第四話 始まりの地
ユズルが目を覚ますとそこは、建物の中だった。
「……ここはどこだ?」
辺りを見渡す。
と、
「……起きましたか」
ベットの横には回復術師 ユリカの姿があった。
「っあ……」
「まだ動かないでください。完全に傷が塞がっている訳では無いので」
ユリカは起き上がろうとするユズルを再び寝かしつける。
「聞きたいことがあり過ぎてどれから聞けばいいのか分からないな……ユリカ、怪我してないか?」
「最初に聞くのがそれですか……」
「仲間を心配するのは普通な行為だろ。その分だと大丈夫そうだな」
ユズルはユリカの頭に手を乗せて軽くなでる。
「……どうして撫でるんですか?」
「……なんだろうな、安心したら撫でたくなった」
「……」
ユリカは不満そうな声を漏らすが、撫でている手を退けようとはしない。
「それで……まずここはどこだ?」
「ここはフォーラ村の診療所です」
「てことは……」
目的地には到着したんだな、とユズルは安堵する。
「でもここまでどうやって移動してきたんだ?まさか俺を担いでここまで?」
「試しましたが無理でした」
「試してはくれたんだ……」
こんな体の小さな子が一度でもユズルを担ごうと試みてくれたことに胸が熱くなる。
「それじゃあどうやってここまで?」
「ユズルさんが覚えているか分かりませんが、ユズルさんは私を庇って大熊から瀕死のダメージを負いました。ですが、ユズルさんが放った一撃は大熊の核を破壊しました」
「相打ち、ってことか」
「はい。その後すぐに治癒魔法での治療を開始しましたが意識が戻らず、麓の村まで担いでいこうとしたところフォーラ村の護衛部隊の方々と遭遇しました」
「護衛部隊と?」
「彼らは定期的に結界の周辺を調査してるようです」
「なるほど、な」
とその時、病室の扉が開き一人の男性が入室する。
背は高く、引き締まった身体は服の上からでも分かる程だった。
「お、目が覚めたか。体調はどうだ?」
「え、あ、はい。特に問題ないです」
「そうか、なら良かった。……おっと、俺の名前まだ言ってなかったな」
男はユリカの反対側に腰を下ろしユズルに話しかける。
「俺の名はキリヒトだ。この診療所の管理人兼医者をやってる」
「……俺はユズルって言います。アルバ村では教師をしてました」
と、その言葉にキリヒトは眉を顰める。
「護衛部隊が連れてきた時からおかしいと思ってたんだが、あんた達村の外の人間か?」
ユズルとユリカは顔を見合わせる。
「私達はこの村に住む呪術医に会いに来ました」
キリヒトはますます疑問符を浮かべ「呪術医?なぜ?」と問いただしてくる。
「さっき見せた侵食のことです。……あ、私は見てませんよ」
「別に上半身ぐらい見られても構わないさ。てことはもう見られているんだな」
キリヒトは表情を曇らせる。
「確かにあんたの身体はこの目で確認した。正直俺じゃ力になれなそうだ」
「そうですか……」
「だが、」
とキリヒトは続け
「呪術医の居場所は教えてやる。今日はもう暗くなるから明日の朝にでも」
「ありがとうございます、助かります」
「それじゃあお大事に。あ、嬢ちゃんの部屋も用意したから今日は泊まっていきなさい」
そう言ってキリヒトは部屋をあとにする。
親切な方だ。
「では私も用意して頂いた部屋のほうに行きますね」
「あぁ、何かあったら叫んでくれ。すぐに向かう」
「……分かりました。それでは失礼します」
ユリカが部屋を出て扉が閉まるのを確認した後、ユズルは大きくため息をついた。
それは決して負の感情を吐き出すためではなく、安堵から生まれたため息だった。
「ついに村の外に出たんだな……」
結界内に入り、安心した途端故郷の景色が蘇る。
明日はついにこの侵食の真実が分かるかもしれない。
ユズルは窓の外の夜空を見上げ、そっと目を閉じた。
翌朝、誰かがユズルを呼ぶ声が聞こえ目を覚ます。
「おはようございます」
「あ、ああ。おはよう」
ベットの横にはユリカの姿があった。
未だにユリカという女の子と行動を共にしていることが信じられていない。
「朝ご飯できてますよ」
そういえばユズルは昨日何も食べずに寝てしまった。
空腹に気づいた途端、腹の虫が鳴き始める。
「キリヒトって人が作ってくれたのか?」
「いえ、厨房をお借りして私が作りました。食材は朝市場で。共通通貨で助かりました、こっちの方が少し物価が安いんですね」
「そうなのか、今度は僕も連れてってよ」
「いいですよ、きっと驚きますよ」
ユリカのテンションがいつもより高い。
こんな一面もあるんだな、ユズルは思った。
ユリカの料理の腕は、中々のものだった。
「この魚、見たことないな」
「アルバ村には海がありませんでしたからね」
「……そうか、フォーラ村は海に面してるんだっけな」
確か、生徒にも先日授業で話したばかりだ。
シオと呼ばれる調味料が取れ、川とは違う様々な生き物がいる神秘の湖だ。
ユズルたちの故郷であるアルバ村は内陸だったため、海がなかった。
「今回の件が終わったらよってみましょうか」
「是非!」
ユズルがこんなに興味があるのはただ海が好きなだけではない。
今まで教師になるために勉強を積んできたユズルだが、海については見たことも触れたこともなかった為、半信半疑だったのだ。
「みんなへのお土産話ができたな」
今頃みんなは一限を受けている時間だろうか。
寂しがってくれてるといいな。
「おっ、起きたか」
「あ、おはようございます」
キリヒトが様子を確認しに空いたドアからこちらを覗いてくる。
「もう少ししたら行くか。俺は下の部屋にいるから準備が出来たら降りてきてくれ」
「分かりました」
「それと嬢ちゃん」
「はい?」
「美味かったぜ、朝ごはん」
「あ、はい。ありがとうございます」
親指を突き立て、キリヒトは部屋をあとにした。
診療所を後にした三人は呪術医の元へと向かっていた。
「ここ、村というより町だな」
海の恩恵だろうか。
ユズルたちの村とはまた雰囲気が違い、活気に溢れている。
「ほら、着いたぞ」
「ここが……」
ユズルは息を飲む。
この先にはユズルの人生を左右するものが待っている。
それはいい意味でも、悪い意味でも。
それは村を出ると決めた時から覚悟していたことだが……
「いざここまで来るとやっぱり怖いな……」
真実ほど怖いものは無い。
きっとそれは誰しもが持つ共通の感情なんだろうな、とユズルは思った。
ユズルは深く深呼吸をして、その扉の戸に手をかける。
「失礼します」
「あらぁ、扉が開かれるのなんていつぶりかしら」
「竜…………人……?」
「うふふ、そうよ」
扉の向こうには角と尻尾を生やした女性が立っていた。
「……なるほどね」
ユズルは自分の脇腹を見せ、経緯や状態などを一通り説明した。
話を聞いたミカエラは険しい表情を示す。
「……これは魔獣によるものでは無いね。呪いであることは間違いないんだけどもっと高貴な……言ってしまえば魔人によるものだわ」
「魔人……ですか」
【魔】の名を持つ生物は、3種類に分類される。
1つは過去に対峙したことがある暴龍や大熊といった魔獣である。
名前の通り奴らは人の姿を持たない。
凶暴かつ知性が低く、魔族による被害はだいたいこの魔獣によるものである。
次に魔女。
魔女と言うものの男の魔女も存在すると村の文書には記されていた。
この種族は謎が多く、多くのものが魔族としての共存をあまり望んでいない。
また、纏まって生活しておらず各地に転々と存在している。
そして最後のひとつは魔人である。
彼らは人の形を持ち、人と同じ言語を話す。
また魔獣とは比べ物にならない戦闘力を持ち、中には能力を持つものもいる。
そのひとつが、
「この侵食だよな……」
「そうね。魔獣の攻撃による侵食する呪いはこんなに高範囲にまで広がったりしないわ。せいぜい片手程だもの」
ユズルの侵食は少なくとも両手分は優に超えている。
「……考えられるのは魔人による呪術ね」
魔人のもつ能力と魔獣の能力では天と地ほどの差がある。
今回ユズルが受けたとされる呪術はどちらの種族も扱えるのだが、その呪術の強さから魔人によるものだと診断された。
「呪術を操る魔人……」
ユズルの記憶では四名、そのうち一名は……
「魔王 アーリマン……かもしれないわ」
ユズルの思考とミカエラの発言が重なる。
実はこの可能性は捨てきれないのだ。
今から十数年前、魔王は魔都を離れていた時期がある。
魔都とは魔人たちの中心都市であり、魔王 アーリマンが直接統治下に置いている都市である。
……元々人類の王都があった場所だ。
その間に魔王はいくつかの村を滅ぼした。
英雄 ローレンスの敗北後、魔王に挑むものが減った為、魔王は暇つぶしに村を壊滅させていったのだ。
……ユズルがこの呪いを受けたのもその期間内である。
魔王の動きについてはユズルも耳にしていた。
知っていた、が、その事実から目を背けてきた。
(暇つぶし程度に村を壊滅させるようなやつにどうやって勝つんだ……)
「……何弱気になってんだ」
ずっと暴龍を倒すために努力してきた。
だが暴龍を倒した今、新たな敵が目の前に現れた。
むしろ相手が全ての根源である魔王なら、
「好都合だ。まだ決まったわけじゃないがいつかは剣を交える相手だ、ちょうどいい」
そう言ってユズルは立ち上がる。
「ありがとうございました、やっと迷いが晴れた気がします」
「あらあら、強いのねお兄さん」
ミカエラさんにお礼を言い、店を後にした。
その去り際、ミカエラさんはユリカに軽く耳打ちをする。
「あなたが彼を支えてあげるのよ」と。
「……はい」
その言葉はユズルの耳には届かなかった。
「俺はこれから二人のことを報告しに村長の元へ行く。ユズルはまだ安静にしてろ。嬢ちゃん、ついててやりな」
外に出たキリヒトが二人にそう伝える。
「結界の仕組みについては知ってるよな?」
「はい、一応」
実は結界は無敵な訳では無い。
結界は各村の村長自身である。
村長はただ村の代表として存在しているわけではない。
村長の心臓は、結界の核である。
つまり一心同体というわけだ。
村長が亡くなれば結界は解かれるし、村長が病気にかかれば結界も弱くなる。
感覚が共有されているため、昨日ユズル達が結界内に入った時に気づいているはずだ。
「それじゃあ先に帰ってろ。いいか、絶対安静にしとけよ」
「はい、色々ありがとうございます」
そう言ってキリヒトは診療所とは違う道へと歩みだした。
"「あなたが彼を支えてあげるのよ」"
ミカエラが去り際にユリカに言った言葉。
その一言がユリカの頭の中に響き続けていた。
彼は今までずっと、自分では想像できないくらい長い時間、自分の侵食と最愛の人を奪われた復讐心と戦ってきた。
そんな人を支えることなんて本当に自分にできるのだろうか。
この村までの移動の一日間、隣で彼を見てきた。
そう、たった一日だ。
まだ彼の趣味すらも知らない。
そんな彼に果たして自分は最後までついて行けるのだろうか。
「……なあユリカ」
「……は、はい」
突然ユズルに名前を呼ばれ、少し取り乱す。
普段何事にも動じない性格の自分が取り乱すなんて、と自分に驚く。
「さっきなんて言われたんだ?」
「……なんでもないですよ。それよりユズルさん、なんであの時私を庇ったんですか?」
勢いで聞いてしまった、とユリカは思った。
「それはユリカが大事だから、かな?」
「……私たち、まだ出会って二日ですよ?」
「守りたいって思うのに、時間の長さなんて関係ないんじゃないかな?」
「……」
「そりゃあ時間は有限だから。長くいればいるほど思いは強くなると思うよ。でも僕にとってユリカは人生を大きく変えてくれる人、そんな気がするんだ」
「……」
「俺はずっと親友が殺された日、結界を出たあの日から抜け出せないでいたんだ。それは暴龍を倒したあとも消えなかった。きっとこの先も一人でこの気持ちと戦って行くんだろう、そう思っていたんだ。だから君と結界を出たとき、何かが変わる気がしたんだよ」
「……」
「それに僕一人だったら、今頃魔獣の餌にでもなっていただろう。精神的にも肉体的にも一人だったら今の僕はないんだ」
「……」
「きっとこの先、もっと危険な目に遭うことだってあるだろう。それでも──」
ユリカの目にユズルの姿が映る。
「僕について来てくれるかい?」
そんなこと言われたのは初めてだった。
しかし不思議と、もう答えは出ていた。
「はは、なんか告白みたいになっちゃったね」
「……いいですよ」
「え?」
「着いていきますよ、どこまでも」
そう答えた。
この時を境に、ユリカはユズルに特別な感情を抱くようになって行った。
「すみません!キリヒトさんはいますか!」
ユズルとユリカが診療所に戻って数時間が経過した頃、診療所に二人の男が訪れた。
そのひとりは血だらけで意識がないようだ。
「っ、どうしたんですか?!」
「また結界内に魔獣が……」
「結界内に?」
「もしかしてあんた達知らないのか?」
「あ、ああ。実は俺たちは隣の村から来たばかりなんだ」
「そうか、でも今は説明している暇はない!キリヒトさんはここにはいないのか!くそっ!」
「あ、待ってください!今治癒魔法をかけます」
ユズルの後ろに隠れていたユリカが顔を出し、負傷者に治癒魔法をかける。
「傷の状態を確認しよう。服を脱がせるぞ」
「ま、待ってくれ!あんた達何者なんだ?」
「彼女は回復術師で僕は教師だ。教師だが、医学も心得ている」
いつか結界外に出る時のためにユズルは様々な術を学んだ。
そのうちの一つに傷の応急処置も含まれていた。
「確か僕のバックの中に……っ」
「こっちの傷塞がりました」
二人の手際の良さと息の合った動きを前に、男は呆然と立ち尽くしていた。
そのうちに傷が癒え、男も意識を取り戻したようだ。
「すみません、ありがとうございました」
「いえ。で、さっきの結界内に魔獣が出るという話ですが……」
「──その話は直接村長に聞くといい」
声のするほうを振り返ると、そこにはキリヒトの姿があった。
「村長がお前たちのことをお呼びだ」
村長を呼び出されユズルとユリカ、そしてキリヒトは村長の家へとやってきた。
「この奥が村長のいる部屋だ」
キリヒトに案内されて廊下を進むと、奥に一つの扉が見えてきた。
ユズルは戸に手をかけ扉越しに名乗る。
「アルバ村から来ました。ユズルです」
少し間が空いたあと、扉の向こうから「お入りください」と声がした。
「失礼します」
ユズルが扉を開け中に入る。
部屋の中にはベッドに横たわる一人の女性、フォーラ村の村長の姿があった。
ブロンズの髪に整った可愛らしい顔。しかしその顔には、
「……それって」
「はい。あなたと同じ、魔人による呪いの被害者です」
禍々しい侵食が蝕んでいた。
「15年前、まだ私が村長ではなかった頃。この村は壊滅的被害を受けました」
ユズル達は村長の話に耳を傾ける。
キリヒト曰く、キリヒトがユズル達がこの村を訪れた理由を村長に話したところ、会って話したいと言い出したそうだ。
「元村長、私の祖母が魔人に殺されました」
村長が殺されたという発言に驚きながらも彼女の話を妨げまいと押し黙る。
「村長が亡くなった場合、自分の子に権限が移ります。村長が死なない限り、結界の権限が移ることはありません。しかし祖母が亡くなった時、権限は母ではなく私に移りました」
「なっ!?」
15年前ってことは彼女の見た目から推定するにせいぜい7・8歳だろう。
そんな子供に権限が移るなんて……
「もちろん誰しもが次の村長は母だと思っていたので予想外の事態に村は混乱していました。しかしこれだけでは収まりませんでした。幼かった私は結界の貼り方など知らなかったのです。この呪いはその時受けたものです」
先程の結界内に魔獣が出るという話が少し分かった気がした。
つまり結界を維持している村長が侵食に蝕まれている今、結界は不安定な状態なんだろう。
しかし権限の讓渡には命を要する、軽率な判断は出来ない。
この場にいる全員、解決策は何となくわかっていた。
だが、提案したがる者はいない。
どんな手を取っても、犠牲が生まれるからだ。
「……要はあんたを襲った魔人とやらを倒せばいいんだな」
最初に口を開いたのはユズルだった。
「やつの居場所は分かるのか?」
「……この呪いをかけた魔人はこの村を出て西にニ、三時間ほど行った先にある、かつてハルク村という村があった場所を拠点としているようです」
ユズルはハルク村と言う名を聞いて記憶を辿る。
確か魔王に滅ぼされた村の一つだ。
「……どうか、よろしくお願い致します」
村長が深く頭を下げる。
きっと偶然なんかじゃない。
今回の一件は必然であり、試練なのだとユズルは確信した。
……物語が大きく動くのは、わずか三時間後のことだった。




