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禍々しき侵食と囚われの世界【読み切り版】  作者: 悠々
第二章 結界都市陥落編
6/13

第五話 開戦



 診療所に帰還したユズル達一行は、軽く夕飯を済ませた後キリヒトからフォーラ村について説明を受けていた。

 キリヒト曰く、


「魔人の討伐には軍を動かす必要がある。その準備期間の間、ずっとここに引きこもってるのも退屈だろ?」


 だそうだ。ありがたい提案だった。 

 それに続き、例の魔人についても語られる。


「まずは……いい話と悪い話どちらから聞きたい?」

「……悪い話から……かな」

「そうか。こんな話本当はしたくないんだがな、必要な情報だ。話しておくことに越したことはないだろう」


 何も知らないユズル達にとっては、どんな情報でも有難かった。


「まずは村長を襲った魔人の名前についてだ。奴の名前は《ベルゼブブ》、貴族階級だ」


 魔族にも階級制度が存在する。

 その基準は戦闘力や能力によって評価される訳だが、主に三階級。

 上から王族、貴族、平族。

 王族階級は必ずしも王家の血を継いでる者とは限らず、魔王から血を分けてもらった者のことを指している。


「まぁ呪術を扱う魔人と聞いた時に、何となく予想はついてた。問題は──」

「問題は敵の規模と戦闘力だ」


 キリヒトがユズルの言葉を繋げて話す。


「五年前、この村の護衛部隊、通称《フォーラム騎士団》は今亡きハルク村へと遠征を行った」


 ハルク村は15年前に魔王に滅ぼされた村の一つである。


「遠征の目的はベルゼブブ討伐。約800の兵を連れフォーラム騎士団は旅立った」


 800という現実離れした数字を聞いてユズルは驚く。

 同時にその言葉の意味を理解して絶句する。

 ベルゼブブの強さを村長の未だ癒えない傷が体現していた。


「……帰還したのはわずか五名。そのうち、今でも現役で兵士をやっているのはたった一名。フォーラム騎士団は一時解散の危機に面した。だがその時立ち上がったのが今の団長でもあり、ベルゼブブ戦で生き残った兵士。それが……」


ドォォォォォォォンッッッッ!!!!


「「「っ!」」」


 破壊音と共に魔獣の咆哮が響き渡る。


「まさかっ……!」


 キリヒトに続きユズルとユリカも建物の外に出る。


「……結界が……無い?」


 そこには、ただただ虚無の空間が広がっていた。



「俺たちは村長の様子を確認してくる!キリヒトは──」

「俺はここに残る」

「頼んだ。きっと怪我人が出るはずだ」


 異常事態こそ診療所の存在は大きい。

 キリヒトにはここで村人の安全を確保してもらうことにした。


「村長を頼んだぞ、二人とも!」

「あぁ!行くぞユリカ!」

「はい!」


 ユズルとユリカは記憶を頼りに村長の元へと走り出した。

 その背中を見届けて、


「……それじゃあ俺も動きますか」


 キリヒトは診療所のドアに「休館中」と札を立て、夜の村へと歩き出した。



(結界が完全に消え失せるのはおかしい)


 結界は、村長の命だけで維持されているわけでは無い。

 そう、維持するためには"アレ"の助けが必要なはずだ。


「っ!ユズルさん次の曲がり角左に一体います!」


 ユリカが千里眼を発動してユズルの援助をする。

 結界が完全に失われた今、考えられる最悪の事態は村長の元へ既に敵の幹部が到着している事だ。

 魔獣の待つ角を曲がり、身体を目標(ターゲット)へと向ける。


「ローレンス式抜刀術 弐の型、旋風!」


 ユリカのおかげで先制攻撃が決まり大熊(デスベアー)が悲鳴をあげる間もなく消滅した。


「きゃぁぁぁ!!!」

「今の声は?」

「っ、声の方へ行ってみましょう」


 声のした方へ向かうと、そこには村人を襲う大熊(デスベアー)の姿があった。

 と、


「ギャアアアアア!!!」

「っ、しまった囲まれた!」


 ユズルが振り返るとそこには毒蛇(ポイズンスネーク)の姿があった。


「ユリカ、行けるか?」


「はい」

「村人の救出は頼んだ!俺は毒蛇(やつ)を殺る」


 ユズルとユリカがそれぞれの目標(ターゲット)目掛けて走り出す。


「うぉおおお!ローレンス式抜刀術 壱の型、煌龍!!!」

創造(クリエイト・)(ライト)


 ユズルの一閃が毒蛇の核を破壊し、ユリカの放った浄化の光が大熊の視界を奪う。

 その隙にユリカは村人を救出した。

 だが一息着く暇もなかった。

 毒蛇の消滅と同時に毒蛇の背後に隠されていた驚異が露になる。


「っ、しまった、群れ──」


 ユズルが動揺した隙に、毒蛇の群れがユズル目掛けて尾を振り下ろす。


「っ……!ユリカ!聞こえるか!」


 毒蛇の猛攻を交わしながらユズルはユリカに叫ぶ。


「はい、聞こえてます」

「ユリカは村長の元へ向かってくれ!俺も隙を見て合流する!もし何かあったらこれを」


 ユズルはポケットから筒状の信号弾をユリカに投げる。


「……分かりました。ユズルさんも危険と判断したらすぐに逃げてくださいね」

「あぁ!」


 ユリカはそう言い残して走り去る。

 その姿を横目で確認し、ユズルは群れへと視点を戻す。

 毒蛇計五体。

 初めて魔獣と対峙して日が浅いユズルにとって、同時に五体相手するのは正気の沙汰ではないだろう。

 だが、


「こんな魔獣に負けてるようじゃ、自分の運命に抗うことすら出来ねぇよな……」


 ユズルは息を大きく吸い、


「ローレンス式抜刀術──」


 群れの中へと消えてった。



「はぁ、はぁ……」


 走ることに慣れていないユリカは、早くも息が上がっていた。


「ユズルさんが、頑張ってる、のに、はぁ、んっ」


 言葉とは裏腹に進むペースがどんどんと遅くなる。

 と、自分の上を何かが通り過ぎた感覚がユリカを襲った。

 ユリカはすぐさま頭上に顔を向けたが何も居ない。

 ユリカの頭上を通過した者は、既に目の前へと姿を現していた。


「……っ、誰ですか?!」

「……小娘よ、口の利き方がなってないじゃないか」


 その姿を見たユリカが瞬時に信号弾を打ち上げる。

 ユリカの目の前に現れた"それ"は、人間ではない。


(背中に生えているあれは……羽?)


 翼や羽根とは違う、まるで昆虫のような薄くて透き通った羽が生えていた。


「人の名を聞く時は、まず自分から名乗るのが筋って者じゃないのかい?」

「……ユリカです」

「………そうか、可愛い名前をしてるのぅ」

「貴方の名前は……?」


 悪い予感はしていた。

 だがそれが現実となるとき、さすがのユリカも血の気が引くのを感じた。


「──妾はベルゼブブ。魔獣の統率者にして呪術を操る者」


 そう告げ、ベルゼブブと名乗る女は不気味に笑った。



「まずは二体っ!」


 前方の毒蛇二体を倒し、一旦群れから離れる。

 残り三体。体力的にもまだ余裕はある。行ける!

 と、その時だった。


「あれは……」


 上空に打ち上げられた煙を見て、ユズルは動きを止める。


(あの煙は、ユリカに渡した信号弾……っ!)


 だが、そっちに気を取られすぎた。


「っ、あっ、がはっ」


 まともに毒蛇の一撃を喰らいユズルの足が地上から離れる。

 そのまま受け身も取れずに屋根に叩きつけられ、衝撃で建物が崩壊した。


(くそ、体が動かねぇ)


 倒壊した家屋の瓦礫の上で伏せるユズルに、毒蛇の牙が迫る。


「ッ……!」


 辺りに熱く鮮明な血が飛び散る。

 ユズルが強くつむっていた目をゆっくりと開くとそこには──、



「──よく耐えたな。あとは任せろ」



剣を構える、キリヒトの姿があった。



「とりあえず応急処置はした。どうだ、立てるか?」


 キリヒトの腕はなかなかのものだった。

 いやユズルそう言うべきではないだろう。

 キリヒトの強さは、ユズルなんかより遥か上をいっていた。

 壁を蹴り、毒蛇を踏み張飛し、動き一つ一つが明らかに経験値が違った。


「あ、あぁ助かったよ。助けてもらっておいて申し訳ないんだが俺は今から向かうべきところがあるんだ」

「その姿でか?」

「……」


 ユズルは自分の身体を見て押し黙る。

 今ユズルがユリカの元へと向かったとしても力にはなれないだろう。

 だが、


「ユリカが呼んでるんだ」

「……そうか」

「ありがとう、それじゃあ」


 ユズルは重い足取りで信号弾の打たれた場所目指して歩き始める。


「まて」

「……なんだ?」


 キリヒトに呼び止められ少し不機嫌そうにユズルが振り返る。

 今の状況下で、ユリカを一分一秒でも一人にしたくない。


「すまないが急いでるん……ゴホッ」


 キリヒトはユズルの肩を支え、ユズルの腹に剣を突き刺す。

 あまりに突然のことで、ユズルの思考は停止する。


「な、にを……」

(ヒーリング)しの一撃(・キル)


 ユズルの腹から剣を引き抜き、ユズルはその場に蹲る。

 視界がチカチカと点滅し、身体中が熱くなるのを感じた。


「熱っ………………暖かい」


 次第にその熱が心地よい温かさへと変わっていく。


「この技はダメージを与えた相手の体力を回復する、剣技と魔法の融合技(ユニオン)だ」

「ユニオン……」

「あぁ、俺は元々魔術師だ。そこから剣の道へと進み、融合騎士(ユニオンセイバー)としてここまで生きてきた」


 ユニオンセイバー。

 村にいた頃、本でしか読んだことのなかった現実を目の当たりにしユズルは息を飲む。


「……急いでるんだろ?」

「……あ、あぁありがとう助かった」

「お礼は要らん。この村のために戦ってくれているのに、この村の代表者が何もしないなんて情けない話だろ?」

「そうか………代表者?」

「そういえば話の途中だったな」


 キリヒトは姿勢を正し、


「元フォーラム騎士団最後の生き残り。現フォーラム騎士団団長キリヒト・アルタミラ。それが俺の名だ」


 そう告げた。



「くっ!」

「ほう、なかなか耐えるのぅ」


 信号弾を打ってからどれくらい時間が経っただろうか。

 未だにユズルさんとの合流は計れていない。


(もう、魔力が……)


 恐らく回復魔法は打てて片手ほど、周囲に魔獣や人の気配もない。

 ユズルさんが来るまで、とても耐えられそうになかった。

 ……いや、耐えるだけなら可能だった。


(きっとユズルさんなら、勝てるはず……っ)


 ユズルに全てを賭け、最後の手段に出る。


「……身体強化、防御力(ガーディアン)

「まだ戦うのか。その根性、妾は好きじゃぞ?」


 そう言い放ち、ベルゼブブは右手に握っている鞭をユリカ目掛け振り下ろす。

 ユリカはそれを避けることなく受け続けた。

 普通なら意識が飛ぶほどの一撃。

 それを受けても尚立っていられるのは、先ほどかけた身体強化魔法のおかげである。


「いつまでもつかのぅ!」

「ひぐっ、あっ、はっ、あがっ」


(きっともうすぐユズルさんが来て、こんなやつ倒してくれるから……)


 朦朧とする意識の中、ユカリはユズルの姿を思い浮かべ体に力を入れる。

 だが、とうにユリカの体は限界を迎えていた。

 全身から出血し、肌の色が変わるまで殴られ続けたユリカの姿はあまりにも酷かった。

 それでも最後の一秒までユリカは耐えた。

 耐え続けた。

 瞳の裏に、ユズルのすがたを映して。


「うぅぅ……」


 首を掴まれ喘ぐユリカ。

 その言葉は誰かの耳に入ることなく、風に運ばれて夜の町へと吸いこまれて行った。



「キリヒトが、ハルク村遠征の生き残り?」

「そうだ」


 キリヒトから告げられた事実に、ユズルは動揺を露わにする。

 だが、魔獣の群れと対峙しているキリヒトの姿を見た後では、信じざるを得なかった。


「悪いが俺ももう行かなければ」

「……どこへ?」

「……村長の元だ。お前も早くユリカの元へ向かってやれ。……いいか、本当に大切なものを間違えるなよ。間違った選択は、自分を永遠に縛り付けることになる」


 キリヒトは俯きながらそう言った。

 その表情がどこか悲しそうに見えたのは、果たしてユズルの思い込みなのだろうか。



 ……………ユズルが信号弾が打たれた場所に着いた時には、既に決着が着いていた。

 辺り一帯の建物は崩壊し、所々に鮮血が飛び散っている。

 血をたどった先に、奴はいた。

 ……足元に、一人の少女を転がして。

「遅かったのう」


 緊張感が走る。先に口を開いたのは魔人の方だった。


「どっかの誰かさんが魔獣を連れてきたおかげでな……お前がこの襲撃の主犯者ってことでいいか?」


 ユズルは滾る怒りの感情を押し殺し、話しかける。


「あぁ、そうじゃ。妾はベルゼブブ。これは妾が始めた争いじゃ」


 ユズルは足元に転がる一人の少女を指さして問う。


「それで?お前の足元の少女はどうしたんだ?」


 分かっている。わかっているが認められない。

 だが認めたくなかった事が現実となる。 

 ベルゼブブが転がる少女の頭をつかみ持ち上げる。

 その少女の顔を見て、ユズルは全身の力が抜け、肺が呼吸を忘れる。


「おや?その顔は知っておるのか。それはすまなかった。お主が来る前にミンチにでもしておいた方が良かったかのぅ」


「……」


 それだけでは終わらなかった。

 ベルゼブブはユリカの服を剥ぐ。

 白く艶めかしいその体は……


「どうじゃ?美しいじゃろ?」



 禍々しい侵食に蝕まれていた。



「ッッ貴様ァァァァ!!!!」


 ユズルは剣を抜きベルゼブブに切りかかる。


「おお、怖い怖い。そんなに大切な人だったのか?」

「だまれぇえ!!!」


 大きく踏み込み、ユズルはベルゼブブに剣を振り上げる。

 剣先がベルゼブブの袖に傷跡を作る、が、あと一歩届かなかった。


「っ……!」


 ベルゼブブは体を回転させユズルの一撃を交わし、ユズルの顔を目掛けて足を振り下ろす。

 その足を受け流し、反動で後ろへと張飛するが、逃がさんと言わんばかりにベルゼブブの鞭がユズルの腕に絡みついた。


「しまっ……!」


 そのまま引き寄せられ、脇腹に打撃が入れられる。


(小剣?!いつの間に)


 恐らく袖に隠し持っていたんだろう。

 ベルゼブブの服装は足元が空いて、手元は長い袖で隠れている。

 そのおかげで先程の蹴りの一撃も、今回の袖からの小剣の一撃も的確に相手にダメージを与えれたわけだ。


「ローレンス式抜刀術 肆の型──」


 至近距離で肩ごと剣を引く。


「貫雷!!!」


 ベルゼブブの頭部目掛けて剣を突く。

 だがその一撃も、ベルゼブブの頬を掠めるだけで致命傷は与えられなかった。

 でもそれで十分だった。

 体勢を崩したベルゼブブの腹を蹴って距離を取る。

 先程刺された腹部からは血が滲み、手先が震えだす。

 力を入れようとすると気分が悪くなる、まるで貧血のような感覚がユズルを襲う。

 実際貧血だろう、だけどもう止まれなかった。

 恐らく今この場を離れて回復術師を探せば、まだ助かるだろう。

 けどそんな冷静でいられるはずがなかった。

 既に思考は停止し、目の前の魔人の女を殺すことしか頭になかった。


「ローレンス式抜刀術──」


 再び剣を構え足に力を入れる。

 と、誰かに肩を引かれた。


「一旦落ち着け」

「……キリヒト……すまないがそれは聞けないな」


 視線をベルゼブブの方へと向け直す。


「今切りかかっても返り討ちにされるだけだ」

「……お前には分からねぇだろうよ。ユリカを、大切な人をあんな姿にした奴への怒りが!」

「甘えるなガキが!!」

「っ……!」

「奴に大切な人を奪われたのはお前だけだと思うな!……俺もかつてお前のようにただ怒りに任せて奴と対峙したことがある。診療所で話した話を忘れたのか!」


 キリヒトの発する一文字一文字に熱が篭もる。


「約800の兵を失った。だが俺はそいつらを見殺しにしてまで取り戻したいものがあったからだ!」


 キリヒトの熱量に押し黙る。


「俺は、俺はティアナを救いたかった……。それだけだった……。俺の身勝手な行動が、怒りに身を任せた行動が!取り返しのつかない結果へと繋がってしまった」


 先程別れ際にキリヒトの放った一言が蘇る。


「ティアナ?あぁ、あの小娘の事か。まだ死んでいなかったのだな。道理で結界が脆いわけ──」

「お前がその名を口にするな!」


 初めて見るキリヒトの姿に、ユズルはただ呆然と立ち尽くしていることしか出来なかった。


「……俺とティアナは幼なじみであり、生涯共にすると誓った仲だった。……奴が現れるまでは」


 キリヒトはゆっくりと、自分を落ち着かせるかのように話す。


「奴の呪いを受けてから、ティアナは変わってしまった。元村長が殺されたあの日からティアナは笑わなくなった。……次第に俺とティアナは言葉を交わさなくなっていったんだ……」


 診療所にいた時とは、まるで別人である。

 今のキリヒトの姿は、大切な人を奪われ復讐を誓うユズルと同じ、一人の復讐者だった。


「だが、復讐の時は今じゃない。今は奴を結界外へと追いやることが最優先だ」

「けど結界は……」

「今三人の回復術師がティアナの治療に当たっているが意識が戻らない状況だ。恐らくユリカなら何とかできるはずだ。恐らく彼女は……、いや今はいい。結界さえ戻ればこっちのもんだ」

「お、終わったのう?」


 ベルゼブブが毛伸びをして立ち上がる。


「俺がユリカを回収して(ヒーリング)しの一撃(・キル)を使う。お前はユリカを連れてティアナの元へ向かってくれ。俺はそれまでここで時間を稼ぐ」

「………分かった」


 きっと今誰よりも村長(ティアナ)の元にいたいのはキリヒトのはずだ。

 しかしこの決断ができる当たり、覚悟の差を感じる。


(俺にできることは無いのか……ッ)


 そうだ、俺が教師になったのは……

 辺りを見渡し使えそうな情報を探す。

 ベルゼブブの弱点は火と水。恐らく羽が生命線なのだろう。


「……この村の水源ってなんだ?」

「村外れの貯水タンクからだが……」


 空を見て、先程ユリカの打った信号弾の動きを思い出す。南風だった。

 風が来る方向を見ると雨雲が迫ってきていた。雨雲の到達時間を即座に計算する。

 そして、


(この地面に敷いてあるウッドチップの素材は、決して燃えやすい訳では無いが燃えなくは無い。周りの建造物に使われている素材は恐らく……火に強いホムラの木だ。それなら)


「キリヒト、火って出せたりするか?」

「出せないことは無いが、何故今それ……そういう事か」

「伝わってくれたのは嬉しいんだけど問題はタイミングだ。雲行きからして……30分後。30分後なら火を放っても雨で消火されるはずだ」

「貯水タンクの位置を聞いたのもそういう事か」

「ああ。30分経ったらキリヒトは火を放って貯水タンクへと誘導してくれ。そこで合流しよう。そして再び別ルートで中央へとおびき寄せ雨雲と挟み撃ちにする。そのタイミングで結界が戻れば……」

「結界の効果で弱り、逃げ道を失ったやつを一気に叩くというわけか!」

「みんなのタイミングが合わないと成功しない作戦だ。成功率はかなり低い。それに最も危険なのはキリヒトだ」

「やる前に言っても仕方ないことだ。反省は終わった後すればいい。今はそれが最善策だ」


 キリヒトとユズルは顔を見合わせて頷く。


「これを渡しておく。回復薬だ、奥歯に仕込んでおけ」


 キリヒトに渡されたカプセル状の回復薬を奥歯に仕込み、目標へと視線を向ける。


「ローレンス式抜刀術 肆の型、貫雷!」

盗賊(サータリィニィ)(・ハント)!」


 ユズルがベルゼブブを足止めし、その隙に盗賊スキルを駆使してキリヒトがユカリを救出する。


(ヒーリング)しの一撃(・キル)!」


 キリヒトがユリカを回収したことを確認し、ベルゼブブから距離をとった。

 それを逃がすまいとベルゼブブの鞭が迫るが、


「悪いがお前の相手はこの俺だ」


 ユズルの後ろ、死角から姿を現したキリヒトに相殺される。


「行け!」


 キリヒトの掛け声と同時に、ユズルはユリカを抱いて村長の元へと駆け出した。



「くそ……俺にも回復魔法が使えれば!」


 ユリカを担ぎフォーラ村村長 ティアナの元へと向かう。

 辺りには崩壊した建物や、中には潰れた果実のように地面に潰れた人の姿があった。

 嗅いだことも無い異臭に咳き込みながらもペースを緩めずに走り続ける。

 そしてついに村長宅にたどり着くが……


「っ!もうここまで」


 村長の家の前では複数の魔獣と護衛兵が対峙していた。

 遠目からでもわかる戦況に眉が寄る。

 このままだと突破されるのも時間の問題だ。

 護衛兵の方には申し訳ないが、次の犠牲者が出たタイミングで奇襲をかけるとしよう。

 それが一番得策だと言い聞かせ、名も知らない兵に謝罪の念を唱える。


「……少し待っててな」


 当たりを確認し、未だ目を閉じたままのユリカを民家の壁に座らせユズルは剣を抜く。

 大熊が兵に飛び乗り手を振り上げたタイミングでユズルは一気に距離を詰め、仕掛ける!


「ローレンス式抜刀術 漆の型、櫛風!」


 この技は旋風と似て非なる技である。

 疾風の一撃と櫛風の一撃。

 威力だけでいえばローレンス式抜刀術の中でも高い方に分類されるだろう。

 壁を蹴り、空中に身を投げる。


(五体ッ!)


 瞬時に相手の配置を記憶し、護衛兵に跨る大熊目掛け両手で剣を振り下ろす。

 体を捻り大熊の体を分断し、その勢いを殺さず右足を軸にして回転する。

 即座に片手を剣から離し、旋風へと型を変える。


(右に一体、左に二体か)


 この体勢から見えるのは三体。

 左前方の大熊の両足を切り落とし、態勢崩した大熊は仰向けになって地に伏せる。

 これで行動速度がかなり落ちるはずだ。

 伏せた状態から届くであろう予想攻撃範囲から離れる為、方向転換し右の一体を叩く。


「ローレンス式抜刀術壱の型、煌龍!」


(しまッ!)


 あと一歩、いやあと数センチ届かなかった。

 大熊が一体の時はそんな焦る事ではない、だが状況が違う。

 今はそんな悠長にやっていられるほど余裕が無い。

 この位置では先程両足を切り落とした大熊の攻撃範囲内である。


「くそ……っ!」


 左足首を引っ張られその反動で体が浮く。

 そのまま頭から地面に叩きつけら…れ………。

 恐らく脳震盪だろうか、悲鳴さえ生まれなかった。

 掠れる意識の中、遠くに横たわるユリカの姿が映った。

 ぼやけてよく見えない、だが確かにユリカの前に黒い影が……。


"(五体ッ!)(右に一体、左に二体か)"


 ……残り一体、どこいった?


「まさ、か……!」


 ユズルは必死に抗おうとするが体が動かない。

 今日で何度目だろうか、こんな気持ちになるのは。

 何度目だろうか、こんなに辛いのは、痛いのは、苦しいのは、悔しいのは。

 湧き上がる感情は全て「怒り」へと変換される。

 こんなはずじゃなかった。

 そんなのただの言い訳だ。

 必ず守る。

 現に守れていないじゃないか。

 抗ってみせる。

 体も動かないのに?

 黒く染る視界の中、光り輝くものを見た。

 それはユズルの手の中から、叔父から受け継いだ剣から発せられていた。


(暖かい……)


 微かに指が動いた。

 その生まれた僅かなエネルギーを全て剣を握る手に込める。


(……っ!!!)


 より激しく光を放ち、全身を包み込む。

 僅かに生まれたその力でユズルは別れ際にキリヒトから渡されたカプセルを噛んだ。


「ぅぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!!!」


 身体中が汗ばみ、膝を揺らしながら立ち上がる。

 そのまま大熊目掛けて光を放つ剣を振り下ろした。

 その一閃は空間へと具現化し、ユリカに覆いかぶさっていた大熊を切り裂いた。

 そのまま体を起こし四方八方に剣を振り下ろす。

 その一撃一撃が光の矢となって大熊の体を貫いた。


「これ……は?」


 冷静さを取り戻したユズルは言葉を失う。

 その光景はまるで、人類に希望を与えた英雄 ローレンスとその愛剣 シュバルツの剣舞のようだった。



(そろそろか……)


 ユズル達は無事村長の元にたどり着いただろうか?


「ん、どうした?急に攻め手が甘くなったな?」


 あくまでベルゼブブを仕留めるのを目的としていないため、そう受け取られるのも仕方ない。

 恐れる点はこの作戦が気づかれることだ。

 無理に攻撃する必要が無いため、ベルゼブブの攻撃をかわしながら距離を取る。

 向こうから距離を詰めようとはしてこない。

 ユズルとの再開後が本戦となると予想されるため、魔力の出力を最大限に抑える。


(タンクが見えてきた。この距離なら遠距離攻撃で追い込む必要はもうなさそうだな)


「始めるとするか……」


 一時的に魔力の流れを止め、ユニオンを解く。

 ユニオンを閉じた状態で再び体に魔力を込める。

 要は身体強化と同じ原理だ。

 ひとつ違うとすれば、発動時以外魔力が消耗することがない事だ。

 これなら魔力を維持したまま奴とやり合える。

 全身を魔力の炎が包み込む。

 紅き焔は希望を、蒼き焔は


(ブルー)復讐(フレイム)(オブザリベリオン)


 復讐を──。



「それじゃあ行ってくる。ちょうど雨雲がこの上を通るタイミングで結界を再構築してくれ」


 村長宅について数分。

 目を覚ましたユリカは、まだ治りきっていない自分の体の心配より先に村長 ティアナの治療に専念していた。


「まさかこの村の魔導書(グリモワール)が向こうの手に渡っていたとは……」


 結界の維持に必要なもの。

 それは器である村長の存在だけではなかった。

 魔道書(グリモワール)と呼ばれる本は、結界を維持するために必要なもう一つの心臓のようなものだった。

 失ったのは10年前の襲撃の時らしいが、つまり10年もの間ティアナはたった一人で結界を守ってきたのだ。

 ただ心配事はそれだけではなかった。

 なんとユカリは侵食の他にも軽い毒を受けていたのだ。


「……ユリカ辛くないか?」

「今はなんともありません。少しヒリヒリするぐらいです」

「そうか、よかった。気遣ったりしてないか?」

「大丈夫ですよ。これは本当です」

「そうか……そうだな」


 パートナーは疑うものではなく信じるもの。

 ユズルの心にはそういう思いが芽生え始めていた。

 ユズルはユリカたちの元を離れ、再び戦場へと駆け出した。



「強引な攻撃じゃな。当てると言うより押し込んでいるような不器用な攻撃じゃ」


 ベルゼブブに悟られないよう、向こうの挑発には乗っているように見せている。


「まぁあの時と比べると少しはマシになったかのぅ」


 貯水タンクが見えてくる。

 ついに始まるのだと、キリヒトは身体の芯が震えるのを感じた。


「このままじゃと結界の範囲外に出るがいいのかのぅ?」

「その結界を無力化させたのは、お前だろ」


 結界の外と内を隔てるものは今は存在しない。

 そう今は。


(作戦が予定通り進んでいるならあと数分後には)


 ベルゼブブの前へと出て、タンク下へと誘導する。

 タンクの前を通り過ぎる刹那、キリヒトはタンク裏に逆転の一手を見た。

 その影が笑ったかと思うと次の瞬間、ベルゼブブを大洪水が襲っていた。


「──よくここまで誘導してくれた」


 キリヒトの隣に誰かが降り立つ。

 それが誰だか、確認しなくても分かっていた。


「反撃開始だ!」



「……さん…………ナさん……」


 キリヒトは無事かしら。

 いつもどんな思いで帰りを待っているか彼は知っているのだろうか?

 私のために戦ってくれている彼を引き止めるのは、どこか抵抗があった。

 かつて優しかったその後ろ姿はいつしか復讐色に染まってしまっていた。


「…………キリヒト」

「ティーアーナーさぁーん!」

「わっ」

「わっ、じゃないですよ、ずっと呼んでたんですからね!ティアナさんが怪我でもしたらこの作戦はおしまいなんですから。雨雲の確認は私がしますのでティアナさんは奥で待っててください。キリヒトさんが心配なのは分かりますが……」

「そ、そうよねごめんなさい……」

「その気持ち、少し分かります」


 下女の後ろからユリカが顔を出す。


「自分の死よりパートナーの死の方が怖い。これってやっぱり大切な人がいる者たち共通の感情なんですかね」

「きっとそうだと思います」


 遠くから聞こえる破壊音に耳を傾けながら、結界の再構築が始まった。



 羽が濡れたことによりベルゼブブの行動速度が下がっただけではなく、飛行能力まで奪えたのはユズル達にとって大きな一手だった。


「ローレンス式抜刀術 弐の型 旋風!」

「くっ、」


 行動速度が下がったおかげで旋風を使えば互角にやり合えるほどになった。

 先程まで攻撃の手を緩めていたキリヒトは力を解放し、最終決戦地へと追い込みをかける。

 そのため挟み撃ちの攻撃ではなく一方から追い詰める形で攻撃していた。

 現時点では致命傷を与えるまでには至っていない。

 そう、今はまだ作戦の途中なのだ。

 とその時、ベルゼブブが建物の柵に鞭を巻き付け屋根へと飛び乗った。


「なっ!」


 羽の機能を奪えば空中戦は無いと思って油断していた。

 屋根の上では魔法の心得がないユズルでは攻撃するのはもちろん、雨雲接近後ベルゼブブを挟んで追い込むことが出来ない。


「俺が屋根の上に乗って引き続き攻撃を続ける!お前は今自分にできることをしろ!」


 そう告げるとキリヒトは力強く地面を蹴り壁を伝って屋根へと登った。

 今俺にしか出来ない事。

 考えをまとめるために少し俯く。

 その刹那、先程走り去って行った二人の気配がユズルを通り過ぎていく感覚が襲った。


「……何故だ」


 顔を見上げたユズルは絶句した。


「なんで……」


 それは、敗戦を知らせる雨だった。


「なんで今、俺は雨に打たれているんだ」


 フォーラ村は絶望の色に染まった。



「なんで、どうしてっ、」


 必死にベルゼブブとキリヒトを追いかけながら、ユズルはこの作戦の失敗点を探る。

 こうして冷静になって考えると、おかしな点はいくつかあった。

 まず雨雲の到着時間をユリカから受けとった信号弾の煙から推測したのが間違いだった。

 周りにもっと対象になる、言ってしまえば燃え盛る家々の生み出す煙を見ればもっと適切な判断ができたはずだ。

 次は、もうないだろう。

 そんな甘い世界ではないことを、ユズルは身をもって体感していた。


「このままだと、結界が再構築される前に村をぬけてしまう……」


 自分の顔を伝うこの雨がいつの間にか熱い液体へ変わっていた。

 それが涙だとは認めたくなかった。


「涙を流すのは、まだ早いだろうがっ!」


 頬を叩き士気を高める。

 と、体を一瞬電気が通る感じがした。

 先程ユリカを助けた時と同じ感覚だ。

 剣が光り出し、熱が篭もる。


「……はは、剣に背中を押されるなんてな」


 自分に答えてくれた愛剣のためにも、自分の体を呈してここまで繋いでくれたユリカ、キリヒト、そしてこの襲撃で被害を受けたフォーラ村の住人のためにも。

 ユズルは生まれて初めて、蒼空(そら)を翔けた。



「くっ」


(まずい……っ)


 雨のせいで被害を被ったのはベルゼブブだけではなかった。

 予定地を目印に前だけしか見てなかった故に上空から迫り来る雨雲に気づかなかった。

 そのため今屋根が濡れ足元が安定しないでいる。

 いつ滑り落ちてもおかしくない中、鞭を巧みに操り住宅街を走り抜けるベルゼブブを一人で止めることはほぼ不可能に近かった。

 そう、一人では。


「この調子なら人間どもに捕まる心配はなさそうだな………ん?」


 遠くから感じる殺気。迫り来る大地。

 衝撃も痛みも音も感じず、まるで世界の時が止まったかのような感覚が襲う。


「──ローレンス式抜刀術 伍の型 聖蒼」


 声が通り過ぎ、遅れて痛みが追いつく。

 さほど深くない傷、立ち治すには十分な一撃だった。


「──え、」


 確かに振るったその手には、しっかりと鞭が握られている。

 先の存在しない鞭が。


「浅い一撃、失敗技だと油断しただろう」

「がはっ……!」


 大地に伏せるベルゼブブは顔を上げユズルを睨みつける。


「き、貴様、その剣は──」


 ベルゼブブの反応に眉を顰める。

 先ほどからこの剣について疑問点が多すぎる。


「この剣について、どこまで知っている?」


 徐々に距離を詰めながらベルゼブブに問う。


「……ざに……ない」

「ん?」

「貴様なんざに答える筋合いはないわ!」

「なっ……!」


 体を前のめりにしたままこちらに詰め寄るベルゼブブ。

 その手に握られている鞭が形を変えていき、やがて元の長さへと再生する。


毒鞭尻尾(ポイズンテール)

「どこ狙って………っ、しまった!」


 明らかに狙ってない一撃に気を取られすぎてベルゼブブの逃走を許してしまった。

 鞭の攻撃を受けた地面はえぐれ、蒸気が発せられている。


「ユズル!」

「キリヒトかっ?!」


 頭上からの声にユズルは顔を上げる。

 屋根の上には蒼き炎に身をまとったキリヒトの姿があった。


「すまない、ベルゼブブの逃走を許した!キリヒトは引き続き上から追ってくれ!俺は──」


 言葉の途中でキリヒトの動きが止まる。

 キリヒトの向く方向を見ると、


「結界の再構築が始ま……った?」


 村と外の境界線沿いに金色に光る直線が空へと一直線に延びていた。


「っ、このチャンスを逃す訳には行かない!」

「あ、あぁ!そうだな!行くぞ!」


 雨の中、愛する人を傷つけた大罪人の背中を追い、走り出す二人。


「っはぁ!」


 地面に技を放ち加速する。

 建物の壁を蹴り、奥歯を噛み締めながら前だけを見て疾走し続ける。


「見えた!」


 キリヒトのその叫びにユズルが答えるかのように跳躍する。

 そして、


「これが──」


 大きく振りかぶる。


 大罪人を仕留めるために振り下ろされた一撃は、


彼女達(ティアナ・ユリカ)の痛みだ!!!!」


 空間を空間を歪曲させるほどの、怒りの一撃だった。




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