第七話 準備期間
ユズルは腹の音で目が覚めた。
(そういえば昨日から何も食べてないな……)
と下からパンの焼けるような匂いがユズルを誘った。
恐らくユリカだろう。
そう思っていたが階段の下にいたのは……、
「おはようユリ……ミカエラさん?!」
呪術医のミカエラさんだった。
「うふふ、おはよう」
「キリヒトから聞いたわよ、体のこと」
「キリヒトが?」
ミカエラさんが作ってくれていた朝食(?)を食べながら話す。
「最初に私のところに来た時も言ったけれど、治療法や広がる原因については分からないわ。ごめんなさい」
「謝らないでください、ミカエラさんは何も悪くないですよ」
「でも、あなたがこの村に来た理由はその呪いの正体を突き止めるためでしょ?」
そう言われると返しに困る。
確かに呪いの正体を知るためだけにこの村に来た。
だがそれがミカエラさんの謝る理由にはならない。
「……呪いの正体を知ってても、僕はこの村に来てたと思います」
ユズルは初めから、あの小さな村の中で一生を終えるつもりはなかった。
リアとマコトの分まで、外の世界を旅する。
それがユズルの夢であり、彼らへの償いだった。
「そんなに深い意味はありません。とりあえずミカエラさんが謝る理由は一切ないので気にしないでください!むしろ呪いのことだけじゃなくご飯の用意までして貰っちゃって、ありがとうございます」
「いえいえ、お口に合ったかしら?」
「はい!アルバ村には海がないのでこんなにしっかり味付けされたものは初めてで、とても美味しいです」
「そう、それは良かった!」
シオというものはすごいな、村に戻る時に必ず買って帰ろうと思いながら食べ進める。
「食べ終わったら状態だけでも確認させてもらえるかしら?もしかしたら私にも何か分かる事があるかもしれないし」
「分かりました、よろしくお願いします」
……どこも痛くないのにパンを噛む度涙が込み上げてきた。
それをミカエラさんに気づかれないように拭う。
昨日のことを少し話しながら診察を受け、キリヒトを待つ。
結局何も新しいことはわからなかった。
生活に支障を浸したことが無い為、普段は気にならない。
それが逆に怖いのだが。
「診察は終わったのか」
「キリヒト……朝からご苦労さま」
騎士団の仕事を終えキリヒトが帰ってくる。
「それじゃあ早速始めるとするか」
「はぁ……はぁ……もう日が暮れるのか」
「あぁ」
約束は初日で習得の兆しが見えなければ打ち切りだった。
「……明日は実戦形式でやる。今日やった事を忘れるなよ」
「……ありがとうございました」
ユズルは成果を上げた。
そう、生まれて初めて魔法を生み出したのだ。
何年も諦めていたものがたった数時間で。
やはり習得者の話を聞くのが一番有効な手だった。
ユズルは今まで生まれつき魔力のない者は魔法を使うことが出来ないと思っていた。
だが、今日習った魔法は大気中の魔力に干渉して発動するものだった。
言ってしまえば全人類魔法の習得自体は可能だ。
それが出来たら魔王を倒すことだって容易かもしれない。
だが、現状それが出来ていないのには理由がある。
まず、普通の人間が大気中の魔力に干渉することは本来危険な行為なのだ。
耐性が無いものが行うと細胞が拒否反応を起こし破壊される。
その耐性の有無を調べる方法が今はないのだ。
ではなぜユズルが耐性あるとわかったのか。
理由は簡単。
大気中の魔力に干渉し、耐性の有無を実際に体感したのだ。
(まじで死んだらどうする気だったんだ………)
なんにせよ魔法の習得はユズルの物語を大きく前進させた。
ユズルとの稽古後、キリヒトは現場で騎士団の指揮をとり診療所に戻ってきたのは日が変わる頃だった。
(ユズルが魔法を覚えた今、ベルゼブブとの間にそこまで力の差はない)
本領を発揮していない可能性も十分に有り得る。
だが今回はこちら側から攻める分、前回よりも有利な状況下での戦闘が予想される。
(力の差はほぼ無くなった。周りの魔物も騎士団のおかげで気にせず戦える。そうなった時、俺たちと奴の大きな差は、機動力だ)
事実、地上戦なら追いつけていた相手を取り逃した。
襲撃時の作戦だってベルゼブブの機動力を削ぐためのものだった。
埋まらない圧倒的な差がそこにはある。
(人とほぼ同じ部類に分類されるエルフは飛べる。過去に森の民が使う妖精の踊りを習得した冒険者がいたことも事実だ。だが……)
「肝心の妖精の森は、一日二日で行けるところじゃない」
妖精の森はほとんど大陸の反対側にあるため、習得して帰ってくる頃にはもう村が破壊されている可能性がある。
「何か……何か手はないのか……っ」
視点を変えて考える。
「自身のステータス上昇、スキル、魔法の発動以外に方法は?いや、有り得ない…………!」
ふと、あの商人のことを思い出す。
「確かあの村はここら一帯では最も文明が進化していたはず」
キリヒトが子供の頃だった時にはもう、村全体が工場のように要塞化していた。
「まだあの村と干渉している者は……商人同士の繋がり、いや防具店か………誰だ?」
物音がした方向を睨む。
「……キリヒトか?」
「ユズルか。起こしたか?」
「いや、眠れなくて水を飲みに来たところだ。帰ってきてたんだな」
「あぁ」
「それで、何か考え事か?」
「まぁ、だいたい何について考えてるかは分かるだろ?」
「……」
無言で頷く。
「今、ちょっと考えてたんだがやはり空中戦になった時、俺たちはほぼ無力と言っても過言じゃない。そこでひとつ気になることがあってだな」
「気になること?」
「あぁ。なぁユズル、明日少し付き合ってくれねぇか?」
「それはいいけど……何をするんだ?」
「……昨日話したあの村に、もしかしたら俺たちとベルゼブブの溝を補えるものがあるかもしれないんだ。それを確かめるためにあの村と取り引きをしている村の防具店に行く。それでなんだが……」
キリヒトが頭をかく。
ユズルは肯定の眼差しでキリヒトを見つめ、次の言葉を待った。
「もし、俺の望むものがあるとしたら、その村に行く必要がある。それで、」
「同行するよ」
「……いいのか?」
「昨日も言ったろ?キリヒトは何も気にすることは無い、これは俺の意思だ。連れてってくれ」
「……そうか、わかった」
「よし、それじゃあ俺は寝るとするよ。キリヒトも、一日中戦闘後にもかかわらずにご苦労さま」
「ありがとう、おやすみ」
キリヒトも疲れが溜まっているのか目を閉じるとすぐに寝てしまいそうになる。
自室に移動し、そのまま倒れ込むかのように夢へと落ちていった。
同時刻、魔都バビロア──
「……オッドアイの少女を見つけた?」
「はい。フォーラ村に向かったベルゼブブからの報告です。恐らく、例の……」
「そうか……まぁ確かめないことにはな……」
魔都の中心に聳え立つ魔王城の最上部で、男は酒の注がれたグラスを舐める。
「それとですね、彼女の話によると一緒に行動している男の体にアーリマン様の術式による痣と似たようなものがあるとの報告が……」
「………………っははは」
「何か思い当たる節があるようですね」
「……ベルゼブブに伝えておけ」
不敵な笑みを浮かべると席をたちこう告げた。
「早急に向かう、とな」
「ユズル……さ……逃げ……て」
「ユリカを置いていけるわけないだろ!!離せぇ!!!」
「ユズルさん……さよ……な………」
「ユリカ!!!!」
辺りを見渡す。
目の前には、いつも通りの風景が広がっていた。
「はぁ、はぁ……夢?」
ここ数日立て続けに事が起こりすぎて頭が疲労しているのだろうか。
なんにせよ最悪な目覚めだ。
「そういえば……」
ベルゼブブと対峙した時の記憶が甦る。
──
「だが、復讐の時は今じゃない。今は奴を結界外へと追いやることが最優先だ」
「けど結界は……」
「今三人の回復術師がティアナの治療に当たっているが意識が戻らない状況だ。ユリカなら何とかできるはずだ、恐らく彼女は……、いや今はいい。結界さえ戻ればこっちのもんだ」
──
あの時キリヒトはユリカについて、何かを言いかけていた。
(そういえば聞けてなかったな……)
「ユズル、起きてるか?」
ドア越しにキリヒトの声が聞こえる。
「あ、あぁ今ちょうど起きたところだ」
「そうか。昨日言った通り朝のうちに防具店に行こうと思う。どちらにせよ早いことに超したことはないからな」
そう言い残してキリヒトは階段をおりる。
ユズルはしばらく硬直したままだった。
「はーい、いらっしゃ……ってキリヒトか」
「お久しぶりです」
キリヒトが店主らしき人物に頭を下げる。
「やめろやめろかしこまるなって。俺はお前のおしめを替えた事があるんだぞ?俺と話す時は騎士団長じゃなくて、親戚のおじちゃんと話す子供でいいんだよ」
「……久しぶりだな」
「それでいい」と店主は笑った。
「それで今日はどうした?こうやって落ち着いて話すのは随分久しぶりじゃないか。連れもいるようだしな……おっと兄さん見ない顔だな。旅人か?」
「……そんなところです」
「そうか、俺も昔は色んなところを旅しては……っとすまんすまん。話が長いっていつも妻に叱られるんだ。この混乱の中での訪問だ、それにこんな朝早く来るってことは急いでるんだろ?硬いことはいい、結論から言ってみな」
「……前に俺がお世話になった隣町のじいさん、確か武器商人だったよな?その爺さんとその後やり取りしてたりするか?」
「あー……あ!ファクト村のアナーニさんのことか。つい三ヶ月前に会ったばかりだが、それが?」
「変わった武器の話とか聞いてないか?武器と言うより……装備品。空中戦でも戦えるような起動型の」
「そういやそんな話が……」
そう言って店主がカウンターの裏を漁り始める。
店にはいくつもの装備品が展示されており、中にはユズルの初めて見る形状のものも少なくなかった。
「あったあった、これだ」
カウンターに出されたのは二本の筒だった。
「まぁ見ても分からんだろ、正直俺も初めて見た時にゃあ分からなかった。ちょっと表に出て待っててくれ」
言われた通りに店を出て外で待機する。
店の前の建物は、先日の夜襲により倒壊していた。
散乱したがれきの下には、子供のものだと思われる生活用品が散らばっている。
……ここに住んでいた一家は無事だろうか。
「少しの間人が来ないよう整備しといてくれー。万が一、事故があったら大変だからな」
店主がドアを開き二人にそう伝える。
指示通り、ユズルとキリヒトは周囲に呼びかけ立ち入りを制限した。
いつの間にか周りには人が集まっている。
「待たせたな!こっちに来い!」
中から店主が出てきて二人を呼ぶ。
店主の足には、先程の筒が取り付けられていた。
「見てろよ。……ふんっ!」
地面を蹴った瞬間、ユズルの視線から店主の姿が消えた。
あたりを見渡すが店主の姿はない。
と、
「どうだ、分かったろ?」
頭上から店主の声が聞こえ、ユズルは勢いよく顔を上げる。
その視線の先、向かいの屋根の上に店主はいた。
「こいつの中には水とクリストロンと呼ばれる魔石が仕込まれてるんだが、こいつは魔力を込めると熱を発生させるんだ。その熱エネルギーを利用して筒の中の水を蒸発させることで、発生した水蒸気が一気に発射され今のように空中を舞うことが可能になる。基本体のどこでも装備可能だが、構造上足がいちばん安定するし力も込めやすい」
ユズルが隣に目をやると、キリヒトの目が輝いて見えた。
恐らくキリヒトが求めてたものはこれだ。
確かにこれがあれば、たとえ空中戦になったとしても多少は戦える。
「それ、売れるか?」
「あー、すまねぇがこれはあくまで試作品、商品として売り出しちゃあねぇよ」
試作品と言えど、今の動きを見る限りないよりも格段に良い。だが、
「それにこれはあくまで意見交換のために渡された物だから一組しかない」
「……一組」
どちらかしか装備できない。そして未製品。
「これは三ヶ月前に渡されたものだ。アナーニさんならもう製品化させてるんじゃないか?俺が取り合っておこうか?」
「……いつになる?」
「そうだなぁ…………早くて半年後の結界外出張の時だな」
「それじゃ遅いんだ……」
キリヒトが俯く。
その肩を叩きながらユズルは言う。
「行こうぜ」
「え……」
「行くなら早い方がいい、早いことに越したことはない。……そうだろ?」
「……あぁ、そうだな!」
キリヒトは顔を上げる。
「内容は知らないが、」
二人を隣で見ていた店主がキリヒトの目を見て言う。
「また元気な姿、見せに来いよ」
「ああ!」
二人で話し合った結果、まだ昼頃ということもあり本日中に向かうことになった。
距離的にはフォーラ村とアルバ村間の距離とさほど変わらないかつ、帰りは先程紹介されたクリストロン装備(仮)を使えば本日中に往復できるだろうという考えだった。
何よりこのクリストロン装備の動力源であるクリストロンは魔力さえあれば永久に使用ができ、水もどこでも調達できるためほぼ永久的に使うことが出来る。
急遽決まったことのため二人はティアナさんの元を訪れ事情を説明した後、ユズルはユカリに、キリヒトは騎士団に声をかけ村を出た。
「そうだ、この移動中にベルゼブブ戦での戦略案を練らないか?もしクリストロン装備が手に入った場合の案はまだ考えてなかっただろ?」
「それもそうだな」
雨上がりだからか天候は良く、魔物の気配も感じない。
そのため結界外という実感が湧かなかった。
「まず、今考えている案は地上と地下通路のニ箇所から同時に攻める方法だ。俺と騎士団の八割が地上から攻め、障害を取り除き地下通路に合図を送る。その間にユズルと残りの二割の兵がやつの背後に周り挟み撃ちにする方法だ」
「背後から?というとこは地下通路の出口は町外れにあるのか?」
「微妙なラインだ。どちらかといえば中心部に近い。だからこそ地上兵に八割を割きやつをなるべく前衛におびき寄せる。地下通路の出口よりやつが前進してきた時に俺が地下通路に向かって合図を出す」
「一般兵もベルゼブブと対峙するのか?」
「俺たちフォーラム騎士団は長年ベルゼブブに苦しめられてきた。故に奴に対して有効な手を打てるよう、特殊な訓練を受けている。前回のような夜襲にこそ真価は発揮しなかったものの、今回のこの作戦において重要な役割を担う」
そうだよな、とユズルは思った。
フォーラム騎士団のみんなが世界中の誰よりもベルゼブブに対して強い怒りを覚えているに違いない。
……キリヒトの辛さなど想像もできない。
「そういえばキリヒト」
「なんだ?」
「あ、いや、店を出る時なんか店主に言ってたなーって思って。でもよくよく考えたら俺には関係無さそうだから」
「ユズルにも関係はあるぞ」
「そうなのか?」
「あぁ。というかユズル、お前に関する話だ。だがまぁ今は言う必要が無い。帰って無駄な話だ」
「そっか」
キリヒトの話のトーンが低いせいか、お預けにされても特に気にならない。
「……そういえば、なぜユズルは魔王を倒そうとしているんだ?あの感じを見ると、呪い以外にも理由がありそうだが……」
「……大切な人を奪われたんだ」
予想外の一言だったのか、それともなんとなく想像が着いていたのか。キリヒトの表情からは読み取れない。
だが静かにユズルに耳を傾けていた。
「俺がまだ読み書きすらもままならなかった時、当時仲がよかった友人三人と結界を超えたんだ」
「……」
キリヒトは黙ってユズルの話を聞く。
「あの時、俺が止めとけばって、……今でも時々あの風景が蘇るんだ。目の前で友人が咀嚼され、殺されていくその姿を」
「……」
「俺はその時友人を食した暴龍を、この世界を、自分自身を憎んだ。そして思ったんだ。これ以上同じ目に遭う人を増やしてはいけない。当たり前のように、結界に支配されず、自由に過ごせる世界を創りたいと。俺はこの地獄を終わらせたいと強く思ったんだ。だから──」
「……」
「俺はこの地獄の創設者、魔王アーリマンを殺す。当たり前を取り戻すために」
これまでずっと口を閉ざしていたキリヒトが口を開く。
「……今までそうやって何人もの人間が魔王に挑んでは塵と化した。お前は今まで魔王に挑んでいった英雄たちを越えられると思っているのか?」
「……」
「そこで黙るようじゃ笑い話だ」
キリヒトの口から厳しい言葉が出てくる。
「いいか、怒りだけじゃ何も残らない。お前は過去の英雄たちに勝る何かを得る必要がある。それを見つけ、磨き、ものにする。実践を積んで、理解者を得て、それらを制御しなきゃいけない」
「……言われなくても」
「分かってない」
「……っ」
「襲撃時の瞬時の判断力は評価出来る。だが見る限り戦闘に不慣れな点が目立つ。それに動きに無駄が多かった」
言われても仕方の無い事だった。
ユズルにとってボップ無しでの初めての戦闘だったのだから。
「中でも一番注目したのはその剣だ」
「剣?」
「あぁ。ユズルの今の戦闘技術では真価を発揮できてないどころか帰って足を引っ張っている」
「だが俺はこれしか武器が……」
「さっき店を出る時に俺が店主に頼んでおいた」
「俺に関する話ってもしかして……!」
「そういうことだ、どんな武器かは帰ってからのお楽しみだ。さぁ、ペースをあげるぞ!」
「……ああ!」
懐で揺られながら、聖剣が鈍く光っていた。
「見えてきたぞ」
「あれか……」
キリヒトの指さす方向には巨大な要塞があった。
「あれ、どうやってはいるんだ?」
「俺がいた頃は正門があったが今は分からん。とりあえず元々正門のあった所まで移動しよう」
ファクト村。
しかしユズルの目には巨大な要塞に見えた。
外観だけが要塞であり中は他の村と同じなのだろうか。
「と、まぁここが正門のあった位置なんだが……」
そこには周りと変わりなくただ壁が拡がっている。
「村への入り方を聞いておく出来だったな……」
キリヒトがそう唸ってきた時、二人を赤い光が照らした。
「なんだこれ?」
「分からない……だが」
「悪い予感が……」
「生命体接近確認、護衛兵出動せよ──」
警報音と共にアナウンスが流れる。
「恐らく俺たちを魔物が何かと勘違いしたんだろう。逆に護衛兵を呼んでくれて助かった、これで中に入れる」
「それもそうだな。しかし急に来られると心臓に悪いな」
警報音がなり始めてから約一分後、ファクト村の護衛兵と思われる武装集団がやってきた。
「いやぁすまんかったなぁ。ありゃあまだ試作品でなぁ、見分けられんのよ」
護衛兵と無事話をつけ要塞内に入った二人は例のアナーニさん宅を訪れていた。
「それで今日は急にどうしたんだ」
「……暫くあってないのに、俺がキリヒトだとなぜ信じた?」
護衛兵に要件を話したところ、本人確認の為にアナーニさん宅まで案内された。
アナーニさんはキリヒトのことを疑うことなく家の中へと招き入れた。
「ひとつ屋根の下で暮らしたやつの顔を忘れるわけが無い。それに……、父さんに似てきたな。そっちの村のみんなは元気か?近々訪問するつもりだったんだが」
「……フォーラ村は今、ほぼ壊滅状態だ」
「……何があったんだ?」
「魔人の襲撃を受けた。ベルゼブブだ」
「……そうか、だがそんな村の危機になぜお前さんがここにいる?」
「ベルゼブブの呪術を受けたと複数の報告があった。そのうちの一人が俺の後ろにいる奴の連れだ」
「はじめまして、アルバ村のユズルです」
軽く挨拶を交わす。
「俺たちはベルゼブブと早期に決着をつける必要がある。それでアナーニさんが開発しているクリストロン装備を譲っていただけないか交渉しに来たんだ」
アナーニさんが眉を寄せる。
その仕草にユズル達は息を飲む。
「……危険に身を晒そうとしているやつの背中を押すのは少し躊躇いがある。だが──、」
アナーニさんが大きめの箱を運んできた。
「お前たちの目には躊躇いが見えない。覚悟を決めた奴の背中を押すのは躊躇わない」
箱を開け、その中身が明らかとなる。
「近々そっちの村を訪れようと思っていた、そう言ったな」
「これは──」
「持ってけ、完成品だ」
アナーニさんに誘われ食事を済ませる。
お互い話したいことは山々な様子だったが、無事に帰ってくることを約束してお預けとなった。
日が沈みかけ、キリヒトとユズルはファクト村を後にした。
足にクリストロン装備を装備して。
「この移動中に基礎的な動きや力の制御の感覚をつかんでおけ。明日実戦形式で調整だ」
「そして明後日は……」
「ああ」
明後日。
呪術を解除するためには必ずベルゼブブを討たなければならない。
それと同時に、こちらから魔人を襲撃するということは死を意味する。
二日後、泣いても笑っても必ずどちらかは死ぬ。
「もちろん実力だけで勝敗が決まることがほとんどだ。だが、一番大切なのは気持ちで負けないことだ。一瞬の気の迷いが永遠の後悔を生む」
前を飛ぶキリヒトの背中が夕日に照らされ紅く光る。
「人の目は気にするな。自分で考えて行動しろ。当日俺はお前と一緒にはいられない、だから──」
「安心してくれ」
キリヒトの負担にだけはなりたくない。
「お互い、悔いの無い選択をしよう」
「……ああ」
そう、誓った。




