閑話 莉乃の反省会
リノン、それはインスタにおける私の名だ。
フォロワー数は10,000人を超え、その大半は同じ女性。主に同年代からの支持を集めている。
パフェの写真を投稿すれば多くのいいねを貰い、美味しい穴場スポットを紹介すれば列を成す。影響力を有している人を総じてインフルエンサーと呼ぶらしい。
まあ、そんなインフルエンサーとしての一面を持っている私ではあるが、私が注目を集めているのはそれだけではない。
その正体とは、恋愛相談。
かっこいい男子にアプローチしたいとか彼氏ともっと仲良くなりたいとか、千差万別の相談に柔軟に対応する感じだ。
初めは成り行きだったが、今では評判になる程の盛況ぶり。もちろん現在も成り行きではあるが、それなりに責任感をもってやっているつもりだ。
しかし、そんな私には1つ大きな悩みがある。それは恋愛経験が皆無だということ。
今まではなんとか雰囲気で乗り切れたものの、最近は限界に感じている。アドバイスに対して素直に感謝されると、罪悪感が芽生えて仕方がない。
それに加えて、私自身の恋愛を成就させなけばならないというプレッシャー。
現在進行形で恋愛している人たちに、恋愛を成就させたことのない私が一丁前に助言を与える。普通なら私が教えてもらう立場なのに、なんと偉そうなことか。
この板挟みに耐えられない、そう感じて一度だけアカウントを消そうとしたこともあった。
でも、その時に気づいた。全てを丸く収める完璧な解決方法を――――
それからの私は、相談相手の実体験に沿った失敗談や成功談をさり気なく聞き出すようにしたり、インターネット上のサイトを手当たり次第に閲覧したり等々。要は、研究を重ねていった。
家族としてではなく、異性として私を意識してもらうため。そのために私は一途に対策してきた。
今日だってそう。肩が触れ合う距離まで近づいたし、何度も目が合った。料理は想定外だったけど、アピールはできたと思う。
対策してきたことが役に立った。これなら拓海も意識せざるを得ない。
そう思っていたのに――――
「なんで私が意識しちゃってんのよぉ……!?」
帰宅してすぐ枕に顔を沈め、現実逃避する。
ベッドの上で脚をバタつかせ、内なる羞恥を発散させていた。
「仕掛けてる側が自滅してたら意味ないでしょ……!?」
肩が触れる度に心臓が心地よく跳ね、どうしても浮ついた気持ちになってしまう。
彼の凛々しい横顔を少しでも眺めていたくて、無意識に目を奪われてしまう。
「(……でも、いい匂いだったな)」
今にして思えば、初めからどこか夢心地の気分だった。
部屋の掃除は隅まで行き届いていて、カフェを思わせるようなアンティークで統一。日常に溶け込んだ別世界を想像させてくれる。
そして私の隣からは爽やかな柔軟剤の香り。清潔な身だしなみを心掛けているのだろうが、服が擦れる度に広がる香りが、却って私を誘惑する。
抑えきれずに振り向けば真剣にペンを走らせる彼。その姿に私はくらくらと酔ってしまう。
もっと触れたい、もっと見ていたい。近くにいると自分が抑えられなくなる。
「いっそのこと抱き着けばよかった…………」
回らない頭で、思ったことをそのままぼそりと一人呟く。
が、発言した後に冷静になって考える。
「わああああ――――……!? 何言ってんの私…………!?」
気づいた瞬間、沸騰しそうなほどに恥ずかしさがこみ上げてきた。
「(もうこのまま消えてしまいたい……!)」
パーカーで頭を覆い、ふかふかな枕に顔を埋める。
せっかく梳いた髪が崩れてしまうが、それよりも羞恥が上回った。
自分からアプローチしているのだから自業自得ではあるのだけれども。
「気づかれちゃったかな…………」
今日は特に歯止めが利かなかった。
確かに、久しぶりに彼の部屋に招かれて気持ちが浮ついていたのもある。
でもそれ以上に、彼との隔たりがここまであるのだと思い知って、どうしようもなく苦しくなった。
「(焦ったって結果は変わらないのに……)」
私たちは良くも悪くも近すぎる。
幼馴染という関係。いつでも隣にいて、まるで家族のような安心感を覚える。
でも、そのせいで異性として見られない。飽くまでも私たちは他人なのに、近すぎてそれすらも意識してもらえない。
焦っていても、複雑に絡まった糸を無理に解くことはできない。
「はぁ……、会いたくないな……」
明日は学校だから、拓海と嫌でも顔を合わせてしまう。
顔を見てしまえば、きっと今日の出来事を思い出してしまう。
そしたら私は、どんな顔して彼の隣を歩けばいいのだろうか。
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