004
イーダス・レムノスク。
一体どんな方なのかしら。
アリシア・カノーラは不安な胸に両手を組み合わせ、金色のまつげを伏せて青ビロード張りのソファに腰掛けていた。
彼女の養父バロッサ・カノーラは、権力に恋をしていた。
バロッサだけではない。
バロッサの父も、祖父も、カノーラ家の当主たちは権力を手中におさめるため、それに一歩でも近づくため、持てるすべての知恵、策謀、手段を駆使し全霊を捧げてきたのだった。
貧村の農奴出身であったバロッサの祖父は、怪しげな魔術師に弟子となり、薬の知識を身につけた。
その秘伝をかき集め、独占するためには道理を無視し、あらゆる手を尽くした。
どんな非道も、躊躇しなかった。
祖父はみずからの骨の骨、肉の肉たる分身……息子にしか、おのれの本質を明かさなかった。
やがて祖父は力尽き、その息子、バロッサの父が遺志を継いだ。
父は祖父より吸収した知識に加え、社交術にも長けていたので、周囲の引き立てを得、貴族に取り入ることに成功し、男爵の称号を手に入れた。
そして彼、バロッサの誕生。
カノーラ家の夢が現実になる。
三代に渡る権力への恋慕が成就する瞬間が、近づく。
今朝、やわらかな陽光を受けて佇む、養女アリシアの美しい成長ぶりに目を細め、バロッサは大いなる満足感に浸った。
腰まで真っ直ぐに垂れかかる淡い金の髪に、薄紫の瞳。
瞳は光の加減で青にも見える……妃候補の条件は、どうにか満たしている。
妃候補の毛色を持つ娘は、あまり多くは生まれない。
バロッサは人手と金に糸目をつけず、金髪碧眼の幼女を探し回った。
そして、アリシアを見つけた。
彼女は一袋の金貨と引き換えに、バロッサの手に売り渡されたのだった。
薄紫の瞳……完璧な青ではないことが唯一の欠点だが、それを補ってあまりあるほどの知性と、転生の美貌に磨きをかける術を、バロッサは彼女に叩き込んだ。
第二王子の妃候補とはいえ、王家の一員と娶わせる機会を得たとあれば、望外の快挙と言わねばなるまい。
「行っておいで、アリシア。なにも心配することはない。妃候補たるに相応しい教養はすべて、その身に施してあるのだからね」
「はい、お父さま」
アリシアは身をかがめ、養父の右手中指で無機質な光を放つ、小鳥の卵ほどもある、大粒の翡翠に接吻をした。
幼い頃から畏怖し、服従し続けた養父の宝石。
慈愛の衣をまとった圧力の象徴。
彼女はそれに最後の礼拝をして、迎えの馬車に乗ったのだった。