噓から出た実
話は戻り春休み、私はいつものように就寝前のルーティンワークを行っていた。
インスタを開けば二桁に及ぶ通知、全て私に対する相談や報告だ。一つずつ確認し、真摯に向き合う。
まずは一つ目。『どうすればクラスの好きな男子と仲良くなれますか?』 まあ、よくある質問だ。
「(って言われても……取り敢えず挨拶から始めようとしかアドバイスできないし……)」
ありきたりな答えだが、それにワンポイント私なりの言葉を含める。
『私も最初は同じ気持ちだったよ! 嫌われたらどうしようって考えるとすごい不安(汗汗)
でも大丈夫!(星きらきら) 毎日挨拶してたら、あっちから声かけてくれるようになったの!
だからきっと大丈夫!(猫) その子と仲良くなれるよ! ファイト~~(旗)』 と、返信。
「……これでいいのかな?」
共感と実体験を混ぜ合わせ、それっぽく寄り添ってあげる。すると、相手から称賛のメールが届く。まあ、いつも通りだ。
他人が私の助力で上手くいくのはやっぱり嬉しい。後日上手くいったとの報告を受けると、こちらも華やかな気分になれる。
「(……相談が全てこんな感じならいいんだけどね)」
切り替えて二つ目の相談へ。すると懸念していたように、これまでの甘い雰囲気を消し飛ばすほどの殺伐とした内容の相談が目に映る。
『仕事が忙しくて、彼氏と上手くいっていません。この間久しぶりに会った時も、彼氏から別れを切り出されました。もうどうすればいいのか分かりません。私たちは別れるべきなんでしょうか?』
「これ、絶対年上だ……」
たまにある大人からの相談、更にこれまた珍しい別れ話。全体の殆どが同世代からの可愛らしい恋愛相談の中、1割にも満たない頻度でこういった類の相談を受けることがある。
{(というか、こんな人生左右することを他人に丸投げするって……)」
既に相談でなんとかなるレベルを遥かに凌駕している。末期だ。
こう言った類の相談での下手な共感はリスク。逆効果でしかない。私がとばっちりを受ける可能性の方が高い。
だったら……
『私には想像できないほどの大きな不安を抱えているのですね。文面から貴方様の彼氏を想うお気持ちはひしひしと伝わってきます。
それほどにまで想われている彼氏の方と今後どんな関係になりたいのか、微力ながら私もお手伝いさせていただきます』
まずは掴み。なるべく否定しないように、且つ私は聞くという姿勢を理解してもらう。
顔を知らない第三者が相談してくる以上、相手の気持ちは文面でしか伝わらない。
次々と送られてくる文字を丁寧に読んでいき、落としどころを見極めていく。
「(なるほど、そういう感じか……)」
方向を定めれば、次は誘導。相手が望む方へ、話を進めていく。
ここで強引に持っていけば、あっという間に均衡が崩れる。あくまでもゆっくりと。
「……よし」
ここまでくればもう大丈夫。相手が望む言葉を投げかける。
『貴方様は今後その彼氏の方とどうなりたいのですか?』
返事は決まってる。相手が望む関係だ。
長い時間をかけて、自ら答えを出してもらう。それが一番無難で大変なやり方。
最後にお礼を言われて相談を終えると、ようやく一息つける。
「はぁ……しんどかった…………」
なんとかやり過ごすことができた。毎度のことながら緊張する。
「(全部それっぽいことしか言ってないのになぁ……)」
最初はただ他人の恋愛模様を知るためにインスタを始めたのに、気がつけば恋愛を熟知したカウンセラー的な扱いに昇華している。
どんなに相談されても、私の答えは想像の範疇でしかない。なのに皆が私を褒め称えて、今では『リノン』というアカウント名が独り歩きしている。
「相談したいのは、むしろこっちの方だっていうのに……」
私は皆が思うような恋愛上手ではない。取り繕っているだけだ。仮面を被り、皆を騙している罪悪感に耐え、変わらない現状に甘えている。
「(……だったら、もういっそのこと現実にしてしまおう)」
事実、私には実体験の相談ばかりが寄せられている。それを活用すれば失敗はしないし、きっと私を意識してもらえる。見てもらえる。
片想いを成就させ、本当の意味で恋愛を知る。嘘を実にする。
時間は有限。もうこれまでのような消極的な姿勢では駄目だ。
家族としてではなく、異性として見られたい。それには覚悟が大事なんだ。
「よし……やってやる…………!」
部屋で一人、ベッドに横たわりながら、私は決意した。
いつもご愛読ありがとうございます。