反応を示さないのと同じく、ソフィアをおぶる際の動きが引き金となってしまったのか、よだれを撒き散らしながらのっそのっそッ! と猛烈な勢いで迫ってくる獰猛なオオトカゲ。もちろん、逃げるしか無かった。
「ってちょっとッ……! ボクを置き餌にしないでよ!」
「いやいやいや! 魔獣じゃないよねアレぇ!?」
「普通の生き物だと思う」
臨戦態勢を取っているミアを置いて先に走り出したというのに、あっけなく隣を駆け抜けて行き、むしろ先に逃げるのだから置いてかないで。ガルガルワンコも一緒に逃げてないで立ち向かえよと。
あんな生き物に取り囲まれて生きてんのかよあの島民達は。まさか普通の野生生物から逃げる事になるとは思いもしなかった。ぜったい毒タイプだよあれ! って、あ。
「そうだよ銃で頼んますよ!」
「銃は緊急時専用」
「今が緊急時だよぉおおッ!」
そりゃ相手はなにも悪くない野生生物だけれども!
勿体振って弾数を節約しようとするソフィアに心の内からツッコミを入れていた折、無我夢中でミアの尻尾を追って行くとなんと不運な――向かう先に地面は無く、断崖絶壁となっていた。よくあるアルアルでアル。
だと言うのにまっすぐ走って行き、飄々と崖下へと姿を消して行く背中。
いやえ、マジかよおい……。
愕然とした。愕然とした。大事なことなので一応言うが、ネコは高いところから降りても問題はない。しかしこちらは普通の人間であってソフィアまで背負っている。無事に着地出来るとは到底思えない。
だがしかし! 噛まれて敗血症に怯えるくらいならッ……!
勇気を振り絞って途切れている地面の先、空へと向かって盛大に駆けると――すぐさま地面の硬い感触が靴底から伝わり、この脚は二人分の体重が乗った衝撃をしっかりと受け止めているのだった。
思ったほどの高低差、ありませんでした。遠くからでは崖下が見えなかっただけでした。ビビって勇気を振り絞ったのが馬鹿みたいです。
勢い付けて飛んだというのに足首も挫かず、すぐにまた走り出せたこの脚を褒めてあげたい。




