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その身を犠牲にして船を救ったと言えば聞こえは良いが、ただ雨に打たれて風邪を引いただけと言えば夢見るスピ系になってしまうのがなんとも言えなかった。
タイミングが重なっただけの単なる偶然かもしれないし、魔術なのか偶然なのかすらも素人には判然としない。しかし川姫やロシューがこうして存在するのだから、きっと他者からは偶然に見える形の魔術なのだろう。
それは客観ではなく主観の世界であり、客観性を崩さずに、さも自然な素振りでその”偶然”を引き起こすのが魔術なのだ。そりゃ科学畑では認められないわけである。こう思わなければソフィアがただの哀れな人になってしまうし、数少ない仲間が思い込み激しいヤバイ奴であってほしくもない。
にしても、まさに永遠の十七才って言葉がピッタリだな。おいっおいっ♪
寝込んでるお姉さんの為に薄暗い船内を進み、この子しか喋れる船員は居らぬのかと思わざるを得ない三つ編みの子に「倉庫ですか? あっちですよ」と貴重な台詞を言ってもらって、少々迷いながらも倉庫らしき部屋に辿り着いたは良いものの。
「うげっ」
我は主人公なのでどーでもいい台詞を贅沢にも口に――気を取り直して通路から覗き込んでみると、考えてみれば当たり前ではあるが、倉庫内には一切の明かりが灯されてはおらず、手で触れられそうな程の暗闇がシットリと充満しているのだった。
しかしソフィアの為にも果物を探し出して持ち帰らねばならぬ。通路から差し込む反射光のみを頼りに、荷物を蹴飛ばさぬよう注意しながら一歩一歩確実に闇の中へと踏み込んで行くが、我はネコミミ族にあらず。探そうと思えども到底探せるような視界ではなかった。
これじゃなんも見えねぇ……。
通路の先に掛けられていた石炭ランプでも借りようかと踵を返して、引き返そうとしたその刹那。
ウップスッ……!
床にしゃがみ込んでいる小さな影が視界の隅に映り込み、ただの物陰かと思いきや微かに動くものだから変な声が出てしまう寸前だった。
バクバクと暴れる心臓に喉元を圧迫されながら、闇の中へと目を凝らしてよくよく観察してみると、ゆらゆら蠢いているソレはなにかを食ってるらしく、歯切れの良い音がしたかと思えば、シャクシャクと咀嚼する音まで聞かせてみせる背中。ここまで来ると安堵というかなんというか。
「あーっと、きみ、生きてる……?」
ぽつりと漆黒に沈む小さき背中に話し掛けてみると、「わひゃぁッ!?」とこれでもかと肩を跳ね上げてビクリ震え――しばし無言の硬直後、恐る恐るといった様子でこちらに振り向き、観念しましたと立ち上がる人影。
未だ暗闇に目が慣れないものの、おおよそコドモ程度の背丈をしていて、髪の毛がやや短めなのは薄っすらと窺える。更に視線を下げていくとダボダボとした船員服らしきものを身に纏っており、明らかに新人のようであった。
見るからにアセアセキョロキョロとしていて挙動が怪しいが、どうやら倉庫に隠れて盗み食いでもしていたらしく、モグモグと口を動かしながら不自然にも片手を後ろに回しており、先ほど聞こえた瑞々しい音からしても、食べているものは容易に察せられた。
「あのさ、果物ってどこにあるか分かる? 船長さんに訊いたら分けてもらえるみたいなんだけど」
「こッ……んくっ! ここにありまぅッ!」
まぁそうだろうね、すぐそこにあるよね。だって食ってんもん。
口の中に満たされた甘い果汁に舌まで蕩けているのか、ヘンな声を聞かせながらビシッと敬礼してみせると、ダラダラと大量の汗を浮かべて身を固まらせる船上員のちびっ子。それからは敬礼ポーズのまま動きを止め、微動だにもしない。
親に言い聞かされた『男はオオカミなのよ』という言葉を真に受けて、初めて目にした野獣の影に怯えているのだろうか。まぁ暗闇の中で声掛けられて身長差ある人影に見下されたらそっちも怖いよね。うん、怒らないからお尻に隠してるそれ出しなさい。
「なんか体調悪そうだけど、大丈夫?」
「ダイジョブでありますッ!」
いやいや、まるで海軍の新兵みたいだなおい。
「そ、それならいいけども……吐くなら外にね?」
「は? はく……?」
「まぁ大丈夫ならいいよ。んじゃ頑張ってね」
「らじゃぇす!」
食料庫でゲボ吐かれたら堪ったものではない。
その子の傍らに積まれてあった果物を三つほど拝借し、未だに固まってる人影を置いて倉庫を後にすると、では早速頂きやす。リンゴにしてはやや小さい気もする赤い果物を丸齧りすると、やけに酸っぱい味がした。多分製菓用。あるいはアタリだ。