002
夢の中で、彼女は一匹の白蛇と化していた。
木々の葉の形、土の匂い、一切見知らぬ異郷の地で、転生の苦痛に喘いでいた。
窮屈な旧皮の下、生まれたてのひ弱な鱗が身じろぎするたび悲鳴をあげる。
そのくせ、ひ弱なくせに、この新しい身体は一刻も早く、古い戒めから解放されたいがために、闇雲にじたばたするのを、やめようとしない。
彼女は大声で叫びたかった。
けれど声帯を持ち合わせていなかった。
彼女は顔を歪めたかった。
けれど彼女の顔面の筋肉は、苦悩を表現できるほどの柔軟さに恵まれてはいなかった。
血の色をした二又の舌が、ただちろちろと見え隠れするばかり。
苛立ちまぎれに胴を持ち上げ、地に叩きつける。
旧皮とともに、まだ薄くて頼りない新皮も小石に傷つけられる。
尾が跳ね上がる。
そこは水辺だった。
尾の先端が水面を打ち、空中にビーズを踊らせ、澄んだ音を響かせて小さな波紋をいくつか投げかけた。
……がさり、と、落ち葉を踏みしめる音。
蛇である彼女にとっては、天をも揺るがす災害の先触れかとも思えた。
本能的に、そちらに目をやる。
人間の少年が、彼女の頭上に屈み込もうとしていた。
「怖がらないで。君の手助けをしたいんだ」
絶望に囚われ、もはや身動きひとつ叶わなくなったノエルタリアに、少年はこうささやきかけた。
ノエルタリアには、少年の言葉は理解できなかった。
蛇の身であったためか、それとも異国人であるがゆえなのか。
「そっちへ行くよ。行くからね」
だが、敵意を持っていないことだけは感じられた。
奇妙なほどのいたわりが、あたたかい指先から流れ込んでくる。
そのぬくもりは、彼女のひ弱な新皮に力を与えた。
ノエルタリアは、今度は慎重に、胴をくねらせてみた。
少年の手は、はがれかけた旧皮の上に置かれた。
これまでの苦労が嘘のように、楽に抜けることができた。
ノエルタリアは安堵のため息をついたつもりだった。
実際には、舌先がひるがえっただけだ。
こうして、脱皮は完了した。
ひと心地つくと、俄かに少年の視線が気になってきた。
少年は、まだ彼女を見つめていた。
少年の瞳は、誇らしげに輝いていた。
やさしく、あたたかく、親しみのこもった、いたわりに満ちた、まなざし。
ノエルタリアは、落ち着かない気分になった。
こんな目でひとに見られたことがなかったからだ。
なんだか、恥ずかしくなってきてしまった。
まるで本来の、人間の姿で全裸をさらしているかのように。
少年の目から逃れたかった。身を隠してしまいたかった。
だから水の中に入った。
水は冷たく、心地よかった。
快い浮遊感に身を委ね、このまま泡になってしまうのもいいと思った……。