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111 第四十四話 ロルィタン島の住民

 この島を護るちっこい長老と面会し、ネガティブ回路を通してこの島の状況を把握している間にも、ふと先程の仮称・サクラ子が戻って来て、


「長老様、準備が整いました」


 集落の広場へと案内されるに至っていた。


 サクラ子に連れられて密林の中を行くと、緑の天井に覆われているだけあって少々薄暗く感じられる広場にはゴザのようなものが敷かれており、桜の木の下でお花見をするような感じで机の類いは見当たらず、それこそ宴会のような席の作りが成されていた。それは昔の殿様や家臣達が寄り集まる際のような形で、長老の席らしき一つの上座から見て右と左とに列が並び、中央には広めの空間が設けられていた。


 先に集まってずらりと座していた方々を眺めるとみな幼い姿をしていて、おおよそ初等部から中等部ほどの見た目をしており、不自然な程にまでオトナの姿は見当たらず、巫女や舞子見習いの寄せ集めかとも思えるような異様さ。


 約四十人程度の人々はみな正座をして物静かに宴の始まりを待ち侘びており、いざ男の登場だというのに喋り声の類いは全く聞こえず、美しい姿勢のまま伏せ目がちに口を閉ざしているのみ。坐れば牡丹とでも言わんばかりに不動を決め込むそういった点においても、昔訪れた渡来人の影響を受けているのだろうか。


 中央を挟んで向かい合わせで並び座し、お人形のように微動だにもしない面々が醸し出す静寂性の異様さに加え、更にはその服装においてもまた異質で違和感のあるものをしていた。


 みな暑いだけあって薄着をしていたが最低限の布面積は確保されており、麻織らしき簡易的な着物をはじめ、サクラ子と同じファンシーなスカート浴衣、袖無しの着物に大正モダンな袴、果てには夏服のセーラー服やキャミソールまで、統一性があるようで無い、まるでジャングルには似付かわしくない様々な衣服を身に纏っていたのだ。


 先人が持ち込んだ趣味の影響を受け、身近にあるもので可能な限り再現しているらしく、デザインはソレであったが布地に関して言えば通気性の良い麻織物や絹など薄手のもので、セーラー服のカラー(特徴的な大きな襟)などは厚みに乏しくヒラヒラとしていた。


 染織に至ってもカイガラムシの赤系、藍染めの青系、草染めの緑系、土染めの茶色など、自然物で簡単に染められるものが殆どを占めており、模様よりも色の階調によってバリエーションを確保しているのが窺える。


 おそらくはみなそれぞれの一張羅なのだろうが、正直なところ集落とは家族みたいなものだし、なによりも同性しかいないので本来ならば服なんか着る必要もないはず。だというのに着ているということは、商船が訪れるのに合わせてもてなし歓待する為、わざわざ都会人の文化に合わせて服を纏ってくれたのかもしれない。部外者が滞在している間だけとはいえ、蒸し暑いというのにこちらの事を気遣って素肌を隠すあたりに思慮深さを感じられた。


「わっちはあっちに座ってるで、宴を楽しんしゃい」


 目の前の光景にたじろいでいる間にも、言い終えるより先に上座へと向かって「よいしょっ」と座り、客席として空けられていた席にみな腰を下ろし終えたのを確認すると、


「よし、では歓迎の宴を始め給え~」


 両手を前に突き出して袖口を垂らし、気の抜けた掛け声を皮切りにジャングルでの饗宴が始まったのであった。


 長老は玉座に腰掛けるとそれっきり立ち上がることは無く、とかく緩急の激しい人だった。先程まで目を見開いて覚醒していたかと思えば、玉座に座るやいなや背もたれへと深くもたれ掛かって虚脱感のある面持ちでぐでーっと弛緩するのだから、たとえ見た目は幼くとも、それで時たま作詩までしているとなればまさに老後のそれ。さっきまで子供のようにはしゃいでいたというのに、今ではそれこそ老人のようにボケーっとしている。


 長老席の背後に掲げられている旗には白いリンゴの花がモチーフとして描かれており、おそらくはアレがこの島の紋章なのだろう。――ま、そんな事はともかく。


「みんなやけに若いけど、そんなにこの島って交通が盛んなんすか?」


「いんや、みな中身は大人だ。人間で言えばね」


「あ~、全員お年を召しておられるんっすね……」


「まさに常若の国ね。幼い頃、師匠が語り聞かせてくれた。ティル・ナ・ノーグとは異なるけど、海の彼方にある妖精の国であることには違いない」


「常若ってよりかは……」


 訂正、こうして実年齢不詳な長命少女たち――太陰の饗宴が始まったのだった。船長は妖精と言っていたが、幼生かなと。


 そうして饗宴が始まると、先程まで怖いくらいに沈黙していた少女たちは一斉に口火を切って宴会場にざわめきを形成し、こちらの姿をチラリ見ながら隣の子と顔を寄せってひそひそ話しをしたり、くすくすっと口元に手を当てて笑い合ったりなどと、急に人間味のある姿を見せはじめ、気が付けばホームルームが終わった後の教室みたいな雰囲気に変わっていた。


 これは安堵して良いのか、それとも肩肘張れば良いのかが判断付かないが、荘厳さと賑やかさの落差に戸惑いながらも足を崩し、誰にも聞こえないため息を吐き出す。これはあれだ、式だ。


「どれもうんまいに、食べんさい」


「あ、ども……」


「まぁゆっくりしんさい。ここなら安全だでね」


「あ、ども……」


 周囲の光景に目を遣っている間にも右から左からとタッパー持ち寄るオバハンみたいに声を掛けられ、見た目だけは見目麗しい少女たちにペコペコと頭を下げている自分が居た。


 未だ眼球から伝わってくる視覚的な先入観が支配的なものの、無意識的な本能の直感では、この子たちが醸し出すオバハンっぽさを自ずと感じ取っているのかもしれない。歓迎してもらえるだけ嬉しいのでどちらでも構わないし、むしろオバハンであってくれたほうが精神的にラクだから助かるけども、どんな目で見れば良いのかと困惑してしまう。


 だがこれだけは言える。みな可愛らしい見た目に反してあくまでも横目ではあるものの、あからさまに怪訝な眼差しをミア達に注いでおり、その扱いも酷く冷たいものであった。ひとつ先に座る船長やこちらには声を掛けてきて山盛りナッツや南国っぽい見た目のフルーツを差し出してくれる反面、相変わらず男をサンドイッチしているミアやソフィアに関しては完全にガン無視で、まるで空気のようにスルーしている。


 船長に対しては「あんた、ま~んたパッサパサの髪になってぇ~」とか挨拶代わりの言葉を投げ掛けたり、こちらに対してはこれでもかとみな嬉しそうな笑みを浮かべているものだから、そのギャップに恐ろしさを覚えてしまう。幼気な見た目ではあるものの、中身は良くも悪くも陰湿らしい。女を忌み嫌う女神の眷属と謂われただけはある。男の俺には関係ないけど。


「女子の旅行者は歓迎されないみたいだね」


「どこに行ってもあなたと一緒に居る限り私たちは睨まれる。疎まれると言ったほうが正しいかも。みんな嫉妬してるの」


「そりゃみんなからしたら邪魔だもんね」


「そういうこと」


「田舎モンは警戒心が強いんだよ。ひょいぱくっ、ひょいぱくっ!」


「田舎どころか、異界というか……」


 そんな周囲の目も気にせずに隣から腕を伸ばして来て、次から次へとナッツをカリムシャしている姿に飽きれていた折、長老に変わって世話役として付いてくれるのか、ふとこちらにやって来て斜め向かいに座り、


「驚きましたか? わたしたちはエルフなのです」


 ミニスカートの上で両手を重ね置いたかと思えば、ドヤ顔で幼顔を見せてくるサクラ子。此処に来てまさか耳にするとは思いも寄らなかったその横文字に一瞬なにを言ってるのかが解らなくなってしまった。みな確かに幼いけども、所謂エルフの外見的特徴を有しているようには見えなかったからだ。


 どうやらこの島の住人は他国と同じく女児しか産まれないのは変わらずとも、みな歳を取らず幼いまま死にゆくように進化した一種の種族らしく、かなりの長命という点で自分たちの事をエルフと自称しているらしい。桜色ショートのサクラ子さんによれば、前の男にエルフと言われたから。とのこと。


 だがしかし待て、こちらもヲタク。確かに長命で老いないのはエルフの特徴だが、幼いままの容姿を保っているのならばもっと別の名称があるようにも思える。別に耳も長くはないし、耳長いのは悪魔の象徴であって本来のエルフは普通だから、それこそ人の大きさをした妖精――輪を舞うニンフと呼称した方が正しい気がする。あるいは先人に習って太陰神の眷属か。


 年齢不詳の少女たちばかりであるが、おそらく歴代の男達は大陸での子作りに必死で、こんな辺境どころではない絶海の孤島にまであまり足を運ばなかったのだろう。いや正確には気軽に足を運べないと言った方が正しいか。


 なので機会を増やす為にも半妖の特徴を活かして長命となり、身体的に老いない方向へと進化、選択したのかもしれない。船長は「では早速」と酒を喰らっているので、お注ぎとして付いてくれたその子に色々と教わる事にした。


「ならさ、ここでの信仰ってどんな感じなの? やっぱ土着信仰みたいな?」


「わたし達は見ての通りですので、わたし達に強く現れている少女性、生命の循環、生命の躍動そのものを崇拝してます。前の人は少女のイデアと言ってました」


「ヘルプ」


「自己肯定を通してこの世の、一者の新陳代謝における死と対を成す生、若葉萌えいずる生命力を崇拝している感じかしら」


「そうです、それですっ! その名を、この島の名前にあやかってロルィタン教と言います。これを国教にしてます。でも脳足らずな大陸の野蛮連中には理解出来ないみたいで、事あるごとに馬鹿にされて……」


 ソフィアの言にビシッと声を弾ませて、語るに連れてスカートの上に重ねられていた手を握り締め、ふるふると震えていったかと思えば。


「ロリコンは脳の病気ではありません! ただロマンティストなだけなのですッ!」


「わ、わかったよ、だから、ね……?」


 急に叫ばないでくれ。とりあえず昔の陰陽師と平成のヲタク紳士がやって来た事だけはワカッタ。ヘンな入れ知恵されてんなぁ……。


 船長も言っていたが、歳を取らない代わりに頭も成長しないのだろうか? きっとこの子も永く生きているだろうに、歳の割には少々言動も幼い気がした。


 見る限りどの程度まで身体が成長し、また止まるのかは各人各様らしいが、中には中等部ほどに見える子もチラホラと居て、言葉を選ばずに言えば、背がやや高くてやや胸元が膨らんでいた。ロルィタン島の妖精たちは、やはりウーパールーパーのように幼体のまま成長する幼形成熟ってなやつなのかもしれない。正確には精霊と人との混血児たちか。


 外見に引っ張られて中身も若いままなのかな。ソフィアも頼れるお姉さんではあるけども、結構無邪気というかそんな感じがするし、川姫なんて何百年何千年、下手したら何万年も生きてるだろうに中身はちびっこのままだもんなぁ~。


 果たして見た目に付随するのか、それとも中身に付随するのか。きっと若い中身との相互作用で見た目も若いまま維持され、その逆も同時にあってグルグルしてるのかもしれない。それも含めての循環なのかも。齢ばかり取ったシワクチャでもまったく尊敬に値しない奴も多いし、分からんな。

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