第十話 決着
「みんな!建物に隠れろ!!!」
「「「「マジックバレット」」」」
「がぁぁぁぁぁああ!!」
「やったか?!」
キリヒト団長と魔獣の群れが地下通路が出てきてはや数十分、南に散らばった副団長のライは魔法班と合流し戦闘に当たっていた。
(俺を含む物理班が魔獣を魔法班の射程圏内までおびき寄せ、魔法班がとどめを刺す。時間はかかるけど、これなら被害が最小限に抑えられるはず……っ)
「ライ副団長!」
「どうした?」
砂埃で視界が悪い中、一人の団員がライの元へと来る。
「それが……」
その団員の発した言葉に絶句する。
「………指揮を任せられるか?」
「……任せてください。副団長は……?」
下唇を強く噛む。
刀を納刀し、崩壊した時計塔に顔を向けた。
「団長に報告してくる。……撤退する覚悟もしておいてくれ」
「これで最後か……」
頬に着いた血を拭い、術を解く。
砂埃が上がる中、目の前の崩壊した時計塔が浮き上がってくる。
(時計塔のある場所が村の中心部、太陽の位置からしてここは西か……)
周りに他の団員や魔獣の気配は感じない。
(とりあえず戦況を確認したい……。中心に向かって見るか)
足に魔力を込め砂埃の中を進む。
が、不意に何者かの気配を感じた。
「っ、取りこぼしか!」
「待ってください!」
視界が悪く相手の顔が見えないが、声で分かった。
「ライか?誰かと一緒じゃないのか?」
お互いの顔が確認できる距離まで近づく。
ライの顔色は青ざめていた。
「先程まで南で複数の団員と討伐に当たっていました。それで団長に報告しなければいけないことが……」
緊急事態だということは表情を見れば分かった。
「他の団員から聞いたのですが……勿論私もここに来るまでに確認してきたんですが……」
その言葉を聞いてキリヒトの表情が一変する。
「村の外に術式が書かれていました。それも確認できただけで南から東まで、村全体を囲うように展開されていました」
「はめられた、のか……」
「まだベルゼブブによるものと決まった訳ではありません。もしかしたらハルク村の魔王襲撃以前に書かれた可能性も……」
と言いかけてライは気づく。
この人は、キリヒトは前回のベルゼブブ討伐戦唯一の生き残りだということを。
「以前来た時はそんなものは無かった。……悪い予感がする、とりあえずこの村から出よう」
「……そうですね、では私は南に戻ってそのまま村を出ます」
「分かった。俺は北に向かう。村からでたら東で落ち合おう」
「分かりました。どうか気をつけて」
「お前もな。南は任せたぞ」
そう言ってライと別れを告げる。
(状況を一度整理しよう)
地下通路にいた魔獣の群れをおびき寄せ地上に出て俺は西に、ライは南に散らばった。
ベルゼブブとユズルを含めた地下通路班とはいまだ合流できておらず、ハルク村の周りには術式が展開されている、と。
(とにかく地下通路班との接触を図りたい。向こうの状況が分からないのに、戦力が削られ続けいる……。まるであいつの手のひらで踊らされているようだ)
気が付かないうちにベルゼブブの罠にはまってしまっていた。
……まるでこちらの動きが読めているかのようだ。
今までも何度か感じていたが、ベルゼブブという魔人はかなり慎重深い。
今回もおそらくこの村(ハルク村)の準備が整ってから襲撃してきたのだろう。
「……あそこか」
そうこうしているうちに、煙が見えてきた。
とりあえず今は目の前のことに集中しよう。
「きっとあいつなら大丈夫だ──」
「なんだ……ここ」
地下通路を進んだ先に待っていたのは大きな開けた空間だった。
「魔獣の匂い……だけど、魔獣の姿が見当たらない……」
辺りを見渡しても魔獣の姿はおろか、気配すら感じない。
「レーネ副団長、奥に地下通路に繋がる道を発見しました!」
「っ、急ごう」
こんだけ濃く魔獣の匂いが残っているということは、最近まで魔獣がいた証拠だ。
だが、ここまで来る道に魔獣の姿はなかった。
(やっぱり……)
反対側、つまりハルク村に抜ける地下通路にはまだ魔獣の匂いが残っていた。
「うわぁぁぁああ!」
「どうした?!」
「そ、その……」
「なっ!」
壁一面が真っ赤に染っている場所に出る。
(この匂い、まさか……)
「レーネ副団長……これ……」
「…………ああ」
他の団員が見つけたものは、フォーラム騎士団が身につけているはずのバッチだった。
「出口はこっちであっているようね……急ぐわよ!」
「「「「は!」」」」
(一体ここで何があったの……?)
同朋の血で濡れた地下通路を走り続け、ついに地上へと出る。
周りの建物は崩壊し、遠くで煙が上がっているのが確認できた。
周りに魔獣の気配はない。
(まずは地上班と合流したい……煙が上がっているところまで移動するのが一番可能性があるけど、効率が悪い。ここは二手に分かれて……)
「レーネ副団長!何かがこちらに向かってきます!」
「何っ?!……いや、あれは」
煙の上がる方向から人影がこちらに向かって来るのが見えた。
「団長!」
「レーネか?!」
キリヒトが地上におり駆け寄る。
「ユズルは一緒じゃないのか?」
「ユズルさんなら今ベルゼブブと……」
とその時、地面が強く揺れ紫色の光が村を包み込んだ。
「まずい、とりあえず村から出よう」
「これは一体……?」
「分からない!だが、村から離れた方が良さそうだ」
(なぜ急に……先程まで何ともなかったのに……)
「………………ぁぁ」
「………今の声は」
遠くから聞き覚えのある声が聞こえた気がした。
「ぁぁぁぁぁぁぁああ!」
次第にその声は大きくなり、やがて姿を現す。
村を包む光の外から勢いよく飛び出してきたのは、ベルゼブブを掴んだユズルの姿だった。
「はぁあああ!!!」
「離せぇぇええ!!!」
空中でユズルの手からベルゼブブが逃れ、そのまま一定の距離が取られる。
(無事ハルク村に到達できたが、なんだこれ……)
見渡す限り破壊された家屋や崩壊した時計塔など、その有様は酷いものだった。
「……東にライがいる。この村を出たら一定の距離を取って待機しろ」
「……はい」
(ついに始まるんだな……)
先程までとは違う緊張感がキリヒトを襲う。
周りの魔獣はあらかた片付けた。
団員も避難させた。
もうとっくにやつの首を討ち取る覚悟は出来ている。
「……この日のために鍛えてきたんだ」
体の内部が、芯が、手足全身が燃え上がる。
その色はいつもとは違っていた。
「父さん……どうか俺に力を──」
「いいかキリヒトよく見ておけ」
「わぁ!」
「お前もいつか使える日が来る。お前は俺の息子なんだからな」
「いつかって?」
「男にはやらなきゃ行けない時がある。その時が来れば分かるよ」
「──紅き紅蓮の炎」
赤く輝く紅蓮の炎を目に宿して、キリヒトは地面を蹴った。
(なんだ………今のは?)
一瞬目の前の男の姿が、奴と重なった。
(まさかこいつ……あの時の……っ)
ドォォォォォン
一瞬にしてベルゼブブを地につける。
「キリヒト……」
目の前に現れたキリヒトの姿は以前とは違っていた。
それに、覇気も違う。
戦闘経験が浅いユズルでも分かった。
今のキリヒトは以前までのキリヒトとは何かが違う。
「……思い出したぞ。貴様、あの時の餓鬼だな?」
「……」
ベルゼブブが瓦礫を掻き分け這い出る。
キリヒトが与えた傷は、既に癒えていた。
「そうか、そうか……はははっ」
ベルゼブブが不気味に笑う。
「今までに何度か戦ったことがあったはずだが、その時は全く気づかなかったぞ。それもそのはず、今までのお主は敵ではなかった。最も今まで奴以上の者を見たことがないがのう」
ユズルの隣で何かが軋む音がした。
顔は冷静さを保っているが、キリヒトの剣を握る手は怒りで震えていた。
「お主らのせいで、どんなに辛い思いをしたか……。村ひとつも壊滅させることが出来ず、魔王城を追い出され、王族になる権利を失った。魔王様から直々に頂いたチャンスをお主らが邪魔をした」
ベルゼブブの体が黒く染まり出す。
「復讐の時だ。親子揃って地獄に送ってやる」
「……復讐?ふざけるのも大概にしろ」
キリヒトが剣先をベルゼブブに向け吠える。
「これは俺の復讐劇だ」
(速いっ!?)
隣にいたはずのキリヒトが、キリヒトの刃がベルゼブブの腹部を貫通していた。
「はぁ!」
ベルゼブブを貫通した刃が紅く燃え上がる。
「離、れろぉ!」
「くっ!」
ベルゼブブから距離をとる。
「術式発動!」
先程まで村の周りを覆っていた紫色の光が強さを増す。
と、同時に、
「なんだ、これ……力が……」
「弱体化か……」
クリストロン装備の制御がうまくできず、ユズルも徐々に高度が下がりだす。
「この術式内にいる限り、妾は力を増し続ける。それに引替え、お主ら人間は衰弱していく」
(時間との勝負か……っ)
「妾もそろそろ本気を出してやろう」
ベルゼブブの体から蒸気が上がる。
「させるかっ!」
よからぬ気配がし、ユズルが切りかかる。
が、
「なっ!」
近づこうとした瞬間、ベルゼブブの体から衝撃波が飛ぶ。
完全に接近してからの攻撃だった為、交わすことが出来ずに吹き飛ばされてしまった。
「炎の銃弾」
少し離れた位置からキリヒトが魔法を放つ。
「なんだあれ、膜のようなものが張られている……」
キリヒトの魔法は確かにベルゼブブに命中した。
だが、傷一つ付いていない。
「まずい、な」
以前ベルゼブブの襲撃後に村長、ティアナさん宅の浴場でキリヒトと交わした話を思い出す。
階級の高い魔人のみが使うことの許されている覚醒。
それが今、ユズル達の前で起こったのだ。
「……この姿になるのはいつぶりかのう」
煙が除け晴れた視界の先には、魔人と魔獣を混ぜたかのような見た目の異形が、そこには立っていた。
「炎の一閃」
「ローレンス式抜刀術 参の型、劫火!」
二色の炎がベルゼブブ目掛けて飛び交う。
だがその一撃は、いとも簡単によけられてしまった。
「遅い!」
「なっ……」
キリヒトとユズルの剣戟をかいくぐり、ベルゼブブが二人の背後に回る。
「毒鞭尻尾」
(しまったッ!)
クリストロン装備に魔力を込め距離を取ろうとするが、それを逃すまいとベルゼブブの握る鞭が変形する。
「伸鞭尻尾」
足先を捕まれ、毒による攻撃を直に食らってしまった。
(このままでは、とどめを刺す前に衰弱死してしまう……っ)
もう守りに徹している時間はない。
攻め続け無ければ負ける。
「ローレンス式抜刀術 伍の型、聖蒼!」
距離を詰める、が当たる気配がない。
「どんどん動きが鈍くなっているぞ?もう限界か?」
動きが鈍くなっているのは、自分でもよくわかっていた。
だが、もう引けない。
「ローレンス式抜刀術 壱の型、煌龍!」
「そんな大振り、当たるわけが──」
「はあ!」
「っ!」
ユズルの大振りは罠。
本命はキリヒトの裏取り。
「くたばれぇ!」
キリヒトの打ち込んだ一撃が、首元の厚い層を破壊する。
(見えた!)
キリヒトが言っていた通り、ベルゼブブの核は喉元にあった。
このチャンスを逃す訳には行かない!
「ローレンス式抜刀術 陸の型、煌牙!」
核目掛けて剣を突き刺す。
(取った!)
狙いもタイミングも完璧だった。
だったのだが、
「あ、れ?」
気がついた時には既に建物の壁にのめり込んでいた。
(攻撃された、のか?)
ベルゼブブの手元を見ていなかった。
だが、攻撃するような猶予はなかったはずだ。
「そろそろとどめを刺してやろう」
ベルゼブブの持つ鞭が剣へと変形する。
そしてその剣先を地面に突き立てる。
(何をして……っ!)
悪い予感がして咄嗟に剣を構える。
「ユズル!下だ!!!」
「っ!」
キリヒトの声と同時に地面から無数の何かが姿を現す。
(触手っ?!いや、これは……)
地面から生えでたそれは、先程までベルゼブブが握って鞭だった。
(地面に突き刺したのはそういう……っ)
「くそっ、なんだこれ」
切ってもすぐに再生し、逃げても追ってくる。
次第にベルゼブブとの距離が離れ、キリヒトとの連携も取れなくなってきた。
(このままだと俺達が持たないっ、何とかして本体……ベルゼブブの握っている剣を破壊しなければ……っ)
クリストロン装備にありったけの魔力を注ぎ込む。
「キリヒト!俺が奴の武器の本体を破壊する!その隙に奴の上に回ってくれ!」
「っ、分かった!」
キリヒトとの修行で新たに習得した新しい技、それを試す時だ。
「ローレンス式抜刀術 撥の型──」
剣先、足先に力を止めて奔るッ!
「流星!!!」
鞭なんか関係ない。
狙うべきは大元ベルゼブブの手先のみ。
投げ身の突撃、否、ユズルは生身ではなかった。
ユズルの体の周りには水の層が渦巻いていた。
(先日の襲撃時には見なかった技だ)
襲撃時、ユズルの使った剣技はどれも魔法を絡まない純粋な剣技だった。
勿論、同じ剣技でも魔法が絡むかどうかで威力等色々変わってくる。
つまり、使えるなら使うに越したことはないのだ。
(あの時は奇襲だったとは言え、オッドアイの少女を襲った時も使わなかったのはおかしい。……まさかこの短期間で習得したのか?!)
目の前に迫るユズルを見て考えが交錯する。
「ローレンス式抜刀術 弐の型、旋風!」
そうこうしているうちにユズルがベルゼブブの手に握られていた本体を切り落とす。
(やっぱりこれが原因だったのか!)
ユズルが鞭を切り落とした途端、先程まで動いていた触手のような鞭の動きが止まった。
だが、それはほんの一瞬に過ぎなかった。
「切ったからなんだと言うのだ?」
切ったはずの鞭は既に元の長さへと戻っていた。
「なら何度だって切ってや……」
ユズルが剣を振りかぶろうとする。
が、剣が一向に動く気配は無い。
「っ、いつの間に?!」
ユズルの剣には無数の鞭が絡みついていた。
「まずはお前からだ」
ベルゼブブが剣を振りおろそうとした時、
「後ろががら空きだ!」
ベルゼブブの上へと回っていたキリヒトがベルゼブブのうなじ目掛けて剣を振り下ろす。
「──妾が気づかないとでも思ったのか?」
その刹那、キリヒトとベルゼブブが接触し大爆発が起こる。
(一体何がっ?!)
目の前で爆発を目の当たりにし、ユズルは混乱する。
晴れた煙の先に見えたのは、
「キリ……ヒト?」
両足から煙を上げてうつ伏せに倒れたキリヒトの姿だった。
キリヒトの足の傷は酷いものだった。
足こそ繋がっているものの、立って戦うのは不可能に近いほどの深い傷を負っていた。
それもそのはず、爆発源がキリヒトの足に巻かれていたクリストロン装備なのだから。
キリヒトは飛行、そして高速移動のためにクリストロン装備に魔力を込めた状態でベルゼブブと接触した。
その結果、クリストロン装備を起点として魔力が集中し大爆発が起きたのだ。
ただ奇跡的にキリヒトには意識があった。
あれだけの大爆発を食らってもなお意識を安定させているキリヒトは、まさに人間離れしていた。
「キリヒト…動けるなら………して……俺が…から………してくれ………」
これがダメならもう諦めるしかない。
ユズルは自分の手に目を落とす。
既に術式が発動してからかなり時間が経っている。
序盤にくらった毒の効果も相まって全身の震えが露になってきているのが確認できた。
最後の作戦はキリヒトに伝えた。
後は、
「ベルゼブブ」
「なんじゃ呼び捨てか。まぁ良い、見る限りだとお前さんももう長くないようだしのう」
ユズルは剣を構える。
「今からお前の首を断つ!」
「面白い、貴様もやつと同じ目に遭わせてやろう!」
ベルゼブブは翼を広げて上空へと羽ばたく。
「ローレンス式抜刀術 弐の型、旋風!」
風を纏い、大空へと羽ばたく。
「そんな軽い技で妾の首を断つ?笑わせるな」
ベルゼブブはユズルの技を軽く受け流す。
「貴様らの機動源はもう把握済みじゃ!」
「くっ!」
ベルゼブブがユズルの足元に視線を下ろす。
が、そこにはあるはずのものがなかった。
(いや、確かにこいつもつけていたはずだ。……っ、まさか!)
首を断つと宣言したにもかかわらず、繰り出してきた技が軽かったのには確かに違和感があった。
わざわざ威力の弱い旋風を選んだのは、ドドメを刺すためではなく飛行する為。
トドメを指すと宣言したのは罠……っ。
(じゃあ、こいつの装備は何処に?)
その違和感に気づいた時には既に遅かった。
(腕に握って……ッ!!!)
「──蒼き終焉の炎」
キリヒトの蒼き炎が、長い戦いの幕を閉ざした。
キリヒトの一撃はベルゼブブの核を破壊した。
その瞬間、先程まで村を覆っていた術式が解除され体の感覚が戻り始める。
「うぐっ……」
「キリヒト!」
キリヒトがどどめをさした勢いで地面に突っ込む。
それもそのはず、キリヒトの足は悲惨にも立てる状態では無いのだから。
(勝ったんだな……)
光の粒子となって消えていくベルゼブブを見送り肩を下ろす。
(本当に、長い戦いだった……)
長い間蓄積されていた熱い想いが溢れ出る。
「父さん……ティアナ……俺、やったよ」
あの日ただ棒立つことしか出来なかった少年は今、自分の手で仇を討ったのだ。
そんなキリヒトを見てユズルもなにか応えるものがあった。
この幸せな気持ちのまま村に帰ろう。
そう思ってキリヒトの肩を掴んだ時だった。
「話には聞いていたが……まだ魔人になっていなかったとは」
背後から聞き覚えのない声が聞こえた。
(全く気づかなかった……っ)
だが、ユズルもキリヒトも声の主を見ることは出来なかった。体が動かないのだ。
決して術にかかっている訳では無い。
体が恐怖に逆らえないでいるのだ。
「普通の人間なら数分で魔人になる筈なんだがな。お前の血は特殊なようだ」
「……ぇ?」
足が地面から離れる。
見下ろすと左脇腹に何かが貫通していた。
左脇腹。
「痛いだろう?」
「っ、はっ、くぅ……」
未知の感覚だった。なぜならその場所は、例の侵食に侵されている部分なのだから。
「なんで貫通しているのか分からない、といった顔だな」
依然としてユズルは相手の顔を見ていない。
それは向こうも同じはず。
(ユズルを助けなければ……っ)
しかしキリヒトの足は一向に動く気配がない。
クリストロン装備を動かすだけの魔力も、もう残っていなかった。
キリヒトはただ見ていることしかできなかった。
「教えてやろう。これは我がつけたものだからだ」
………いま、なんて言った?
我がつけたもの?
「……この呪いをつけたのは、お前なのか?」
「呪い?そんなものはかけてない。お前にかけたのは、魔人化の術だ」
全身が凍りつく。言葉が出なかった。
脇腹から何かが抜け地面へと崩れ落ちる。
「顔をこちらに向けよ」
「っ!」
その声に反応して体が勝手に後ろをむく。
「誰……だ?」
そこには見覚えのない男性とその後ろに一人の女性が立っていた。
「最初に聞くのがそれか?」
「……っ」
謎の威圧感に吐き気を催す。
先程この男は、この傷が呪いじゃないといった。
今まで呪いと勝手に思い込み、呪術師と会うために村まで出たのだ。
なのに、
(根本的に間違っていた……)
「まぁ知らないのも無理はない。魔人化の術をかけた時、その場に我はいなかった」
「……どういう、ことだ?」
「魔獣は私の手足だ。操ることなんて造作もない」
先程までのベルゼブブとの戦いを思い返すと、確かに奴は魔獣を使役していた。
それが本当なら全てが繋がる。
暴龍を操り、魔人化の術をかけた。
(暴龍を操った……?つまりこいつが……っ)
間違いない。こいつだ。
こいつがマトコとリアを殺した張本人だ。
怒りが湧き上がる。
今すぐこいつに飛び掛りたい。
だけど、だけど、
(どうして俺の足は動かないんだ……。どうして手の震えが止まらないんだ……っ)
目から熱い何かが溢れ出る。
「そう震えるな、弱者は食わない。魔王は食べるものにもこだわるでな」
「………ま、おう?」
それは、望まぬ形での邂逅だった。
「我は魔王 アーリマン。この我を目の前にして尚生かされたこと、光栄に思うが良い」
その後駆けつけた騎士団員により、キリヒトとユズルは救出された。
救出時、二人の状態は酷いものだった。
団長のキリヒトは出血多量による意識不明の重体で、ユズルはある一点を見つめたまま気を失っていた。
目立った外傷は無いものの脈が浅く危険な状態だった。
幸い帰路に魔獣の姿はなく、帰還時に目立った被害はなかった。
日が沈みかけたころ、ついに村への帰還を果たした──。
ベルゼブブとの戦いから三日後。
「………ぅん」
目を開けると見知らぬ天井が目に入った。
遠くから子供たちの声も聞こえる。
(帰ってきたのか……)
上半身を上げ当たりを見渡すが、部屋内にキリヒトの姿はなかった。
(無事、なんだよな?)
「うっ……」
頭が痛い。
どのくらい眠っていたのだろうか。
村に帰ってくるまでの記憶が無い。
(確か最後に見たのは……)
ズキッ
思い出そうとすると頭が痛む。
「魔王……あれが………」
初めて見た魔王の姿は人間のようだった。
魔獣のように恐ろしい見た目でも、魔人のように羽や牙が生えているわけでもなかった。
と、その時足元で微かに寝息が聞こえた。
「……ユリカ」
看病してくれていたのだろうか。
彼女の横には水の入った桶が置いてあった。
(こんな小さな子を、知らない土地でずっと一人にさせてたんだよな)
どんなに不安だっただろうか。
知らない人と村の外に出たことも、知らない土地で唯一知っているユズルとも離れ、魔人から呪いも受けて……。
「そうだ、ユリカの傷は!」
ユリカが呪いを受けたところを確認する。
「よかった……」
ユリカの肌は以前のように白く痕も残っていなかった。
それを見て、改めて戦いが終わったんだと実感する。
(本当に倒したんだな……)
と思い耽っていると、ユリカが目を覚ました。
「……ん?」
「おはよう、ユリカ」
「おはようございます……っ、ユズルさん、起きたんですかっ!」
ユリカが体を勢いよく起こし慌てた口調で話す。
「よかった……って」
ユリカが自分の体を見て赤面する。
「あ……」
露になった上半身。
傷を確認することに気を取られ、そっちの配慮に欠けていた。
「……見ました?」
「い、いや見てないぞ」
急いで顔を逸らす。
(危ない、また気を失うところだった……)
「………そんなことする人だったなんて」
「ご、誤解しないでくれ!俺は傷を確認しようとしただけで……」
「…………えっち」
「っ、すまない」
「……」
「……」
(き、気まずい……)
しばらく沈黙が続く。
最初に口を開いたのはユリカの方だった。
「体の方はどうですか?」
「あ、ああ、ピンピンしてるよ」
「そうですか、よかったです」
元々目立った外傷は無かった分、痛みとかは感じなかった。問題はキリヒトだ。
「それよりも……キリヒトは無事か?」
「キリヒトさんも無事ですよ。運ばれてきた時は危ない状況だったようですが」
「無事なんだな、よかった」
「ですが……」
ユリカが顔を暗くする。
それを見て、ユズルにとっていい話ではないことは分かった。
「キリヒトさんの傷は、かなり深くて……。今後戦うことはもちろん、歩くことも……」
「そんな……」
ユズルは息を飲む。
まるで自分が宣告されたように心が重く沈んでいく感じがした。
辛そうな顔をするユズルを、ユリカは優しく撫でる。
「……ユリカ?」
「前に、この村に来た時ユズルさんが私の事撫でてくれましたよね。あの時のお返しです」
この村に来た日、大熊に襲われ意識がないユズルに寄り添ってくれたユリカを撫でた時のことを思い出す。
「あの時、なんで私のこと撫でてくれたんですか?」
あの時、たしか俺は「分からない」と答えた。
だが、撫でた理由が今ならわかる。
「あの時、ユリカが不安そうな顔をしてたから、安心させてあげたいな、て」
きっと今のユズルはユリカから見ても分かるほどに、不安や悲しい顔をしているのだろう。
「きっとキリヒトさんなら大丈夫です。だってティアナさんが着いてますから」
「……そうだな」
「ユズルさんにも、私が着いていますから。だから、大丈夫です」
「……っ」
優しい言葉をかけられながら撫でられるなんて、何時ぶりだろうか。
親友を亡くした日からずっと一人で抱え込んで来た感情が、ユリカの手を通して何処か流れていくのを感じた。
ユリカの一言で、心が救われた気がした。
「さ、お腹も空いているでしょうしなにか作りますよ」
ユリカの手が頭から離れる。
……もう少し撫でて欲しかったな。
「ご飯食べたらどうしますか?」
「そうだなぁ」
キリヒトの様子は見に行くとして、その後どうするか。
窓の外に目をやると崩れた建物の間で遊ぶ子供たちの姿が見えた。
目が覚めた時聞こえた声はあの子たちの声だろうか。
普段なら学校に言っている時間だろうがこんな状況だ、先生方も家族や自分の事で手一杯だろう。
「よし、決めた」
「あまり激しいことはしないでくださいね」
心配そうにそう言い残してユリカが部屋を出る。
俺は俺にできることをしよう。
そう思いながらユリカのご飯を待った。
キリヒトが目を覚ましたのは、それから一週間後の事だった。
「キリ……ヒト?」
病室のドアを開けると、キリヒトは既に目を覚ましていた。
あの戦いから、実に10日の時が経っていた。
キリヒトは依然として窓の外を見ている。
「ティアナ、か?」
「う、うん。あの……」
なんでこっちを見てくれないの?
何か嫌われるような事をしただろうか。
それともまさか視覚までやられちゃったのかしら。
お医者さんやユリカさんは目は怪我してないって言っていたけれど……。
「キリヒト、どうしてそっち向いてるの?」
その言葉を聞いたキリヒトの手が小刻みに震えてるのが見えた。
「……怖いんだ。まだ信じられなくて」
「っ、キリヒト!」
「っ……!」
ティアナがキリヒトの顔を掴んで顔を向けさせる。
ティアナの顔にはもう、あの禍々しい傷はなかった。
「っ、ティアナ!」
「きゃっ」
キリヒトがティアナの抱きつく。
キリヒトが涙を流す姿を見るのは、何時ぶりだろうか。
最後に見たのは、キリヒトのお父さん、アイバクさんの追悼式以来だった。
「ごめんな、守れなくて……。長い間辛い思いをさせてごめんな……」
「キリヒト……」
長い間辛い思いをしたのは、きっとキリヒトも同じはずだ。
ずっと、ずっと私の為にこんなにもボロボロになって戦ってくれて。
「キリヒトはちゃんと守ってくれたよ?」
キリヒトの頭に雫が零れ落ちる。
それが涙だと、言うまでもなかった。
「私の事を救ってくれて、守ってくれてありがとう!私の騎士様っ!」
「ユズルー、そこ間違えてるよ」
「え、どこ?」
「さっき書いてたところだよー」
「ほんとだー、ユズル間違えてるー」
「あっ、」
「ユズル面白ーい」
「ユズル先生だろ!俺はベルゼブブを倒したんだからな!超強いんだからな!」
「ユズルうそつきー!」
「うそつきー!」
「なんだとー!」
「「「逃げろー!」」」
奇襲時の復興作業が進む中、ユズルは開けた空き地を借りて子供たちの面倒を見ながら勉強を教えていた。
大人や先生方は復興のお手伝いで忙しく、ユズルは病み上がりということもあり力仕事は止められている。
そうして思いついたのがこの青空教室というわけだ。
元々教師だったこともあり、乗り気だったのだが……
「舐められてますね」
「なぜだ……」
ユズルの授業を傍聴していたユリカが笑いながら言う。
逃げる子供たちを目で追っていると、一人の男が広場の角からこちらを見ているのが確認できた。
「……もしかして」
男の元へと歩み寄る。
「やっぱり!キリヒト、起きたんだな!」
角から見えた男の正体はキリヒトだった。
両脇には松葉杖が掴まれていた。
「歩いて大丈夫なのか?」
「一応左足は感覚があるんだ。歩くことは厳しいが、松葉杖込で体を支える分には大丈夫だ」
「そうか、よかったぁ。ここにいるってことはティアナさんから?」
「ああ、ここで子供たちの為に勉強を教えてくれていたそうだな。ありがとう」
「お礼を言われることでもないさ、むしろこっちが本職だしね」
改まってお礼を言われると少し照れる。
「それでユズル、今少しいいか?」
「構わないけど……あ、ユリカも呼ぶか?」
「いや、二人だけで話したいんだ」
ユリカを呼ぼうとしたユズルをキリヒトは止める。
ユズルはユリカに子供たちのことを任せ、キリヒトと並行して歩きだす。
「話って?」
「ああ、ユリカの事なんだが襲撃時、ベルゼブブとの戦闘中に言ったこと覚えてるか?」
確かあの時、キリヒトは何かを言いかけていた。
「ユリカは恐らく、王族の者だ」
「………え?」
予想外の言葉に聞き間違いか聞き直す。
しかし、聞き間違えではなかった。
キリヒトはユリカが王族だと思った理由を語る。
「……と、これがユリカが王族だと思う理由なんだが」
「……」
キリヒトの言うことはすべて納得出来た。
納得出来てしまうから、困るのだが。
「だが、それは実際に王都に行って確かめる他ない」
「王都……」
王都。人間界の王、聖王が居る都。
現実離れした話の内容に頭が重くなる。
「これはただの憶測だ。あまり期待はしないでくれ」
「……分かった」
「それより、ティアナから伝言を預かっているんだ」
「ティアナさんから?」
「ああ、明日の午後に今回の討伐戦に参加した兵士を対象に勲章授与式典を行うそうだ」
「そうなのか、俺も見に行くよ」
「何を言っているんだ?お前も授与対象だぞ?」
「え、いや俺よそ者なんですけど」
「よそ者とか身内とか関係ない。この村を救ってくれた恩人が授与されないでどうする」
「恩人……」
「村の人も、ユズルには感謝している。誰も反対しないさ」
「……分かった」
むしろ断ったほうが失礼だと思い、ありがたく頂戴することにした。
それに、いい区切りだ。
「それじゃあ俺は帰って安静にするよ。また明日」
「気をつけて、お大事に」
去りゆくキリヒトを見送り子供たちの元へと戻る。
空き地ではユリカの授業を真剣に聞く子供たちの姿があった。
「あ、ユズルさん。おかえりなさい」
「ただいま……、なんか複雑な気持ちだ」
まさか教師であった俺よりも、ユリカの方が子供の扱いが上手いなんて……。
「どんな話だったんですか?」
「……明日勲章授与式典をやるらしくて、出てくれないかってさ」
「そうなんですね、おめでとうございます」
「ユズルー、くんしょーってなに?」
「明日になればわかるよ、ほら今日はもう帰る時間だ。続きは明日な」
「はーい!」「さようならー!」
子供たちが無事解散したのを確認して、ユリカと診療所へと歩き出す。
「ユリカ、言っておきたいことがあるんだが」
「なんですか?」
「勲章授与式典の話が来て区切りができたから、明後日にでもこの村を出ようと思うんだ」
「そうですか、次はどこに向かうんですか?」
「まだ決まっていないんだ。だけど、一応候補がいくつかあって」
「分かりました。身支度済ませておきますね」
「っ、今回の襲撃でわかったがやっぱり結界の外はいつ死んでもおかしくないんだ。だから──」
「約束したじゃないですか、ついて行くって」
……そう、だったな。
勝手に一人で決めようとして、俺は馬鹿だ。
「これからもよろしくな、ユリカ」
「……はいっ」
この旅の仲間が、ユリカで良かった。
そう強く思うのだった。




