遅刻したおいら、中坊みたいな後輩に、殺されそうになる
その日おいらは寝坊して、急いで学校に登校した。
前の晩、ケータイ検索(エッチ系)にはまったのがいけなかった。
遅刻なんてしようものなら、学年主任のジャイアンに怒られる。
校舎下駄箱スペースに人影はない。
時計の針は一時限目五分前を差している。なんとか遅刻は免れそうだ。
おいらのクラスは二年Aクラス、階段をあがった先にある。
「はぎゃ!」
だけど階段の手すりに手をかけた時、なにかにぶつかって吹き飛ばされた。
「えっ? ここは小学校?」
ぶつかったのは、おいらより小さな少年。
背中にはランドセルを背負っている、明らかに小学生だ。
「ゴメンね。おいら、間違って別なガッコーに来ちゃったね」
どうやらおいらは、寝ぼけたあまりに、隣にある小学校に迷い混んだようだ。
愛想笑いを浮かべて頭を掻いた。
「くぅー、そんなんですませるの? 殺すぞ」
その時だ、その声が聞こえたのは。
「えっ?」
「人にぶつかっておいて、そんな謝罪の入れ方で済むのか、って言ったんだよ」
それはおいらが通う高校のブレザーを着込む一年生。
その後方には同じ一年生、二人を従えている。
「……間違った訳じゃない」
おいらは思考をフル回転させた。
教室の位置や階段の作りは、明らかに高校のものだ。
廊下の隅には、煙草の吸い殻が無造作に投げ捨ててある。壁に染み込んだ黒いのは血の跡。
そのどれもが見慣れた光景。つまり場違いな来訪者は小学生の方。
そんな風に呆然と辺りを窺うおいらを、一年生は『馬鹿じゃねぇ?』とばかりに、キョトンと首を傾げて見ている。
二年生であるおいらに対して、少しも尊敬の念は感じられない。
「大丈夫かユッキーナ?」
一年生が言った。
「イタイヨ、イタイヨ」
それに呼応して小学生がその場にしゃがみこむ。
足をさすり、棒読みに連呼する。言わされてる感は否めない。
その様子を満足げに見つめる一年生。
「あーあ、大切な後輩を、こんなにしやがって」
ゆらゆらと首を回して、おいらを見つめる。
「キャハハハ。よくやんよなタカッシー。高校に小学生を連れてくるなんて」
「そこまでして、自分の武勇伝、教えたいのかよ」
それを他の二人が、呆れたように見物している。
察するにタカッシーとはこの一年生のこと。そしてユッキーナとは小学生だ。
「ゴメンよ、急いでいたからさ。……だからここで」
おいらはますます意味が分からない。
このタカッシーって一年生は、なにがしたいの?
そしてどうして、ユッキーナという小学生を連れ込んだの?
ひとつだけ分かることは、おいらが危険だってこと。
「殺すぞ!」
タカッシーがおいらの胸ぐらを奪った。
「ざけんなよ先輩。俺はルーキーズの一員なんだぜ。ここだけの話、三年の上杉と北條をぶち殺したのは、俺なのさ。ゴメンよですむと思ってる? 殺すぞ」
そして腕に力を籠めて、上に引き上げる。
おいらの小柄な身体が宙に浮き上がる。足が地面に付かずに、バタバタと藻掻いた。
ルーキーズってのは、一年生を中心とした派閥だ。最近三年生を次々と打ち倒して、メキメキとその頭角を表してる。
「ゴメンよゴメンよ。ホントにゴメンよ。ちゃんと謝るから許してよ」
「くぅー。あんたそれでも先輩なの? 小さいから、中坊かと思ったよ」
必死に謝るが、タカッシーはますます調子に乗る。
おいらは首を圧迫されて、息ができない。恐怖と酸欠状態で、思考が停止していた。
このままホントに、殺されるんだと思った。
お母さんゴメンね。先立つおいらを許してね。
「ううー、タカッシー先輩カッチョいい。"金太マン"みたいだ」
その様子を、ユッキーナが羨望の眼差しで見つめている。
その手に握るのは超合金のオモチャ、タヌキがモチーフになっているらしい。
「その台詞、しびれんな。ちゃんと俺の凄さ、見とけよ」
それを聞き入り、恍惚の表情を見せるタカッシー。
それで察した。このタカッシー、自分の強さを見せつける為に、小学生であるユッキーナを高校に連れ込んだんだ。
その茶番劇の為に、おいらは捕まった。
自らの存在をアピールする為だけに、おいらは殺されるんだ。
しかしユッキーナは、既に興味がないようだ。
「ブーラリブーラリ……金太マ……。さかまく風にサオ……立てて……」
淡々と金太マンのテーマを口ずさんでいる。
「そうさ俺はルーキーズの一員。そしていつかはこの学園を支配するんだ。こんな雑魚に、いつまでもかまってられねーな」
ゆらゆらと頭を揺らし、おいらを見つめるタカッシー。
「……許してくれるの?」
おいらは言った。
だけどタカッシーは、その拘束を解く気配はない。それどころかその瞳に浮かぶのは狂気。
「もちろん許してやるさ。……てめーが死んだらな!」
どうやらやっぱり殺す気だ。
おいらは身体も小さくて、いつでもなめられる。
いつものことだと言えばそれまでだけど、やっぱり殴られるのは嫌だ。
殺されるのはもっと嫌だ。
眼から涙が溢れて、瞼を閉じた。
「誰が金太マンだって?」
その時、別の誰かが言った。
「その声って……」
聞き覚えのある声だ、ゆっくりと視線を向ける。
「誰だ?」
一方のタカッシーは戸惑う素振り。ハッとして拳を止める。
「まったく、オモチャの金太マンじゃねーか。しかも金太マンイエロー。こっちは徹夜明けで眠いってのによ。……早く寝なきゃ死んでしまうってのに」
廊下をゆっくりと歩いて来るのは、クラスメートのシュウだった。
覚束ない足取り、気だるそうに頭を垂れている。
彼はゲームが大好きだ。今は『タヌキ戦隊金太マン』に、ハマっていると言っていた。
昨夜もそれに熱中して、寝ないで登校したんだろう。
その表情は、遠くからだと確認できない。
油の浮いた髪の毛は、ボサボサだ。まどろむ脳みそ、おそらくはほとんど意識もないだろう。
その姿からは、疲労感と哀愁まで漂う。
「やべーな、俺のヒットポイントもゼロに近い。間違って毒の沼地に足を踏み入れたか……」
それでもその身から放つ覇気だけは健在。
彼が歩く度に、ピンと張り積めた空気が辺りを支配する。
その様は腹を空かせて、ジャングルを徘徊する百獣王ライオン。
「……嘘だろ?」
「マジか……」
その身体とすれ違い、他の一年生達もようやく理解したようだ。
この男こそが、伝説のヤンキー、シュウだと。
息をするのを忘れて、呆然と立ち尽くしている。
「はぁ? なんだこいつ、どこのオタク野郎よ?」
しかしタカッシーにはそれが分からないようだ。
キョトンと首を傾げて、シュウの前に立ちはだかる。
「ここは俺らルーキーズが規制してんだよ、大体にしててめーは誰なんだ? 名を名乗れ、殺すぞ!」
まどろむシュウを弱いと履き違えたか、おいらを弾き飛ばして悠然と歩み寄る。
「誰よって、訊いてんだよ、殺すぞ!」
そしてあろうことこか、シュウの胸ぐらを奪った。
一瞬の沈黙。手洗い場の水道から、ポタポタと水滴の滴る音だけが響くのみ。
「人に名前訊く前に、てめーで名乗るのが礼儀じゃねーのか?」
シュウが言った。
対するタカッシーはヘラヘラと笑顔だ。相変わらずキョトンと首を傾げている。
「大友勝治って知ってんだろ? 俺はそのマブダチでルーキー……」
「他人の名前を騙んじゃねー! 俺はてめーの名前を訊いてんだよ!」
意気揚々と名乗りを挙げるが、シュウに平手打ちを食らって、後方に仰け反った。
「ば、馬鹿野郎! その人はシュウさんだぞ」
堪らず一年生が声を荒げた。
「シュウ……さん?」
それでタカッシーもようやく気付いたようだ。
目の前の男が、伝説のヤンキー、シュウだと。
「どうした小僧、しびれんなとか、殺すって言えよ。馬鹿じゃねぇ、ってキョトンとしてみろよ。さっきまでの威勢は空元気かぁ?」
それをシュウは、鋭い眼光だけで煽る。
「やだな、シュウさん。全部遊びっすよ。……襟元に虫が付いていたから。この虫けら、殺すぞ、なんて。……俺はシュウさんを尊敬してますから」
堪らず言い放つタカッシー。あっさりと趣旨を替える。
「なんだてめー、調子がいいな。言ってることが、まるっきし中坊じゃねーか」
「そんなことないっすよ。……俺は昔からシュウさん派です」
「俺には派閥なんざいらーねー」
「まぁ、そう言わずに。もちろん上納の品も差し上げますから」
「上納品か。小学校以来だな」
こうして淡々と響くシュウとタカッシーのやり取り。
「ケッ、どうだっていい。調子こいて、勝手にほざいてろ。とにかく俺は眠い。口先だけのハッタリ野郎と、やり合うヒットポイントは残っちゃいない」
シュウが言った。
呆れたようにタカッシーの拘束を解く。
それでタカッシーも、ホッと安堵のため息を吐く。
「流石はシュウさんっすよ。勉強になります」
それでも平静を装い、ユッキーナに男としての極意を見せつける。
「自分、後輩を小学校まで送り届けなきゃいけないんで、これで失礼します。それとこれは、お詫びの上納品です」
シュウになにか握らせると、ユッキーナを従えてその場からそそくさと歩き出す。
「…………」
それを呆然と眺めるシュウ。
それは金太マンの超合金、しかも金太マンイエロー。
「いるかそんなもん」
「ハギャ!」
「ボクのキンタマン」
それを投げ付けるシュウ。
タカッシーの頭に直撃して、ユッキーナが拾い上げて、脱兎の如く逃げ出して行った。
他の一年生達は、逃げる術をなくしていた。シュウの様子を窺い、その場で硬直している。
ファーっと大あくびを掻くシュウ。それがライオンのあぎとにも見えた。
「まぁいいや。おめーらもさっさと消えろ。俺も教室に戻らなきゃならんからな」
「すみません」
「俺達はこれで」
こうして一年生達は、素直に頭を下げてその場から去っていく。
こうしておいらは危機を脱出したんだ。
「行くぞ太助」
「助かったよシュウ」
「馬鹿、俺様に張り付くな!」
「だからシュウ好きだ」
「うぜーんだ。そんな台詞ほざくんじゃねー。それとおめー、俺を伝説のヤンキーって誇称したべ。俺様はヤンキーじゃねー、大阿修羅だ。……そもそも誰も、真実を弁えてねー。俺様はな…………………」
遅刻は確定したけど、シュウと二人ならどうだっていい。学年主任のジャイアンだって怖くはない。
おいらの頼もしい友達、シュウのお話しでした__
(この話に興味があれば、『修羅の荒野』をよろしく。タカッシーの結末はいかに……)