勉強する気ありますか
「はいこれ、言われてたノート。ちゃんと持ってきたよ」
間を置いた後、莉乃は勉強道具を一式揃えて俺の部屋にやって来た。
手渡されたノートを受け取り、お礼を言う。
「別に渡しただけだし……というか、なんでノート捨てちゃったの? 英語はノート提出があるって先生言ってたでしょ?」
「うるさいなぁ。ちょっとうっかりしてたんだよ。だからこうして写させてもらうんだろ?」
テスト期間に入って初めての週末、勉強が嫌になった俺は唐突に勉強机の整理を始めた。最初は単なる模様替え程度だったが、次第にエスカレートして今度は本棚の整理に取り掛かることに。
普段はしない書物の処分まで初め、最後には部屋全体の掃除。完全に勉強そっちのけだ。
そして全てを終えた時にはすでに遅し。数日経った今日、間違えて大事なノートを捨ててしまったことに気がついた。
「まあ、確かに綺麗になったよね。前は取っ散らかってたのに」
「あんまりいじるなよ? ちょっとでもズレたら面倒だからな」
本棚の前でじろじろ観察する莉乃に釘を刺しておく。
「あ、すごい、ちゃんとジャンル分けまでされてる……って、え? これ50音順になってない?
しかも出版社まで揃えられてる? え、怖……」
「あああ――――もううるさいな! どうしようが別にいいだろ!? 俺の自由なんだからさぁ!?」
「でも……こんなことしてて考査乗り切る余裕あるの? 大丈夫? 高校初めてのテストが赤点だったら叔母さんに怒られない?」
「ぐっ、正論を……」
でも、ごもっともだった。流石にこれは俺が不利、大人しく引き下がる。
「……あれ? でも、この本棚ってこんな木目調だったっけ? ……って、えぇ嘘!? これリメイクシートじゃない!? まさか……全部張り替えたの!? テスト前なのに!? えぇ!? なに本気でリフォームしてるわけ!?」
「分かったからもう止めてくれよぉ! アンティーク調にしたかっただけなんだよぉ! 悪いかよぉ……!?」
引き下がっても、莉乃の正論は止まらなかった。結局どちらでも俺が不利だった。
「(でも、ノート借りてる手前、何も言えない……)」
願い事とは言え限度はある。勉強を教えてもらう以上、莉乃の方が立場は上だ。
「さてと、そろそろ私も勉強しますかね」
満足したのか、そう言いながら折り畳み式の横長テーブルに手をつく莉乃。布袋から筆箱とノートを取り出す。
「……莉乃、一つ訊いてもいい?」
「ん? 読めないところでもあった?」
「いや、字は綺麗なんだけどさ……その……」
「? なに?」
「……あのさ、ちょっと近くない?」
莉乃は真正面ではなく、わざわざ隣に座っていた。それも手が触れそうな距離で。
「え、そう? 気のせいじゃない?」
「そんなわけないだろ。ほら、シャーペンが当たってんだよ」
俺は左利き。対して莉乃は右利き。座る位置的にかなり邪魔だった。
「いいじゃん。こっち側に座った方が教える時に楽だし」
「そうだけどさ……、今は写すのが先だし」
「じゃあ教えてあげない」
「……分かったよ。今日だけな」
そう言うと、莉乃は「やった」と笑みをこぼす。嫌がらせが目的なのか。
「(なら、とっとと終わらせよう)」
ペンを動かし、莉乃の英語ノートを模写していく。本当ならコピーした方が楽だが、それがバレたら莉乃も連帯責任だ。それは避けたい。
「……………………」
無言でペンを走らせる。理解は模写し終えてから。今はとにかく提出課題を優先させる。
「…………莉乃」
でも、俺は気になって手を止める。莉乃はなんで名前を呼ばれたのか分かっていないようだった。
「どしたの」
「どしたの、じゃないよ。見られてると気が散るんだよ」
「お構いなく、どうぞ続けて」
「いや、構うだろ……別にノート破いたりなんてしないって。ちゃんと綺麗なまま返すから心配するなよ」
「……だよね」
「? まあ、分かってんだったら自分の勉強でもしててくれ」
そう忠告すると、莉乃はようやくノートを広げ始める。相変わらず読みやすい字で作られたノートは莉乃の性格を映し出しているようだった。そのままペンを手に取り、いざ勉強を――――
と、そこまでで手を止め、莉乃はまたこちらを見てきた。
「さっきからなんだよ。俺の邪魔する余裕あんのかよ?」
「まあ、拓海に比べたら、ね」
「……もう無視するからな」
これ以上は構っていられない。貴重な時間を無駄にするわけにはいかなかった。
「(まだ見てくるよ……)」
それのなにが楽しいんだか、本当にいい性格している。
でも、ここまでしつこいのは珍しい。恨みを買ったつもりはないんだけど。
まだまだ莉乃の知らないところがあったのだと思いながら、俺は黙々と作業して午前を消化していった。
いつもご愛読ありがとうございます。