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禍々しき侵食と囚われの世界【読み切り版】  作者: 悠々
第二章 結界都市陥落編
10/13

第九話 約束



「キリヒトー!」


 聞き慣れた声が自分の名を呼ぶ。


「……ティアナ?」


 陽気な昼下がり。

 丘の上で大樹に腰をかけるキリヒトの元へ、小走りで走ってくる少女の姿が見えた。

 金色の長髪を揺らし、手にはバケットを持っている。


「今日は風が気持ちいいわね」


 キリヒトの隣に腰をかけ、長い髪を押さえながら言う。


「そうだね、きっと春が来たんだよ」

「はる?」

「うん、お父さんが言ってたんだ。この村は気候の変化が大きい地域にあるから、一年を通して色んな呼称があるんだって」

「へぇ、でその、はる?って言うのは?」

「花が咲いて動物たちが動き出す。始まりの季節なんだって」

「私はる好きー!」

「僕も好きだなー」


 この村の住民はみんな春が好きだ。

 商業の村ならではの理由もそこにはあって。


「……ねぇ?」

「ん?」


 しばらく微睡んでいたティアナがそっと口を開く。


「キリヒトも将来、騎士団にはいるの?」


 騎士団。

 村の安全を守るために結成された集団の総称、魔獣から人々の命を守る大切な役目をになった人達のことだ。

 キリヒトの家系は代々この村の騎士団長を排出している名家であり、キリヒトも読み書きより先に剣術を学ぶほどだった。


「そうだね……」


 キリヒトが村人達から期待されているのは事実だった。

 そのせいでキリヒトは常に人との間に壁を感じてきた。

 ティアナと会うまでは。

 ティアナだけは名家の子供としててはなく、キリヒトとして自分を見てくれた。

 ティアナも代々この村の村長を務める、いわばこの村の最重要人物であるが故、キリヒトの気持ちがよくわかるのだ。

 キリヒトはそれが嬉しかった。



「……ねぇ?」

「……ん?」


 どのくらい経ったのだろうか、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 すでに辺りは夕日に包まれていた。


「キリヒトは、私の事、守ってくれる?」

「……もちろん、ティアナを一番に守るよ」


 ティアナを一番に守る。その言葉に嘘はなかった。

 それはティアナがいつか村長になるということだけが理由じゃなかった。

 キリヒトはティアナに恋していたのだった。


「それじゃあ約束ね!」


 ティアナが立ち上がり、キリヒトの前へと出る。

 夕陽を背景に、ティアナが笑ってみせた。


「私の事を守ってね、私の騎士様!」

「……うん!」


 差し伸べられたその手を掴んだその時だった。

 爆発音とともに地面が大きく揺れる。


「きゃあ!」「ティアナ!」


 咄嗟にティアナを抱きとめ、その場に身をかがめた。


「一体何が………え?」


 丘から村を見下ろすと、真っ赤に燃え盛る建物と煙が見えた。

 その規模から、ただの家事ではないことが分かる。


「なんで魔獣が結界の中にいるの?!」

「分からない!魔獣達がこっちに来る前に逃げるんだ!」

「で、でもまだみんなが……」

「そんなこと言ってる場合じゃ……っ!」


 村の方へ向かおうとするティアナの手を引き走り出す。

 が、


「きゃっ、ど、どうしたの?」


 急に立ち止まったキリヒトの背中にティアナがぶつかる。


「あ、あれ……」


 キリヒトが震える声で遠くを指さす。

 その先にあったのは、いやあるはずのものがなかった。


「結界が……まさかっ!」

「ティアナ!?」


 キリヒトの手を振り払い、村の中へと走り出す。


「どうしたんだ急に!」

「おばあさまが……っ」


 丘を駆けぬけ市街地に入ると人の悲鳴と破壊音で耳が痛くなった。

 嗅いだことも無い異臭に鼻を押さえ、息苦しさで倒れそうになる。


「ここを曲がれば!……っ!?」


 村長宅が見える大通りに出た刹那、二人の視界に映ったのは羽の生えた魔人に囚われた村長の姿だった。


「おばあちゃん!」


 ティアナが村長の元へと走り出す。


(ティアナにはあの魔人の姿が見えてないのか?!)


「ティアナ!」


 キリヒトもそれに続き走り出す。


「……子供を殺すのは好きじゃないんだがね」


 こちらに気づいた魔人の手から村長がずり落ちる。

 その瞬間、ティアナの間合いに魔人が入った。


「──あ」

「ティアナ!!!!」


 魔人が腕を振り下ろす瞬間、キリヒトはティアナに覆いかぶさった。


「っ……!」


 鈍い音が鳴り響く。

 が、


「あ……れ?」


 まるで痛みを感じない。

 恐る恐るその瞳を開けると、


「──間に合った!」


「父さん!」

「くっ!」


 目を開けた先には父さん、フォーラム騎士団長 アイバクの姿があった。

 そしてその先には右肩を抑える魔人の姿が……。


(腕がない……?)


 と次の瞬間、何かが自分の隣に落下した音がした。

 魔人の腕。

 先程まで目の前の魔人の一部だったその腕が今隣に落ちていた。


「貴様っ!」

「仕掛けてきておいて生意気だな。この村に……何より俺の息子に手を出したことを後悔させてやる」


 アイバクが剣を構える。


「はぁっ!」

「なっ!」




 先に動いたのは魔人の方だった。


(エクステンド)びる(テール)!」


(剣が伸びたっ!?)


 いや剣が伸びたのではない、変形したのだ。


「どこを狙って……」


 変形した剣、いや鞭はアイバクを避けるように伸びる。

 まるで目的がアイバクへの攻撃ではないように。


「お前が騎士団長か、ここ最近周辺の魔獣の数が急速に減っている理由がわかった」


 縮んだ鞭の先には先程切り落とされた腕が握られていた。


「誤算だ」


 そう言って鞭を剣に変形させ村長に突き刺す。


「……これで目的は達成された。あとは、継承者を……ッ!」


 すぐさまその場を後にしようとする魔人を逃がすまいとアイバクが仕掛ける。


「ピラト!」


 剣先が光り、一点に魔力が集まる。

 風の抵抗を最小限に抑え、次の行動パターンを予測した一撃。

 とても素人には想像も出来ない動きだった。

 魔人から発された謎の粉が空中に飛び散る。

 だが目眩しにしては脆すぎる。


(次期村長……ティアナの母、エリカは騎士団が既に保護済みだ。それだけでこんなにも心が楽に戦えるとは)


 魔人の表情は次第に焦りへと変わる。


(このままでは──ッ!)


 今まで戦ってきた人間は誰も心のどこかに恐怖を感じでいた。

 だか、こいつは違う。


(こいつは今までのやつとは違う!このままだと)


 殺られる。

 初めて人間に恐怖心をいだいた。

 その時点で魔人は確信した。

 もう戦えない。もう勝てない、と。

 そう分かった途端魔人は逃げの体制に入った。

 そして逃げる筈だった。


「え?」


 その声は魔人でもアイバクでもキリヒトでもなかった。


「ティアナ?」


 一瞬ティアナの体が光ったように見えた。

 それが何を意味しているのかキリヒトは分からなかった。

 もちろんティアナ自身も。

 だが、戦闘中の二人は顔色を変えこちらに向かってくる。

 ……悪い予感がした。


「キリヒト!ティアナを連れて逃げろ!」


 そうアイバクが叫ぶ。


「っ、ティアナ!こっちだ!」

「う、うん!」


 ティアナの腕を掴んで走り出す。

 既に村の中心部まで魔獣が侵入してきており、何度も遭遇したが、小柄な体を駆使しそのピンチを脱した。

 目指すは村外れの地下通路。

 昔から何か緊急事態が起きた時、ここに避難しろと教わってきた。

 ここなら隣村のハルク村に避難することも可能だし、一時的に身を隠すことも出来るからだ。

 その背中を追うようにしてアイバクと魔人が迫る。


「まさかあんな小娘が」

「なんでティアナが……っ」


 通る先々で村人に助けを求めたが、今は一刻の猶予も許されない状況だった。


(ありえない、そんな事が……)


 村長、表向きには村の代表のような人だが、それだけでは無かった。

 村長とは、結界の核を担ういわば村そのものだった。

 その継承は村長が亡くなった場合のみ行われ、確実にその子供に受け継がれる。 

 そうやってこの村も発展してきた。

 だが、村長が亡くなった瞬間ティアナの体が光った。


(あの光は、継承の光だ)


 その光は継承した事を示すものだった。

 これはありえない事だった。


(考えられるとしたら、継承するはずだったエリカが継承前に亡くなったか、それか本当に異例のケースなのか)


 エリカが亡くなった、というのは考えにくい、いや考えたくなかった。

 エリカの死は護衛に当たっていた騎士団の壊滅をも意味する。

 いづれにせよ異常事態には変わりがなかった。

 もし本当にティアナが継承者ならばこの村を捨てるという選択を強いられるかもしれなかった。

 というのも、ティアナは結界の張り方なんて知らない。

 知るはずがない。まだ無邪気な幼い子供なのだから。

 それに結界を維持できるほどの体力が彼女にあるかさえ分からない。


(もしこの村を放棄した場合、地下通路を通ってハルク村に避難する必要がある。とりあえず援護が欲しい。伝達と攻撃支援、そしてティアナ達の保護。まだどれひとつも連携が取れていない)


 あまりにも急な出来事だった為、エリカの保護までしか手が回らなかった。

 と、その時


「団長!」


 ふと通りかかった道沿いにいた団員が叫んだ。


「今、どういう状況なんですか?!」


 団員は魔人を牽制するアイバクと会話出来る距離まで近づいてくる。


「すまんが状況の説明は後だ。……急ですまないがお前に伝達と指揮を頼みたい。俺が追っているあいつが今回の主犯で間違いないだろう。村長が殺され、何故かティアナが継承した」

「なんですって?!」

「驚くのも無理はない、とりあえず俺は奴からティアナたちを逃がすのに専念する。お前は他の団員と合流次第、村人の救出に向かってくれ。最悪地下通路を使ってハルク村に避難する必要がある。可能なら地下通路を目指してくれ」

「わ、分かりました!」

「急で済まないがよろしく頼む。いざとなったらこれを」


 そう言ってアイバクは団員に信号弾を渡す。


「後のことは任せた!後ほど再会しよう!」

「はい!お気をつけて!」


 そう言って団員と別れる。


(ほんとうに申し訳ない……っ)


 どうしたらいいか分からない団員を一人にした挙句、指揮を任せてしまった。

 彼は快く受け入れてくれたが、きっと心の中では不安と困惑でいっぱいだっただろう。

 それでも引き受けてくれた彼の有志を無駄にはしたくない。


(ならば!)


「ここで仕留める!」

「っ……!」


 いきなり距離を詰められ動揺した隙を付く。


「チェスト!」


 普通の魔獣ならこの程度で倒せるが、


「やはり一筋縄では行かないか……」


 すぐさま距離を置かれ体勢を整えられる。

 だが時間稼ぎにはなりそうだ、これを続ければ……


「なっ……」


 続けて技を放とうとするアイバクの目に、笑う魔人の姿が写る。

 そして次の瞬間、魔人の羽が開き宙へと舞いだした。


「時間稼ぎはこのくらいでよいな」

「時間稼ぎ……だと?どういう意……ッ!」


 全身が痛みだし、膝を地面につける。


「貴様……、何をした!」


 空から見下ろす魔人を睨みつける。


「なに、少しばかり毒を盛っただけよ」

「毒なんて……まさか!」


 キリヒトとティアナをかばい交戦した時、奴の羽から出ていたあの粉は……。


「安心しろ、少し痺れるだけだすぐ治るさ」

「くっ!」


 まずい、このままではティアナ達が危ない。

 アイバクは必死の力をふりしぼり立ち上がろうとするが……


「ぐあっ!」


 力を込めた瞬間体が焼けるように痛む。

 まるで焼けた鉄剣を刺されたような。


「普通の人間なら転んだだけで死ぬ程の強力な神経毒だ。例えお前でも毒の前では普通の人間と変わらん」


 そう言い残し魔人はティアナの逃げる方向に飛び立つ。


「ま、待て……」


 地面を這うようにして動こうとするが痛みで進むことが出来ない。

 と、その時だった。


「うそ……だろ……?」


 アイバクの視線の先には、体に強靭な鱗を纏う魔獣、暴龍の姿があった。



「これで六人か」


 アイバク団長と別れてから約10分、五人の団員と合流することが出来た。


「一応みんなにも現段階で分かってることを共有しておこうと思う。アイバク団長は今、今回の件の主犯と戦っている。見た感じ魔人だったと思う」

「なんだって!」「なんで魔人が……」

「俺も今になって驚いてる。けど、魔人の仕業ならこれが事故じゃなくて計画されたことなのが分かる」

「一体何が目的なんだ……」

「それは分からない。だけど村長が魔人に殺された」

「村長が!?だから結界が解かれたのか?」

「正確には村長が死ぬ前に解かれたみたいだけど、村長が亡くなった今、結界の修復はほぼ困難だと思う」

「何故だ?エリカさんに継承されたんじゃないのか?」

「それが……団長曰く、継承したのはエリカさんじゃなくてティアナらしいんだ」

「「「「「なっ?!」」」」」


 その場にいた全員が大声をあげ驚く。


「それもあってエリカさんの安否が確認したい。だからエリカさん達のところに向かってくれる人が欲しいんだけど……」

「俺が行こう」

「……一人は危険だ、俺もついて行く」


 そう言って二人名乗り出る。

 二人とも腕が経つ兵士だ、安心して任せられるだろう。


「それじゃあ俺たちは引き続き救助活動を続けよう。……と言いたいところなんだが」

「まだ何かあるのか?」

「いや、少し団長の方が気がかりで……」

「あの怪物の何が心配なんだ?」


 その一言でその場に笑いが生まれる。


「まあそうなんだけど、団長はティアナ達と一緒にいたわけじゃないんだ」

「じゃあティアナはどこに?」

「それが分からないんだ。だけど団長が村人を地下通路に誘導するよう指示してきたから、おそらくティアナたちもそこに向かってると思う」

「ティアナをひとりにしちゃまずいよな」

「一応キリヒトもいるみたいだけど……」

「あいつも団長の子ってだけでまだ幼い子供だ。俺たちが守ってやんねぇと」

「……そうだな」

「たまにはあいつにもいいとこ見せなきゃな」


 次々と賛成する声が上がる。


「……それじゃあ行こうか!お互い気をつけて!」

「ああ!」


 エリカさんの所へ向かう二人に別れを告げ、四人はティアナの元へと向かった。



「リフレクション!」

「アァァァァァァァアア!!!」


(力が、入らんッ!)


「っは!くぅ……」


 魔力を込めるだけで体が痛むためまともに攻撃できない。

 それだけでなく防御魔法もこうしてままならない状況だ。


(意識が……)


 風が体にかするだけで痛むほどの毒を受けたにも関わらず、暴龍の一撃を受けきることが出来ずに建物の壁に叩きつけられる。

 常に痛みが来るため、気絶すら出来ない。

 それに外傷がダメージに見合わなく浅いため死にきれない。

 もっとも死ぬつもりは無いが。


(こんなのが続いたら、いくら俺でも……)


 いくら人間離れをしていようと、アイバクも一人の人間だ。

 心が、精神がある。

 次の一撃が来る。だが口が動かない。


(すまない、みんな……)


「──っ、間に合え!」


 遠くから聞き覚えのある声が聞こえた気がした。

 かすれる視界に映ったのは、暴龍と──、


「やっぱり戻ってきて正解だった!」「団長!」


 咆哮しようとする暴龍の顎をしたから突き上げ阻止する。

 それと同時に他の団員が近寄ってきた。


「大丈夫ですか?!一体何が……」


 近寄ってきた団員がアイバクを抱きあげようと肩に触れたが、


「くぁっ!」

「す、すみません!痛みましたか?」

「いや……毒を受けた……感度が上がっているようだ」

「じゃあ、どうすれば……」

「俺の事はいい!お前らは……」


 キリヒト達を追え、そう言いかけて口を噤む。

 方法はなんであれ、俺を瀕死状態にするほどの敵だ。

 こいつらが無事で済むとは考えにくい。

 そんな危ないところに兵を送るのは気が進まなかった。


「……団長?」

「…………この先の道を曲がったところに呪術師の店がある。そこから解毒剤を取ってきてくれないか……」

「解毒剤ですね、分かりました!」


 そう言って走り去る。


(この解毒剤が効かなければ、もう……)


 アイバクが倒れてからもうかなり時間が経っている。

 二人は無事地下通路に辿りつけただろうか。


(できるだけ時間は稼いだつもりだが……そういえば……)


 別れ際に魔人が言っていた「時間稼ぎ」とは一体何なのだろうか。

 だが、今のアイバクにそんなことを考えている余裕はなかった。


(勝てるかもしれない戦いと、勝てるはずがない戦いは天地の差がある……。個人で戦う分にはさほど関係がない。むしろ、そこで引いたものが敗者と言えるだろう) 


 場合によるだろうが、少なくともアイバクは今まで敵に背を向けたことは無かった。


(しかし自分以外の命がかかっている場合は話が変わってくる。自分勝手な行動は許されない。故に、例え勝機がある戦いだとしても万が一のリスクがあるならば引かなければならない)


 今回のケースは後者だ。

 よってこれから先さらに不利な状況になった場合、引かなければならないのだ。


「アァァァァァァァアア!!!」

「くっ!やはり物理攻撃は通らないか」


 アイバクから注意を引くために三人の兵士が暴龍と交戦している。

 戦況は一転して変わらず、討伐には至らない状況が続いていた。


「団長!戻りました!」


 とそこに呪術師の家へ薬を取りに行った兵士が帰ってきた。


「どれだか分からないので取り敢えずそれらしきものを持ってきました、すみません」

「いや、これで合っているはずだ。ありがとう」

「良かったです、──っ!」

「ァァァアア!!!」

「っ!一旦引くぞ!」


 アイバクが薬を手にした瞬間暴龍が激しく咆哮する。

 先程までとは何かが違う。

 最初に動いたのは最初にアイバクと合流した兵士だった。


「……打ってどうにかなるか分からないけど」


 空へと信号段が打ち上がる。

 気づけば辺りはすっかり暗くなっていた。


「……てくれ」

「……団長?」


 アイバクの口から声がこぼれる。


「お前らはキリヒトたちを追ってくれ!」

「っ!」


 その声に兵士がみな振り向く。


「団長は、どうするんですか!」

「俺の代わりなんていくらでもいる!俺なんかより今はティアナの方が大事だ!」

「そんなこと言っても……」

「フォーラム騎士団がこの村を守らないで、誰が守るんだ!」

「っ……!」

「やつは明らかにさっきとは違う!こんなところで時間を食っている場合じゃないんだ、一刻も早くティアナ達を安全な場所に避難させてくれ!」

「……」

「お前らも立派なフォーラム騎士団の一員なら、村のみんなのことを最優先に考えて行動しろ!」


 その言葉を聞いて皆の顔色が変わる。

 そして、


「……団長、どうかご無事で」

「…………ああ」


 そう言って走り去っていった。

 ぼやける視界でその後ろ姿を見送る。


(後はあいつらに任せる……)


 ティアナの、騎士団の兵士達の、そして最愛の息子キリヒトの無事を祈ってその瞳を閉じた。



「やはり既に攻撃されていたのか……」


 エリカさんの無事を確認しに来た二人が目撃したのは、護衛兵の死体の山だった。


「こんだけの数、魔獣の仕業だとしたら相当な強さだぞ……」


 護衛兵は少なくとも20はいただろう。

 それが一人残らず殺されているのを見ると、かなりの強敵であることは確かだった。


「……妙だな」

「何がだ?」

「ああいや、」


 少し離れたところで探索をしていたもう一人の兵が眉を顰める。


「お前、エリカさんの死体を見たか?」

「……そういや見てないな」


 死体の山といっても、外傷は浅く誰だか判別できないほどでは無い。

 むしろ、急所を理解して殺されたようにも見える。

 それにもかかわらず、エリカさんの姿はそこにはなかった。


「急所を理解して殺されたとしたら、連れ去られた可能性もあるな……」

「それはありえないだろ!だってもし魔人の目的が村長の殺害なら真っ先に村の中心に向かうはずだ。こんな村のハズレにある基地を襲うはずは無い!それに、もしそうだとしたら……」


 唇が震える。

 基地の位置の把握、傷口の巧妙さ、エリカさんの失踪、それだけで魔獣の仕業じゃないことは分かっていた。


「……誰かが魔人に手を貸している、ということか?」

「その可能性がある。まだ決まったわけじゃないけど、この場所がわかっている時点でかなり黒だと思う」

「……ここからどうする?」


 エリカさんの行方を探すという選択もなくはない。

 だが、見つかる保証はどこにも無い。


「……とりあえず周囲の救助を、……待て」

「どうかしたか?」


 基地から出てきた二人が目にしたのは、一本の細長い煙、信号弾のサインだった。


「向こうでなにかあったようだ、行こう」

「…………………ああ」

「どうしたんだ、今は休む時じゃ……」


 声が消え、地面へと崩れ落ちる。

 その瞬間、全てを理解した。

 こいつが黒だ。


「……お疲れ様、ゆっくり休むといいよ」

「っ、お前、だったのか……っ!」


 赤く染まる視界の中で、先程まで共に行動していた兵の顔が笑っていた。


「……長い夜になりそうだ」


 そう言って歩き出す。

 その背中を睨みつけて叫ぶ。

 最後の力全てを、憎悪感と共に吐き出すように。


「裏切り者がっ!!!」


 その言葉を聞いて男は足を止める。


「裏切り者?ふふっ」


 気味の悪い笑い顔を浮かべ、なめ腐った表情を向けた。


「君たちの仲間になった覚えはないが?」


 そう言い残してその場を後にした。



「はぁ、はぁ、ティアナ、大丈夫か?」

「う、うん」


 魔人と父さんの姿は依然として見えないが、地下通路をめざして足をとめずに走り続ける。


「あと少しだ!」


 数百メートル先に地下通路の入口が見えた。

 入口まであと八十、七十、六十……既に呼吸が整っておらず耳鳴りがする。

 喉から鼻の付け根にかけて鋭い痛みが走り、口の中に甘酸っぱさが広がっていく。


「ま、待っ……」

「ティアナ!」


 先に限界が来たのはティアナの方だった。

 それはそのはず、普段から稽古をしているキリヒトと比べてティアナは普通の女の子だ。

 ここまでキリヒトと肩を並べて走ってきたのも驚くべきことだった。


(ティアナの呼吸が乱れてる……このまま走らせるのは危険だ)


「ティアナ、僕の肩に掴まれる?」


 ティアナを担ぎ歩き出す。

 だが、キリヒトも限界が近かった。


(足が進まない……っ)


 一度止めた足は、そう簡単には動かなかった。

 もうしばらく魔人と父さんを見ていない、戦っているのか、まだ追ってきているのかさえ分からない。けど、


(もし追ってきているのだとしたらそろそろ見えてきても……)


 よろけながら今来た道を振り返る。

 辺りはもう暗いはずなのに、燃える建物の火で昼間のように明るく、夏のように暑かった。

 その赤く染った空に黒い何かが浮かび上がる。

 それは段々と大きくなってきて、やがて正体を現した。


(地下通路まで間に合わないっ!隠れなきゃ……っ)


 咄嗟に建物の間にあるゴミ箱に隠れる。


(羽が生えてたからきっと奴だ。父さんはどうしたんだろう……)


 キリヒトも父の強さは知っていた、なんなら先程目の前でその実力を見たばかりで、戦闘での敗北は考えにくかった。

 けれど肉眼で確認できたのはあと魔人一人だけだった。


(きっと父さんは走って追いかけてきてくれてるんだ。たまたま魔人が飛んでたから気づいただけで……)


「隠れているところは見たぞ?」

「っ……」


 密閉されたゴミ箱の近くからあの魔人の声がした。


(父さん、早く……っ)


「あやつ……お前の父さんとやらはここには来ないぞ?」


 全身がビクッと震え、大きな音が出る。


(今、なんて……)


 父さんが、来ない?


(エクステンド)びる(テール)

「きゃあ!」「うわっ!」


 隠れていたゴミ箱が投げ飛ばされ、中に隠れていた二人が放り出される。


「やつが復活する前にさっさと済ませるとするかのう」

「ティアナっ!」


 ティアナの方に歩み寄る魔人。

 その手には先程までの鞭とは違い、刃渡りの長いナイフが握られていた。


(動け!動くんだ、俺!)


 必死に立ち上がろうとするも、恐怖で足が上がらない。


「キリ、ヒト……っ」


 離れたところで踞るティアナが瞳に涙をうかべ、かすかに声を漏らす。

 たくさんの感情が小さな体に押し込められ、今にも破裂しそうだった。

 そうこうしてるうちに、魔人の姿がすぐそこまで迫ってくる。


「キリヒト……」

「ティアナ……っ」

「たす……けて……っ」

「……っ!」


 その一言が、キリヒトを動かした。

 さっきまで動かなかった足が急に軽くなる。


(そうだ、俺は約束したんだ)


──「私の事、守ってくれる?」


「うおぉぉぉぉ!!!」


 ティアナの前に走り出る。


「何があっても、俺は!君を守る!」


 装備などない。

 武器などない。

 勿論魔法だって使えない。

 けれども、決して引かない!


「お前一人で何が出来る?子供一匹、時間稼ぎにもならん」

「……っ!」


 やはり怖い。今にも逃げ出したい。

 魔人の言うとおり、俺は今から殺される。

 でもそれでよかった。


「……愛する人を見捨てて逃げるほど、俺は弱くない!」

「分からないな」


 視界から魔人の姿が消える。

 それと同時に腹から暖かい何かが溢れ出る。


「キリヒト!キリヒトぉ……っ!」


 ティアナの悲鳴が聞こえたが、振り向くことが出来ずそのまま倒れ込む。


「何故、そんなに死にたがるのか。妾には分からない」


 魔人の声が聞こえたと同時に耳鳴りがし始める。

 やがて、痛みがやってくる。

 が、声は出なかった。


(あ……れ?)


 一瞬の出来事だったため脳が追いついていない。

 いや、追いついてないんじゃなくて、もう機能していないのかもしれない。

 呼吸できているのかさえ分からなかった。


「次はお前だ小娘。いや、」


 首元を捕まれティアナの体が宙へと浮かぶ。


「この村最後の、小さき村長さん」

「いや……っ!」


 首元から何かがティアナの体に入ってくる感覚に襲われる。


(ティアナを…助け………なきゃ………)


 朦朧とする意識の中で、夕刻の景色が蘇る。


(約束…したんだ。俺が………ティアナを…)


「…………守らなきゃ」

「ほう?」

「キリ……ヒト?」


 ふらふらと立ち上がる。その姿を見て魔人が手を止める。


「約束……んだ…俺が……守っ……だから…」


 声にならない声がもれる。


「面白い、その状態で立ち上がるか」


 魔人はティアナを突き落としキリヒトの方を見る。


「ちゃんとトドメを指してやろう」


 そう言って魔人が構えた瞬間、


「ティアナは、俺が守るんだ!」


 全身が熱くなる。まるで燃え上がるかのように。


「次はなんだ!お前は面白いな!」


 一瞬のうちに傷が修復し、身体中を蒼い炎が包んでいた。


「魔術師か!だがこの距離なら妾の方が有利、残念であったな」


 元々の間合いが近いため、魔人が一歩踏み込んだ瞬間攻撃圏内へと入る。だが、


「……再生(リバース)(フレイム)

「っ、は──」


 次の瞬間魔人の姿が消え失せる。

 否、消えたのではない。

 吹き飛ばされたのだ。視界から消えるほど遠くに。


「キリ……ヒト?」


 近くで見ていたティアナがキリヒトの顔をのぞき込むように確認する。

 と、不意にキリヒトを包む炎が消えその場に倒れ込む。


「キリヒトっ!」


 ティアナは倒れたキリヒトを抱き抱えたが、既に意識は無かった。


「息はしてる……良かったぁ」


(さっきのは、一体……?)


 キリヒトが魔法を使っているところは見たことがなかった。

 だが、今はまだ安心できない。

 もし魔人(やつ)が生きていたらまた私を殺しにくるはずだ。

 放り投げられたのが地下通路側だったため、既に目と鼻の先に地下通路があった。


「とりあえずキリヒトを……」


 そう言って振り返った時には、もう遅かった。


「もう加減はしない」

「え……」


 首元に刃物がかする、が、トドメが飛んでこない。


「──もう加減はしないだと?」


魔人の体から、何者かの剣が突き出している。


「それはこっちのセリフだ!」

「なぜ貴様がここにッ!!!」


 剣を振り上げ魔人の体を腹から肩まで引き裂く。

 そのまま蹴り上げ建物にたたきつけ、再び剣を振りかぶる。


「その命で償え」


 魔人の首元、核目掛けて剣を振り下ろす。

 その瞬間、鈍い音と共に決着が着いた。


「ベルゼブブ様は、こんな子供相手にいつまで時間をかけているんだ……」


 トドメを刺すはずだったアイバクの剣は核にヒビを入れたまま時が止まっていた。

 その代わりにアイバクの心臓に剣が貫通していた。


「ちゃんと時間稼ぎしてくれたんですね」

「がはっ、ぁぁあ!」


 血を吐きその場に倒れ込む。


(魔人が言ってた時間稼ぎってまさか……っ)


 突如アイバクの背後に現れた男の姿に、ティアナは見覚えがあった。

 だが、それを信じたくはなかった。

 嘘であって欲しかった。


「な、んでお前が……」


 顔を上げたアイバクの前には、長年共に戦ってきた騎士団の仲間の姿があった。

 胸を抑え必死を上体を起こしながらアイバクは男に問う。


「なんでって、そんなの決まってるじゃないですか。仲間がピンチなら助ける。当たり前でしょう。ね、団長?」

「仲間って、どういうことだ……お前の仲間は俺だろうが!」

「勝手にあなたの仲間にしないでくださいよ」

「勝手にって、何年も一緒にこの村を守ってきた同じ騎士団の仲間じゃないか!」


 その言葉を聞いて男は笑い出す。


「あんたらと仲間になるために、俺は騎士団に入ったんじゃない。今日、この日ために入ったんだ」

「なん……だと?」

「この日のために、騎士団の情報をベルゼブブ様に流し続けた甲斐がありました」

「貴様……っ、何が目的なんだ……っ!」

「あなたに言ってもきっと分からないと思いますが……まぁもうすぐ死ぬだろうし言ってあげましょう。簡単に言えば昇格のためですね」

「昇格?」

「はい。魔王の元で働くには、村をひとつ破壊する必要があるんです。弱い者には任せられませんからね」

「っ!魔王の元で、働くだと?!」

「はい。だって、このまま人間側についてなにかいい事あります?無いでしょう。こんな狭い結界の中でしか生きられない下等生物なんかにつくより、この世界の支配者である魔王につくのが一番頭が良い方法だと思いますけどね」

「何を馬鹿なことをっ!」

「どこが馬鹿なんですか?逆に聞きますけど、人間側についた場合のメリットってなんですか?」

「人間にはなぁ!」


 アイバクが勢いよく立ち上がる。


「心があるんだよ。奴らにはそれがねぇ!心がなければ人は生きられない。お前にだって心はあるはずだ!きっと今だって、どこかで後悔しているはずだ!」

「いえ、全く。勝手に後悔してるって決めつけないでくれます?」

「お前は強がっているはずだ。今からだって遅くない。やり直そ──」

「うるせぇよ。俺が決めてことにえらそうに口出しするなよ」


 血飛沫が上がり、その場にアイバクが倒れ込む。


「昔から気に入らなかったんだよ、その上から目線……っ」


 団員はアイバクの傷口を踏みつける。


「あ、そうだ」


 血で濡れた剣を仕舞った男が何かを思い出したかのように振り返る。そして、


「そういえばここに来る前に騎士団のみんなを見つけてさ、団長一人じゃ寂しいだろうから、横に添えておくね」


 そう言って男が取りしたのは、三人の兵士の頭部だった。

 それは、先程暴龍からアイバクを守った兵士たちのものだった。

 それが瞳に映った瞬間、アイバクの目が変わる。


「じゃあさっさとティアナを殺して撤収す──」

「あぁぁぁぁぁぁぁああ!!!」


 空中に男の生首が舞う。

 その姿の後ろには、紅き炎に包まれたアイバクの姿があった。

 そして、ヨレヨレになりながらティアナの元へとアイバクが歩みよる。


「ティアナ、結界の張り方を教える。おそらく一回しか言えないからよく聞いてくれ」

「団長、さん?」


 今にも消えそうな声でティアナに話しかける。

 その声を聞き逃さないように、必死に聞き取る。

 気がつけば魔人の姿が無くなっていた。


「これで結界が戻るはずだ……やってみてくれ」

「は、はい!」


 アイバクさんに教わった通りの手順で詠唱する。

 体が光り、緊張で汗が出る。

 震えるティアナの手をアイバクはしっかりの握ってくれていた。


「ティアナにお願いがあるんだ、そのままで聞いてくれ」


 ティアナが詠唱し終わったのと同時にアイバクが口を開く。


「……キリヒトに……お前を、世界一愛している。と伝えてくれ」

「団長さん……?」

「お前と、もっと色んな景色が見たかった……。村の騎士団長としてでは無く、一人の父親として、お前と過ごした時間は俺にとって幸せそのものだった……ありがとう、と……」

「団長さ……っ!」


 握られた手が抜け落ちる。

 それと同時に村の周りに薄い膜のようなものが浮び上がる。

 涙が溢れ出して止まらなかった。

 何に対しての涙なのか、分からないけどたくさんたくさん泣いた。

 声が枯れるほど、一生分の涙が流れた。

 その日ティアナの中で、何かが終わりを告げた気がした。



「……アナさん!………ティアナさん?」

「……あっ、どうしたのかしら?」

「どうしたのかしら?じゃないですよ、もう。お昼ご飯の用意が出来ましたよ」

「え?ああ、もうそんな時間なのね」

「もう………心配なのは分かりますが、朝からずっと窓の外ばっかり見て」

「ごめんなさい……」

「謝らないでくださいよ。それに、キリヒトさんなら大丈夫ですよ」


 下女はやれやれといった様子だ。


「……私ね、小さい頃にキリヒトと約束をしたの」

「どんな約束ですか?」


 いつの間にか下女も隣にきて窓の外を眺めていた。 

 いい天気だ。


「どんな事があっても私を、君を守るよって」

「……すてきな約束じゃないですか」

「今頃キリヒトは何をしてるのかな、もう戦闘が始まってる頃かしら」

「朝方に出発したのなら、既にハルク村には着いている頃ですね」

「キリヒト……」

「………さ、お昼ご飯にしましょ」

「…………そうね、そうしましょう」


 キリヒトとティアナ。

 二人の思いを乗せた風は、あの日と同じ匂いがした。




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