なんでそこだけ察しが悪いの
映画を終えて駅前広場に向かう道中、不意に拓海が訊いてきた。
「さっきの映画館で少し気になったんだけどさ、今日って何かの記念日だっけ?」
「記念日? そういう訳じゃないけど……なんで急に?」
そう訊き返すと拓海は一瞬安堵したように見えたが、すぐに怪訝そうな顔に戻り、そして言った。
「莉乃、一つだけ訊いても良い?」
その言葉に心臓が跳ねる。
「……なに?」
「勘違いなら悪いんだけど……今日の莉乃はいつもと違って見えた。やけに計画的だったし、まるで何かに急かされてるような感じだった」
「……気のせいじゃないの?」
「今日だけならまだしも、高校生になってからずっとそんな感じだろ? 気のせいで片付けられない」
「…………」
サプライズはいつも直前で気づかれるし、小さい頃に実践した悪戯は悉く返り討ちで終わる。
拓海は察しが良い方だと思う。
「……ほんと、私のこと見過ぎじゃない? ストーカーかよ」
「そんなんじゃねーよ。妹が誤った道に進もうとしてたら、誰だって心配になるだろ」
「あ、さりげなく兄貴面しやがって。拓海はむしろ弟でしょ」
「どっちが上とか言われてもなぁ、俺の方が誕生日が早いんだから。莉乃ってそういうところが本当に年下って感じだよな」
「へぇ~? 年上のくせに満足に友達の一人も作れないの~? 年上なのに~?」
「―――……! こいつ…………!」
「あはははっ! すぐキレるじゃん!」
「……ほんとにいい性格してるよ、お前は」
私が笑っていると、拓海は顔を逸らして羞恥を隠していた。この話題に関しては私の方が上だ。
「はぁ……、笑った笑ったー」
「ったく、うるせーな……」
そう言い終えると、拓海は話は終わりだと言わんばかりに静かになった。話題をはぐらかした私に気を利かせ、自分はすでに無関心だのだと装っていた。
「…………ねえ、拓海」
でも、それに気づかない私ではない。隣で見ていれば分かる。
「代わりに一つだけなんでも拓海の言うこと聞いてあげる」
「……は? なんだよ急に」
「確かにストーカー呼びは良くなかったなと思って。まあ、ちょっとの罪滅ぼし的な?」
「別に謝れなんて言ってないだろ。それにさ……」
拓海は口籠ると少しだけ視線を逸らした。
「なんでそっち向くの」
「……気のせいだろ」
覗き見ると僅かに耳が赤い。それを指摘すると、更に向こうを向いてしまった。
「えへへ、ちょっと可愛い。そういうの嫌いじゃないよ」
「うるさい、こっち見んな」
「……ほんとなのに」
嘘偽りのない言葉なのに、拓海は気づかない。
いつも私を見てくれるのに、私の本心に一向に気がつかない。
こんなに近くにいるのに、私の気持ちに寄り添ってくれない。
幼馴染という関係性が私の足枷になっているから。
「(でも、ずっとこのままの関係だったら嫌だな……)」
今より先の未来まで拓海がここにいるとは限らない。
このまま安住していれば、後になってきっと後悔する。
……そんなの嫌だ。
「願い事……今じゃなくても良いからね。部屋でゆっくり考えなよ」
「いや、だから俺は……」
「あ! でも、あっちの類は駄目だからね! できる範囲でって話だから」
「そんなこと考えてねーよ! だから、俺が言いたいのはそうじゃなくって―――」
「いいじゃん別に。そういうものは貰える内に貰っといた方が得だからね。過剰に謙虚だと、むしろ相手に不快感を与えるよ? だから友達ができないんじゃない?」
「…………分かったよ」
そう説くと、拓海は渋々ながら納得してくれた。
「でも、言ったからには断るなよ? 直前でやっぱ止めたは無しだからな」
「断らないよ?」
「だから―――、そういうのが良くないって言いたいんだよ……」
思うところがあるらしいが、私には関係ない。
少しでも私を見てほしい。そして気づいてほしい。そう望んでいるから。
「よし、じゃあこのまま一緒に帰ろっか!」
「え、帰りは別々って最初に言ってたろ? デート気分はどうしたんだよ?」
「今日は特別! 次からちゃんとやるからさ!」
「……ほんとに飽き性だな、莉乃は」
そう言いながらため息をつくが、口元からは薄らと笑みをこぼしていた。拓海も満更でもないらしい。
対する私も同様だろう。手元に鏡がないから確認のしようがないけど。
「ふふっ、そうだね」
拓海の隣は、こんなにも居心地の良い場所なんだから。
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