表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

104/115

104

 人生初のお姫様抱っこをして、倒れ込んだソフィアを船長用の寝室へと担ぎ込み、個室というだけで他の船員室とあまり変わらない簡素なベッドにそっと寝かせて……やろうとしたところ、「ちょっと待った」と後ろから肩を掴まれ、なんすか? と振り向くと、それだけはやめてくれとでも言わんばかりに目配せして首を振る船長。あぁ、びしょ濡れ、ベッド、あぁ。


 言わんとする事が理解出来たので、早く横にならせてやりたい気持ちを抑えながらひとまずは床の上に降ろして、手を離すとそのまま倒れてしまう程ぐったりとしている身体をなんとか座らせる。同じくずぶ濡れの船長が見守る中、ここぞとばかりに隣に訪れて、


「支えてて」


 と言うので指示に従い、ソフィアの背後に回り込んで両肩を掴み支えると、人間とは思えない程にまで冷たくなっている身体の温感に内心焦っている間にも、ソフィアと向かい合う形でしゃがみ込み、ぺったりと素肌にくっついているワンピースを一気に引っ張り上げるミア。


 おおよそやりたいコトは察したので、風呂上がりのような長髪に胸元や腹などを濡らしながら垂れている両腕をバンザイさせて、ミアと協力する形で服を脱がしていく。


「ふーん、飾りっ気ないね」


 オマエもしましまの水兵さんだろ……というツッコミはおいといて。服の上から微かに透けていた”ハレンチ”な白の紐パンに手を掛けて躊躇無く紐を外していき、ミアがそれを引っ剥がすと、真っ裸になったみたいなので思いっ切り斜め上の天井を見上げ、背後から覗き込めば全てが見えてしまうこの状況に抗う。


「ほら、これで拭いてやりな」


 船長が持って来てくれたらしいタオルで隅から隅まで拭いていき、水分を含んだ髪の毛からも丹念に水気を取っていく優しいネコさんであったが、問題はベッドに寝かせる時であった。


「はいっ、もう寝かせていいよっ」


 ミアと船長とで二人も居るのだからやればいいのに、”お前が寝かせろ”と暗に伝えられたので、朦朧としているソフィアの背中や両太ももに腕を回して身体を持ち上げ、三十二才とは思えないほどハリのあるぷるんとした感触にドギマギしながらベッドに寝かせると、手探りで掛け布団を探し当てて即座に裸体を隠す。


 勿論、目は逸らしてはいたけども、手や腕に感じられた身体の線は本当に細くて、チラリ視界の隅に映ってしまった素肌は本当に色白だった。意識がほぼ無い人間にしてはやけに軽く感じられた自らの筋力を褒め称えたい。ここに来て筋肉の成長を実感した。


 そうして首元まで布団を被せ終え、血の気が引いている顔を覗き込んでみると僅かにではあったが唇を小さく動かしており、吐息が吹きかかる程の距離にまで耳を近付けてみたら「私にも、できた……」とか満足気にうわ言を呟いているのだから、寝ても覚めても病気でも魔術なんだなと。


 流石に飽きれながら顔を戻そうとしたところ、ふとこちらの存在に気が付いたのか、ちょっと待てとでも言わんばかりに、


「薬……、鞄にあるから……」


 と薄目を開けて、懇願の眼差しを向けてくるソフィア。どうやら短い間だけ意識が戻ったらしいが、「わかった、持ってくるよ」と返す時にはもう目を閉じていて、それからの言葉は無かった。


 頭の中には川姫の言葉がこびり付いていた。このままだと衰弱して本当に……。その願いを受けて静かに頷き、ハテナ顔を浮かべている二人を置いて寝室から飛び出すと、足早ながらも冷静さを保とうとしている己がそこには居て、今のこの状況にあって悠長にも足取りを崩さぬ己自身に愕然としてしまった。


 慌てた様子で街中を走っている人にシラけた視線を注いでいた好奇心溢れる下劣な野次馬どものせいで、急いでいても走るのは恥ずかしいというバカな意識を植え付けられてしまっていたのだ。誰も見ていない人目を気にするだなんて愚かにも程がある。


 早く薬を探して戻らなくては。自意識過剰な自らへの苛立ちを爆発させて焦燥感のままに駆け出すと、細い通路を全力で駆け抜けて荷物が置かれてある船長室を目指す。


「緑の小瓶、錬金霊薬。主はそれを求めている」


 船長室に戻るやいなや背後霊でもしていたのか、一目散に鞄へと縋り付いたものの殆ど透明で鞄も開けられなくなっているロシューに変わり、「どうじだんですか……?」と真っ青なお顔を向けてきたシンシアにも構わず薬瓶を探してみる。


 喉を、正確には肺から声帯、舌や唇にかけてを重点的に物質化させて空気を振動させてくれたらしきその声に従って鞄の中を覗き込み、「これか」と三本あった内の一本を手に取って再び走り出すと、


「ほら持ってきたよ」


 返す言葉は無かったが、小瓶のコルクを外すとほぼ条件反射的な様子で弱々しく隙間を開けた唇へと注ぎ口をあてがって、咳き込まぬよう気を付けながらゆっくりと流し込んでいく。霊薬と言うならば万能薬みたいなものであろうし、風邪くらいならすぐに治るだろう。と、希望を抱きながら。



 しかしその希望も虚しく、症状は芳しくなかった。端的に言えば熱を出して寝込んでいた。


 隣に座って看病している間にも、普段は真っ白な肌が真っ赤に火照っていき、水でやられた患者のおでこに川姫が手を当てる事態に陥っていたのだ。二重の意味でなんだかおかしな話しではあるが、この時初めて、川姫が気色の悪い精霊で良かったと思った。


「追儺式を省いたから、吸血霊虫に……魔法円を……」


 とはいえ霊薬の効能はバカにも出来ず。未だに混濁している様子なものの、薬の効果もあってか少しばかり声量が戻って来ており、変わらずの魔術脳に飽きれた反面、その掠れた声、微かな兆しに胸を撫で下ろす。と同時に、風邪をひいて寝込んでいる姿を見て、自ずと目を背けている自分もまた存在した。


 病に冒されてる姿はなぜこうも色っぽく見えるのだろうか。嗚呼、その汗だよ、紅潮だよ、なまめかしい。


 ソフィアの求めを受けてベッドサイドに立て掛けられている杖を手に取ろうとするロシューであったが、無情にも小さき手は黒檀の丸棒をすり抜けて何度握ろうとしても握れず、余力を集中させるように手のひらを強く物質化させて握るに至るも、足どころかボディも不明瞭なので持ち上げられず、「無理です」と諦める微かな存在。ならば代わりに、といけるわけもなく。今はなにもしてやれなかった。もどかしくて堪らなかった。


「この前もやってたけど、その魔方陣ってなんなの?」


「何回間違える。魔方陣は護符、正しきは魔法円。精神を護るもの。追儺は空間を霊的に掃除するもの。肉体は護れないが、雑多な神霊による邪魔は受けない。でも今回は無かった。心身同一、身も心もうなされている。視えないけど何かが憑いてる。回復次第祓う」


 聞いといてなんだけど興味無いというか解らないので美少女(三十路)の寝顔を覗き込み、「なにか欲しいものはある?」と訊ねてみると、熱にうなされながらも意識は取り戻しつつあるらしく、


「水……お水と果物がほしい……」


 自らを冒した水を更に求めるのだからなんとも。


「はいよ、ちょっと待ってて」


 枕元に座ってヒンヤリとした手のひらをおでこに当てているお利口さんと視線を交わし、そんじゃ頼むわと頼れる背中で寝室を出たは良いものの――飲み水はともかくとして、果物なんて何処にあるのかと。どちらにせよこちらも腹が減ったので食べたいところ。望みを叶えてあげたい気持ちは山々だし、壊血病予防の為にも積んであるとは思うが、こればかりは船長に訊ねなければ分からなかった。


 という事で、急ぎ食べさせてあげたい気持ちをグッと堪えて、甲板からハシゴを登って今も自らの役目に就いているだろう船尾楼上を確認すると、やはりビンゴ。


 おそらくはドライヤー代わりにワイルドにも潮風を受けて自然乾燥させたのであろう髪の毛を優雅に靡かせて、青い海と青い空と少しばかりの白い雲しか見えない海上を遠い眼差しで眺めている姿がそこにあり、イカゲソみたいな物を口にくわえて独り舵を取っていた。


「あの~」


「ん? あぁ……。あいつの様態は?」


「熱は出てるけど意識の方は。それであの、果物が食べたいみたいで」


 船尾楼へと上がる為のハシゴから顔を出して、開けた胸元から目をそらしつつ病人の願いを伝えると、どうやら船内の倉庫に果物があるらしく「船員の分しか積んでないが、薬でもあるしな。少しだけなら」食べても良いとの事だった。


「いやホント、あれこれとすんません……じゃ少しだけ」


 用事も済んだので、では、とそれだけ言い残して頭を引っ込める。


 ここまで来ると金を払ってるんだからイイダロの域はとうに超えており、申し訳無くて居た堪れなくなってしまった。本来ならばいくら金を積まれようとも面倒を見る義理など無く、船長からすればあくまでも仕事の次いででしかない。


 ヒッチハイクでトラックに乗せてもらって酔ったから停めろ、金は払うからモーテルに寝かせろとか言えるか? そういうコト。出港して一日目でこれなのだから先行きが不安だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ