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 ミアとの見詰め合いも程々に、開かれているページへと項垂れるように目を落とすと、そのページには挿絵が描かれており、どうやらコレが夢の箱の絵らしい。学校でも読まれているという事は、おそらくは人気のある写本で、数少ない量産されている作品なのかもしれない。


 左ページに書かれている火焔のような縦書きの文字は活版か手書きかの見分けが付かなかったものの、もう片面の挿絵においては微かにインクの掠れがあり、木彫りの版画を思わせる優しい風合いのものであった。


 伝承を元に想像で描いたのか、あるいはこの児童書の著者や絵描きが実物を目にして描いたのかは不明だが、天辺に宝玉が嵌め込まれた四角い箱を中央に、闇を従えたショートカットの女の子と筋骨逞しい壮麗の男性が対峙しており、戦火のようなものまで外枠に描かれている。夢の箱を巡って争っているのは見て取れるが、その箱がやけに禍々しく描かれているような気がした。


「人物画はその人の魂を写し出す行為だから限られた人にのみ……って事は、これを描いた人は王宮に選ばれしご立派な画家とか?」


「よく覚えてたねっ。でもそれは生きてる人を対象にした話し。これに描かれてるのは創世王だよ」


「創世王って、あの?」


「そ、初代王をイメィジしている。あとネコの説明は半分間違い。神様や先人を描いたり、像を彫るのも御霊を入れる行為だから資格がいる。架空の人物を描く場合も上に認められた者のみ。絵や像などのヒトガタには魂が宿ると考えているの」


「そんなのボクだってわかってるもん! 言い間違えただけだもん……」


「そういうのあるよね、俺も自慢気に語ったら後になって気付いたり……ドンマイ」


 あぁ、だからあの時神殿のえっな以下略に訊ねたのか。こっちまで恥ずかしくなってきたから話を逸らしまして。


「ならこっちは?」


「悪い魔法使い。正確には、死してなお夢を諦めない、果てなき夢を追い掛け続ける亡霊ね。このシーンは世界を滅ぼそうと企てる魔法使いの亡霊を退治して、夢の箱を奪取するところ。あとは想像通り破壊し、従者達によって隠された」


「って事は、この魔法使いが夢の箱を作ったってこと?」


「それについて書かれてはいない。創世王から奪い悪用しようとしたけど、幽霊だから使えず。誰かに取り憑こうとしても取り憑けず。結局は退治されてどっか行った」


「どっか行ったって! その後が気になるんだけど」


「子供向けの童話だもの。そこまで書いてあったら読むのが大変だし、これは創世王の活躍物語だから。他には竜を懲らしめて仲良くなったり、巨人に住処を与えてあげたり、少し難しいところだと、通貨を作ってお買い物ができるようにしたりね。教科書みたいな感じ」


「なるほど」


 初代王の偉業をかい摘んでそれっぽいお話に纏めた感じか。あちらで言えばなんだろ……? そんで悪役も身近であろう少女にして、こんな悪い子にはなっちゃいけませんよ、時には諦めも必要ですよ的なね、ふむふむ。寝る時に読み聞かせてくれないかな?



 そうして夢の箱”らしき”絵を得ると、ポケットからペンデュラムを取り出して挿絵の上に垂らし、真鍮のチェーンを指先で摘んでソフィアはダウジングに挑んでいた。僅かばかり瞳を細めて遠くを見るような眼差しを浮かべると、


「それはなにしてるの?」


「そんなんで当たるなら、行動する前に安全かどうかやれば良かったのに」


 好奇心溢れる二人に邪魔されていた。


「はぁ……。これは失せ物探しの技法。占いの一種だけど、エーテル界やアストラル界に刻まれている全記録へと間接的にアクセスし、問い掛けるものになる。とはいえ統計として見做されている星占いも、本来は霊的なインスピレーション――天啓的直感無くしては成り立たないから、元来占いとはそういうものなんだけど」


「うん、で?」


「ダウジングは不随意的な筋肉の働きによってペンデュラムが動く。動かしているのは私が認識しているこの意識ではなく、無意識的な潜在意識、つまりは聖守護天使の意思によるもの。潜在意識は集合的無意識と接続され、その先のもっと深層には神霊たちの意識や惑星の記憶、そして最終的には全一の神と繋がっている。でも人間個人が直接その声を聞くのは難しい。だからペンデュラムを通じて其の者たちに訊ねるの。右か、左か、と」


「爆破技師で占い師だなんて、大胆なのか繊細なのか分からんな」


「爆破も繊細なんだよ? 火薬量もそうだし、力が及ぶ方向を考えて設置しないと崩れないから計算するの。それに、魔術師はなにか一つ占いを習得する必要がある。一種の瞑想でもあるから修行になるの。それで私は師匠と同じペンデュラムを選んだ。人によってはカードを使ったり、土占いなどを行う。なんでも良いから」


「なら水晶玉は? 占いって言ったらそういうイメージなんだけど」


「水晶玉は占いというより、幻視する為の道具。暗闇の中で呆然と眺め、水を張った桶でも、黒く塗り潰した黒鏡やお皿でも出来る。バチリと煙の匂いがして経路が繋がるまでには数年掛かると言われている」


「なるほど、よくわからんけどわかった。で、結果は?」


「まだ、してない」


「あ、スマセン」


 そりゃそうよね、喋りながらなんて無理っすよね。部屋の隅にうずくまって木桶を抱え込んでいるシスターは、見ない事にしとこう。女の子だし。


「ぎもぢわるぃれ……うぇっ……」


 吐いてるし。


 視界の隅で哀れな姿を眺めながらテーブル上に目を戻すと、では早速と説明通りの瞑想的な眼差しになってダウジングを試みるソフィアであったが、しばし物静かな空気を纏っていたかと思えば、ふと閉ざしていた口を開き「定まらない……」と肩を落とすように呟くのだった。


「どゆこと?」


「問い掛ける前に静止させる必要があるのに、いくら待っても船が揺れていて、物理的に同調が阻害される……」


「あー……」


 そこまでの酷い揺れではないものの、約一名がダウンする程度にはグラグラしてますものね。両手に棒を握って水脈を探し当てるタイプならば兎も角、チェーン型のペンデュラムと海上との相性は確かに最悪だ。


「ここだとなにも出来ない……」


 納得している傍でも、その場に崩れ落ちて膝を抱え、まるで少女のように背中を丸めて落ち込むソフィア。物悲しげな姿につい背中をさすってあげたくなってしまったが、こちらが手を差し伸べるよりも先にロシューがよしよしするのだからどちらが主人なのかと。


「誰かの役に立とうとするその心が素晴らしいというか、立派だと思うとオレは思った!」


(お主がバカになったのかと妾は思ったぞ?)


 うっへゃ! ビビったぁ……。


「オマエは母なる大海原に還ろうとは思わないの?」


(母上は怖いからイヤじゃ)


「はひ? 誰と話してるの? ボクは海になんか飛び込みたくないよ?」


「あぁごめ、川姫さまだよ」


「あーねっ。ボクに死ねって言ってるのかと思った」


「そんなこと言わないからッ!」


 声を出すのならばもうちょっと順を追って発言してほしい。俺だけ喋ってると誤解までされるし、湿気の高い海上なのだから姿を現せばいいのに。毎回毎回心臓に悪いんだよ。


「だ、大地を支える逞しき神よ……お慈悲、を……う、ぁっ? ひっぐぇ……」


 川姫に、お前もたまには外に出たら? などと言おうとした途端、そのような声が聞こえてきて目をやると、木桶の中に眼鏡を落としている哀れな姿があり、とてもじゃないが居た堪れなくなってしまった。未だ足元に項垂れているソフィアはまぁ、ロシューに任せておけば良いか。


 嗚呼、本体が……。水とタオル持って行って背中でも擦ってやるか。独りで辛そうに泣いてるし……。

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