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この世では決して結ばれない運命の二人は来世で結ばれる事を願った

作者: かにくくり



 深夜、人里離れた樹海の中を懐中電灯の明かりだけを頼りに彷徨い歩くひと組の若い男女の姿があった。

 男は腰ほどの高さの台を脇に抱え、女は丈夫そうな二本のロープを握っている。

 二人が何の為にこんな樹海に足を踏み入れたのか、その理由は一目瞭然だった。


 ラノベ好きという共通の趣味がきっかけで知り合った二人は瞬く間に意気投合し恋に落ちた。


 しかし家柄、学歴、職業、収入、容姿、今まで生きてきた環境の全てが大きく異なる二人の交際は周囲から認められるはずもなく、二人は絶望の果てにこの世で一緒になる事が許されないのならばいっそのこと共に命を断ってこの愛を永遠の物にしようという考えに至ったのである。


「ねえ、もうこの辺りにしましょう」


 一本の大木の前で女が足を止めた。


 女の足が生まれたばかりの仔鹿のように震えているのは、ハイキングにはまるで適していないハイヒールを履いたまま何時間も森の中を歩き続けた疲労の為だけではないだろう。


「ああ、今ここで君と一緒に死ねるのならば俺は何の未練もない。二人の愛は永遠であると神様に誓おう」


 男は女に微笑みかけると、台に乗って丁度手を伸ばした高さにある木の枝に二つのロープを垂れ下げ、それぞれの先に人間の頭部がするりと通る大きさの輪っかを作った。


 そして男は台から降りると、女と一緒にロープが下げられている頭上を見上げた。


「綺麗」


「ああ」


 木々の隙間からは都会では決して見る事ができない満点の星空の一部が顔を覗かせ二人を照らしていた。


 まるでこれから命を断とうとしている憐れな二人を慰めるように輝く星々の美しさに男女はしばらく無言のまま見惚れていた後、ふと我に返って顔を見合わせた。


 最初にゆっくりと口を開いたのは男の方だ。


「次に生まれ変わった時は、今度こそ一緒になろう」


「うん、約束」


 女は笑顔でこくりと頷いた。


 しかしラノベでは当たり前とはいえ、来世というものが本当に存在するのかどうかは誰にも分からない。

 もし存在したとしてもこれから両親から授けられたたったひとつの命を自ら断つという大罪を犯す二人は転生する事を許されず、その罪を償う為に地獄の底で永遠の苦しみを味わされる事になるのかもしれない。


 ここにきて二人は言葉に表せない程大きな不安を覚えた。


 死ぬ事に怖気付いたのではない。

 もし来世というものが実在せず、死後は魂が消滅して完全な無が待っていたとしてもまだ諦めが付くというもの。

 それはそれで仕方がない事、覚悟の上だ。


 二人が恐れたのは来世というものが実在して次の命に生まれ変わったとしても、自分たちが再会できなかったという最悪のパターンだ。


 女は不安そうに小さく震える声で切り出した。


「もし……私たちが違う時代に生まれ変わったらどうしよう?」


 その可能性も薄々感じていた男は一瞬言葉を詰まらせたが、愛する女を安心させようと気丈に振る舞いながら答えた。


「もし俺が生まれ変わった未来のどこにも君の姿がなかったとしても、きっと更にその先の未来で出会えるさ。俺たちが再び出会うその時まで何度でも何度でも転生を繰り返してやる」


 男はそうは言ったものの、何十億人という世界の人口の中から存在するかどうかも分からないたったひとりの人間を見つける事は容易ではない。

 それに生まれ変われば絶対に今の自分たちとは異なる容姿になっているだろう。

 性格だって今とは違っているかもしれない。

 もし近くにいたとしてもお互いが気付かない可能性も高い。


 だったらお互いが自分たちであると相手に伝わる方法を今ここで考えれば良い。


「何か合言葉を作らない? 山と言ったら川みたいな」


「なるほど、確かにそれは良い考えだ。絶対に他人には伝わらない合言葉を決めないとな」


 男は腕を組んで小首を傾げ、数秒思考を巡らせた後に答えた。


「モケーレ・ムベンベと言ったらオニャンコポンと答えるというのはどうだろう。これなら絶対に被らないぞ」


「モケ……なんですって?」


「モケーレ・ムベンベとオニャンコポンだ。それぞれアフリカの未確認生物と神様の名前なんだけどな。両者とも何の関連性もないから偶然でも他人と被る事はないぞ」


「……ごめんなさい、ちょっと覚えられそうにないわ。別の物にしましょう」


「そうか……良い合言葉だと思ったんだけどな」


 がっくりと項垂れる男に対して女は思った。

 そういえばこの人は古今東西の神話や民間伝承に登場する神々や悪魔が一堂に会して戦うラノベを好んで読んでいたんだっけ。

 そりゃあその二つの名前を合言葉にすればまず被らないだろうけどそんな訳が分からない名前絶対に覚えられる自信が無い。

 五分後には忘れている自信がある。

 それにもし生まれ変わった私たちが言葉を話せなかったり耳が聞こえなかった場合の事も考えておかないといけない。


 二人は転生後に今の記憶が残っていない可能性にまでは頭が回らない様子で次の案を出し合った。


「合言葉についてはひとまずおいといて、簡単な所作でお互いが分かるようにしない? 例えば歩く時はいつも右手の小指だけ他の指と離すように徹底すればお互い直ぐに分からないかしら?」


「成る程、それは良い考えだ。そうしよう」


 歩く時にそんな癖を持つ人間は二人とも今までの人生で一度も見た事がなかった。

 お互いの生まれ変わりだと気付く為の判断材料は多いに越した事はない。

 男は膝をぽんと叩き、女の意見を採用する事にした。


「よし、他に決めておく事はないか?」


「うーん、そうね……」


 二人はこれから命を断つ。

 決めておく事があれば今決めておかないといけない。

 お互い頭を捻りながら思いつく限りの意見を出し合った。


 しばらくして女がハッとした表情で男に問いかけた。


「ちょっと待って。今と同じ性別に生まれ変われるとは限らないわ。もし来世でお互いが女同士だったらどうするの?」


「女同士か。それはそれで俺は一向に構わないが」


 男は全く動じない。

 彼にとって百合ものは大好物だからだ。


 しかし生憎女の方はノーマルだった。


「私はちょっと気になるかな。それにもし転生したら男同士だったとしても同じ事が言える?」


 女の方はBL作品も人並みに嗜んでいたが実際に自分が男に生まれ変わった事を想像するとやはり男同士では抵抗がある。

 眉を顰める女に対して男はにこやかな笑顔で即答した。


「相手がお前なら俺は男同士でも構わないぞ、むしろ……いや何でもない」


「え? ちょ……」




 男は()()だった。




「そういえばあなたはどんなジャンルでもお構いなしだったわね……」


 女は深く溜息をついた後気を取り直して考えた。


 もし生まれ変わってどちらかの性別が変わってしまったとしても中身は変わらないはず。

 それに二人の愛は永遠だとさっき誓い合ったばかりではないか。

 こればかりは神様が空気を読んで今と同じ男と女に生まれ変わらせてくれる事を信じるしかない。


 話は変わるが、神様といえばラノベでは死んだ主人公はまずあの世で女神様と面会するのがお約束だ。

 そこで今までの人生を振り返り、生前の罪と功績を天秤に掛けて死後の待遇が決められるという。


 もし二人が心中に至った経緯の中に女神様の落ち度による何らかの影響があったとしたら、女神様のお詫びとしてチートスキルを与えられた上で異世界に転生させて貰える可能性もゼロではない。


 二人とも同じ異世界に飛ばされるなら良いが、もしどちらか片方だけが異世界に転生させられたとしたら、来世で二人が再会する事は叶わないだろう。


 異世界人が別世界から勇者や聖女となる人間を召喚する作品もあるが、それは国家レベルの権力者が多くの魔導士達の魔力を集結させて行う一大事業だ。

 一般人が自分ひとりの都合で別の世界の一般人を探し出して召喚する事なんてできるはずがない。


 二人は相談した結果、もしあの世で女神様と面会したら同じ世界に転生させて貰うよう全力で交渉する事に決めた後、そんな夢物語に何を本気になっているんだと気付き大声で笑い合った。


「でも本当にラノベに出てくるような異世界が存在して、二人で異世界に転生できたらどうする?」


「私、悪役令嬢に転生しちゃうかも」


「すると俺は王太子か」


「もしそうなっても婚約破棄するとか言わないでよね」


「当たり前だ。まあその場合はヒロインには気の毒だが涙を飲んで貰う事になるな」


「ハーレムルートには行かないの?」


「馬鹿、俺が愛しているのはお前だけだ。他の女など要らん」


「うふ、有難う信じるわ」


「じゃあもし俺がオークに生まれ変わって、お前が姫騎士に生まれ変わってたらどうする?」


「あなたに捕らえられた後にくっころって言えば良いの?」


「よし、模範回答だ。もちろんそうなっても君に危害を加えるつもりなんか全くないぞ」


「あはは、あなた本当に好きね。考えておくわ。でも、意思の疎通ができないようなモンスターだったらどうしましょう?」


「それは杞憂だ。ゴブリンだろうがスライムだろうが中身が転生者なら言葉も話せるし不思議な力で人間のような姿にだって変身できるはずだ。むしろ亜人とか半獣人とかになれたら最高じゃん?」


「じゃあ私は猫耳獣人になるからあなたはイケメンエルフになってね」


「分かった、女神様にそう注文しておく」


 お互いがラノベをこよなく愛する同士だ。

 こんな状況でも異世界に転生したという妄想で盛り上がってしまうのは仕方がない事だろう。


 ひとしきり談笑した後で男が思い出したように呟いた


「……そういえば、来週【ごくつぶしだと言われて追放された勇者の妹は魔王に嫁いで復讐する】の新刊が出るんだったな」


 続けて女も呟いた。


「明日は【妹に騎士団長を奪われた王太子殿下はそれでも道ならぬ恋を諦めない】の更新予定日だったわ。前回新キャラのイケメン宮廷魔術師まで出てきて今が一番面白いところなのよね……」


「……ああ、俺も続きが気になってた」


「……」


「……なあ」


「何?」


「帰ろっか?」


「そうね……やっぱりあなたとこうやってお話しするのは楽しいわ」


「俺もだ。それに今は交際を許されなくても、諦めずに説得を続ければその内親父たちの気持ちも変わるかもしれない」


「うん、死ぬ事はいつでもできるしね。私もダメ元でもう少し足掻いてみる」


「決まりだ」


 そう言って二人は用意した台とロープを回収すると、ラノベ談義を続けながら来た道を戻っていった。






















 その途中、一頭の飢えた野生の熊に遭遇して憐れにも食い殺されてしまった二人は女神様の奇跡の力で記憶を残したまま仲良く同じ異世界に転生する事ができた。


 そしてそれぞれが一国の王太子と公爵令嬢に生まれ変わった二人は無事に再会を果たし、前世とは異なり二人の身分的な問題も全くなかったのでとんとん拍子に婚約が決まった。


 ただしその王太子は家臣から姫太子と陰口を叩かれる程の少女趣味であり、隠れて化粧をしたりドレスを着て微笑んでいる姿がたびたび目撃された。


 一方の公爵令嬢は嫁の貰い手が見つからないと公爵が匙を投げて嘆く程の男勝りな活発娘だったという。


 お互いの希望で二人の婚約が決まった時、公爵は予想だにしなかった縁談話に腰を抜かしてひっくり返ってしまったという逸話が残っている。



 家臣たちは口を揃えて神様がお互いの性別を間違えて生ませてしまったのだろうとぼやいていたが、いつまでも仲睦ましい姿を見せる二人に対してやがてそれを気にする者はいなくなった。













 ちなみに二人が転生した先は人間の国だったのか、その異世界を支配していた人間とは異なる生き物の国だったのかは定かではない。


 ただひとつはっきりしているのは二人が幸せな来世を生きたという事実だけである。







 完


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