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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「そばの殿様」

作者: 霧夜シオン
掲載日:2024/12/11


落語声劇「そばの殿様」


台本化:霧夜(きりや)シオン@吟囁亭喃咄(ぎんじょうていなんとつ)


所要時間:約25分


必要演者数:3名

      (0:0:3)

      (3:0:0)【性別準拠人数比率】

      (2:1:0)

      (1:2:0)

      (0:3:0)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


殿様:江戸時代のどこかの大名。

   上流階級のご多分に漏れず、下々の事など分からない。

   ご親類の屋敷で見た蕎麦(そば)の手打ちを見て、自分でもできると思い込

   んでみずから蕎麦(そば)を打って家臣に振舞(ふるま)おうとする。


三太夫:殿様の家来その1。

    殿様が打ってくださった蕎麦(そば)…のようなものを食(しょく)してえらい目に

    。


本田:殿様の家来その2。

   殿様が打ってくださった蕎麦(そば)…のようなものを食(しょく)してえらい目に。


中村:殿様の家来その3。

   殿様が打ってくださった蕎麦(そば)…のようなものを食(しょく)してえらい目に。


語り:雰囲気を大事に。




●配役例


殿様:

本田・三太夫:

中村・語り:



※枕はどちらかが適宜(てきぎ)兼(か)ねてください。



枕:大名(だいみょう)と言えば贅沢三昧(ぜいたくざんまい)のように考えますがそうでは無いようです。

  殿様は下(しもじも)々のことに通じていない。それはお傍(そば)の者達が伝えないよう

  うにしていたからであります。

  『「ト」の字に一(いち)の引きようで、上になったり下になったり』。

  トの字の下に一(いち)を書くと『上』という字になります。

  これは上のことは分かるが、下のことが全く分からない。

  一(いち)の字を上の方へ持っていくと『下』という字になる。

  すると今度は上のことが分からない。

  『中』の字は口に一本縦棒が抜けていますから、上下に口が通じると

  言いますが、これはこじつけです。

  下の者が教えないと知りたくなるものです。


語り:ある日、ご親類(しんるい)の屋敷の園遊会(えんゆうかい)に招(まね)かれます。

   もちろんお大名(だいみょう)でございますから、我々一般人がお客を呼んだのと

   違って、親子丼(おやこどん)かなんか一つ取ってそれでおしまいてわけではござ

   いません。

   山海(さんかい)の珍味(ちんみ)などのもてなしをいろいろ受けまして、その上に蕎麦(そば)を

   打つのをご覧(らん)にいれたいという事で、殿様は興味津々でそれを眺(なが)め

   ます。

   蕎麦(そば)はご馳走(ちそう)ではございませんが、いわば蕎麦(そば)の手打ちショーとで

   も言うべきものを御前(ごぜん)にて披露(ひろう)したわけであります。

   お屋敷(やしき)へ帰る道(みち)すがら、殿様はさっき見た光景を思いだします。


殿様:うぅむ、蕎麦(そば)というものは初めから長いものだと思うておったが、

   ああやってこしらえるものであったか、いや、感心したのう。

   そうじゃ…!


   これこれ、詰(つ)め合いの者一同、これへいでよ。


本田:ははっ!


   【声を落として】

   えぇ…また人相(にんそう)を見るとか言い出すんじゃないか…?


中村:【声を落として】

   我が殿は口が悪うござるで、人相見(にんそうみ)はご免(めん)こうむりたい…。


本田:【声を落として】

   その事よ。

   ああもあけすけに言われたのでは、我らも浮かぶ瀬(せ)がない。


中村:恐れながら申し上げます。

   詰(つ)め合いの者一同、これに控(ひか)えましてございます。


殿様:うむ、その方たちは蕎麦(そば)はどうじゃ?


本田:は…?


中村:そ、蕎麦(そば)にございまするか?


殿様:そうじゃ。

   蕎麦(そば)は好きか嫌いか、遠慮(えんりょ)のう申してみよ。


本田:はっ!


   【声を落として】

   おい、どうやら今日は少し風向(かざむ)きが違うようだぞ。


中村:蕎麦(そば)が好きか嫌いかとおおせられたな。

   拙者(せっしゃ)はもう大好物でござる。


本田:うむ、拙者(せっしゃ)もだ。

   して、田中、木村、伊藤、鈴木、山崎、お主(ぬし)らは…?


中村:なるほど、みな好きか。

   柴田、お主(ぬし)は?


   …なに?できることならば天ぷらそばが良い?

   贅沢(ぜいたく)な事を申しておるぞ。


本田:殿、恐れながら申し上げます。

   一同みな、大好物のよしにござります。


殿様:うむ、左様(さよう)か。

   しからばその方たちに、今日は蕎麦(そば)を馳走(ちそう)してとらすぞ。


本田:!そ、それはありがたき幸せに存じます。


中村:されど殿、いずこの町の町人(ちょうにん)を呼び寄せて蕎麦(そば)を打たせまするの

   で?


殿様:いやいや、町人(ちょうにん)に申しつけるには及ばん。

   予(よ)が自身で蕎麦(そば)を打ってとらすぞ。


本田:!?

   お、恐れながら申し上げます。

   殿おん自(みずか)ら蕎麦(そば)をお打ち遊ばされるとおおせられまするか?


中村:これは恐れ入りまする事で。

   手前(てまえ)どもは蕎麦(そば)を打ったことはございませぬが、

   殿におかれましてはご存知(ぞんじ)であられましたか。


殿様:うむ? その方(ほう)たちは蕎麦(そば)の打ち方を知らぬと申すか。

   不憫(ふびん)な者どもじゃ。


語り:別に蕎麦(そば)が打てないからって不憫(ふびん)な事はないわけで。

   家臣(かしん)たちは互いに顔を見合い、ざわめきます。


本田:しかし、殿が蕎麦(そば)をお打ちになるというのは初めて聞いたな。


中村:なに、殿のようなお立場にあられる方は、元来(がんらい)蕎麦(そば)を打つべきも

   のである。


本田:それはどういうわけじゃ?


中村:昔は陣中で勝ち蕎麦(そば)というものを打ったものだ。

   勝ち戦(いくさ)の折(おり)には殿様みずからが打ってこれを家臣(かしん)一同に振舞(ふるま)うと

   いう例がある。


本田:ほう、それは初耳(はつみみ)。


中村:御前(ごぜん)みずから蕎麦(そば)をお打ちになるので、未(いま)だ看板にも御前蕎麦(ごぜんそば)と

   いうのがござる。


本田:ははは…御前蕎麦(ごぜんそば)のいわれはちと怪しいのう。


中村:怪しくはない。


殿様:これこれ、蕎麦(そば)の素(もと)をもて。


本田:はっ?


中村:素(もと)、と申しますと?


殿様:分からん奴じゃ。

   あぁー…なんじゃ、何と申すか…、そうじゃ、粉である。


本田:蕎麦粉(そばこ)にござりまするか?


殿様:あぁそうじゃ、蕎麦粉(そばこ)と申すか。

   それだけではならぬ。

   容(い)れ物がのうてはいかん。


中村:木鉢(きばち)にございましょうや?


殿様:いや、木鉢(きばち)では足るまい。

   大きい方がよい。

   厩(うまや)へ行って、馬(ば)たらいを持って参れ。


語り:馬(ば)たらいに入れられた日には一大事です。

   動物に使っていたものを人間に使っても良いと思っているあたりが

   、殿様の世間知らずなところで。


殿様:これ、はよう持って参れ。


本田:は、ははっ…。

   【つぶやくように】

   ええ…いくら何でも馬(ば)たらいはいかんのではないか…?


殿様:あとは蕎麦粉(そばこ)をこねたものをを乗せる板がのうてはいかん。

   そうじゃ、玄関の杉戸(すぎど)が良い。

   あれを一枚外して参れ。


中村:ははっ、ただちに!


殿様:それから延ばすのに棒がいるゆえ、辻番(つじばん)の六尺棒(ろくしゃくぼう)をもって参れ。


本田:は、ははっ!


   【つぶやく】

   えぇ…本当に打ち方を存じておられるのか…?


殿様:さて、身支度(みじたく)をいたすか。


語り:辻番(つじばん)の六尺棒(ろくしゃくぼう)のなんてのは、ドブの中をかき回したりします。

   こんなものでこねた蕎麦粉(そばこ)を伸ばされた日には、大変なことになる

   わけで。

   それでも殿様、たすきを十字に掛け、袴(はかま)の股立(ももだ)ちを高々に取り上げ

   て進み出(い)でましたる所は、さすがに威風(いふう)あたりを払うばかりであり

   ます。


殿様:ふんっ、ふんっ…、

   これこれ、少々粉を入れよ。


本田:ははっ。

   これでいかがでしょうや?


殿様:うむ、ふんっ、ふんっ…、

   これ、水を入れよ。


中村:はっ。

   …このくらいでよろしいでしょうや?


殿様:うむ、ふんっ、ふんっ…、ああ、ちとこれは柔らかい。

   粉を入れよ。


本田:は、ははっ。

   …このくらいでは?


殿様:うむ、ふんっ…ふんっ…ふんっ…、

   うーむ、これはちと硬い。

   これ、水を入れよ。


中村:は、はっ。

   …いかがでございましょう?


殿様:うむ。

   ふんっ…ふんっ…、

   あ、また柔らかい。

   もそっと粉を入れよ。


語り:水じゃ、粉じゃ、水じゃ、粉じゃ、と左右から家来がどんどん足し

   ているうちに、馬(ば)たらいが山盛りになってしまった。

   さあこれから麺棒(めんぼう)へ巻こうというんですが、そこは素人(しろうと)でつなぎを

   知らない。

   うどん粉を入れずに蕎麦粉(そばこ)だけでやったもんだから、

   いくらやったってすぐに切れてしまって全然伸びない。


殿様:くっ、くっ、このっ…!

   な、なぜじゃ、向こうで見た時はあんなに伸びておったというに…

   !!


本田:と、殿…。

   【声を落としてつぶやく】

   あ、あんなにあぶら汗をポタポタポタポタ流して…!


中村:【声を落としてつぶやく】

   水っ鼻(ぱな)が…うわ、よだれが…!

   あぁあぁ、みんな中に練(ね)り込まれて…あ、あれを食(しょく)する羽目(はめ)にな

   るのか…!?


   と、殿…恐れながらーー


殿様:えぇい控(ひか)えよッ!


語り:かくしてどうにかこうにかやっと麺棒(めんぼう)へ巻きまして、

   抜こうと思うとくっついてしまって抜けない。

   無理にやったものだからくしゃくしゃになってしまい、

   包丁(ほうちょう)でこれを細かく切ったがさあ大変、厚いところは下川(しもかわ)うどんの

   お化けみたいなの、細いところはそうめんの如(ごと)く、長いので一寸(いっすん)か

   二寸(にすん)、もうわけわからん状態であります。


殿様:よし、次は茹(ゆ)でねばならん。

   湯は沸(わ)かしておるな?


本田:ははっ、あれに用意いたさせております。


殿様:しからばその方、蕎麦(そば)を茹(ゆ)で上げるのじゃ。


中村:は、ははぁっ。


   【二拍】

   【声を落としてつぶやく】


   う、うう…きちんと茹(ゆ)で上がってるのかこれ…?

   もう少し茹(ゆ)でてみるか…?


殿様:これこれ、もう上げても良い。


本田:え…されど殿、いま少し早いかと存じまする。


中村:それがしも左様(さよう)に思いまする。

   今しばらくは…


殿様:いや、家来(けらい)が食(しょく)すのじゃから良い。


語り:いくら家来(けらい)が食(しょく)するとはいえ、生茹(なまゆ)ではいただけない。

   おつゆはさすがに作れませんから、お台所の方へ申しつけます。

   材料がよろしいから結構なお下地(したじ)ができる。

   家来(けらい)たちは広間(ひろま)の両側にずーーーっと居流(いなが)れる。

   その前にお膳(ぜん)が次々と置かれる。

   そして衣服をお召し替えた殿様がピタッとお席に着かれます。


殿様:あぁ一同の者、今日は予(よ)の馳走(ちそう)である。

   遠慮いたさず、たんと食(しょく)すが良い。


本田:は、ははっ、ありがたく頂戴(ちょうだい)つかまつります…。


中村:【声を落としてつぶやく】

   う、うぅぅ…なんじゃこれは…!

   し、しかし、殿が正面で我らが食(しょく)すのを今かと見てござらっしゃ

   る…!

   あ…薬味(やくみ)を少々いただきたい。


本田:うむ。

   このネギというものは外(はず)せませぬな。

   湯豆腐(ゆどうふ)や納豆、そして蕎麦(そば)にはやはりこれを入れねば。


中村:その事でござる。

   お、わさびがありますな。

   しかも本場ものでござるぞ。

   いや感心だ。


本田:ほう、わさびにも本場がござるのか?


中村:うむ、本場のわさびと申すものは、このつゆの中にいれてこう、

   かき回さんと散り申さぬ。

   場違(ばちが)いなわさびは入れるとすぐにばさっと散ってしま

   うのでござる。

   それゆえ、これは本場ものと申したので。

   本場にそうならすまないよと。


本田:…洒落(しゃれ)でござるか?

   しかし、たいそう入れますな。


中村:かような場合には薬味(やくみ)で少しでも誤魔化(ごまか)さねば。

   いくらか役に立つかもしれぬ。


   ~~~むむむ、わさび…辛いのう。


本田:だいぶ涙が出ておりますな。


中村:うむ…わさびつねって人の痛さを知ると、

   こういう事であろう。


本田:貴公は洒落(しゃれ)ばかり申されるのう。

   ッしかし…これは……。


中村:う、うむ…蕎麦(そば)だか蕎麦(そば)がきだか分からぬ…。


本田:固まっておる…(ずるずるっ)


   【しばらく噛んでいる】


   …うっ。


中村:い、いかがされた?


本田:…半熟だ。

   中から粉が出てきたぞ。


中村:…半熟の方が、薬になる。


本田:馬鹿を申されるな。卵ではない。


殿様:どうだ、一同。


中村:ははっ。

   まことに見事な出来ばえにござります。

   殿のお手の内(うち)、恐れ入りました。


殿様:おぉ、そうであろう。

   予(よ)が骨を折ってこしらえたのだからな。

   これ金弥(きんや)、代わりをつかわせ。


語り:一つだけならまだしも、残りが自分の所へ廻(まわ)ってきてはかなわんと

   言うので、どんと三つほどものせられた。

   こうなると、もはや蕎麦(そば)もどきの押し付け合いである。


本田:【声を落としてつぶやく】

   ぐぐぐ…金弥(きんや)め、多くのせおって…。

   し、しかし正面で殿が睨(にら)んでいる以上、食わぬわけには…。


中村:【声を落としてつぶやく】

   い、いかん…もう、限界じゃ…。


殿様:む、これ金弥(きんや)、田中の皿が空(あ)いたぞ、代わりをつかわせ。

   おお、山崎も平(たい)らげたか。代わりをつかわしてやれ。


語り:平(たい)らげても代わり、平(たい)らげても代わり…、

   途切(とぎ)れることなく続く蕎麦(そば)もどきのお代わり。

   挙句(あげく)にはもう入りきらず、天井を仰(あお)いだまま下を向けなくなる有様(ありさま)

   。


殿様:これその方(ほう)ども、いかがした?


本田:じ、じゅうにうぶっ、ん、頂戴(ちょうだい)をつかまつりました…。


中村:このままではぁっぶ、も、もはや、かがむ事ができませぬ…。


殿様:むぅ、見苦しい奴らじゃの。

   よいよい、次の間(ま)に下がって休息いたせ。


本田:は、ははっ…。


中村:し、しからば、うぶっ、これにて、御免(ごめん)をこうむりまする…。


   【二拍】


本田:な、中村殿、そ、その辺に、拙者(せっしゃ)の紙入(かみい)れが見当たらぬかな…?


中村:ひ、人の紙入(かみい)れが、見えるくらいなら、辺(あた)りを探っては、おらぬ

   ぞ…。


本田:そ、そういう貴公は、何を探しておられる…。


中村:た、煙草入(たばこい)れじゃ…ん? 何かあるぞ…。

   本田殿、貴公の紙入(かみい)れは、これではないか…?


本田:お?おぉこれこれ、いや、かたじけない…。


中村:し、しかし…生茹(なまゆ)での蕎麦(そば)をしたたか食(しょく)したゆえ、

   だ、だいぶ下腹(したばら)がキリキリと…腹痛に堪(た)えがたい。

   ご一同、せ、拙者(せっしゃ)は、か、帰るゆえ、あとはよろしゅう頼む…。

   下駄(げた)は…むむ、ど、どれがどれやらわからぬ…。

   やむを得ぬ、もし取り違(ちが)えておったら明日、取り替えるゆえ、

   これにて…ッ!


本田:な、中村殿っ…!

   うっ、い、いかん、拙者もは、腹が…ッ!!


語り:詰め合いの者一同、三(さんさん)々五(ごご)々に家に帰るや否や、

   腰の大小ほっぽり出して、はばかりへ飛び込みます。

   こうなると繁盛(はんじょう)するのは雪隠(せっちん)ばかり、

   夜(よ)っぴてガッタンギッコンガッタンギッコン、

   しまいには扉の蝶番(ちょうつがい)が壊れて開けっ放しで出入りするという有様(ありさま)。

   そうこうしているうちに夜が明け、一同顔が青ざめたままで出仕(しゅっし)し

   ます。


本田:柴田…、昨夜はだいぶ、通(かよ)うたようであるの…。

   拙者(せっしゃ)も二十六たび目に、夜がしらしら明けたわ…。


中山:拙者(せっしゃ)は三十一たび通(かよ)うた…。

   かかる思いをしたのは初めてでござる…。


三太夫:おのおの方はまだお若い…。

    何度何度と回数を数えるだけまだ余裕があって、

    実に羨(うらや)ましいことじゃ。

    拙者(せっしゃ)のようにかく老いてはとんといかん。

    昨夜はたった一度じゃ…。


中山:一度!

   ご老体(ろうたい)、ただの一度で済んだのでござれば、至極(しごく)ご壮健(そうけん)にござる。


三太夫:いや…、宵(よい)に入って今朝まで出られなんだ…。


    城へ宿直(とのい)したことはあるが、雪隠(せっちん)へ宿直(とのい)したのは昨夜が初めてじ

    ゃ…。


中山:…うん?

   ご老体(ろうたい)、何やら届きましたぞ。


三太夫:あぁ、届いたか…。

    いや、家のものにおしめを持ってこさせたのじゃ。


語り:などと言い合っているうちに、殿様の居間から鈴がガラガラと鳴り

   ます。

   詰め合いの者一同うち揃(そろ)い、殿様の御前(ごぜん)へとまかり出(い)でました。


殿様:おお来たか。

   その方たちが蕎麦(そば)を好きであるゆえ、予(よ)は今朝(けさ)早(はよ)うから起きて、

   蕎麦(そば)をこしらえたぞ。

   さ、遠慮いたさず、たんと食(しょく)すが良い!


本田:ぇッッッ!?

   【半泣き】

   っこ、これはまたお手回しのよろしいことで…。


中村:し、しかし、昨日の本日なれば、

   幾分(いくぶん)かお手慣(てな)れになられたのでは…?


殿様:うむぅ、予(よ)も左様(さよう)思うたが、昨日よりは幾分(いくぶん)不出来(ふでき)である。


本田:ぃッッ!!?


殿様:しかし食(しょく)せぬ事はあるまい。

   我慢して食(しょく)せよ。


中村:【半泣き】

   ぇぇッッ!!?

   【声を落として】

   いや、拙者(せっしゃ)はもうとても蕎麦(そば)はいただけぬ…。

   一命(いちめい)にかかわる…。

   この儀(ぎ)は何とぞご辞退(じたい)いたす…。


本田:これはまた中村、貴公は武士として命を惜(お)しまれるか。

   ご筆頭(ひっとう)の言葉とも思えぬ。


中村:もとより一命(いちめい)は殿に捧(ささ)げてはおる。

   武士たる者、戦場(いくさば)で討(う)ち果てるは本懐(ほんかい)と致(いた)すところなれど、

   蕎麦(そば)ごときと刺し違えて相果(あいは)てるは、拙者(せっしゃ)、はなはだ遺憾(いかん)の至(いた)りで

   ござる…。


本田:遺憾(いかん)でも金柑(きんかん)でも、かく相成(あいな)ったからには致(いた)し方(かた)なかろうに。


中村:恐れながら申し上げます…! 

   この上さらに蕎麦(そば)を食(しょく)せとお命じ遊ばすなら、いっそひと思いに

   切腹(せっぷく)をおおせつけ願わしゅう存じまする…!


殿様:なに、予(よ)の蕎麦(そば)が食えぬと…?

   不届き者め、ならば手討(てう)ち(手打ち)じゃ。




終劇




参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


三遊亭圓生(六代目)




※用語解説


・はばかり(雪隠(せっちん)):どちらもトイレの事。




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