第八話 討伐戦
「これよりベルゼブブ討伐戦を開始する!」
早朝の広場にキリヒトの声が響き渡る。
「作戦は事前に話した通りだ!俺率いる地上班がハルク村の正面から攻め、ベルゼブブの気を引く。その間にここに居るユズル率いる地下班はベルゼブブの背後を取れ!」
「「「はっ!」」」
集まった兵士の数は約400人。
騎士団だけでなく、今回の作戦に当たるにあたって募集をかけ集まった人達もいる。
「ここから先、生きて帰れる保証はない。今からでも遅くない、自分の心に再度聞いてみろ。引き返すならいまだ」
その言葉を聞いた兵士が数名、顔を俯かせた。
「俺はここで去った者を誇りに思う。それが自分の心に従っての行動ならば。だが──」
キリヒトが拳に力を入れる。
「ここにいる者の中には、ベルゼブブによって大切な者が失われたやつもいるだろう。それは俺も同じだ」
キリヒトの手はかすかに震えていた。
その光景に皆の顔色が変わる。
「やつを倒さない限りこの悲劇は終わらない。今日、俺たちの手で終わらすんだ。この村を守るために!」
キリヒトは拳をあげる。
「この村の未来の為に、みんな俺に力を貸してくれ!」
「「「おおおおおおおおおおお!!!!」」」
「ベルゼブブ討伐戦を、開始する!」
村を出てから約一時間
「……おかしい」
「何がおかしいんですか?」
「あ、いや……」
副団長のライが問いかける。
小柄な体に短い髪が特徴の、片手剣の使い手だ。
「俺の思い過ごしかもしれないが……どうも静かすぎないか?」
「確かに……村を出てからまだ一度も魔獣と接触してませんね」
「……悪い予感がするな」
「魔獣がいない分にはいいじゃないですか」
「それは……まぁそれもそうか」
ユズルとファクト村に行った時も魔獣との遭遇がなかったことを思い出し、少し気持ちが楽になる。
丘とも取れる小山から小鳥が飛び去るのが見えた。
その背中を朝日が照らす。
「ほら、見えてきましたよ」
そう言われて前方を見ると、ハルク村の中心に聳え立つ時計塔が見えた。
(ついに、か……)
深く息を吸い込む。
「総員、警戒態勢へ!攻撃可能範囲以内になったら一斉に村へと突撃する!」
(やはりおかしい。まるで気配を感じない)
悪い考えだけが浮かび上がり、進む足が重くなる。
「よし、範囲内に入った!一、二班は俺に続いて前進せよ!三、四班はその場で待機し、状況に応じて魔法支援を頼む!行くぞ!」
約100名の大群がキリヒトに続いて村へと入る。
「周囲を確認しろ!異常を見つけ次第信号弾を撃て!散れ!」
四方八方に広がり出す。
「どこだ……っ!」
既に村の中心付近に迫っていた。
(このままだとユズル達が裏取りできない……っ)
キリヒトはクリストロン装備を利用して時計塔をのぼる。
村全体が見下ろせる場所だ。
だが、
「……居ない?」
少なくとも建物外にはベルゼブブの姿はない。
それどころか、
「魔獣の一体すらいない……」
明らかにおかしい。
「考えろ……考えるんだ」
頭を抱え必死に探る。
……最悪の事態は、すでに移動していることだった。
(建物内か?いや、だとしても魔獣が一体も居ないのはおかしい)
「……っ、まさか」
一つの可能性が脳裏をよぎる。
(襲撃時、奴らはどこから現れた?)
バンッ!
キリヒトが信号弾を打ち上げ、叫ぶ。
「奴らは……」
作戦の失敗を悟り声が掠れる。
「奴らは、地下通路にいるかもしれない」
「暫く使ってなかったので、通気口がところどころ詰まっちゃてますね」
ユズルの隣でそう語るのは副団長のレーネだ。
一つ結びの長髪に、長槍が特徴的な凛々しい女性だ。
「一面傷だらけですね」
「襲撃時、ここを通って攻めてきたらしいからな」
あの数の魔獣全てが通ったとは限らないが、少なくとも一体は必ず通ったのは確かだ。
「あ、向こう明るいですね。出口ですかね?」
「……そうだとしたらだいぶズレがあるような」
キリヒトから貰った地図によると、もう暫くかかりそうだが……。
「とりあえず出口の手前まで行って待機しましょう!」
「そうだな」
そう言って出口と思われる場所に近づく。
ユズルの腰にかかっている剣は、おじいちゃんからの肩身の剣では無い。
防具店の店主に作ってもらった特注品だ。
「新しい武器、いいですね〜。使って見た感じどうでした?」
「驚くほど手に馴染んだよ。昔から愛用してる剣かってぐらいに」
「それはそれは、良かったですね」
「ああ。キリヒト達には感謝だな」
そう言って剣の鍔をなぞる。
ちなみにため口なのは、そっちのほうがいいと本人から言われたからである。
決してなめているわけではない。
「……?何か見えません?」
「ん、確かに……」
目を凝らすと、出口付近に人影が確認できた。
だがその影は人間ではなく……
「……まさか」
近づくにつれてそれの正体が明らかとなる。
「また会ったな、小僧」
「間に合え!」
地下通路にいるかもしれない、そう思わせる点はいくつもあった。
ただ時計塔に登った時、決定打がキリヒトを襲った。
ハルク村は拠点と言うにはあまりにも脆すぎたのだ。
時計塔の上から見たハルク村の姿は崩壊した建物が並ぶ廃墟の町そのものだった。
それでは奴らの拠点はどこにあるのか?
「奴らは……っ」
伝達用に等間隔で兵を配置しながら奥へ奥へと走り続ける。
「奴らは襲撃時、どこから来たんだっ」
そう、奴らはこの地下通路を使ってきた。
否、移動のためだけに利用したんじゃない。
「この地下通路自体が、奴らの……っ!」
咄嗟に踏みとどまる。
目の前には広い空間が拡がっていた。
「……ここが奴らの拠点か」
着いてきた兵に伝達を頼み、その空間に足を踏み入れる。
その刹那、
「ァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
「っ!上だとっ」
咄嗟に受身を取り広場へと転がる。
「なんで地下通路に上があるんだ!」
この地下通路は地上下4メートルのところに掘られている。
故にこのような巨大な空間を作り出すのは不可能なのだが……
(まさかッ?!)
"丘とも取れる小さな山から小鳥が飛び去るのが見えた"
「あの時の丘、そうか、くそッ!なんで気づかなかったんだ」
違和感の正体が明らかとなった。
フォーラ村では定期的に結界外の調査が行われる。
魔獣の生態に着いてや周りの地形調査、遭難者の救出等理由はいくつかあり、以前ハルク村までの道のりも調査したことがあった。
しかし今日通った時、前回の結界外調査とは異なる点があった。
それは、
「ここら一体は草原地帯なんだ!丘なんて存在しない!」
迫り来る魔獣の攻撃を交わしつつ思考をめぐらせる。
この数を一人で相手するのは不可能だ。
騎士団が到着するまで時間を稼ぐ必要があった。
(クリストロン装備のおかげで何とかかわせてはいるが、反撃をしようとすると隙を与えてしまう……っ、それに地下じゃクリストロン装備の本領を発揮できないっ!)
足場が地面しかなく、尚且つ天井が低い地下ではクリストロン装備の本領が発揮できない。
それどころか力加減をミスれば壁に衝突する危険性さえある。
(ここは逆に地上まで誘導するか?移動に時間がかかるが、このまま長々とここで戦う方よりはいいだろう)
「ァァァァァァァァァァァァッッッッ!」
「っ、こっちだ!」
来た道を辿るように駆け抜ける。
減速は許されない、故に振り返ることの出来ない恐怖と戦いながら加速する。
(早くユズル達と合流しなくては……っ!)
息を着く隙さえない状況に、既に脳は瀕死していた。
「ローレンス式抜刀術 弐の型 旋風!」
騎士団に地上への逃げ道を作るように指示し、ユズルは副団長のレーネと時間を稼いでいた。
「地上に出たら俺が時間を稼ぐ!その隙にレーネさん達は地下通路を進んでキリヒト達と合流してくれ!」
「分かったわ!」
流石は副団長と言おうか。
普通の兵士ならここで躊躇いを見せるだろう。
その躊躇いが生死を左右すると理解しているようで、レーネさんからは躊躇いの色は見えなかった。
「ユズルさん!レーネさん!出口が確保出来ました!」
少し離れたところから作業に当たっていた兵士が叫ぶ。
「くっ……」
問題はどう引き寄せるか、だ。
ベルゼブブはわざわざ地下通路を戦場に選んだ。
恐らく地上より好条件なのだろう。
易々と出てくれるとは思えない。
なら、
「っ、総員撤退だ!全速力で村へ戻れ!!」
「……っ!」
ベルゼブブだけでなく、レーネや後方に待機していた兵士達も驚きを露にした。
ユズルは額に汗を浮かべ、焦った様子で逃げの姿勢に入る。
それを見たレーネも逃げの体勢を取った。
「そちらから仕掛けてきて、作戦通りに行かなかったから撤退じゃと?逃がして貰えると思っているのかのう。……お主には失望した」
「そう易々と捕まるもんかっ!ローレンス式抜刀術 伍の型 聖蒼!」
「援護します!フィジカルスライサー!」
当然のごとくかわされるが、レーネの援護のおかげで反撃まで手は回らなかったようだ。
そして穴の真下に来た時、
「ローレンス式抜刀術 壱の型──、」
軽くレーネの背中を押す。
振り返るレーネの瞳にユズルの口元が映る。
い、け
そのメッセージに目を見開きユズルと距離をとった。
そして、
「──煌龍!」
「……っ!」
ベルゼブブを天井へと突き上げる。
いきなり明るいところに出たからか目がくすぐったくなる感覚に襲われるが、そんなものに構っている余裕はない。
「っ、いまだ!行け!!!」
その言葉を聞き、体の向きを変えて走り出す。
「っ!行かせるか!」
「お前の相手は!」
地下通路に戻ろうとするベルゼブブの背中に向かって剣をふりかざす。
「俺だ!」
「がはっ!」
ベルゼブブを地面に叩きつけ、すぐさまクリストロン装備で上空に飛び上がる。
(兵の移動はまだかッ!)
地下通路に空いた穴から人の姿が見えなくなったのを確認し、
「ローレンス式抜刀術 漆の型 櫛風!」
穴めがけて急降下した。
天井が崩壊し、地下通路が防がる。
「これで俺とお前の一体一だな」
「おのれ……ッ!」
「悔しいなら俺を捉えてみろよ」
そう言ってユズルはハルク村目指してクリストロン装備を起動した。
(キリヒト、無事でいてくれッ)
キリヒトの安否に全てを賭け、大空を翔けるのだった。
(ユズル、無事であってくれ……っ)
空気の流れが変わる。出口が近づいてきた証拠だ。
「っ、団長、その魔獣の大群は?!」
「お前ら!死にたくないなら走れ!」
その言葉を聞いた兵士たちが一斉に出口目掛けて走り出す。
だが、到底人の足では逃げ切れる訳もなく、次々と兵が魔獣の群れに飲まれていく。
「間に合えぇぇえ!」
地上へと体が出たその瞬間、背後で堤防が決壊するような感覚がキリヒトを襲った。
「届けぇぇえええ!!!!!!」
足に全魔力を集中させ宙を舞う。
(このまま時計塔までっ!)
時計塔までの距離はおよそ100メートル、高さも考えればそれ以上。
そこまで逃げ切れれば指示が出せる。
地上にいる兵士たちが、目を丸くして立ち尽くす。
(あと少し……!)
時計塔の壁に右手が掛かる。
「これで──」
振り返ったその刹那、
「ガァァァァァアア!」
キリヒトの顔面目掛けて魔獣の腕が振りかぶさった。
何とかかわせたが、その衝撃で時計塔が崩れ落ちる。
「くそっ、指示を出す隙もくれねぇのかよ!」
すぐに体勢を持ち直して魔獣の群れと向き合う。
(いくらなんでも数が多すぎる!)
20体はいるだろうか。
(これだけの数があの地下通路にいたのか)
中には翼の生えた魔獣もいる。
翼がある分厄介且つ頑丈な為、幾度となく人類を苦しめてきた魔獣だ。
「全軍、戦闘態勢!待機していた3,4班は引き続き魔法の後方援護を頼む!残った1,2班は魔法班に敵のこぼれ球が当たらない範囲で戦え!決して一人になるな!複数人で行動しろ!」
「「「「「は!」」」」」
クリストロン装備のおかげで移動で使う魔力の量が軽減されたのは確かだが、魔力が切れたらクリストロン装備が動かないのはもちろん、ベルゼブブとの戦闘も困難になる。
(そもそもベルゼブブがここにいるのかさえ怪しい。ユズル達地下通路班との合流が図れていない今、向こうの状況が分からない)
自分がベルゼブブだったらどうするだろうか。
(地下通路の穴は地下通路におびき出すためにわざと開けたと仮定した場合、魔獣の群れを配置して戦力を削り、弱ったところを叩く為に隠れて待機するだろう)
だが、村にはいなかった。
もちろん村からあの地下空間までの間にも。
(だとしたら考えられるのは地上か、ユズル達の所……)
ベルゼブブがいないならもうユズル達と合流していてもおかしくない頃だ。
何かしらトラブルがあったに違いない。
「いづれにせよ……」
(まずは目の前の敵を倒すところから、だな)
そもそも今自分の置かれている状況が自由の効く状態じゃなかったことを改め直す。
「始めるとするか、蒼き復讐の炎」
昼間でも肉眼で確認できるほど蒼く輝く炎が、キリヒトの体を包み込んだ。




