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「長老の言葉よおわからんでしょぉ? あれ、昔の都言葉。今じゃただのほーげんっ」


「そ、そうなんっすね!」


 宴会場では敬語で喋っていたというのに今では方言全開という事は、やはり一種のお務めとしてお相手をしてくれていたらしい。見事なまでのブーメランだ。とかなんとか考えながら煩悩を振り払う為に必死で手を動かしている間にも、背中越しに色々と話しを聞かされていた。それは先の話しの続きであった。


「……とはいえ、何代にも渡って人間と交わり続けてきた結果、成長が止まる時期が徐々に後退していき、寿命が短くなってきた。故に、人間から見て最も幼く見える者が最年長となり、肉体の成長が進んでいる者が最年少となる」


 という感じで、読書家らしき水色髪の子が語ってくれたのだ。


「もっとも新しき世代は我ら同様、決して動物は食わぬが、時に穀物を食す必要がある。でなければ肉体の維持が出来ぬのだ。そうやって綿々と世代を重ねるに連れて精霊の特徴は失われつつある。ま~出産はしやすくなってきたが」


 一番の長老が一番幼く見えたのは、そういった道理に依るとのこと。言われてみれば、中身も含めて長老が一番子供っぽい気がする。医学の発展に伴って長生きするようになった人間とは逆という事か。


 子孫は残したいが、男と交わると精霊としての素質がその度に薄れていき、最後には絶海の孤島で絶滅に至るジレンマ――全体としての種の存続か、女子としての願望か。その葛藤を抱えているらしい。まるで刹那的な欲求と逃亡生活とを天秤にかける俺みたいだ。


「精霊の力、魔法を行使する天性の感覚も失われつつあり、若い者たちは明らかに力が弱まっている。隔世遺伝で能力に恵まれる者も時折出てくるが、人間の血が邪魔をしている以上、先祖たちと比べれば大したことはない」


「魔法って、ならあの長老も?」


「長老は土の魔法を使う。四大、あるいは五行で土は中央となり、この星そのものであり、人を表す」


 とかなんとか話しているのを聞いて、本業が黙っているワケが無かった。


「つまり、この世における最上級の魔法とも言える。物質化にも関わってる。物質を支配する土を操作できるなら、この世を手中に収めたも同然。水の流れを制御し、風を防ぎ、火を消す。意図した流れに変えることも、範囲を制限することもできる。他の属性をすべて制御できる物質界の長。それが土。人間も一種のつちくれ。私は苦手だからロシューも希薄なまま。そういう感じ」


「解説アザッス」


 幼い子供は神様のものであるとも云われているし、実際に神様の世界に片足突っ込んでるような言動を時に見せるが、成長するに従いその能力は失われていく。それと似た感じなのだろう。最も幼く、最も長生きで、最も始祖の精霊に近く、魔法の力が強い者。確かにみなを率いる長老として適している。


「長老の世代までは出産も難儀した。我らは紡がれた奇跡の中の奇跡。我らは人として短い時を生きれば良いのか、あるいはなるべく永く、精霊としての種を存続させれば良いのか。どうか、教えてはくれぬか」


 そんなこと聞かれましても……荷が重すぎるだろおい。とか洗濯の手を止めて頭を悩ませていると。


「そんなの決まってるじゃん! 欲望に素直になればいいんだよ。それからの事は後で考えればいいの! あとあと、まずは欲望を満たしてみないとなにも分からないよ!」


 ミアならそう言うと思いました。


「ネコとしての血を呆気無く薄め続けてきた人間の言葉は違うわやっぱ」


「失礼な! それにね、種の存続のために我慢するなんて、生まれてきた意味が分かんなくなっちゃうよ。そこの薬で若さを誤魔化してるフィアちゃんも住処を捨てて今こうして旅してるけどさ、キミたちもこの島に執着してないで、さっさと諦めてさ、ボクたちみたいに街で暮らす野蛮な人間になっちゃえばいいんだよっ。そのほうが幸せだと思うな~? いくら人よりも長い人生を歩めるとしても、薄かったら意味ないよ。短い人生でもさ、濃ければいいんじゃない? ネコたちはそう考えたよ」


「ミアは気付いてないかもしれないけど、その言葉は男を奪い合うライバル……敵を増やすものだよってうんぬん」


「はっ……」


 つい夢中になって語ってしまったのだろうけども、ドジなネコである。とか思っていたら。


「キミたちは精霊の奇跡を体現する貴重な存在なんだから、種を存続させる事に意味がある! きっと教科書にも載るよ! 伝統は護らないと!」


 さっきと言ってる事が真逆になってるけど、まぁいいや……。


「ならさ、死ぬ時はどうやって死ぬの?」


「単刀直入だねキミ? 言葉を選ぶって事はしないの?」


「ダルいからしない」


「ふむ、我らが息絶える時は人間と同じ、肉体の死。魂魄の魄が抜けた瞬間をもって死と見做す」


「え、なら魂の行き先はどっちなの? 人間が考える天国か、あるいは精霊の世界に還るのか」


「長老は精霊の気が強いゆえ、第一の祖先、我ら全ての始まりとなった始祖の御霊へと還元され、一つとなるだろう。しかし他の者共は、特に若い者共はそこで迷う事になる。二股の道に立って、今後どちらとして霊魂を磨くか、死後選択を迫られる事だろう。それは、おらも含めて」


「でもさ、どういう仕組みでそんな長生きしてんの?」


 そう訊ねると、真っ先に声を聞かせたのはソフィアであった。


「おそらくではあるけど、この島に訪れた際に見掛けた妖精と同じく、大地や空気中のプラーナ――つまり生命力を吸収して生きている。でも直接栄養を受け取る霊のエーテル体から肉の身体へと物質変換させ供給するその経路は永遠には持たない。花々や果物を口にするという形で肉体の方からも補助的に維持しているとして、どれだけ高寿命な樹木があったとしても、長くても数千年で寿命が尽きるのと同じ。更には肉体を有している欠点として外部的な、つまりは物質的な病気や怪我、あるいは事故や危険にも晒される。


 人よりも神霊的な力が強く、また日常的にもそれに頼って暮らしているとすれば、風邪程度ならかかるよりも以前に強化された免疫の力で防御できるでしょうし、軽度の怪我ならば肉体に備わった自己修復機能を加速させて治癒できると思われるけど、魔獣に喰われたらひとたまりもない。低俗な肉の器としての脆さもある。魔法を使おうにも肉体が追い付かず、自壊すると推察する。そうやってあなた達は生を存続させているのでは? 幼いままの身体では魔法の反動も凄まじいでしょう?」


 とかなんとか長々と思考を口に出してソフィアが語ると、次に口を開いたのは先程までの子ではなく、サクラ子さんの方であった。


「仰るとおりです。わたし達はたしかに少ない食事で命を繋ぎ止め、軽い傷や病気ならすぐに治る丈夫な身体をしています。しかし、魔法は使えても、使えないのです。小さな魔法ならば少し痛い程度で済みますが、大きな魔法を使う事は死を意味しています。多くの先祖達の死因も魔法の行使によるものでした。自らの生命と引き換えにこの集落を護り、今がある。わたし達は生き残りである長老を護る為、そしてわたし達自身を護る為に、小さなこの手で柵を作り、軽い魔法で事が済むようにと維持してきました」


「幼弱な肉体では耐えられないのね」


 サクラ子さんは続けた。


「この話しを聞いて、長老のことを臆病者だと思われるかもしれません。しかし、逃げる事は生きる道を意味しています。とても賢く、また苦しい道です。どちらにせよ、誰かが生き延びて子孫達を導かねばなりません。時に生きる事は死ぬよりも辛いもの。逃げるように言われた長老はその役目を担い受け、渋々なのです。多くの親や姉妹達を亡くし、また子供もおらず、今も孤独に我々を見守ってくれているのです。本当はみなと共に散りたかったと、ぽつり弱音を吐いたこともありました。その呪縛に縛られ、男も拒絶して、ただ集落を護るために己を犠牲にし、またしようとしている……。


 もしも今この場に魔獣――いえ魔者が姿を現したとしたら、長老は嬉々として精霊の魔法を行使し、道連れとするでしょう。その時を永い刻の中、待ちわびているのです。わたし達にできる事はただ生きて、長老に相応しくない雑魚どもを蹴散らし、最期の花舞台を見極めるのみ。ただそれだけです」


 なるほど、のぼせてきた。――熱い温泉、知恵熱、そして女子の衣服で。

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